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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
22/49

VS “the powderizer”

  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 芝生広場の端で、トーマは腕を組み教会の入り口をにらみつけていた。


「……待てねぇ」


 自分の未来を犠牲にしてでも、遂行しなければならない任務がある。

 逢坂宗次は、悪魔だ。あいつはこの地球とアミギミアを、きっと災禍の渦に巻き込むだろう。

 その魔界と他の世界同士の火種をここで断ち切る。道理としてはまったく外れてはいない。

 いままで、自分にそう言い聞かせてきた。これからもその意志が変わることはないだろう。


 ……やがて、教会の屋上から陰が見え――草原へと降りてきた。

 その男こそ、求めるターゲット、逢坂宗次。不幸なことに、足取りは至って普通。

 先ほど与えた攻撃は嘘のように治ってしまっているようだった――まるで、無傷のようなたたずまいじゃないか。


「勝てっかなぁ、コレ」 


 そしてトーマは考えるのをやめた。




 ――殺すか。




「おおおおおぉおおおおっ!! 豪波ごうはしょう!!!」


 ルーンのパターンは、空間術と風術を自分なりにアレンジした融合聖術。

 大出力で途方もないパワーバランスを傾けたその術は、当然体力を消耗する。

 だからこそ威力は絶大だった。

 ソニックブームが轟音を引き連れて、草原がめちゃくちゃに壊滅していく。それだけでなく、教会の建物も真空波に削られ、破片を散らしていった。

 瘴気は周りに吹き飛んで行った――今こそが好機。前方は、風に耐えきった宗次のみが立っている。


「放てッ」


 トーマの号令を合図に、雑木林の中から光の矢が現れた。瘴気の黒い霧を吹き飛ばしながら、宗次を貫かんと風を切る。


「――――――」


 宗次は腰だめになり武器――刀を取り出した。

 ――その刀身は、おそらく瘴気が取り込まれたのだろう、禍々しく黒い薄光を帯びていた。

 そして、聖術の矢を一閃、二閃、翻っては三閃。

 その黒い刀によって矢は一瞬のうちに霧散した。


「矢とは、こう放つんだ」


 宗次の空いた左手が、黒い煙を帯び始める。煙はうねうねと形を変えていく。

 やがて宗次の手元には、しなやかな形のまっすぐに張られた弦を張った――漆黒の弓が顕現した。

 即興で、武器すら作る。この男には際限というものが全く見えてこない。

 だからこそ殺さねばならない。


「総員、木陰に隠れろ!!」


 しかし、トーマの忠告は無駄に終わる。

 光の矢が飛んできた方へ向かい、宗次は同じく漆黒の――瘴気で出来たであろう矢をつがえ、一瞬の間隙も与えずに連続3本、矢を打ち放つ。

 ――速い。

 矢をかけるのも照準も矢そのもののスピードも、まるで常軌を逸した疾走感を帯びていた。

 何度も狩りを重ねてきたような、少年という域を遙かに超えているであろう逢坂宗次の実力。


 ――頭おかしいんじゃねえかこいつ。


 トーマがそうつぶやくと同時、くぐもった悲鳴が三度みたび聞こえ林の中の弓手は全員沈黙した。


「聖術の矢は木の幹や枝にぶつかって終わりだ。

 だが、瘴気は障害物にぶつかれば、ある程度慣性を維持しながら霧散する」


 宗次はいらぬ解説をご丁寧にもしてくれる。


「ちぃ――やるぞ!!」

 

 瘴気は無い、分はまだこちらにある。雑木林の中から飛び出し一斉攻撃をかけようと、宗次へと猪突猛進する。

 その数、10。

 勝つ、絶対に――!!

 そう誓い前進しようとしたトーマは違和感を覚えた。が、


「下がれ、引けお前らっ!!」


 トーマが違和感を覚えた間もなく足下が冷たい感触で覆われる。

 果たしてトーマの言葉はまたも彼らに届く前に、


「うわっ!!」「あぎゃっ」


 足を取られ、ほぼ全員が転んでしまう。

 突然、でこぼこした足場が現れたのだ。よくよく見れば、それは氷で出来た床だった――

 通常の術士ではあり得ないスピードで形成されて、元は草原だった場所一帯を白色に染めていく。

 きっと先ほど現れた、鴇弥名織の仕業に違いなかった。

 氷の床に足を取られて身動きが取れなくなった者の躯に、次々と瘴気の矢を射る宗次。矢で貫かれた者は、うめくばかりで使い物にならなくなる。

 攻撃はそれだけではない。

 上空から、薄い氷の球が次々と降り注いできた。

 その球の中には瘴気の煙が詰まっていた。薄い氷の層に閉じこめ、フィールドに落とす――つまりは瘴気の爆弾のようなものを、鴇弥名織が即興で作っているに違いない。

 華術で鍛えた繊細なセンスがこの瘴気爆弾を作れる理由なのだ。

 ご丁寧に氷の球は部下たちの近くでパキンと割れると、瘴気がその周りに広がっていく。

 逃げるための聖術すら掛けさせるいとまも与えずに、仲間が超常的な速度で的確に猛駆逐されていく。


「これ以上はやめろ!!」


 つい、不覚にもトーマはそう叫んでしまった。

 瘴気が再び蔓延しはじめたフィールドで、その言葉が闇を貫く。


「よくそんな都合のいい言葉を吐けますね」

 

 雑木林の中、一際大きくそびえ立つ杉の木のてっぺんに鴇弥名織は立っていた。

 そして言葉を続ける。


「トーマ先輩は誠実でまじめで、みなさんからの信頼も厚い人――そういう印象でした。

 それがどうしてこんなことをするんです」


「……誠実で、まじめで、周りの信頼が厚いと思ってもらえる人間が、どうしてこいつを野放しにするんだ?

 悪魔の仲間のお嬢ちゃんよ」


 そう、頼りになる男。自分は周りからそう思われてきた――はずだ。少なくとも、トーマ自身はそう思っている。

 だからこそ宗次を抹殺しようとする。正義のために突き進む。理由はそれだけでじゅうぶんだった。

 名織は、まるでうなだれたように一度だけうなずくと、


「そうですね――あなたは信じる人のために戦うべきです。そして私たちも、そうします」


 そして何かを、名織は唱えた。

 その瞬間、足場の氷が天へと昇るようにぱきぱきと音を立てて成長していく。やがてはアーチを描くと、氷はトーマを完全に覆ってしまう。


「こざかしいっ!!」


 それを拳一突きで割った瞬間――

 視界の全てが突然、見渡す限り黒い世界になっていた。

 先ほどの月夜も星も、鴇弥名織も逢坂宗次も、真っ黒な霧――瘴気に覆われ、見えなくなってしまっている。


「……どうなっている?」


「――氷室鏡宮ミラーハウス


 ぽつりと放たれる、少女の冷たい声。


「はっ! どんな術かは知らねぇが――こんな子供だまし、打ち砕く!

 おおぉあああっ!!!」


 ありったけの力を込め、手のひらから衝撃波を繰り出す。

 瘴気と氷の壁は豪風に巻き込まれ、囂々(ごうごう)と唸る破砕音とともに周りへと散っていく。

 そして、聖術のルーンを作るためのポケットが出来た。ここから反撃に打って出ようとする、と

 


 ――ぴき、ピキピキキ、パキパキ


 

 それを邪魔するように、再び氷の壁が形成された。


「もう一撃!!」


 今度は地面へ術を繰り出すようにして、足下の氷をバキバキと破砕し、周りの瘴気を払いのける。

 だが、おかしい。どうしてか払っても払っても瘴気が消えることがない……上空から、追加の瘴気が殺到してきているのだ。


「こんなこと、ありえんっ! 幻術か!!」


「違います。幻術なんかじゃない」


 逢坂宗次の声がした。

 氷の壁を挟んだ先に、刀を持った宗次が立っている。

 トーマは氷の床に自分の足を貫通させるほどに地面を蹴り、氷の壁を殴り砕き、宗次へと肉薄。


 一撃、二撃、三撃!


 拳を振りかぶっては、突き刺すように宗次へ浴びせようとする――

 宗次はその拳を払いのけながら、まるでダンスのようにくるくると旋回し、翻り、拳から逃げる。

 上下左右、反転、フェイク。こちらが足をすくわれそうになりながらも拳を振っているというのに、逢坂宗次はまるでスケートリンクの演者のような自由さで避け回る。


「くそ!」


 宗次は裸足だった。

 熱か?それとも別の要因か――とにかく宗次は氷を吸着させる何かによって、この場を容易に動くことを可能にしている。

 トーマは攻撃をあきらめ、宗次に背を向け走る。

 しかし、いつの間にか透明な氷の壁が屹立して、前方のルートと視界を阻んだ。

 トーマは舌打ちし、ルートを変更しようとする。

 しかし右も左も前も後ろも、見渡す限り氷の壁と黒い霧が覆い尽くし、方向感覚を不明瞭にさせていく。

 しかもその先には――またも黒刀の少年、逢坂宗次が立っている。


「なんだよ、これ……ッ」


 ――逃げられねぇ。


 その言葉をグッと飲み込んだ。せめてこのフィールドから待避を図る。

 しかし足取りも意識も鈍くなってきたトーマは、立ちはだかる逢坂宗次に術を浴びせる体力も、殴りつける体力すらも残っていない。

 瘴気が躯を蝕んでしまっているのだ。

 呼吸が苦しい。気持ちが悪い。まるで、酔ったときのような吐瀉感が、頭をぐるぐると巡る。


「――がああああっ!!!!!」


 だがもう一度、ありったけの力を込めて衝撃波をぶちまける。瘴気を体に浸食させないためだ。

 しかし、周りの瘴気は減っていくどころか、むしろ頭上から降り注いでばかりくる。

 まるで、闇の迷宮に閉ざされたように、脱出するすべも反撃するすべさえも見あたらない。


「くっ……そ……どうして……」


 がくん。

 ついに、トーマは膝をついた。

 地面にへたり込んだトーマは、すでに息も絶え絶えになってしまっていた。


「答えをお教えします」


 弱り切ったトーマの前に、いつのまにか宗次が立っていた。


「この迷宮は、鴇弥さんの聖術で周りを氷のドームで覆っています。

 あなたがドームの真ん中で術による気流を発生させれば、ドーム状の形を伝って、瘴気は流れを作りまたあなたの元へ戻ってきます。

 あなたの体内の聖力が尽きるまで、あなたを絶対にここから脱出させません」


 聖術の素である聖力が薄くなったこのフィールドでは、思うとおりの出力も出すことができない。

 もはやトーマは、詰んでしまっていた。


「お前は……いったい、何者なん、だ……」


「……あなたが出会ったどのディバイドでもあるし、どのディバイドでもない」




 その時。トーマには宗次の背後に――骨張った形の恐竜のような姿が見えたような気がした。

 その血にまみれた血管が浮いた目が、ぎょろりとこちらをめ付ける。

 トーマはほどなくして、意識の全てを瘴気に侵され気を失った。




 ――俺は、間違っちゃいねぇ……。




  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽ 



「時刻、0102。制圧完了です」


 名織はデバイスを開いて皐月へと報告している。

 宗次は、捕縛された人たちを見た。皆が真面目そうで、善良そうな男女の生徒だった。

 その手には、石膏のような形をした、クリーム色の錠によって身動きを取れなくしている。

 聖術手錠――以前皐月からもらったものだった。

 デバイスでかざし手錠自身を読み取ると――捕縛者情報“鴇弥名織”とまで出てくる、優れものだ。


「絶対に逢坂さんは捕縛行動をとりません。けど私のなら、問題ないですよねっ!」


 と、名織が嬉々として語ってくれた。

 宗次は、ふうと息をついてへたり込む。足の皮はぼろぼろに剥げていて歩けなかったのだ。


「あ、逢坂さん、大丈夫ですか!?」


 宗次はトーマとの戦闘時、足を氷のように冷たくさせていた。

 そうすれば、氷同士は滑ることがない。その性質を宗次は利用したためだ。 


「……これくらいどうってことはありません」


「で、でも……あ、ありません?」


 強がられたことよりも、突然敬語を出されたほうに名織は動揺した。


『――ちょっと、二人とも聞いて』


 だが、事態はこれで収束めでたしめでたし……とはいかない。


『問題発生よ、二人とも。

 蔓延している瘴気が消えないことによって“事態沈静化命令”が下った』


「……どういうことですか」


 宗次の問いに、皐月は要点を述べる。


『つまり、瘴気を発生させた宗次にペナルティってワケ。

 これが0130――つまりあと30分でクリアできないと、教師側に私の権限を全て委譲しなければならなくなる。

 それがどういうことか、わかる?』


「……責任問題、ですか」


『まあニュアンスでは大当たりだね。生徒では処理しきれないと判断されたらその分の引責を取らされるってワケだ。

 キミも、私も。

 ねえ……いますぐに、その瘴気を消す方法って何かもってないのかな?』


 宗次は、悔しさに歯がみする。


「……俺にはもう、何も方法はありません」


 為すすべは無い――そう、死んでしまったのだ。

 ぷに助と呼んだあの瘴気を浄化するスライムがいたならば、可能であったかもしれない。

 だが、それはもう出来ない。このおびただしい瘴気をそれ無しで片付けるなんて、無理に等しいことだった。


「逢坂さん……」


 どうしていいかわからず宗次を見下ろす名織と、へたり込んだまま動けない宗次の元へ、


 ひた、ひた。


 ゆったりとした足取りで、巨狼のバロットがやってきた。


『師匠。よくよく見ると、師匠ってヘンなモンいっぱい持ってるんですね』


「……何のことだ」


『その師匠の中にいる奴らですよ。

 いったい昔、何があったかは聞かねぇ。

 けど……やべぇのが体の中にいっぱい詰まっている。それだけは言える。

 師匠は、魔物の“つなぎ止め方”を知ってるワケだ』


「何を言いに来た?」


 バロットの意図がいまいちくみ取れない。

 するとバロットは突然空を見上げ、またも念じ言葉を出した。


『いえね、まだ一つチャンチャンとこの場を納める方法はあるってことを伝えに来たわけですよ、オレぁ』


「……?」


『師匠、声が聞こえやす。“師匠を助けてぇ”って、“だからオレの力を貸せ”っつう、何ともけなげでわがままな声がね』


「……それは」


 宗次は、ピンと来ることがあった。だからこそ、同時に心が震えてしまう。

 ただの人であった宗次には聞こえず、バロットには聞こえること。

 それはウルフの“クオリティ”の一つ――

 死者の声が聞こえるということ、だった。


『一族の本能っツーんですかね……

 オレは不思議と死者の“使い方”がわかるンですよ。ってぇワケで』


 バロットは首だけ振り返り一言、宗次へ念ずる。

 

『師匠が構わねえんなら、そいつの望みを叶えてやりてぇ。

“あんたに尽くしたい。自分はまだナンもしてねぇから”って、死んじまったスライムの望みをね。

 そいつの魂、師匠の中につなぎ止めますぜ』


「……どうして……どうしてあいつはここにいてくれるんだ」


“ぷにぷに”と名織が名付けた、自分が“ぷに助”と名付けたあのスライムが、ここにいる。

 死んだ今も、自分のそばにいてくれた。


『ンなこと、わかりきってるでしょうに』


 瘴気を食べる――それがあのスライムの生きる意義であり、果たすべき役目だった。

 宗次のために。 






「………………頼む」



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



 0105――教会の上に巨大なゼリー状の物体が出現。スライム――魔物である。

 正確には、瘴気を取り込んだせいで“成長”しすぎてしまった姿だった。

 そのスライムは心から楽しそうな顔をして、黒い煙をまるで掃除機みたいに吸い込み続ける。

 死んだことすら忘れたような、嬉しそうな顔をして。

 瘴気を体内に取り込んでは、揺れて、笑って、肥大していく。


「ぷぅに~~ぷぅぅぅに~~~」


 肥大したせいで、声まで太くなってしまったスライムは、トーマも含めた捕縛者たちをその体で飲み込む。

 驚愕しながらもがく捕縛者は、ほどなくしてスライムの中から解放される。


 スライムは、彼らの体内にたまった瘴気すらも自分の糧にしてしまったようだった。


「みんな、みぃ~~~んな、どもだち~~~~~。

 ほよほよ~~~~」


 ――そのスライムにとっては、きっと、そういうことなのだろう。



 0110。皐月の指示から実に約10分の間に、瘴気とそのスライムは、跡形もなく消失した。

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