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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
17/49

変貌

 23時57分。夜闇の部屋で宗次は異様な音を聞いた。

 遠くのほうで、まるで重苦しい花火が打ち上がるような、腹に響く音だった。やがて、


 ビーッ、ビーッ、ビーッ!!


 宗次とイギルの携帯デバイスから、同時にけたたましい警報が鳴り響く。


「んァ……むにゃ……なんら……?」


 寝ぼけ眼のバロットが体を起こしてたずねる。

 その体毛は相変わらず毛深い銀の房で覆われ、野性に満たされていた。

 イギルと宗次の二人はすでに着替えを終えている。イギルは会長と、ほかの二人に聞こえるようにオープン会話モードで話をしている。

 宗次はただその様子を、真剣な表情で見届けていた。


「……承伏いたしかねます。お考え直しください! 会長」


『だーめ。残念ながら、あなたたちはそこに残っていて。

 ディバイドがいればかえってややこしくなるのは必定です』


「……しかし……それでは自警部員としての意味が……」


『あー、うーん……今は詳しくいえないけどサ、君らが外に出ちゃうと狙われる可能性があるって言うか――』


「それも覚悟で出たいのです!! 会長、許可を!」


「んわぁ~~……なに言い合ってんのよ?」


 大あくびをしながらバロットが宗次に聞くと宗次は、


「俺たちはやはり、自警部のお荷物みたいだ。

 有事にまともな任務にすらつけない」


 やがてデバイスの向こうから、会話モードに割って入るように、副生徒会長・吾方の澄ました声が聞こえてくる。


『会長。先ほどの事態が特定されました。

 ディバイド研究棟にて爆発、西出入口付近から火災が発生しています』


 ――ドン――――――ッ


 遠いところで、まるで戦場に迷い込んだかのような鈍い爆音が、再び響く。

 その空気のしびれる音に、宗次は何となく嫌な予感を感じ取った。

 同じくその音に気を取られたのか、数テンポ遅れて吾方が話を再開する。


『……救護要員を連れた戦闘科人員らと宿直の教師二名が入って調査する予定です。

 自警部部長は班長一人を連れて向かっています。

 外からは倒れている数名を目視確認、罠かもしれませんので慎重を期して回収に臨みます』


 デバイスは少し間を空けて、再び会長の声を響かせた。


『ということよ。切るわね』


 だが、違和感のある事態が起こった。


『ま、待ってください』


 なぜか吾方が通信終了を遮って、事態の報告を続ける。


『5名の人員が研究室に居残っていたそうです。安否確認はまもなく、警務生徒もしくは自警部に。

 ……これくらいの細部も伝えるべきかと。腐っても、自警部でしょうから』


 最後に言い訳のように言葉を濁した吾方へ、宗次はデバイス越しに問いかけた。


「その倒れている人を、すぐに回収しないんですか」


『……罠かもしれないと言っているだろう、状況の発生したここはもう学校じゃない。

 戦場なんだ』


「わかりました。……会長、鴇弥はどうしていますか?」


 宗次は別の質問をすると――皐月は少しだけ、躊躇するように息をついた。


『彼女は、戦力に足ると思いこちらに出向かせています。

 悪く思わないで。事態は最悪を想定して外部治安機関への非常召集待機申請中、近傍待機の教師を校内待機にしてます。それほどに慎重なの。

 だけどこれは本来、我々生徒が収束すべき事。相手は私たち生徒だけでやれるはずです。

 ときに――宗次、オープン会話モードをいったん切ってくれる?』


 言われたとおりにしてデバイスのボタンを押すと、プライベート会話モードになり、周囲へのスピーカーは断絶された。


『主犯は生徒会の人間の一人にいるわ。尻尾はつかんでいたけど、ちょっと泳がせすぎてしまった。

 おそらく目的は、あなたの学校からの追放、かな――

 あなたが行動をしてしまったら、相手の思うつぼでしょうね。

 お願いだからヘンな考え起こさないでね。せっかくこの学園に入ったんだから』


「………………」


 宗次は答えず、イギルにデバイスを渡した。

 何もしないーーそんな考えなど最初から存在しなかった。

 今まで狙ってきた相手に、一矢報いる。

 自分が原因ならば、自分以外の者が傷ついていいなんて道理はない。


 その信念が宗次の心の中にある。


「……はい、わかりました……それでは」


 通信を切ったイギルは、力任せに寮の壁を殴りつけた。


「……ちくしょう、ディバイドは、何の役にも立たないのか。

 これほどまでにっ……!」


「たはは! まあイギルの先輩よう、そんな落ち込むこたぁ……おっ、おっ?

 そ、宗次?」


 宗次はバロットの手をつかみ、廊下まで引き連れた。


「ちょ、いったいどーしたのよ」


「……バロット、折り入って頼みがある。

 お前には、ディバイド研究棟に向かって欲しい。

 俺は、爆発に巻き込まれた人たちを助けたい。お前にその力を発揮してほしいんだ」


「……マジ?」


 宗次の目は、聞くまでもなく“マジ”だった。


「お前のデビュー戦だ。

 ただし、お前に覚悟がなければいい」


「…………」


 バロットは言葉を失ったが、やがて。


「ふ、フフ、ククク……臨むところだぜ、人命救助でもなんでも、やってやる。

 ティアンスはンなに好きじゃねーけどヨ、それがあんたの命令っつんなら話は別だ」


「……助かる」


 宗次がバロットの両手を優しく握ると、バロットは少しうろたえた。


「ん? いったいなにを――

 ――――――!?」


 空気が、一瞬で冷たくなるような感覚が、部屋内を支配する。

 同時に、どす黒い――まるで闇を凝縮したような煙が、宗次の手からバロットに入り込んでいく――。


 この感覚は、宗次はいつも嫌いだった。


 それは、一人で明かり一つない森の中を裸足で踏み入れるような恐ろしさがあった。

 それは、髑髏を素手で撫でていくような不気味さがあった。

 それは、冷たい獣の血を背中に浴びるような嫌悪感があった。

 ――不快感覚の集合体、それが瘴気だった。


 バロットの変化は、すぐに起きた。


「……はっ……はっ、はっはっはっはっはっハッハッハッ……あっが……ぁ」


 激しく肩で息をするバロットの顔中に、だらだらと脂汗が浮かぶ。

 すると、どうだろう。


 ごき  めき  ごりりっ  ……


 肩や背中の骨格が、筋繊維が、人間種ではありえないいびつさで肥大し、そのたびにバロットは、


「………………ぉ、ごぉっ……!!」


 えも言われぬ痛みに、涎となみだをだらだらとこぼしている。

 思わず離れそうなバロットの手を、宗次は力を込め握り続ける。


「耐えろ、バロット!!」


「……はっ……ぎぃいいいいいいいいい!!!!!」


 皮膚が、猛烈な勢いで体毛を生成していく。

 顎の形、牙の形が鋭く獣のように、強烈なスピードで“進化”していく。

 その異常な光景に、いつの間にかいたイギルは放心したように、すっかり目を奪われていた。


「あっがあぁあ、あああああああああぁぁぁ!!!」


 すでにニンゲン用の衣服がパンパンになり、繊維をちぎっていく。

 もう少しだ――宗次がそう思ったその時だった。

 ふと、窓越しに外の光景をちらりと見やる。すると、無数の“火球”が夜闇から、まるで隕石のように迫ってくるのを宗次は見た。


「――避けろ!!」


 だが、叫ぶ宗次はそれが精一杯だった。瘴気の放出の最中は無防備になり、ロクに術すら展開できない。

 失敗だと思ったそのときには、激しい衝撃が体を打ち付けていた。




 ……一瞬で、その部屋は瓦礫と化した。

 防火性の骨組みは見事に黒くひしゃげ、生活用品のほとんどは粉みじんに吹き飛び、やけに頭を揺らすような警報ベルの音と、粉塵に覆われている。


 そこに、血にまみれた少年が二人、倒れている。

 一人は見事な銀髪で、一人は黒く艶やかな髪。

 どちらも、黒くすすけた粉塵にまみれ、汚く汚れ、皮膚の爆ぜた部分を飛び散らせていた。

 ――イギルと宗次は、瓦礫の床に血だまりを作り、ぴくりとも動かない。

 そこに瘴気がたゆたい、まるで真っ黒なスモーク・ガスのように見えた。


 ――ピリリリリ

 ――ピリリリリ

 ――ピリリリリ――


 その黒い煙溜まりの中で、宗次の携帯が鳴り、程なくして留守番電話に移行する。

 こんな時代になっても、スピーカーを通して通話者の声が再生される。


『鴇夜です。その、通信でほのちゃんと話していたら、大きな爆発音がして……ほのちゃんと通話ができなくなったんです』


 少し決意するような空気が、デバイス越しに伝わってくる。


『私、今そこへ行けないんです。招集されたのに、結局自警部室で待機命令を出されていて……

 抜け出そうとしたら、“今行くのは危険だから”って言われ、抜け出せません。

 ……すみません、言い訳ですね。

 私は正直あなたが好きじゃないです。嫌いです。

 ……でも、すごく、都合がいいけど……

 頼れるのは、あなただけなんです。あなたの強さならきっと――

 ……あなたを信じます。返答、待ってます』


 そして、また鳴り止まない警報ベルの音が、夜闇の静寂を破り続けている。


 そんな中もう一人、火術の災禍に巻き込まれた者がいた。

 その一人の瞳は瘴気の中で、確かに鈍い光を放ちながら、静かに開かれる。

 そして、むくりと起きあがるその姿は――もはや人としての姿を残していない。

 


“――ウォォオオオオオオオオオオオオオオオ……ンンン――――”


“――ウォォオオオオオオオオオオオオオオオ……ンンン――――”


“――ウォォオオオオオオオオオオオオオオオ……ンンン――――”



 空で光を放つ下弦の月に向かい“それ”は三度、雄々しく吼えた。

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