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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
21/49

氷の解けるように

 瘴気は土地を侵す。

 瘴気は人間を冒す。

 瘴気は自分を犯す。


 

「………………」


 宗次は教会の中で目を覚ました。

 いや厳密に言えばずっと目は覚めており、しばらくあぐらをかいたまま黙りこくっていた。

 ――瘴気を放出させたあのときから、意識は明瞭だった。

 だからこそ、宗次は顔を手のひらで覆い、ため息を吐いた。


「……愚かだ。なんてことを」


 たしか5人ほどの敵を瘴気に巻き込んだ。巻き込んでしまった。きっと彼らは一週間ほど、心神喪失が続くかも知れない。

 宗次は手を握っては開く。今は、自分の感覚通りに動いている。

 痛みも、毒による症状もすべてなくなっていた。

 治癒術など、宗次には必要がなかった。濃度の高い瘴気に浸かりさえすれば――


「――化け物め」


 そう、独りごちる。

 さっきの自分は意識があったにも関わらず、自分自身をコントロールできなかった。

 瘴気の放出も、自らが発する言葉も。

 二重人格のような、自分の中にもう一人別に自分がいるような感覚を、確かに感じていた。

 自己防衛する、もう一人の自分の感覚を、だ。


 ふと宗次は周りを見渡す。教会の中は黒い煙が充満していた。

 さて、これからどうするか。

 瘴気まみれの中立ち上がり、また頭を巡らせようとしたとき、ステンドグラスから射す月の光が、突如遮られる。


 バァ――ンッ!!


 音とガラスをつんざき、教会の外から白銀の毛並みを持つ巨大な狼が転がってきた。

 額から頭にかけて、青く光るたてがみが、魅了されるほどに美しい。

 その狼は、


「オゥオゥアォォオオン……」


 何か言わんとしてもごもごしながら鳴いたが、意味が分からない。

 狼は一瞬ハッとした顔をして、


『――おっと、いけねぇいけねぇ、この姿じゃしゃべれねぇんだった。

 師匠、やっぱこのキャラ辛ぇぜ!

 なんかインテリぶらなきゃいけねぇ気がしてさ』


 耳の奥から響くような幻術を、その狼は使いこなす。


「……どうして来た? バロット」


 巨大な狼――バロットは、ふしゅぅうっ、と大きく鼻を鳴らした。


『そりゃもちろん、成果の発表さ。一番先に伝えなくちゃいけねぇって思って。

 なんと、全員治癒して死者はなし。すげぇでしょ?』


「そうか……ありがとう、バロット」


『いいってことよ、オレの……やっぱさ、師匠だよ、あんたは』


 バロットは歩み寄り、顔を宗次の体にこすりつける。骨をも砕く牙も、綱のような髭もすべてが雄々しい。

 この姿だと、不思議と気持ち悪い感情は湧いてこなかった。


『なあ、宗次。やっぱりオレはあんたの師匠だ。

 やっぱり敬語じゃねーと、なんかむずがゆくて仕方ねぇ。

 てえわけで、師匠って呼んでいいっすよね!?』


「……好きにしてくれ」


 ぎらぎらとした動物の瞳がいっそう輝いていて、否定する気が起こらなかった。

 バロットは、周りを見回しながらのろのろと歩く。

 

『ここは落ち着くな。スゲェ落ち着く』


「ああ。瘴気に満たされているからな。

 ただ、その体であまり長居しないでくれ。目が付きやすすぎる」


『でも、今から戻っても人だかりでウチには入れませんぜ?』


「……そうだな」


 であれば、ここに身を隠すほうが良策と思える。


『いろいろと、疲れちまった。いったんオレは一眠りしますぜ』


 全獣化した上に治癒の連続で、体力を消耗しているのだろう。

 バロットは隅のほうに有無をいわさず座り込んだ。


「……なあバロット。おまえの目標はなんだ?」


『ん? もちろん、家族を楽させることさ。

 今は地下街区域にいるから、会えねぇけどな』


「……そうか」


 しばらく、沈黙が続いて、やがて宗次はぽつりと言った。


「……退学するなよ」






 その一瞬、おぞましいほどの野性を向けられた。

 それは、本能的な――――――殺意。

 

 

 

 

 

 バロットのいるほう――いや、バロットが、殺意をむき出しにしたように、宗次には思えた。


『しねぇさ、もちろん』


 バロットは、眼光が鋭く光し、続ける。


『あぁ、そうそう――』


 ……こいつ、何を企んでいる。

 そう身構えた宗次は、信じられない一言を聞く。


『お姫様も、連れて来ちまったよ。なにぶん、顔に似合わず強情でさ。

 今すぐ説得できますかい?』


「なに――」


 宗次は、割れたステンドグラスを見上げる。

 そこにはぽつんと、月光を受けてきらめく白い制服の、白肌の女の子が見下ろしていた。

 あろうことか、鴇弥名織だった。



  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽



 不思議な状況だと、宗次は思った。

 絶対に決別しようと思った女の子と、教会の屋根の上で対峙している。

 瘴気は教会の上も取り巻いており、名織は聖術で作ったサークルの中に避難している。


「ほのちゃんから聞きました。逢坂さん、手を貸してくださって本当にありがとうございます。

 それをまず、言いたかったです」


「……」


「安心してください。誰もいません、私だけです。だから、本気でお話したいです」


「そういうことを言いたいんじゃなく、」


「教えてください逢坂さん。あなたはアルガ・ヴェア・シュンイチくん、ですか」


 直球の質問で、まっすぐな瞳で宗次を射抜く。


「……ちがう」


「誰だ、とは聞かないんですね」


 失態。

 名織は続けた。


「私への手紙は全部取ってあります。あなたは本当は13歳の少年なんですか。私の“即興創作”に感動してくれた、直筆の手紙を私に送ってくれる、純粋に、私を好いてくれる人なんですか」


 この子は、真実を見抜いている。

 だが、宗次にはうなずくことができない。


「……フレンド登録すると、おもしろい機能があるんです。

 他の人が書いたノートの内容を見れるんです。これじゃ、授業さぼる人が出てきちゃいますよね」


「!!!」


 自分の筆跡が見られた。漢字もうまく書けない、へたくそな自分の字が。

 送った手紙のつたない字と同じものが、見られてしまった。

 そして、そんな一巻の終わりの顔をした宗次を名織はくすっと、笑う。


「うそです。そんな機能はありません」


「……」


 またも失態。むしろだめ押しの一手で決定打を打たれてしまった。

 ここまで来て、観念しないほうが愚かというものだ。


「…………少し、昔話をしなければならない」


 宗次は名織のそばに、へたり込むように腰を下ろす。

 名織はちょこんと体育座りして、耳を傾けた。


 宗次は死にかけていた日々のことを思い出す。さて、どこから話せばいいだろう。


「アルガ・ヴェア・シュンイチ……俺の前の偽名だが――同時に、本名でもあった。

 悪魔点に落ちる以前、俺は君塚瞬一という名前だった。

 そして、アルガというウルフの親が前にいた。

 俺の二人目の父親だ」


「ウルフの……親ですか」


「ああ。俺は魔界に落ちてすぐ、

 アルガの子供の一人を殺した。俺にとってその子は、狩りを成功させた初めての生き物だった。

 それを俺は、食おうとしたんだ」


 宗次は名織を見なかった。名織からは返事がなかった。


「俺は……見つかったアルガにぼろぼろにされた後、何故かそのアルガに生かされた。

 その理由は、未だにわからない。

 アルガには、まだ生き残った子供がいた。『次に私の子を殺したら、お前の四肢を引き裂き、命の限り苦痛を与え続け殺す』そんなことを言われた。幻術の、言語を超越した俺にも理解できる言葉だった。

 アルガは俺に狩りと魔術を教えてくれた。彼は師匠であり、親だった」


「……その、アルガさんは今も、魔界に?」


「アルガはデビルに殺された」


 またも、名織の言葉は途絶える。


「だから、アルガ・ヴェア・瞬一。

“ヴェア”はヴェル・ヴェア・ダンから取った。

 逢坂宗次という名が決まるまで、しばらくはその名前だった。


 ……だから俺は、デビルに復讐したい。

 魔界に落とし一人目の親を殺し、魔界の中で二人目の父を殺したデビルを」


 ふっと息を吐き、宗次は名織へと向いた。

 名織のまっすぐな目に、最後の反抗を試みる。


「そんな理由だから――鴇弥にこれ以上の危険は冒せられない。

 ……あんたは……いや、……あなたは。俺にとって大切な人なんだ」


 ぴく、と妙な呼び方に顔がこわばり、相当面食らった様子の名織。

 宗次はかまわず本心を吐露する。


「……俺は……世界で、あなたに嫌われることが、一番怖い」


「い……いきなりなんですか」


「きっと、あなたは優しい。だから、事情を知ったあなたは俺に協力しようとする。

 その可能性だけは絶対に、この学園生活において排除したかった。

 俺は、あなたに救われたから。

 あなたの即興創作を見てからだ」


「……どういうことですか?」


「俺はやがて、魔界の調査に来たヴェル・ヴェア・ダンに保護された。

 そしていったんアミギミアに済み、自分がヒューマンだという事を認識したとき、一切の食べ物を食えなくなった。

 自分のやってきた獣のような生き方が、とてもニンゲンという枠から外れていることを理解して、無気力になった」


 毎日毎日、食おうとしては吐いた。


「そして……点滴をうつ日々の中で、俺の人生を変える出来事が起こった。

 ダンの知り合いのストラスから、華術の公演に誘われたんだ」


 華術の祖、七聖の一人――ラ・ダッジュ・ストラス。


「けど、俺はストラスに感動した訳じゃない。

 ……その場所で、あなたは即興創作していた。前座の場面で、そのときまわりはちっとも盛り上がってなんかいなかった」


「……覚えてます。講演の前座――東京でやったやつですね。

 あの日以来、即興創作の演目では誘われなくなりました」


 どこかうつろな目で名織は想いを馳せている。彼女にとっては、苦い記憶なのだろう。


「……あのとき俺はあなたのそば――ステージの目の前にいた。

 氷の結晶が自分の頬にかかって、手の中に降ってきて――

 俺は……俺はそのときその感動を、どう表現したらいいかぜんぜんわからなかった」


 その氷は、手の中で解けていった。


 生きているから体温があって、体温があるから解けるのだ。


 そんな言葉を、誰かが言ってくれた気がした――

 それは、最初の父親であり、二人目の父親だったと……宗次はそのとき、感じていた。


「……俺は、いつまでも泣いていた。涙が止まらなかった。

 父が、術は楽しんで使うものだと教えてくれた時のことを思い出させてくれた。

 作るために術がある。人を助けるために術はある。そんなことを言っていた。


 俺はふと、死んではならないと思った。

 やることをやらねばならないと思った。


 それが“殺し”であることは皮肉だが――とにかく俺は、決着をつけたいんだ。だから魔界へ、デビルを倒しに行く。

 ……もちろん、あなたの作品を見たいっていう、生きる希望もあった。

 鴇弥さんは、だから俺の命の恩人なんだ」


 汚い字。魔界帰りのせいで、しばらくはどうやってもうまくかけなかった字。

 それでも、目の前の人に自分の気持ちを伝えたかった。

 そんな人だからこそ。


 ――こんなにきれいなものを作れる人だけは俺のそばにいてはいけない。


「俺と関わるのは、これっきりにしてほしい――俺はあなたが大切なんだ」


 消え入るような声。

 振り絞る悲哀の願いが、名織へと向けられる。

 名織は、うつむいた。そしてそのまま、


「バカじゃないですか」


 名織は顔を上げる。その瞳は、輝いていた。


「損得勘定で、私は動いているわけじゃありません。

 私は、協力します」


「危険だ。あなたを関わらせるわけには――」


「私は、足手纏いじゃないですよ」


「……もし、たとえ俺より強くても、それが足手纏いにならないとは限らないんだ。

 俺が、あなたへ気負いする」


「でも、同じことをバロットさんには聞いたんですよね。

 皐月会長にだって、聞いたんじゃないんですか。

 なんでバロットさんたちはよくて、私はダメなんですか?

 どうして私にもおんなじことを聞いてくれないんですか?

 大切に思うことは、一方の意見を押しつけることじゃないんですよ」


「……それは、」


「私はあなたと共闘したとき、怖かったけど、けれど……おもしろかったです。

 あなたとの化学反応を、もっと楽しみたい気持ちもあります。

 ティアンスとディバイド、今までやったことのないタッグだから出来る。世界で初めての戦い方が出来る」


 マシンガンのように言葉を浴びせられる。反論する暇もなく、


「私は、闘いが好き。逢坂さんの襲撃に巻き込まれたとき、あなたに聞かれてそう答えました。

 私はあなたと、誰もしたことのない闘いをしてみたいです。


 それは時に戦法のことで、

 それは時に立場としてのことで。


 あなたをこんな学校で埋もれさせないような、肉体のバトルでも権力のバトルでも、あなたを支えたい、です。

 だって私はかつて、あなたの手紙に――あなたの言葉に支えられたので」


 心がまるで針の海で針の雨を浴びるように――名織の気持ちが、にっこり笑う笑顔が、痛い。


「……きっと後悔する」


「大丈夫です。もうすごく後悔してますから。

 でもむしろ、決心がいっそう固くなりました。

 それも人生の選択だから。私は決めたことは曲げたくないです」


 すっと、自然に握手の手が差し出される。

 柔らかいほほえみで名織は宗次を見つめる。この前の握手とは、大違いだ。

 宗次はおそるおそる、ふるえた手で名織の手を握り返す。

 名織の手は冷たかった。でも、心地いい。


「……アイス・ブレイキングっていうんですよ」


「……?」


「仲がよくなることを、氷の解ける様にたとえて、こう呼ぶんです。

 やっと解けましたね。氷」


「………………ありがとう」


 宗次ははじめて、とてもたどたどしく、名織へとはにかんだ。

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