エピローグ 告白
事件のあった日の明朝、宗次は一人、生徒会長室に呼び出されていた。
宗次はソファに腰掛け、皐月が出してくれた砂糖もミルクも付いていないコーヒーを眺めている。
宗次は舌が幼いため、ブラックコーヒーの苦みはてんでダメなのだ。
「とりあえずお疲れさまでした。宗次」
同じコーヒーを入れた皐月はそれをすすりながら宗次の対面に座り、
「トーマのことについて少し聞き出せたよん。
彼はディバイド参画集社と関係していたスパイで、キミの素性については入学前から知っていたそうなの。
入学前に襲撃を受けていたそうだけど、その正体も彼――いや、彼らがやったって言ってた」
「じゃあ……少なくとも学校で、俺に危害を加える輩はいなくなりますか?」
「残念ながら、むしろ激化するんじゃない?」
しれっと、皐月はそう言いのけた。
「何故、ですか」
「トーマがあなたを殺そうとする目的は本人から聞きました。
でも、問題はその母体の正体。
トーマは自分を指示する人のことについて、何も知らないんだって。
嘘は聖術ですぐ見抜けるけど、どうやらトーマは最後まで嘘をついてはなかったわ。
トーマがいた組織には深い根があるっぽいね。
集社って言う第三者組織にまでキミの脅威ぶりが波及してんのかも――
末端じゃなくある組織の根幹が、キミを恐れてるってことだしね」
皐月は少し気の毒な顔をして、
「キミには端的に“これからも気をつけろ”としか言えないわね。
それに自警部の活動も、宗次は捕縛行動をとらない。名織に任せるしかないっかなぁ」
「…………」
困ったような、けれどあっけらかんとした皐月の助言に宗次は言葉を失う。
そんな宗次たちのもとへ、
「ぃーーーーす……あれっ師匠? うーーーっす何してンすか!」
場違いなほど脳天気な挨拶が出入り口の扉から投げかけられた。
「……バロ……――」
ット、と喉元まで出かかった宗次の言葉が詰まった。
バロットの肉体は全獣化から中途半端にヒューマンナイズドされ、もはやほぼ二足歩行の服を着た狼と言ったほうが自然な出で立ちで立っていた。
背中の骨格がヒューマンのそれには戻らないのか、猫背のようなカーブを描いている。
顔は包帯で覆い、白いマントに身を包んでいる。
そんな姿でうろちょろされたら、不審に思われるに決まっていた。
そんな半獣を非難の目で見た宗次にバロットはすかさず弁解する。
「い、いやぁ、なかなかこの姿、元に戻んなくてですねっ。
ただちょっとあのその、生徒会長にいきなり出頭命令出されたらそりゃ来るしかねーなと思い……」
バロットの言葉を引き継ぐように皐月は「うん」と笑う。
「教会の周辺に巨大なゼリー状の物体。全獣化ウルフの学園内徘徊。
自警部部長を含め、その姿は結構な数の人が目撃されてるのよね」
「な、何の話でぇ!! ……お、オレは何にも知らねぇけどさっ」
三文芝居のようにふいっとそっぽを向いてかすれた口笛を吹き始めたバロット。
それに対し、皐月は「じっとー」と疑いの擬音を発しながらバロットへ近づく。
わきわきわきわき。
いやらしい手つきでバロットの体の体に絡むと、その体毛をふんだんになでくり回し始めた。
「あひんっ! ちょ、何しやがるてめっ」
「ほれほれーー。じゃあこのモコモコの体毛はなんなのかなー?
私の目がちみの粗雑な演技にごまかされるとでも思ったのかなー?
そーじぃ、バロットクンは悪目立ちしちゃうから、これからしっかりと管理してねっ。
ぐへへーっもぉふもふもふもふーーっ」
「ぅぐ、や、やめっ!……うう……なんかこのネーチャン、オレいやだァ!」
なんだか嫌がりながらもどこか恍惚とした表情のバロットが心底気持ち悪い。
皐月はバロットをなでながら、思い出したように宗次へ向く。
「あ、私はまだバロットクンと話すことがあるので、宗次はもう帰っていいよっ。
だいじょーぶ、ちょっとこれからのお話をするだけだから。
このもこもこを毟ろうってわけじゃないからねっ」
「え、えぇっ。せめて師匠を立ち会わせてくれ! アンタと一人なんてやだよオレぇ!!」
「――別に毟っても俺はかまいませんが。では」
ピンッ☆と軽快なウインクを飛ばした皐月に一礼して、宗次は退室した。
「ちょっ、待ってください、師匠ォ――――!!!!」
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
「だから、告白とかそういう気持ちはないし――
賭けに負けとか勝ちとかそういうレベルのことじゃないの!
あの人とは特別とかそういう感情は一切なくてですねっ……あぁっ、もうっ、ほのちゃんのわからずや――っ」
宗次が生徒会室から出ると、バロットへの懸念も払拭しきれないままに、新たな懸念事項が目の前に現れていた。
ただし、その人物はいつぞやのように宗次の進行を阻止するわけでもなく、通路の隅っこで丸くなって誰かと通話している。
「……鴇弥、さん?」
「ひゃいっ!?」
宗次が声をかけると、誰かと――おそらくほのりと――通話していた名織はびくんっと飛び跳ねた。
おそるおそる、首をこちらに向ける。
その顔は蒼白から一転、どうしてか紅潮しはじめる。
「お、おお、お待ちしていました……」
とても、そんな風には見えないくらい、名織の体はガチガチに固くなっている。
とりあえず場所を変えようと提案され、二人は噴水の前へとやってきた。
朝焼けの暖かな光が、春の冷気をまとった草花を貫いている。
ぶつぶつと何か小声で自問自答していた様子の名織は、
「……ぃよし」
と誰にともなく気合いを入れ、
「……逢坂さんが皐月会長と話してたとき、私と噴水で鉢合わせしましたよね。
影からあなたが手紙の本人だったことを知ったときです。
あのとき――私が逃げたとき、本当に嫌な気分だったんですよ?
実際、ちょっと泣いちゃってましたし」
「それは……申し訳ない」
「なんであの手紙の人が私にひどい扱いをするんだろう、って思いました。
……それで、ほのちゃんへの嫉妬とか、逢坂さんへのくやしさとかいろーんな葛藤が一度にごちゃまぜにやってきて、もう、一時はダメになりそうでした。
あなたという人がわからなくて。
今なら……まあその、理解できますから、もういいのですけど」
言いづらそうに目をそらしたまま、名織は続ける。
「ティアンスの講義ですが、ちゃんと履修してくださいね。
私も、ほのちゃんも待ってますから」
一呼吸おいて、名織は「それはそれとして!」と急に仕切り直す。
名織は今度はキッと宗次をにらみつけ、
「ぷにぷにちゃんのこと! ぷにぷにちゃんって、結局どうなったんですか!?
生きているんですかっ」
「ああ、それは――」
『なぉぃ、よんだー!?』
突如、どこからかどこまでものどかな声が二人の間に割って入った。
名織は周りを見回すが、何もない。
「……俺の影を見て欲しい」
宗次の助言に、名織は顔を下に向ける。
こぽ、こぽこぽ――
宗次の影は、まるで水面のように泡を――真っ黒な泡を吹いている。そこから、
「ほよー!」
ぷにぷにが、影の中から勢いよく名織の懐に飛び込んできた。
名織は思わず顔をほころばせ、安堵の表情を浮かべた。
「あぁ……ぷにぷにちゃんは、死んでいなかったんですね――」
しかしその言葉を裏切るように、宗次は首を振る。
「死んでは、いる。ただこの子は、そのことに気づいてない。
理解できない、と言った方がいいか。そこまでの知能がないんだ」
「ほよほよ?」名織の頬で、ふるふると疑問符を浮かべて揺れるぷにぷに。
宗次は粛々と言いのける。
「……俺は死んだ魔物の魂を自分の“中”につなぎ止めておけるんだ。
それがその魔物にとって――おそらくいいことではないんだろうけど」
ぷにぷには、すかさず体全体を横に揺らした。
「ほよ。ほよはいいことー」
「……うん。俺はお前とずっと一緒だ。だからもう大丈夫だ。
今日は俺の“中”でじっとしていてくれ」
「ほよー! そーじも、なぉぃも、だいすきー!
いつでもあえるー!」
ぴょいーん、と力強くジャンプしたぷにぷには、元気よく影の中へ、トプンと入り込んでいった。
「……あなたって、本当にどうなってるんですか」
宗次の影をためつすがめつする名織に、宗次はやがて意を決する。
「……鴇弥さん。俺は、この学園で自分にはないもう一つの力を手に入れるためにやってきた」
「? それは、どういうことですか」
「七聖の――俺の3人目の父親のダンに言われた。
それを手に入れなければ卒業しても魔界へは行かせない、と。
そう、ダンは“おまえに足りないものがある”と言った。それは――」
宗次が今一番手に入れたくて、手に入れたくない、ジレンマを生み出す存在。
だから今も、それを口にするのが怖かった。
拒絶される恐怖。受け入れられたとしても、守りきれなかった恐怖。
その二つの恐怖を飲み込み、宗次は一言、
「………………仲間」
「な……か、ま?」
脂汗がじっとりと体から浮き出てくる。その告白は、宗次にとってとても苦しいものだった。
――鴇弥名織だけは、自分の人生には関わらせない。
その決意は……何の偶然か、すでに打ち砕かれている。
宗次は目をつぶり、息をするのも忘れ、ただ名織の反応を待つ。
どんな攻撃よりも、名織の言葉の刃が一番怖かった。
――やがて、
「…………そうかっ!」
得心したような声がして、
「そうだよ、好きとかそういうのじゃなくていいんだ告白って!
そっかそっか!」
「……?」
おそるおそる目を開く宗次は、名織の……まるで闘志に燃えるような眼差しに貫かれた。
「逢坂さん。私はあなたを守りたいです」
そう前置きした名織は、
「私はティアンスのトップクラフトを目指します。
あなたはディバイドのトップクラフトを目指しましょう。
だから私たちは、公私ともに二人で戦っていくんです。すべての闘いを勝ち抜くんです。
二人で、頂に登りましょう」
それは思ってもみない提案だった。名織は、
「私は正直、実力ではまだ遠くあなたに及びません。
その代わりに“権力”で出来るだけあなたを守ることは出来ます。
……私はただの元有名人かも知れません。
けれど、あなたに協力できることは、決して皆無じゃないんです。
代わりに、誰も見たことのない闘いをしましょう」
彼女の幼いつぶらな瞳は、勝利に燃えたぎっているようだった。
宗次は内心安堵と不安をぐつぐつと煮やしながら、ふっと息を吐き、覚悟を口にする。
「鴇弥さん、必ず約束する。俺は命に代えてもあなたを守――」
「ちょちょ、ちょっと待った!!」
焦って言葉を制止する名織。
「な、なんで惜しげもなくそんなこと言えるんですか! ば、ばかじゃないですか!?
なんだかその、気恥ずかしいセリフを抜き出してこないでください、もぅ!
……あとですね、その『あなた』という呼び方もしっくりこないのでやめてください。
最初と同じでいいですから……」
「でも」
「いいって言ったらいいんです。
だって、13歳なんですよね?
同い年なら、言葉遣いも呼び方もそれなりのものがあります。
……私もこれからあなたを宗次くんって言ったほうがずっとしっくり来るのかな」
「……じゃあ俺も、もう君の敬語はいらない」
「そっか、ここでは唯一の同い年ですもんね。
……あ、じゃなかった、同い年、だ、だもんね」
たどたどしい自分の言葉に「えへ、ちょっとこういうの、慣れません」と苦笑した。
宗次は再び言い直す。
「俺……俺は鴇弥、君を守る。だから……目指そう。トップクラフトを」
宗次が差し出した右手は、笑顔とともに握り返された。
「はい――宗次くん。一緒にトップクラフト、目指そうね!」
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その日の、放課後のことである。
全校生徒のデバイスが強制起動され、学内施設のスピーカーはすべて一人の人物にジャックされる。
『あー、あーあー。ごうがいごうかーい。聞こえるかな?
あっくまでもみんなアイドル的なアレであって近所のお姉さん的な立ち位置ではないプロポーション抜群のブロンド長髪の生徒会長、ヴィオン・クローロジャッジュ・皐月だよーん。
わーぱちぱちーもっとうやまえーとうとべー』
途中『あー、こほん』と間を挟み、
『ただいま来年度の学内トーナメントシップの選考会の案が決定しました。
本当は交渉部の内渉科長トーマが発表する手はずでしたが、彼がたいちょーふりょーの憂き目に遭ったんで、イベントのアナウンスは私がしまーす。
イベント名――“不殺のジェノサイド”。
開始時期は来月初め、1年から順々に予定してまーす。
詳しいことはまたデータで資料を配布しますが、まー、だいたいわかってよ。
殺戮者から逃げ仰せた者に栄光は訪れるーーつまりは、そういうこと。
というわけで以上、号外でした。ばいわーい』
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