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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
25/49

幕間 自警部3班、始動!(2/2)

 時間にして、1分もなかっただろう。

 宗次は沈黙から舞い戻る。殴られた右目の付近を押さえてうめく。


「……う……」


「宗次くん! ああもう、ほんとバカですね!?」

「あんた、絶対にバカでしょ……!」

「そこまでバカだと思いませんでした!」

「いくらなんでもすさまじいバカだわ……」


 起き抜けに、名織と彩香に交互に罵詈雑言を浴びせかけられた。ひどい話である――が、どうやら現在地は名織の膝枕の上らしい。それならば、多少の非難も快く受け止められよう。


「……バカバカ言わないでくれるか。ともかく、大澄。

 やればできるってこと、わかっただろ?」


 顔が腫れ上がっているせいか、若干しゃべりづらいし、ひりひりする。

 問われた彩香は、目を伏せて拳をぎゅっと握る。


「……あ、あたしはもともと、才能がないんだ。

 さっきはたまたま上手くいっただけで。

 さっきのエルフの男にだって、そこをバカにされて……血が上った。

 ………………それにボカスカ殴ったし、もう手遅れじゃん、いろいろ」


「才能? そんなもの必要ない。俺も、才なんてまったくなかった。

 ただ――」


 名織の膝から起きあがり、“1人目の”と言おうとして、軽く咳払い。


「……父が教えてくれた。努力さえすればどうにかなると。

 ただ、聖術のことを全く知らないまま辞めてしまうのは、もったいない。

 俺はディバイドだけど、聖術の心得も或る程度ある。教えられることならすべて教える。

 だから、この学園にもう少しでもいてみたらどうだ」


「……殴った処分。これは譲れない」


 人のことをさんざん殴っておいて、意外に曲がったことが嫌いらしい。


「処分なんかない。最初がどちらにせよ、あのエルフは聖術を使って一方的に殴っていたんだろう?

 だったら――」


「じゃなくて! あたしがあんたを殴った件は!」


 今度は、宗次がきょとんとする。


「? 俺は術の指南をしていただけだ。それが暴力と言われるのは、俺が困る。

 そうだろ、鴇弥」


「えっ――あ、はいそうです! …………えーと、彼の教育の一環で、暴力とはなんら関係ないですよ?」


 彩香は、あんぐり口を開けまさか自分の擁護をし出す二人を交互に見て――


「……。あんたたち、いい奴だね。

 殴っといてあたしが言えることじゃないけど……ありがと」


「それじゃ、今度こそ医療棟に行きましょうか。患者も増えたことですし♪」


 なんだか、ご機嫌な割にはチクチクしている気がする名織の言。

 宗次は深く考えないようにして立ち上がり、唯一健康な名織は再び彩香に肩を貸した。


「……ね、逢坂はどうして入学式のときあんなこと言ったのさ」


 歩きながらそんなことを彩香は尋ねる。宗次が答える前に、


「おバカだからですよ」


「なるほど、納得だわ」


 すかさず二人で笑いあっている。ところでバカ認定されて浮かぶ二人の上司を思い出すと、とても屈辱的な気持ちに満たされる。同じレベルなのかと。宗次は二人に知れず、歯噛みした。

 そして、笑いが落ち着いた頃、彩香が口を開く。


「……あたしさ、……恥ずかしいから、何の術かは言わないけど。

 ある術が得意で、……それはデバイスとか、いらないようなやつで……それで周りのみんながこの学園を薦めてきたんだ。

 ま、勉強はある程度できた方だから入ってはみたけど……女子もプライドの高い奴ら多いし、寮暮らしだし、センパイもうるさいし、なんか早くも人間関係めんどくさいなぁって思ってさ」


 やがて、医療棟が見えてきた。


「けど――今なら言える。私、もっと聖術の勉強、続けたい。続けてみようかなって思った。

 すごい現金で申し訳ないけど――逢坂、鴇弥、ありがとう」


 宗次と名織は確信する、大澄彩香は筋を通す、実直タイプだ。

 名織はにっこり笑って、


「……そうですね、ティアンスの一部って本当に面倒くさかったりします。

 でも、この学園は授業受けやすいですよ! 自分の受けたい授業を受ければいいんですからね!

 ……えーと、それにですよ?」


 名織が浮かべた笑みは、女の彩香まで見惚れそうな柔らかなものだった。


「私のお部屋でよければ、いつでも来てください。

 気兼ねなく、辛いことがあったとき、あ、そうでないときだって、待ってますから」


「……あ、ありがと」


 照れくさいのか、彩香はうつむいて礼を述べた。

 ただ、恥ずかしさが消えないのか、他の話で彩香は気恥ずかしさをごまかす。


「そういえば、二人は生徒会、なんだっけ」


「ええ。二人で自警部やってます」


「自警部……

 そっか。もしかしたら、やりたいこと、できたかも。

 ありがと、あとは一人でいく。警察、がんばって」


 医療棟は目と鼻の先で、彩香はそれ以上の助力を断った。

 肩を押さえ足を半ば引きずりながらも、医療棟目指して歩いていく。

 そして、宗次はその後ろ姿に向かって叫んだ。


「大澄! 占いのスキルは、センスだ。大澄は十分、その素質があると思うぞ」


 ピタッ。

 彩香の足が止まる。

 ぎぎぎぎぎぎ――ゆっくり首を動かし、宗次を見る。その頬は真っ赤っかだ。


「な、何で知ってんの!!」


 そう――彼女の得意分野は、占い。それを宗次に見事看破された彩香は、ここへきて初めて平静を大いに欠いているようだった。

 宗次はそんな彼女に手を振るばかりで、その答えを彼女に伝えることもなく、きびすを返した。


「って、いやいや宗次くんも病院に行って!

 イギル先輩には報告しておきますから――あれ」


 治療をうながそうとした名織は、さっき彩香に受けた顔の傷を探す。が、見あたらない。


「俺は自分で治せるからいい」


「……が、我流……すごく心配だけど……。

 ところで、彩香さんの占いって、どうやって見抜いたの?」


「さっき、手につけていたブレスレットが見えた。

 乙女座のシンボルマークを連ねたデザインだったから」


 ――それは少し当てずっぽうのような気がしなくもないが。

 しかし合っていたあたり、名推理と言えるのかもしれない。


「……にしても宗次くん、あんな風に彩香さんの手を握って、大胆ですねぇ~~」


 にしし、と名織はいたずらっ子のように笑ってみせた。

 

「ばっ……む、昔は俺だってああいう風に聖術を教わったんだ、仕方ないだろ!」


「ふふ、私にも教えて欲しいなぁ」


「な、にを……バカ言わないでくれ」


 ……からかうのがおもしろいのか、名織は少しご機嫌なようだった。

 ならば、宗次もまた、少し幸せになる。だから少しくらいからかわれてもいいや、なんて思った。



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



 それからの動向は大きなトラブルもなく、事なきを得る。

 が、しかし。


「……もう、夜の10時だ」


 報告データを作成していたら、そんな時間を回っていた。


「……めんどくさいよう」


 仮想キーボードをボタン一つで消すと、名織は机に突っ伏した。

 宗次たちの現在の関門――それがこの報告である。

 他の部員がまとめた簡易レポート、参照画像など加えながら生徒会として報告する為の正式文書に作り替える、のだが。

 新部員の洗礼、と言うべきだろうか。新しく入った部員が、この正式レポートの作成をしなければならないらしい。嫌な伝統もあったものだ。

 イギルはと言えば、会長に誘われてどこかへ消えてしまった。それから1時間は経っただろうか?

 授業をやって、学園内を動き回って、さらに夜には残業をこなす――中等部飛び級&独学で入学した齢13歳には、思いがけない重労働だ。


「……鴇弥……」


「はい?」


 宗次はようやく先ほどのレポートに取りかかりながら、


「俺、わざと殴られておいて相手を連行するのもアリ……か?」


「普通に無しだよそんなのっ!?」


 精神的に追いやられてきている。それを察知したのかはわからないが、自警部室の扉が勢いよく開いた。

 そこには、満面の笑みで、ビニール袋を抱える会長殿の姿があった。後ろにはイギルが段ボール箱、ビニール袋などを持って控えている。


「おーおー残ってるねぇ! ありゃ、一班のみんなとおチビは? 来てない?」


 あたり――主に足下らへんを注視する皐月。そんなにちびっ子ではない。

 それには名織がジト目で応じた。


「みんなそそくさと帰ってしまいましたよ。セルティ先輩も用があるって言ってましたよ?」


「え~、何よつきあいわるぅ。まったく薄情な奴等だなぁ。

 んじゃあ私たちでやりましょうか! 生徒会としてのぉおおお――――――!

 かんげーかーい!! ぱんぱかぱんぱんぱーーん!!」


 どしゃあ!!と勢いよく応接テーブルにビニール袋からぶちまけられたもの。

 スナック菓子、おつまみ、ジュース、チョコレート、などなど。突然の事態に名織も意味が分からず、


「な、なんですかこれは?」

 

「うるせぇ二人入ってきた記念の焼き肉祭りじゃあー!!

 食堂のおばちゃんズからパク……譲り受けたッ」


 今変なことを口走りかけていたが、ともかく。イギルはせっせと段ボール箱から焼き肉のプレートを取り出し、早速スイッチを入れる。


「生徒会生徒会言うけどね、シャバの中坊や高坊の生徒会とはわけが違うのよ。

 残業もするし、キリキリ働くし、もちろん焼き肉を積極的に部室でつつき合っちゃうワケよ!

 ほらイギルん、ちゃちゃっと飲み物用意!」


 イギルがプラスチックのコップに注いだ透明な炭酸状の飲み物を、ゴクゴクと威勢良く飲み干して、


「プハァ~~!! 生き返るわァーー」


 顔が赤くなり、なにやらいい気分になって――


「あれ、そ、それお酒じゃないんですか!?

 会長なにやってるんですか!」


 今の今まで学園治安に携わっていたもののやることじゃない、と13歳ズは名状しがたいモノを見るような目つきで皐月と対峙する。

 が、皐月は「けぷっ」と息を吐いてから、


「にゃはは、違うよキミタチ。これはぁじゅ〜す。だけど飲んだと同時に聖術で大脳新皮質を軽く麻痺状態にさせるのよ、そーするとねみせーねんでも酔っぱらい患者ので~きあ~がり~~! きゃはは!」


「そういう法律の盲点を突いた脱法行為みたいなのはやめましょう!?」


「え~これでも私ノンアルだよ~~にゃあっはは~~!」


 と名織の突っ込みを受け流しちゃう皐月をにらみながら、いずれ校則に追加してもらおう、と内心決意する宗次だった。

 皐月を止められる者は誰もいなかった。

 ――この時は、まだ。


「にしてもさぁ、吾方っちってどう思うぅ?」


 結局、4人でテーブルを取り囲み、歓迎会は執り行われた。

 そんな折り、宗次はほふほふと焼き肉をほおばる皐月に、そんなことを尋ねられた。


「どう、とは」


「んー、吾方先輩ってひどいよねって話。キミが来てからなんだか、ディバイドに対する偏見が濃ゆくなってきちゃったというか、ねぇイギルん?」

 

「ふむ、それは確かにそうかも知れません。以前の彼はあんなに厳しい価値観の持ち主じゃなかったような気がします」


 それには、イギルも疑問を感じていたようだ。


「ねえそーじ、本当は昔さ、どこかで因縁なんかあったりして~?」


 ……宗次は嘆息。この人は、少しばかり吾方と宗次の関わりがあることを把握しているようだ。

 だが、大した話ではない。だからこそ、言う必要もない。宗次は冷たい目線を送りながら、


「カマかけないでください、別に何もありません」


「お? じゃあ過去にお互い会ったことがあるのは否定しないのかにゃん?」


「ええ、地下街区域で……一度」


「ほうほう、そこらへんの話をおねぇさんにもちょ~~~~~~ット話してくれるかァい?」


 皐月は宗次の肩に手をかけ、顔を近づける。耳元でげそをかむくちゃくちゃ咀嚼音が、ぞわぞわと不快にさせる。しかし、おつまみのにおいが充満しているにも関わらず、そばに近づいた会長の香水のかすかなにおいが、やけに心臓を高鳴らせる。「ちょ、ちょっと会長! ふしだらですよ!!」というイギルの叱責をも皐月は無視する。強引にイギルが引き剥がしてくることも期待したが、イギルはなぜか女性に触れるとかそういうことに奥手であり、この展開においては結局、望み薄だ。

 宗次は拷問を覚悟の捕虜のように目を閉じ、一心にはねのける。


「絶対嫌です」


「なんだよォ……もう……んじゃ、別の話にしておこっか。

 例えば、好きな人とか!」


 宗次の閉じられた目が、一気にパチクリと開かれた――!

 皐月のことだ、何かいやらしいことを考えているに違いない。


「ねぇ、そーじ♪ 答えて♪

 好きなコの一人や二人、今までいたんでしょ?

 先っぽ! 先っぽだけでいいから教えて!」


「……先っぽってどういう意味ですか」


「名字とかぁ、名前の一番最初の文字とかぁ?」


 まるでチェックメイトから始まるチェスをやらされているような気分である。

 のどが屈辱のような、わけのわからない熱さでふるえる。「ときや」とか「な」とか言おうものなら、もう生徒会に居られなくなるくらいからかわれるのだろう。

 そこで、名織をチラリと見やる。なぜかうつむくようにピーマンをかじっていて、表情が全く見えない。


「……し、知りませんよ、そんなの。肉、焼けてますが」


「ぶーぶー、つまんないなぁ。じゃあつまんなすぎる皐月ちゃん先輩がさっきの一部始終のトクダネの補足でもしよっかな」


 また悪巧みを考える悪童みたいな笑みを浮かべ、


「さっき、女子生徒にさ、術を教えてたのだ~れだ」


 宗次が不承不承小さく手を挙げる。


「でねぇそのとき私、遠巻きに見てたんだけど、宗次が女の子の手を握ったじゃん?

 そしたらね、なんとなおりんが信じられない顔でその二人のことを見あぢゃああああああっ!!?」


 いつの間にか、プレートの向こうから飛来した焼き肉が、皐月の頬にくっつけられていた。


「ごめんなさい! 手が滑ってしまいまして!」


 言う名織の顔は、なぜか真っ赤っかでどうも怒っているようである。

 宗次は、もしや名織も皐月のマネをして酔っぱらったのかと嘆きながらも、


「鴇弥、落ち着け。ほら、水だ」


「落ち着いていられませんよ! こんなことっ!!」


 皐月に押しつけた焼き肉を頬張りながら力一杯拒否してきた。何故だ。


「……なおりん、先輩にそんなことしていいのかなぁ?」


 ティッシュで顔を拭く皐月、目が“マジ”である。懐から、何かをごそごそとまさぐり始める。

 名織は狼狽しおそるおそる、


「……な、何をするつもりです?」


「ふんっ、王様ゲームよ。もちろん、王様になった暁には全員、好きな子を教えてもらうわ」


 ……それはつまり、宗次にとって死刑宣告を意味する。

 告白をするとか、好意を伝えるなんてユメにも見ていなかった宗次は、ここに来ていきなり現実が降りかかり、絶句する。


 ――そう。近しい存在になれたのだから、気持ちを伝えられるのは、当たり前だろう。

 

「……そういうの、やめませんか」


 と、宗次は勇気を奮って抵抗。


「はい、くじを取ってね! 3本がはずれで普通の割り箸、1本が王様で先端が赤く塗られているわ!」


 ――中止を提案する宗次へずずいと皐月が取り出したのは、4本の割り箸である。


「……俺はやりませんが?」


「はい、くじを取ってね!」


「だいたい、みんな同意していないでしょう」


「はい、くじを取ってね!」


「……イカサマでもするつもりですか」


「はい、くじを取ってね!」


 貴様は壊れた機械かとでも言いたくなる。

 しかしこの皐月、目力がだんだん怖くなってきている。どんな汚い手を使って構わない、何が何でも王様になってやるぞというオーラを感じる。

 宗次は、覚悟を決める。

 それで何かされたら、逃げてしまおうか、いや、それとも告白だけでもしてしまおうか、などとこの場の空気に負けながら、割り箸に手を伸ばす――


 そんなときであった。


「か、会長大変です! 電話が――」


 そういえば、先ほどから存在感がなかったイギルが、血相を変えて皐月に近づいてきた。

 いつの間にか、誰かと電話していたらしい。

 なぜか宗次には、そのイギルの姿がさながら、どこかで見たようなヤ○ザの下っ端が組長に悪い知らせを持ってきたときのような光景に見えた。


「あによう? 電話ァ? だァれェ~~~」


 緊張が半端でないイギルは歯をがたがた震わせて、


「……だだ、だ、だだだダイヤモンドです」


「るっさいわねぇ今いいとこなんだから邪魔しないでって伝ハァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」


 会長は目を見開き絶叫し、しゃぶっていたゲソが口からぽろりと落ちる。そして、

 サァ――――――――――っ

 と、まるで昼夜が一瞬にして逆転するかのごとく、顔から酔いの赤みと蒼白が入れ替わってしまった。


「ま、待って! どして、えっえっえっえっ聞いてないんだけど!?

 ちょっちょちょっと!! 私じゃなくてイギルん出てよ!?」


「ここで歓迎会を開いたのは会長ですので、俺は最高責任者に回すだけです!」


「うわっイギルんそういうとこほんっっっとダサ!

 ダサダサダサダサっ!! 男としてそういうのってどうなのよっ!?」


「会長は女性である前に俺の上司です! よっ会長!」


「あ~!! 今それひどいこと言った!? みんな聞いたよねうっわひどっ女性差別だ!」


「あのー、さっさと出ないんですか!?」


 しびれを切らした名織が皐月に聞く。皐月は普段の姿から考えられないような姿でおろおろと右往左往し、絶望し、渇望し(希望か何かを)、そして覚悟を決めたのか、深呼吸を一つ。咳払いを二つ。


「………………お、おいーーっす☆ 会長だよー☆ アア、アイシャたん元気だったかにゃん?

 ――え、宴会っ!? し、してないよーだってここは生徒会の神聖な職場だぜー?


 え?

 ……。


 においを感知する聖術……?

 テーブルの、裏――?」


 イギルははじかれるようにテーブルの下に滑り込む。


「会長、するとそこには、小さな光を帯びて発光するルーンが発動されていました!」


 やけに物語めいた口調である。

 しかしダイヤモンドという人物は、この術を仕込んでおいて、こんな時が来たときのために罠を張っていたらしい。

 どうやらその人物は、職場で歓迎会を開くことは非である、という厳格なポリシーを持っているようだ。

 名織は、舌打ちしながらテーブルの下から出てきたイギルへ、


「あ、あの……ダイヤモンドって名前ですか?」


「お、お前中等部にいてそんなこともわからんのか! あのダイヤモンドだぞ!?」


「どのダイヤモンドですか。とにかく落ち着きましょう?」


 やけに大仰な手振りで聞き返されたものだから、名織も少しうんざり気味だ。

 ダイヤモンド氏と皐月の会話は続く。


「――そ、そそそうよぉ! 信用してくださいよぉ! 私とアイシャたんの仲ジャーン☆

 うん、うん! じゃあね、ばいわーい!」


 皐月の張り付けたような笑顔は、電話を切った瞬間、ヤっベェ……という顔に変貌していた。イギルも、どこか虚空を睨みつけたまま押し黙っている。

 未だことの重大さに置いてけぼり状態な宗次と名織。名織はこの暗く沈んだ空気を紛らわせようと、


「え~~っと! そのダイヤモンドさんって誰なんですか?」


「自警部副部長」


 イギルが速攻で言葉を返してきた。


「……どういう人なんです?」


「まず、詰め寄ってくるのが大好きだな」


 そこに、皐月も加わる。


「正論ばかり並べ立てて私たちを威圧してくるエネミーだわ」

「怒り出すと相手の生爪を剥がしながら拷問をしていたとか」

「言うことを聞かない部下には片っ端から調教したりとかだな」

「毎朝自分がぶちのめした奴等の前歯を見てはうっとりしているそうよ」

「そんな近寄り難さからダイヤモンドと呼ばれているが」

「ショーケースに飾っておいたほうが無難な存在という説もあるわね」


 二人の話は際限が無いようで、尾ひれ背びれががしょんがしょんくっつけられていく。

 ……ような気がする。肝心のダイヤモンドを見たことがないので、二人は真意をはかりかねた。

 と、そんなときであった。


「貴様等――すべて丸聞こえだ!」


 宗次が声がした後方を向いた時――人はすでに、そこに無く。


 瞬く間の出来事である。


 イギルが轟音とうなり声をまき散らして、前方に吹っ飛んでソファに転がった。それとほぼ同時、皐月が突如現れたある人物によって、顎を持ち上げられ壁に押しつけられてた。

 それを成した人物こそ――


「う、ぅアイジャだん……おがえりなざび」


「……私が、いつ、相手の生爪を剥がしながら拷問をしました?

 いつ部下を調教などしました? 詳しくご説明くださいませ、会長」


 たとえるなら、闇夜をどこまでも貫いて、透き通っていくような怜悧な声色。

 銀の絹糸を垂らしたような、神聖性まで感じられるその髪は、腰の方までまっすぐ延びている。

 耳は、その美貌を裏切ぬ形のよいとがった耳が生えていた。

 だが、澄んだ声で振るう言葉の暴力は、ひどくスプラッターな表現を含んでおり、


「ああ。私はいきなり歯が好きになってきたな。手始めに会長のそれを根こそぎぶち抜いてやりましょう?」


「ひゃ、ひゃい。しゅ、しゅみましぇん」


 なにがすごいって、音がぎりぎりと聞こえてくるほど会長の顎を締め上げていることである。

 確かに、皐月に詰問する彼女の覇気は、これから生爪を剥がしそうな勢いを感じる。

 まったく、とうんざりした様子で、ダイヤモンド女史は皐月から手を離す。

 するとダイヤモンド女史は、涼しい視線でこちらを静かににらむ――ように見つめる。


「……君たちもこのような適当な奴等に毒されるなよ。そのときは私が根性を叩き直してやる――――おい、今私に向かってベロを出していたかあなたは」


 叩き直してやる――と言ったところで後ろに目でも付いていたのか、ほんとにべろべろと舌を出していた皐月をギン!と音のしそうな眼光で睨めつける。

 皐月は、完全に面食らってそのまま停止していた。


 ダイヤモンド女史は惜しみない「チッ!」という舌打ちを皐月に送り、一つ咳払いをしながらこちらに向いた。


「――こほん。お初にお目にかかる。コリダー・グリカ・アイシャだ。6年生トップクラフトだ。

 君たちのことは、或る程度は聞き及んでいる」


 まず名織と握手をし――そして、宗次の腕を握ったアイシャは、その手を離さない。

 それは、鋭く欠けた氷の砕片のように細められた瞳。


「ところで、問題児。お前、しっかり自警部をやっていく気はあるのか?」


 うなずくと、


「自警部――いや生徒会は、生徒の代表が集まってくる。だからこそ、仲間は多く作れ」


 ぎゅっと強く手を握り直し、ようやく宗次の手を放した。


「えー、ダイヤ先輩がそういうこと言える立場かなぁ……?」


 と、皐月がめざとく反応。


「……私が出来ていないことでも部下にはそうなって欲しくはない。そう教育するのは間違いですか?」


「そんなことないよぉ~も~アイシャたんかわいいなぁ~」


 そうからかう皐月だが、アイシャが腰だめに構え掌底をたたき込む寸での格好のため、ビビって一歩たりとも近づかない。

 アイシャは新部員二人へ向くと目を閉じ、


「それに、私は……無愛想だ。それは許せ。

 あとは――そうだな。逢坂ほどではないにせよ、鴇弥」


 先ほどの眼光で見据えられた名織は、緊張で思わず気を付けの姿勢になる。


「は、はいっ!?」


「お前も、他人に厳しい目を持て。自警部はなあなあでやると取り締まりなど出来るはずもない。

 公平に、公正に事故事案を処置する。よいな、二人とも」


「は――はいっ!」

「はい」


 アイシャは宗次と名織の二人を見据えながら、


「私の復帰はまだ先だ。今やってる外からの依頼案件が、なかなか片づく見込みがなくてな。

 今日はたまたま学園に戻る用があって――会えたのは幸運だ。

 それまでに問題は起きると思うが――そこの盆暗ボンクラどもにしっかりと頼れ。

 なに、有事の際はいくらか頼りになるから心配するな。

 自警部3班。期待しているぞ、お前等は一人も欠けるな……ではな!」

 

 扉の向こうへ消えていこうとしたアイシャははたと立ち止まる。

 すると一転、侮蔑MAXな眼差しを騒ぎの元凶へと向けた。


「ああそうそう――ここで宴会を開かないと言った決まりを見事破ってくれましたね。

 二人には、何か考えておきましょう」


 そして今度こそ、死刑宣告を終えたアイシャは颯爽と立ち去った。


「なんて言うか……ファンタジーに出てくる騎士さまみたいな方ですね」


 そうぽつりと名織が言って、宗次もうんうんと同意した。


「……だろ? すごい堅物だからな。殺人にためらいがないぞきっと」


「そうね、オークに負けて陵辱されそうよね」


 二人は思い思いのエルフ騎士を思い浮かべているようだが、すさまじく価値観が食い違っている。

 皐月はもう観念したような表情を浮かべながら肩をすくめた。


「あの子、自警部にモッテコイの性格してるからね~。他人に厳しく自分にも厳しい!」


「会長、副部長はセルティ先輩と上手くやってるんですか?」


 名織の問いを笑い飛ばしながら一蹴する。


「たっはっは! いいわけナイ無いないじゃ~ん!

 あの二人が些細なことでバトってるの見ると、ああ今日も生徒会がんばるぞって思えるんだよねー!」


「……会長って……ゆがんでますよね」


「そう? キレイな曲線美を描いてると思うけどっ♪」


 茶化している皐月はしかし、どこかここではない遠くを向いているような気がした。

 皐月は柏手を一つ打つと、


「それではみなさん、宴もたけなわではございますが、コップを持って!

 えーと、まあいろいろなことがありまして、キミたちの歓迎会も少し遅くなっちゃったけど。

 ――何はともあれ。どこか収集の付いていないような気もするけれど!

 これからみんな、楽しくやっていきましょう!

 かんぱーーーいっ!!」


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