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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
19/49

災厄

「イギル先輩……起きてください」


 埃の舞う部屋で、イギルへ積もった粉塵を払い落としながら、宗次が声をかける。


「う、うぅ……」


 イギルは苦しげにうめいて目をしばたたかせると、やがて身を起こす。


「……気分が、悪い……何があった…………俺は、死んだのか……」


「いいえ、ちゃんと生きています」


「……なぜ、俺は生きている……?

 そう、確かバロットに異変が起きて――それから何か衝撃があって、

 それから……それから……何が起こったのかわからん。わからんぞ……

 ただ俺は、死んだと思ったんだ。なのに生きている」


 頭を抱え、煤けた自分の服をためつすがめつしながら、自分の頭を整理しているようだった。

 イギルはようやく宗次を見た。


「逢坂。いったい何をした? 何が起こった?」


「俺は何もしていません。

 ――敵の攻撃が来た。俺たちはそれに直撃した。それから俺たちをバロットが治療したんです」


「……何……バロットはどこだ」


「人命救助に向かいました」


 宗次は立ち上がり、崩壊したベランダの外に立つ。ここから、術式による攻撃が来たのだ。

 それから、イギルの方を振り向かないままに言った。


「あなたは助けを待つか病棟へ向かってください。一応、診断を受けるべきだ」


「待て、お前はどこへ行く!

 お前は自警部だ……組織として身勝手な行動は出来ん」


「……人命のほうが大事です。俺を処分するならお好きに、どうぞ」


 宗次は、薄れる意識の中で確かに名織からの電話を聞いた。その内容もしっかりと覚えている。


(朝繭ほのりは、俺が原因で攻撃を受けたのかも知れない。必ず、助ける)


「――<瘴気開放>」


 その一言を詠唱すると同時、頭がぐわりと揺れた。確かな熱と不気味に冷えるような感覚が織り混ざって、体の中を駆けめぐる。

 どくん、どくんと強くふるえる心臓の音が、頭の中まで反響する。


「イギル先輩は玄関から出て、待避してください」


「……何? 待て! おまえ、ここは7階――」


 イギルが言うより早く、宗次は崩れ去ったベランダから降下。

 20mもの高さを悠々と飛び降りると、


 ダンッ!!

 

 命綱なしに自らの脚で力強い衝撃を脚で受ける。

 宗次はそんなことも意に介さず、煙が上がっている建物を認め、


「……あれか」


 周囲を見る。誰もいないのを確認――ふっと浅く息を吐いて、黒革の手袋グローブを装着しながら息を整える。

 脚をばねに、高く飛翔した。

 まるで風にでも乗っているかのように、建物の出っ張りを足場に飛び移り続ける。この夜闇では、姿を見られても顔まではわからないだろう。

 そして最後の一跳びで、女子寮5階、煙の巻き上がる部屋に飛び込んだ。


(すでに消火設備の術式は作動し、火は沈静化しているようだが……

 おかしい話だ。建物に術式防護が施されているはずじゃないか。それがどうして作動しない。

 それに、学生組織とは言えここまで手際が悪いモノなのか?)


 宗次は腕から瘴気を漏れさせ、トラップ術式を走査スキャンする。

 何もないことを確認し踏み出す。宗次の部屋と同じように、瓦礫ばかりだ。


「……ぅう……だ、れか……」


 声が聞こえた。

 その方へと慎重に歩き、か細い腕が瓦礫からのぞいているのを見つけた。


「……朝繭?」


 ――いや、違う!


 そんな違和感に気づいたときにはもう遅い。

 ――疾ッ。

 瓦礫から、か細い腕が伸びる。宗次の左腕には30cmはあろうかという針が突き立てめり込んだ。

 その針を相手の腕ごと払いのけ、飛びすさる。

 瓦礫から姿を現したのは朝繭ほのりではない。

 見たこともない長い黒髪の女の子。

 かみしめられた唇、捕食者を射止めるような鳶色の目、そのすべてが思い詰めたような、切迫した雰囲気をまとっている。

 朝繭ほのりの成りすまし、だろう。そこまで予測していなかった自分が、もどかしい。

 続けざまに二撃目の針が宗次を襲う――それを軽くいなそうとした宗次の視界が一瞬、ぼやける。


(毒、かッ)


 突如襲ってくる不均衡の感覚に耐えながらも、スレスレで針の軌道を避けきる。

 女の子はその一瞬の隙を突き、宗次に飛びかからんとした。

 が。


「なぜ倒れない、逢坂宗次!」


 針を突き刺そうとする女の子の腕を、朦朧としかける意識を奮い立たせながら掴み止めた。


「……俺を付け狙うのは、おまえか」


「おまえは災厄を呼ぶ。みんなを不幸にする。私も、不幸にした――」


 宗次にとってそれは預かり知らない。

 もっと、もっと情報を引き出さねばならない。


「母体は何だ。誰の差し金で俺を殺す――答えろ」


「…………」


 無言――代わりに、宗次の力がゆるむ刹那の間隙を突き、宗次の手を抜けて後ずさる。

 女の子は捕まらないようステップを踏みながら、何かを宗次に投擲してきた。

 宗次は放射状に迫る複数のそれを、剣の柄を取り出し一閃する。

 毛くずのようなモノが、部屋に四散した。


(これは、羽――ディバイド?)


 視線を戻せば、女の子はベランダの手すりに立っていた。

 すでに彼女の肩胛骨のあたりには、賢鳥種ラプトリアル特有の、立派な翼が生えていた。


「おまえはあの人がとどめを刺す。教会通りに来い。

 来なければ、お前の大切な人たち全て殺す」


 黒く声で淡々とその女の子は告げると、翼をばさりと羽ばたかせ、闇夜に消えてしまった。


「……ぐっ……朝繭、どこだ……」


 部屋に目を向け、混濁し始める頭を抱えながらほのりを探す。

 やがて、不自然に瓦礫のどけられた部分が目に入る。

 慎重にそこを覗くと……今度こそ、朝繭ほのりがいた。目と口は白い布で縛られ、腕もロープで身動きが取れないように寝かされている、が肩でちゃんと息をしていて目立った外傷もない。

 

「朝繭……無事か」


 こくこく、とうなずくほのりの布やロープをほどいてやると、


「あ、あの、先輩……ど、どうもありがとうございます……

 また、助けてくれましたね」


 起きあがったほのりはなぜか顔を赤くして、埃まみれの顔のまま、もじもじしながら礼を言う。

 そしてほのりは少し気まずそうに、


「あの、先輩。さっきの女の子、1年生のルーファって子だったと思います。

 この前、一緒に食事をしてて」


 ほのりは叱責の一つも飛ばさず、悲しみもせず、むしろ積極的に情報を提供してくれる。

 そのことに宗次は面食らった。


「……朝繭。助けるも何も、これは――全部俺のせいなんだ……

 俺が居さえしなければ、こんなことにはなっていなかった」


「え? ……あ、あのですね先輩! 悪いのは、危害を加える人ですよ?

 だからぜーったいに、先輩は悪くなんてないんですっ」


「それは違う。さっきの言葉を聞いただろう。 

 俺は、ヤツの言ったとおり“災厄”だ――」


 ……この学園に来たのは、失敗だったのかもしれない。何か、ここに通うより、別の方法があったかも知れないのに――

 そんな後悔が押し寄せてきて、悔しそうに歯がみした宗次を。


 ほのりは勢いよく、ばっと手のひらを宗次に向けてそれ以上の言葉を遮る。


「あなたは、自分の信念のためにここにいるんですよね。

 じゃあ、謝る必要なんかないです」


 こんなときに、朝繭ほのりは力強く親指をぐっと立てる。


「――この学園は、いつも命を賭けなきゃいけない。いつでも死ぬ覚悟をして生きる。だからお給料をもらっている。だから、国民がふつうじゃ使えない術を扱う資格がある。危険にもさらされる。みんなを守ることが出来る。

 って……私が名織に言われたことがあります。まあ、私がふてくされてて、怒られたときなんですけど……えへへっ。

 でも私たち医術従事者は、誰よりも死ぬ覚悟は持っているつもりです。そぉいうものなんです」

 

「……鴇弥が、言っていたのか」


 毒により、朦朧として気を抜けば倒れそうになっていても、その言葉がなぜか妙に頭に身に染みていった。


「犠牲なんかいくらでもしていい……ってことじゃないと思いますけど、少なくとも先輩は、誰かを傷つけたくなくて頑張ってる、んですよね? だったらそれで十分だと思うんです。

 あ、あのう……現にここに来てくださいましたしっ」


「……」


 宗次の目標は、悪魔種を殺す。

 それがこの世界の為になる。だから――


「先輩。あなたがしなければいけないことは、名織の想いを素直に受け入れる事だと思います」


「そう……な、のか」


「はいっ。協力するって、自分だけじゃ見えなかったことがいろいろ見えてくるので、いいと思いますよぉ」


 協力。人生とは無縁と思っていた言葉だ。


 ーーダン。あなたの言っていた“力”はこのことなのか?


 宗次は刻々と体に回る毒に倒れそうな体を鼓舞し、立ち上がってほのりに背を向ける。


「朝繭。すぐ鴇弥に連絡してやってほしい」


「教会、ですよね。だったら通報します!」


「違う、お前の安否を気にしていた。通報は、しないで欲しい。ここは俺がどうにかする」


「……先輩、人のお話、ちゃんと聞いて――」


「協力は、この局面を乗り越えたら、考えさせてくれ」


 宗次は再び、窓から飛び降りた。

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