災厄
「イギル先輩……起きてください」
埃の舞う部屋で、イギルへ積もった粉塵を払い落としながら、宗次が声をかける。
「う、うぅ……」
イギルは苦しげにうめいて目をしばたたかせると、やがて身を起こす。
「……気分が、悪い……何があった…………俺は、死んだのか……」
「いいえ、ちゃんと生きています」
「……なぜ、俺は生きている……?
そう、確かバロットに異変が起きて――それから何か衝撃があって、
それから……それから……何が起こったのかわからん。わからんぞ……
ただ俺は、死んだと思ったんだ。なのに生きている」
頭を抱え、煤けた自分の服をためつすがめつしながら、自分の頭を整理しているようだった。
イギルはようやく宗次を見た。
「逢坂。いったい何をした? 何が起こった?」
「俺は何もしていません。
――敵の攻撃が来た。俺たちはそれに直撃した。それから俺たちをバロットが治療したんです」
「……何……バロットはどこだ」
「人命救助に向かいました」
宗次は立ち上がり、崩壊したベランダの外に立つ。ここから、術式による攻撃が来たのだ。
それから、イギルの方を振り向かないままに言った。
「あなたは助けを待つか病棟へ向かってください。一応、診断を受けるべきだ」
「待て、お前はどこへ行く!
お前は自警部だ……組織として身勝手な行動は出来ん」
「……人命のほうが大事です。俺を処分するならお好きに、どうぞ」
宗次は、薄れる意識の中で確かに名織からの電話を聞いた。その内容もしっかりと覚えている。
(朝繭ほのりは、俺が原因で攻撃を受けたのかも知れない。必ず、助ける)
「――<瘴気開放>」
その一言を詠唱すると同時、頭がぐわりと揺れた。確かな熱と不気味に冷えるような感覚が織り混ざって、体の中を駆けめぐる。
どくん、どくんと強くふるえる心臓の音が、頭の中まで反響する。
「イギル先輩は玄関から出て、待避してください」
「……何? 待て! おまえ、ここは7階――」
イギルが言うより早く、宗次は崩れ去ったベランダから降下。
20mもの高さを悠々と飛び降りると、
ダンッ!!
命綱なしに自らの脚で力強い衝撃を脚で受ける。
宗次はそんなことも意に介さず、煙が上がっている建物を認め、
「……あれか」
周囲を見る。誰もいないのを確認――ふっと浅く息を吐いて、黒革の手袋を装着しながら息を整える。
脚をばねに、高く飛翔した。
まるで風にでも乗っているかのように、建物の出っ張りを足場に飛び移り続ける。この夜闇では、姿を見られても顔まではわからないだろう。
そして最後の一跳びで、女子寮5階、煙の巻き上がる部屋に飛び込んだ。
(すでに消火設備の術式は作動し、火は沈静化しているようだが……
おかしい話だ。建物に術式防護が施されているはずじゃないか。それがどうして作動しない。
それに、学生組織とは言えここまで手際が悪いモノなのか?)
宗次は腕から瘴気を漏れさせ、トラップ術式を走査する。
何もないことを確認し踏み出す。宗次の部屋と同じように、瓦礫ばかりだ。
「……ぅう……だ、れか……」
声が聞こえた。
その方へと慎重に歩き、か細い腕が瓦礫からのぞいているのを見つけた。
「……朝繭?」
――いや、違う!
そんな違和感に気づいたときにはもう遅い。
――疾ッ。
瓦礫から、か細い腕が伸びる。宗次の左腕には30cmはあろうかという針が突き立てめり込んだ。
その針を相手の腕ごと払いのけ、飛びすさる。
瓦礫から姿を現したのは朝繭ほのりではない。
見たこともない長い黒髪の女の子。
かみしめられた唇、捕食者を射止めるような鳶色の目、そのすべてが思い詰めたような、切迫した雰囲気をまとっている。
朝繭ほのりの成りすまし、だろう。そこまで予測していなかった自分が、もどかしい。
続けざまに二撃目の針が宗次を襲う――それを軽くいなそうとした宗次の視界が一瞬、ぼやける。
(毒、かッ)
突如襲ってくる不均衡の感覚に耐えながらも、スレスレで針の軌道を避けきる。
女の子はその一瞬の隙を突き、宗次に飛びかからんとした。
が。
「なぜ倒れない、逢坂宗次!」
針を突き刺そうとする女の子の腕を、朦朧としかける意識を奮い立たせながら掴み止めた。
「……俺を付け狙うのは、おまえか」
「おまえは災厄を呼ぶ。みんなを不幸にする。私も、不幸にした――」
宗次にとってそれは預かり知らない。
もっと、もっと情報を引き出さねばならない。
「母体は何だ。誰の差し金で俺を殺す――答えろ」
「…………」
無言――代わりに、宗次の力がゆるむ刹那の間隙を突き、宗次の手を抜けて後ずさる。
女の子は捕まらないようステップを踏みながら、何かを宗次に投擲してきた。
宗次は放射状に迫る複数のそれを、剣の柄を取り出し一閃する。
毛くずのようなモノが、部屋に四散した。
(これは、羽――ディバイド?)
視線を戻せば、女の子はベランダの手すりに立っていた。
すでに彼女の肩胛骨のあたりには、賢鳥種特有の、立派な翼が生えていた。
「おまえはあの人がとどめを刺す。教会通りに来い。
来なければ、お前の大切な人たち全て殺す」
黒く声で淡々とその女の子は告げると、翼をばさりと羽ばたかせ、闇夜に消えてしまった。
「……ぐっ……朝繭、どこだ……」
部屋に目を向け、混濁し始める頭を抱えながらほのりを探す。
やがて、不自然に瓦礫のどけられた部分が目に入る。
慎重にそこを覗くと……今度こそ、朝繭ほのりがいた。目と口は白い布で縛られ、腕もロープで身動きが取れないように寝かされている、が肩でちゃんと息をしていて目立った外傷もない。
「朝繭……無事か」
こくこく、とうなずくほのりの布やロープをほどいてやると、
「あ、あの、先輩……ど、どうもありがとうございます……
また、助けてくれましたね」
起きあがったほのりはなぜか顔を赤くして、埃まみれの顔のまま、もじもじしながら礼を言う。
そしてほのりは少し気まずそうに、
「あの、先輩。さっきの女の子、1年生のルーファって子だったと思います。
この前、一緒に食事をしてて」
ほのりは叱責の一つも飛ばさず、悲しみもせず、むしろ積極的に情報を提供してくれる。
そのことに宗次は面食らった。
「……朝繭。助けるも何も、これは――全部俺のせいなんだ……
俺が居さえしなければ、こんなことにはなっていなかった」
「え? ……あ、あのですね先輩! 悪いのは、危害を加える人ですよ?
だからぜーったいに、先輩は悪くなんてないんですっ」
「それは違う。さっきの言葉を聞いただろう。
俺は、ヤツの言ったとおり“災厄”だ――」
……この学園に来たのは、失敗だったのかもしれない。何か、ここに通うより、別の方法があったかも知れないのに――
そんな後悔が押し寄せてきて、悔しそうに歯がみした宗次を。
ほのりは勢いよく、ばっと手のひらを宗次に向けてそれ以上の言葉を遮る。
「あなたは、自分の信念のためにここにいるんですよね。
じゃあ、謝る必要なんかないです」
こんなときに、朝繭ほのりは力強く親指をぐっと立てる。
「――この学園は、いつも命を賭けなきゃいけない。いつでも死ぬ覚悟をして生きる。だからお給料をもらっている。だから、国民がふつうじゃ使えない術を扱う資格がある。危険にもさらされる。みんなを守ることが出来る。
って……私が名織に言われたことがあります。まあ、私がふてくされてて、怒られたときなんですけど……えへへっ。
でも私たち医術従事者は、誰よりも死ぬ覚悟は持っているつもりです。そぉいうものなんです」
「……鴇弥が、言っていたのか」
毒により、朦朧として気を抜けば倒れそうになっていても、その言葉がなぜか妙に頭に身に染みていった。
「犠牲なんかいくらでもしていい……ってことじゃないと思いますけど、少なくとも先輩は、誰かを傷つけたくなくて頑張ってる、んですよね? だったらそれで十分だと思うんです。
あ、あのう……現にここに来てくださいましたしっ」
「……」
宗次の目標は、悪魔種を殺す。
それがこの世界の為になる。だから――
「先輩。あなたがしなければいけないことは、名織の想いを素直に受け入れる事だと思います」
「そう……な、のか」
「はいっ。協力するって、自分だけじゃ見えなかったことがいろいろ見えてくるので、いいと思いますよぉ」
協力。人生とは無縁と思っていた言葉だ。
ーーダン。あなたの言っていた“力”はこのことなのか?
宗次は刻々と体に回る毒に倒れそうな体を鼓舞し、立ち上がってほのりに背を向ける。
「朝繭。すぐ鴇弥に連絡してやってほしい」
「教会、ですよね。だったら通報します!」
「違う、お前の安否を気にしていた。通報は、しないで欲しい。ここは俺がどうにかする」
「……先輩、人のお話、ちゃんと聞いて――」
「協力は、この局面を乗り越えたら、考えさせてくれ」
宗次は再び、窓から飛び降りた。




