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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
24/49

幕間 自警部3班、始動!(1/2)

 ある日の、放課後のことである。

 宗次、名織の二人は、生徒会長室の中、生徒会自警部員として召集された。

 対面には、生徒会長・皐月と自警部副部長代理のイギルが肩を並べてなぜか二人とも腕を組んでいる。


「ええと、あの、今日はなんの用件ですか……?」


 この、今にもバカをやりそうな二人にまだ慣れていないので、名織はおそるおそる質問した。


「うむ、いい質問だよなおりん!」

「そうだぞ鴇弥! いい質問である!」


 皐月が大仰にうなずいたあと、イギルがそれに同調する。腕を組んだまま。


「さっそくだが~んんっ!」


 皐月は、まるで小学校の校長先生みたいなもったいつけ方で、


「きみたちにはァ~学園全体の警備にぃ~当たってほしいと~思う!」


 二人に緊張が走る。


「え? そ、それってつまり――」


 名織が結論を急ぐと、イギルが会長と同じようにうなずいた。


「実は、だ。おまえたちに現在時1710から1900まで、学園内の取り締まりをしてもら――」


「ちょ、ちょォーっとイギルん! 私が説明するから黙ってて!」


 イギルは「あ、御意に」と素に戻り、皐月も続けて腕組みをやめると、肩をすくめた。


「実はね、3人自警部員が辞めちゃってさ☆」


 てへ、と舌を出しながらおどける皐月。だが、そんなくだらないフリで片づく問題ではなかった。


「なにやってるんですか会長!? きっと、この前のあのときの人たちですよね!」


 どうやら思い当たるところがあるらしい。名織が困り顔のまま非難すると、皐月は猫みたいに目を丸くし、


「だ、だってぇ……この前の事件のせいでなんか萎縮しちゃってさぁ~?

 ……去る物追わずが生徒会ウチらの基本方針だしぃ、しょうがないかなぁってぇ」


「そうだ、しょうがないんだぞー」


 助け船と言うには明らかに頼りないイギルの同調。

 皐月は人差し指同士をつんつんもじもじといじくり出して、


「ていうかぁそもそも部長副部長含めて11人ってのがそもそも少ないのが悪いんだしぃ……あ、そうだよセルティがさぁ仲間意識が薄いってぇかさぁそういうのが悪いしぃ……私悪くないですしぃ〜……」


「そうだそうだ。一線引いていてあんまり関わろうとしない部長に問題がある」


「……よくわかりました、もういいです」


 名織は片っぽの手で皐月のいいわけを制して、もう片っぽの手で頭を抱える。

 そんな名織に負い目を感じたのか、皐月は声のトーンを上げた。


「でもさでもさ! 3班がこのまま置物でいたら、いずれどこかで指摘されるかもしれないのよね!

 自警部の枠だって縮小されかねないし、まあぼちぼちキミたちを運用しなきゃいかんな~ということでさっ、ヘルプして欲しいなと思ったわけですよ」


「さすが会長。実に部下思いでございます」


「うむ、くるしゅうないくるしゅうない」


「なんだろ、この茶番」「……させておこう」


 さっきから同意マシーンと化しているイギルはなんなのだろうか。そして反省する気がさらさらない皐月会長とはいったい何なのか。うんざりした名織を宗次は心配そうに見てやるしかない。

 会長はまた説明に戻る。


「でさ、今日は各部活動の勧誘日初日!ということで、どうしても人手が足りなくてね。

 例年いざこざの一つ二つは必ず起こるのよ。

 特に勘違いティアンスが術士なりたてのティアンスやディバイドに集団暴行とかね。

 他には無断飲酒、盗難とか――ああ淫行なんてのもあったわね。春はHENTAIの季節だからね。ハメをハズすとはよく言ったものね。まあしょうがないわね。

 でも、去年は私も支援してあげて事なきを得たけれど!」


「さすがです会長」


「うむ、くるしゅうないくるしゅうない」


「「……」」


 もはや彼らに付き合うのも面倒になってきた。

 それを察したかはともかく皐月は「そうそう」と一差し指を立て、


「君たちの部長殿は『早速トラブってるから先に行ってるよ~』とか言ってもう取り締まってるわよ。

 ったく上司の、ひいては君たちを先導せねばならない構成員なんだって意識が薄いよねぇ。ね、宗次?」


「ヒトのこと言えないでしょう、あなた」


「はっはっは細かいことを気にしないの!

 さぁー私の手足よ! かわいい(しもべ)たちよ! 世間という名の荒波にもまれてくるがよいぞ!」


 大げさに手を振って「行け!」と促す皐月。

 イギルはバッ!と敬礼をし、二人は普通にお辞儀した。温度差の隔たりは一生埋まりそうにない。

 生徒会室を出ると――すでに皐月が宗次たちに後ろ姿を見せて立っていた。

 時間術を惜しみなく披露してくれる彼女は、まるでマジシャンのようだ。


「……会長?」


 宗次が声をかけた彼女の背中には、なぜか使い古された感のある金属バットが背負われていた。

 さて、彼女はいったい何を狩りにいくと言うのだろう。

 皐月は首だけコチラへと振り返り、


「私は淫行担当専門官として、今年も支援に回るゼ? じゃ、健闘を祈るってばよ!」


 再び前を向いた皐月は、生徒会室の廊下を走り出す。

 特にかっこよくはなく、3人はただただ彼女を見送った。



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



「入部お願いしまーす! テニス部でーす! ともに青春の汗をかきましょう!」

「フラメンコ愛好会で~~す! 術はまったく使わないので息抜きにどうでしょうか~~! 素人さんもオッケーでーす☆」

「押忍! 体術部です術を使ったお気軽体験コーナーもあるっす!! 是非来いやぁあああ!」

「ども……同人誌発掘愛好会です……平成から出版された同人誌を見つける旅……しませんか……」

「へーいへいそこのキミたちぃ~~我らが破壊聖術料理倶楽部はどうDAッァアアアアI! ソイヤソイヤァアア!!」

「…………(聖術スカートめくり愛好会、の看板を持った男が無言でコチラを見ている)」


 自警部3班の3名は、学園のメインストリートを歩きながら、勧誘の声を片耳で聞く。もう片耳にはイヤホンをつけて、急な通信連絡に対処できるようにしていた。

 腕には生徒会の腕章(中央に金色の線、それを挟むように赤の2本線、さらにそれを挟む白の2本線)を着け、通常の生徒と差別化している。

 部活勧誘する生徒たちはまるで仮装大会の様相を呈し、ビラ配りする者や人目を引こうと大きな旗を振る者、音楽を奏でる者、聖術をひけらかす者、様々だ。

 闇鍋みたいにごちゃごちゃと混ざり合う部活は放っておいたら何時までもこの騒ぎ合いに身を投じていそうだ。

 部活には存在意義やら倫理やら道義やらが不透明なものもちらほらあって、歩いているだけで飽きる気がしない。


「宗次くんは、部活動に入らないの?」


「?」


 そんな折、突然名織にそんなことを聞かれる。

 宗次はキョトンとしながら、


「……俺が?」


「うん。学園の部活は結構なんでもあるから、宗次くんはなんでも器用にこなしそうだよね。

 剣道とか、陸上とか、向いてそうだなぁ」


 そんなことを言って笑顔を咲かせる名織につられ、想像する――自分が部活でワイワイ楽しくやる、という絵面を。


「………………あり得ないな」


 どんなファンタジー世界だ、と思った。もともと一人だったのに、集団行動で和気藹々だなんて、宗次には実行不可能な拷問である。そこまで!?」と純粋に疑問な名織に対し、もともと渋柿みたいなイギルの顔が、さらにしわを作って差し挟まれる。


「俺たちはディバイドだからな、風当たりも強いぞ。

 だいたい全校絶縁キャンペーンを展開しとる奴を迎える部活などあるか。どんなエクストリームマゾモードだ。

 せいぜいこいつを欲しがる奴なんざ、廃部寸前で背に腹は代えられないといったような連中だろう。

 だからこそ、日陰者の俺たちはこうやって規律を逸脱するものに八つ当た……鉄槌を下すのだ」


 イギルはときどきひがみが肥大化する傾向がある。

 彼の環境が偏屈にさせたのかもしれない。まこと、この世は闇が深い。


「とにかくだ。7割がたの部活は、一般大学のサークルのようなノリになってしまう、気をつけろ」


「その大学生のノリとやらがよくわからないんですが」


 宗次の問いに名織も同調する。中学卒業程度の倫理観の相手は、20歳を超えた6年生のイギルにとってちと辛いようだ。


「まあ、あれだ……新歓コンパなぞ滅してしまえ、というところか。

 逢坂も気をつけろよ、鴇弥をそっち系のサークルに入れちまえば、一週間で彼氏の一人や二人作ってしまうからな! フハハ!」


「――――!!」


「ど、どういうことですかどういう!」


 なにを言っているんだ!と無言の圧力でにらむ宗次と、顔を真っ赤にして抗議する名織を交互にみたイギルは、静かに一人ごちた。


「お前等も滅してしまえ」


「「……??」」


 その時。

 イギルの体から「ピピッ!」と甲高い電子音が響く。どうやらセルティとつながったらしい。


『おっす、3班ども、ウチの声は聞こえる?』


「「「はい」」」


『ん、よし。んじゃ早速仕事してもらうよ。体育2号館、バトルスタジアム3号基寄りの付近でいざこざがあったみたいなんだけど、ちょっと見てきてくれる? じゃ、頼んだわよ』


 了解の返事をする前に、プツっと無線が切れる。


「自警部3班、行くぞ!」とのイギルの号令に、宗次と名織は力強く走り出した。


 体育館は学園の生徒の多さゆえ、1号館と2号館が存在する。

 通報があったのは、その2号館の端、バトルスタジアムにほど近いところだ。

 だが。


「……いない」


 イギルは周りを見回すが、それらしき影はどこにもない。


「分担して探しますか」


 宗次の提案に、イギルは少し悩んだ。


「…………よし、そうしよう。ただしお前等が発見したら、なるべく現場の保存に努めろ。

 手は絶対に出すなよ。まして逢坂はディバイドだからな。それをわきまえろよ」


 そんなこと分かりきっている。スクールカースト最底辺なのだ。

 宗次&名織ペアとイギル単独に別れ、体育館の周りをぐるりと回って異常を調べる。すると名織が指をさし、


「あそこ、木の陰に誰かいませんか!」


 体育館から少し離れた大樹の陰に、数人が群がっているのが見え、二人は走った。


「――おい、お前等、待て!」


 見れば、エルフの男子とヒューマンの女子が中心になり、それを数人の男子らが取り囲んでいた。どちらも一年生だろうか。

 群がっていた男子たちは、宗次の制止を聞くなり懇願するようにこちらを見た。

 なにやら、様子がおかしい。


「いったい、なにをして……――!」


 抗議しようとした名織は、女子の姿を見て息を呑んだ。

 よくよく見てみると、女子は顔に傷こそ無いものの、呼吸が荒く、涎の飛沫が制服の白を汚している。肩と腹を押さえ、何とかその場に立っているように見える。


「あん? こっちが最初に突っかかってきたんだぜ? おぉ痛い痛い」


 そう挑発するように発言したエルフの男子は、唇が切れ、頬にわずかな痣も見える。 

 だがその傷つき具合を言えば、見るからに女子の方が重篤だ。

 名織は迷わず女子へ駆け寄って、その子に肩を貸した。


「……術士同士の無許可の決闘行為は禁止されています。こんな、ひどいことを……」


「鴇弥。それは違う」


 違和感を覚え、宗次は周りを見回す。エルフの男子の近く、地面にその発動を示すルーンが刻まれているが――対する女子は、それがない。

 ようは術を行使しない相手に対し、強化か何かしらの術を使っていたぶっていたのだろう。

 宗次はエルフの男子を睨みつける。


「一般人に対しての術行使は、重罰だがそれはわかってるのか」


「なにィ? こいつは一般人もクソも俺たちと同じ……――ん、お前、入学式のディバイドか!?」


 それがわかるや否や、明らかにこちらを見下すような態度で、エルフは宗次の眼前まで歩み寄る。


「なあ、だいぶ俺たちティアンスを小馬鹿にしてくれやがったな。

 あんな子供だましで生徒会に入って、いったい何日その得意そうなツラでいられるだろうなぁ?」


 いかにもむしゃくしゃしている、という雰囲気を発しながら挑発してくる。

 あろうことか、幻術を“子供だまし”呼ばわりか。

 宗次はそれがおかしくて、つい笑いが漏れてしまった。


「さすが、無力のニンゲンをいたぶるだけあって、実力が知れる」


「ちょ、ちょっと宗次く――」


 名織が宗次の失言を咎めようとしたとき、宗次の頬にごつごつした感触がぶち当たった。

 土埃に巻かれながら、転がるように吹き飛ばされる。

 エルフが宗次を殴りつける暴挙に出たのだ。


「おい、ディバイド――幻術は一丁前かもしれねぇけどな、体術も駆使しなければ闘いなんざ勝てやしねえんだよ! わかるか!?」


「………………」


「チッ――その仏頂面、気に食わねえ!」


 そのエルフがもう一度、殴ろうと宗次の胸ぐらをつかみかかったときである。


「そこまでだ、一年坊主」


 エルフの背後に岩石がそびえ――否。イギルが仁王立ちで腕を組み、エルフを見下ろしている。

 エルフは弾かれるように飛び退き、


「う、うわっなんだあんた!?」


「俺たちは生徒会自警部だ。この腕章が見えるか。貴様のような不届き者を取り締まるためにやってきた。

 鴇弥、映像は取っているな?」


「はい。もちろんです」


 名織は掌サイズの板のようなモノを持ってこちらへと向けている――あれが、ティアンスのSデバイスのようだ。レンズこそ無いように見えるが、ばっちりと撮影機構が内蔵されている。

 

「映像には収めたぞ。観念して処分を受けることだな」


 イギルの通告に、エルフはめげなかった。


「ふん。だからこの女が最初に突っかかってきたんだから、俺は何も悪くないね。それはみんなに聞けば証明してくれると思いますよ」


「そうか。じゃあ聞くが、悪いのは誰だ?

 一般人――つまりこの女子のように術を使っていない者に術を行使して暴力を行えば、無条件でそいつが悪くなるが」


「な、それは――」


 とエルフがいいわけを連ねようとしたところで、取り巻きの男子たちは迷わずエルフを指さした。


「お、おいお前等! 俺たち友達じゃ、」



「「ない」」



 ――と、エルフは断じられた。さすがのエルフもこれには予想外だったようだ。

 取り巻きたちは、どうせ少しばかりつるんだ程度に過ぎないのだろう。

 おそらくその人柄を最初から知ってさえいれば、彼に構うこともなかったろうに。

 イギルはピーピーとわめき散らすエルフの腕を押さえ、取り巻きたちに目を向ける。


「おい、お前等に聞くが、一部始終を詳しく証言してもらえるか。なに、時間は取らないさ。そうだな、体育2号館で聞こう」


 取り巻きは素直に従い、イギルの後ろをついて行こうとする。

 イギルは宗次に顔を向け、

 

「逢坂、俺は今からこいつらと事情聴取だ。その女子を医療棟に連れて行け。

 聴取は後日、落ち着いてからにする」


 イギルはだいぶこういった事案処理に慣れているらしい。てきぱきと指示を出し、さっさと行ってしまった。


「……宗次くんも、大丈夫?」


 そう声をかける名織は、心配と言うよりはむしろ非難するような声音だった。


「ああ」


「もう……なんで人をバカにするようなことばっかり言うのかな……!」


「……別に」


 それしか、方法がないのだ。

 自分の頬は少し青くなっているだろう。治癒すればすぐに治る。さて、イギルに与えられたミッションをこなさねばならない。

 ――がしかし、これが意外にも難易度の高いことだと、イギルすら思いもしなかっただろう。


「あたしのことは放っておいて。寮に帰る」


 などと少女がごねはじめたのだ。

 そこは名織もかたくなになり、


「いいえだめですよ! ちゃんと治療を受けて明日からまた――」


「……明日? もう明日になったら退学手続きして、消えてやる。こんなガッコ」


 そう固い声でうなった少女は名織の手を邪魔そうに振り払う。

 体のバランスを崩しながらもなお退散しようとする少女を、今度は宗次が腕をつかんで引き留める。

 

「……そんな体で無理するな」


 すると、名織の時とは違い、思い切り嫌悪丸出しで宗次をにらみ、


「よう、見下し野郎。助けなんか求めたつもりはないんだけど?」


 やっぱり、心象最悪のようだ。

 というか少女も少女で結構ひねくれているようだ。だからいざこざも起こったのだろうが。

 その少女は、一言で言えばボーイッシュだ。強気に上向く眉に、引き結ばれた薄い唇。少し跳ねた栗色の髪の毛は肩まで伸びている。

 その少女は、わけのわからない自暴自棄を発症していた。


「こんな学校、やめてやるからいい――いっそ、あんたを殴ったら退学処分になる?」


 少女は名織を振り払い、痛々しく立って見せながら、パンチを見舞う体勢を取る。宗次は一瞬でそれを察知し、拳が眼前に迫り――


 それでも、避けなかった。


 ――――――ゴッ!


 宗次は大きく後ろにのけぞり、踏ん張ってそれを耐えた。

 避けるか受け止めるかするとばかり思っていた名織は、思わず「へ?」とあっけにとられた。

 

「……――こ、」


 と言い掛けて、宗次は血の混じった唾液をベッと吐き飛ばした。

 鋭利な刃物みたいな相手の目を見て、


「あんたのパンチには、腰が入っていない」


 などと言い出した。少女も、思いがけない言葉にキョトンとした。


「……え」


「それに、あんたは術士だ。そんなパンチ、術士として許せない。

 試しにもう一度殴ってみろ」


「「!?」」


 女子二人の表情はどちらも同じく驚愕のそれだった。その少女はさすがに狼狽し、


「あ、あんた何言って……バカじゃないの!?」


「いいから殴れ。その手とデバイスは飾りか?」


「――っこの、クソ野郎!」


 と、煽り上手な宗次である、少女からもう一発を引き出し、青かった頬がさらにひどいものになる。

 だが、宗次は――

 まるでワインをテイスティングするソムリエのような顔で、血でにじみ始めた少女の手を見て、考える。


 ――明らかに、聖術が使えていない。


「だめだ。話にならない。とりあえずデバイスを起動させてくれ」


「はぁ!?」


 もうここまでくると少女はわけがわからない。まるで変態に出会ったような目つきを向けられる。(女子二人から)


「いいから、出してくれ」


 少女はこの変態じみた男が怖くなったのか、抗議は無駄だと悟ったのか、しぶしぶデバイスを差し出す。

 さっき名織が手に持っていた、メタリックブラックの色と質感――聖術を使うための“Sデバイス”である。


「ちょっとそこに腰掛けてくれ。俺は逢坂宗次。キミは?」


大澄彩香オオスミサイカ――あっ」


 自分が自然に挨拶してしまった自分に対してか、「チッ」と舌打ちする彩香。そして渋々、大樹の根本に宗次と腰を下ろす。そんな流れもあってか、名織は蚊の鳴くような声で「鴇弥名織…………です……」とつぶやきながら二人の視界の端の方に座った。


「大澄。術は呪文を唱え、デバイスがそれを聞き取り、あとは勝手に解析して発動される――そんな風な単純なロジックだと思っていないか」


 宗次がやけに落ち着いた声で尋ねてくるので、彩香の雰囲気からも、敵意が萎えたように見える。


「……違うの?」


「ああ、実はちょっと違う。キミはたぶんほとんど聖術に触ってこなかっただろう、初心者にありがちなことだ。

 いずれ授業でも習うと思うが、聖術を唱えるときに感覚の跳ね返りを処置しなければいけないんだ」


 それは果たして図星だったようだ。

 初心者いうことを否定せず。そして自分の無能ぶりを先ほどのエルフにからかわれたのだろう。

 それでもかたくなに術を使わないことは――それはもう使わないではなく“使えない”と推察するのが正しい。

 現に彩香は、まるで熱心な生徒のような視線を宗次に向ける。


「跳ね返りってどういうこと?」


「ああ、用は術のイメージを頭の中でしなければ、その術を発動することが出来ない。

 大澄は腕を固くしたい。だが、それをしなかった――出来なかったからだ。

 まだ聖術をどうイメージしたら自分のものにできるのか、つかめていない。

 術を極めれば、手から血を出すこともなくヒトを殴れる」


「ちょ、ちょっとなにを教えてるの宗次くん!?」


 名織のつっこみを無視するくらい宗次は大まじめだ。

 彩香は、自分の血がにじんだ拳を見つめる。


「説明するより一度、やってみたほうが手っ取り早い。

 そのデバイスに念じるんだ。聖術をこれから使う、と」


「…………」


 彩香はデバイスに視線を落とし、そして目をつむる。するとどうだろう、デバイスが青白い光を放ち始めた。

 宗次はさらに助言する。


「体強化に関しては“叡智の神子アナトア”の領分だ。だから枕詞は

“アナトア、フォク・ウェクス・ブロクン・フルオクム、グレア”。

 フォクからグレアまでは大抵の術で決まっている言葉だ。

 それからデバイスに保存しているショートカットにアクセスする。

 体強化術式は基礎中の基礎だから、最初からインストールされている。だよな、鴇弥?」


「あ、うん。ええと――体強化のファイル名は“STR”ですね、えーと枕詞の次に“リードファイル、エス・ティー・アール、スタンバイ”と唱えれば、いいんです」


「……そ、そういう風にするんだ」


 それも彩香はよくわかっていなかったらしい。


「ああ。本格的な術はまず基礎を学んでから、スペルデザインの講義でも受ければいい」


 スペルデザインとは名織の術名を叫び発動する術のような、独自で術式から考え、正常に発動させるまでの行程を言う。

 要するに“自分オリジナルの術”をデザインすること。


「俺と一緒に言うぞ」


 彩香はこくりとうなずく。


「「――アナトア、フォク・ウェクス・ブロクン・フルオクム、グレア

《グレアより産み落とされし叡智の神子、アナトア》。

 read:file《STR》、stand by――」」


 デバイスが、よりいっそう大きな光を帯びはじめる。


「まぶしい!」


 と目を細める彩香に向かって、宗次はまるで恋人のように――指の間に絡めるように手を握る。


「集中しろ、意識をこの右手に集中するんだ。

 俺の握っているこの手と、これからの大澄の手は、まったく別モノになるんだ。

 あんたは一時的に、カミサマに右腕を預ける。

 そして、それは聖力という力を宿して帰ってくるんだ。想像しろ」


「む、無理、カミサマとかそういうのあんま信じてないし――」


 光が弱まる。


「じゃあ、言い方を変えよう。

 空気と同じように、聖力はそこらじゅうにたくさん浮かんでいる。息を吸ってくれ」


 すぅー……。


「よし、空気と一緒に聖力を今、吸った。それをもって大澄は、自分を変容するだけの力を吸収した。

 手は、だんだんと固くなっていく。

 始めは、まるで木のようにごつごつとしたモノになっていく」


「――――――っ」


 宗次の手の中で、彩香の腕が硬さを帯びていく。


「よし、いいぞ。だんだんそれは、もっと、もっと固くなっていく。身近なモノで言えば、石ころだ。石ころはどこにでもある、大澄の腕だ、それくらい固くするなんてなんでもない。石に出来て、大澄に出来ないことはない」


 ――無茶苦茶を言っている。


 それは宗次自信も思うこと。だが、聖術のトリガーは自己暗示とイメージによる。

 もっと複雑な術式であれば、頭の中のイメージをつなげていったり、それをしながらさらに詠唱しなければならなかったりと、複雑さを増していく。

 が、体強化はそこまで難解ではない。イメージが大切なのだ。

 やがて、宗次の指に挟んである彩香の指が、ざらつき、冷たくなっていく。

 たとえるならば、コンクリートブロックのようだ。重みまでイメージに取り入れたか、彩香の手はどんどん下がっていく。


「……あ、あたしの手、すごく――っ固く……!」


「落ち着け。そのまま、俺を思い切り殴ってみろ。来い!」


 彩香は、思い切り振りかぶる。迷いは、無かった。



 ――――ゴッ!!!



 さっきとは比べものにならない、まるで岩石の襲来のごとき一発。

 しかし、肝心の防御はといえば。


「――――あれ、あ、……ちょ、っと?」


 宗次は沈黙したまま、彩香が揺さぶってもぴくりともせず。

 教授に徹していたせいで、自分が体を強化する前に、打ちのめされてしまった。

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