私は今、どこにいる?
「誰と行くのか、と聞いている」
「…………」
「逢坂、返事しなければいつまでも俺もわからんぞ!
同伴者は誰だ! 言え、言うがいい!!」
イギルは無性にいらだっていた。
しかたなく宗次はため息をつきながら、
「――ですからさっきから言ってるように、皐月会長と――」
「ぁああああああああああああああああ!!!
聞こえん!! まったく聞こえんぞぉおおおおおおおおおおおおおおっ」
生徒は一般的に上級者から外出許可がもらわなければならない。
デバイスで承認申請を出せばふつう、あっという間に自動処理によって外出権者三人の承認を得て行けるはず……なのだが。
最初の一つで宗次はつまづいていた。
寮生班長の承認が降りないのだ。
その許可を直接寮生班長であるイギルにもらおうとしたら、この調子だ。
かれこれ五回このやりとりをしているが、いっこうにイギルが宗次を許す流れにはならない。
というか、現実を受け止めまいと必死なイギルが哀れだった。
ちなみにバロットは、日頃の特訓のせいで疲れ果てており、転がって寝息を立てている。
「………………で、誰と行くんだ。どこに、だれと……う……うぅっ……」
寝ころんだままとうとうすすり泣き始めたイギル。
そんな彼に、宗次はどう声をかけようか考えあぐねていると――
「だからぁー逢坂クンは皐月ちゃんと一緒にラーメン食べに行くって言ってるじゃない?
わっからないかなぁ」
「ーーはっ!?」
イギルは飛び起き、その声の発信源に一瞬で反応した。
いつの間にか、私服(チュニックワンピースとレギンスという、落ち着いた色合いの服装)の皐月が、腕組みで部屋に立っていた。
「か、会長!! どうしてここにっ」
「どーしてもこーしても、約束から結構時間経ってるのに連絡来なくてヘンだなぁと思って。
だから迎えに来て上げたわけです。私ってえらいなぁ」
「か、会長がわざわざ足労いただくようなことは何も、」
「足労しちゃう事態はもう起こってると思うけど?
――イギルん、それ以上パワハラしちゃってるとどーなるか、わかってるよね?」
皐月会長がずんずんとイギルへ近づき、ただただ無言の圧力をかけていく。
彼女の笑顔は、ただ感情のないナニカが皮膚の表面に張り付いているような、不気味なものだった。
これには宗次も思わず言葉を失う。
「イギルんどうなの? 許可するの? しないの?」
「ぎょ……御意に」
「うむ、くるしゅーない♪」
イギルが携帯デバイスを操作すると、外出権者の認証はピピピン、と小気味よい音を立てて一挙に許可された。
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
「まったくもう……恋人気取りみたいにされるのも厄介なのよねぇ、ほんと」
目的先の駅から降りた宗次は、皐月と合流した。
二人並んで学園から目的地まで行くのかと思えばそれは違い、
「私、先に行ってるからあとで合流ねっ」
なんて言葉を言い残し、皐月が先行していった。
再会したとき、皐月の服装には変装のつもりかキャスケット帽とサングラスが増えていた。髪はポニーテイルにまとめてまでいる。
同じく私服の宗次は思わずたずねた。
「……どうしてラーメンなんですか」
「あれ、ラーメンやだった?
目立たない場所にあるけど密かな人気があるのよ?
なななんと! たま〜に七聖がくる、って噂があるくらいにね」
「だいたい、俺といて問題があるんじゃないですか」
「んー、第C種警戒体制っていって、生徒会長は学内待機状態なんだけどー……
無理言って抜け出してきちゃった☆
今日は金曜日だしほかの生徒にチクられたりってこともあるかもだけど、まあそんときはそんときよね」
「それはほんとに許可されたんですか」
「~~♪」
口笛を吹かれた。
「会長。俺と関わると、最悪命を狙われることになる。現に俺は――」
人差し指を宗次の前に立てた。
「その言葉は前に聞いたよ。私に何を言っても、私は止められないよ?
だって私は、覚悟を決めちゃってるからね。
こう見えて、学園の暗い部分には慣れっこなの。君が地下街区域に住んでいたことも知ってる。
そこで命を狙われながら、何らかの研究をしていた、ということも」
「……」
「私は今、二人きりだからこそ話せることを話しに来たんだよ」
それから一分ほど歩くと、今時見かけないほど古ぼけた、四角い木製テーブルが五つしかないこぢんまりとしたラーメン屋へと到着した。
席には誰も座っていない。
「今日は私のおごりだから、好きなの食べていいよん」
「……辛子ネギ味噌ラーメンを」
「おお、メニュー見るでもなく即決……!?」
皐月は「んー」とメニューを見ながら悩んだ後、テーブルに付いた認証デバイスに自分の腕を乗せた。仮想画面が現れ、辛子ネギ味噌ラーメンととんこつチャーシューメンをタッチして、クーポンコードを入力。ちゃっかり自分だけ大盛りにして決済完了。
店主が来たメニューを確認したらしく、メニューの名前と客への礼を大きな声で厨房から言いのけた。
皐月は帽子とサングラスを取ると、まるで推理するような目つきになって言う。
「こいつ、食うなァ……キミは今、そう思ったはずだ」
「いえ、別に」
「ふーん、にゃらいいよ。
……ねねっ、私、キミのこと宗次って呼びたいんだけどいいかな!」
「何を……いきなり」
「こういうのは勢いが大切なのだよ。いつまでも名字なんて水くさいし。
ってことで、いいよね? 私のこと皐月って呼んでいいぜ? ん?」
「……俺は呼びません。俺の呼び方は、お好きに」
「じゃ、決まりねそーじ!
……あっははは、まるで恋人同士になったみたいだね~。ん?
ほら、うらやましいだろこのこの」
向かいに席からわざわざちょんちょんと指でつついてくる皐月に、思わず宗次は聞いた。
「あなたが俺に近づく目的を、お聞きしていいですか?」
「うん? ん~……おもしろそうだからっていう理由じゃだめなの?
私の人生は、いつもそれを指標にしてきたんだけどね」
「……」
皐月は続ける。
「あえて言うならーー『私は今どこにいるんだろう』ってね、その答えを探しているんだよ」
「今、どこにいる……か?」
「おうとも! 私は私やこの魑魅魍魎とした世界の正体を突き止めたいのです。……こんな答えじゃだめかい?」
「……今はそれで、納得しておきます」
皐月はよかった、と朗らかに笑い、ずいと体を寄せてくる。
花のような石けんのような香りが、より近く宗次に押し寄せ、思わず皐月から目を背けた。
「じゃ、本題ね。キミのこといろいろ調べたんだけど、ほとんどダメだった。私の力を駆使してもだよ?
それって、すごくヤバいのよ。
こんなことを打ち明けるのは、もう降参しますってこと。だから教えて欲しいのよね。
あなたの出自がわからない。家族の正体すら、掴むことが出来なかった。
あなたは、何なの?
……誰、なの?」
「…………」
「……言ってくれないの? 私ってもしかして、信用されてない?」
宗次は静かに首を横に振る。
「いいえ、どこから話せばいいか、少し迷っていただけです。
あなたのことは信用します。
生徒会長としてではなく、マサさんの娘として」
「ごっっふぇ!!」
その言葉を聞いたとたんブロンド美人は含んでいた水を真正面に吹き飛ばした。
テーブルに飛沫がかかり、宗次は顔をしかめる。
「……汚いんですが」
「い、いやごめん……だけど、え!?
お父ちゃ……い、いえ、父と会ったことがあるの!?」
「あなたのことも話にはよく聞いてました。
ときどきトンチンカンなことを言い出すって、マサさんも言っていました」
ヴィオン・クローロジャッジュ・正臣――マサさんと親しげに呼ぶ宗次に、皐月はいっそうわからない顔つきをして、
「そ、そんなこと言わないし!……じゃなくて、なんで宗次が父と知り合いなの?
関係性が読めないんだけど……」
「俺の父の親友だったからです。
ちなみに父もこのラーメン屋が好きで、一緒に食べにきたことがあります」
「そうなの!?」
「――あいよ、辛子ネギ味噌ととんこつチャーシュー大盛りお待ち!」
急に店主が差し挟んできた。
湯気の立つラーメンの香ばしいにおいには、否が応にも集中力をかき乱される。
皐月は自分と、宗次の箸も取ってやりながら再び聞く。
「あなたの父親って誰なの?
――私たちはその正体さえつかめなくて。あらゆる情報が遮断されてたのよね」
割り箸をパキンと割り、ちゅるちゅるすすりはじめる。
唇が艶を帯び、麺をすする皐月はどこか色気を感じる。
不覚にも、どきどきしてくる。
思えば年の近い女性と肩を並べて飯を食う、なんてしたことがない――そう思った瞬間どうしてか居心地が悪くなって、そわそわしだした。
――慣れた妙齢の女性なら、1000歳を越えていようが平気なんだが。
心の中でそう愚痴ってから麺をすくい、
「俺の父親は……ウェル・ヴェア・ダンです」
「ごぶっふ!!」
それを聞いたとたん、皐月は麺を含んだままケホケホとむせかえり、しばらくうつむいたまま停止。
しばらくすると再びちゅるちゅると麺をすすり、宗次の取ったティッシュで鼻をちーんとかんだ。
「大丈夫ですか?」
「……ん、んぐ、こくんっ。
……なんでそんなに驚かせるのよぅ。
てかウェル・ヴェア・ダンって、あの七聖の? だよね」
「ほかにどのウェル・ヴェア・ダンがいるんですか。
俺の今の、義理の父親です」
「ウェル・ヴェア財団とあなたがいくらか資金のやりとりをしていることは、調査でわかってたけど……
え、嘘そんな関係なの?
ていうか何でよ、私が懸命に調査してダメだったことを、いとも簡単に話しちゃってさぁ……も~~」
肩で宗次にタックルしながら不満を漏らす会長。
「……教えて欲しいって言ったのは会長ですが」
「そうだけど! ああもう、ラーメン伸びちゃうから食べちゃお!」
ずるずるとラーメンをすすりながら、ときどき、皐月は口を開いた。
「私、キミを誘った時点でいろいろ起こるだろうなってことはもう覚悟してる。
私たち術士は、好奇心の生き物よ。それはあの子――鴇弥名織も一緒。
あの子が本当にやりたいことを聞いてから、あの子のことを考えたほうがいいよ。
自分のエゴは押しつけるものではないからね。押しつけても、どうにもなんない。結局答えを選ぶのは相手だもの」
宗次は食べるのに集中したふりをして、答えなかった。
やがて二人はほぼ同時に食べ終え、
「……んー、おいしかったー。ごちそうさまー☆」
「会長……ごちそうさまでした。俺は、先に帰ってます。
会長は午後八時、学園の噴水の場所へ来てください」
「なにいきなり? 告白でもしてくれるのかなー? んふふ」
「…………そうですね、告白という形になります」
「んふぇ!?」
あれほど近く、皐月の方から詰めていた互いの距離を、がったんがったんいすをずらしながら離して、
「えっえっ、マジ告白!?」
「はい、待っていてください」
固まる皐月の、冷静で余裕そうだった顔は一転、紅葉する。
それに気づかない宗次は先に立ち上がると、一人きりで店から出た。
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
学園に戻り、わざわざ制服に着替え直した宗次は噴水近くで皐月を待つ。
ぽつりぽつりと外出へ繰り出す生徒とすれ違ったが噴水近くのひと気は幸いに無く、静かな噴水の音だけが周辺に優しく響いていた。
やがて、皐月もまた制服姿で歩いてきた。
だが、先ほど街で歩いていた時の余裕がなく、どこか挙動不審だった。
しかも宗次の目の前に来るなり、とても思い詰めた表情で。
「わ、私にんにくのにおいしない!?」
「……別にいいんじゃないですか?」
「い、いや、だって、ねぇ!
えっ……と、やっぱりちょ、ちょっと待って、あなたに言い寄られても私、まだどうするかなんて決めらんなくて!?
い、いきなりそういうの困るよ!?
や、やっぱりディバイドとティアンスって、ほら、ちょっと、お互いに考えることもあるんじゃないかな~~って!」
「……俺の出自について、知りたいんでしょう? それともイヤですか」
「しゅ、しゅつ……?」
目をぱちくりとさせた皐月は口をあんぐり開けたまま立ち呆けて、
「…………あーっ!! そっち、そっちね!! あそっかっ! あっはははは!
いやー、告白って単語はちょっと紛らわしいなー! 私紛らわしかったなー、あっははー……
ああもう悩んだ時間はなんなのよう……」
なんだかものすごくトンチンカンな勘違いをしていたようだが、ともかく。
「……ラーメンは美味いです。
美味いものを食うたび俺は、土なんて食いたくないという思いが強くなっていく。あれはもうたくさんだ」
宗次はそう切り出すと皐月に一つ、問うた。
「会長は、悪魔点をご存じですか」
悪魔点――それは魔界と地球がつながるゲートの名であり、超常災害の現象名を指す。
異世界アミギミア・ギーア帝国の国家活動として大々的に魔界を侵略しようとしたのが世界統合から100年前。
その時から散髪的に、アミギミアの土地にクレーターのような大穴が現れ始めた。
深淵へと続くその穴は決死の解析により、魔界へ続くことが確認された。
そこへ落ちたものは、誰一人として帰還することはなかった。少なくとも公式記録ではそうなっている。
悪魔点が初めて出来てからは堰を切ったようにアミギミア全土のみならず、世界統合を果たした後の地球の一部にも悪魔点ができてしまっていた。
悪魔点のこれまでの被害者は、ゆうに十万を超えると言われている。
皐月は真剣な面もちで宗次へうなずく。
「うん――実は宗次も、悪魔点に関係があるんじゃないかって私は思った。
でも行方不明者のデータを過去十年分探したんだけど、データを探せなかったのよね。
ほら、悪魔点が発生場所を魔力感知で予測できるようになったのは、今から十年くらい前だったから、そこから探せば答えが見つかるんじゃないかと思って」
「……俺は十歳のとき、悪魔点から落ちて魔界にいました。
それが――こっちの世界で言えば今から二十年前だ。最近のデータを探しても無駄です」
「……に、じゅう?」
「はい。そして俺は、二年前にこの世界に戻ってきた。
身体検査を施された結果では、十三歳くらいということになっているようですが」
宗次の身長は175cmで、それがどうして十三歳だというのか、皐月にもわからないだろう。
いやそれよりも、皐月にははてながたくさん浮かんでいた。
「そもそも……計算では十八年魔界にいたのに? どうして……こんな時間の齟齬があるの?
肉体的には三年くらい魔界にいたってことになるわよね」
「そこでは時間の進みが遅かったんです。
俺自身の肉体は、ほとんど成長することもなかった。
実際のあそこで暮らした期間は、三年か、十年か、はたまた三ヶ月か――俺は正直覚えていません。
これだけ成長したのは、こっちに戻ってきてからです」
「どうやって……生き延びたの?」
「最初は、聖術が使えたから使いました。
けれど出力が不安定だったし、どうしてか聖術をかぎつけてくる魔物が多くいた。
……俺が最初にケモノとして食べたのは、固液種でした。それはなぜか、よく覚えている。
魔界では、食物連鎖の下位にすぎないと痛烈に思わされる魔獣に追われる恐怖を何日も味わって……
俺が死にそうになったとき、助けてくれたひとがいました。
それが俺のーー二人目の父です」
「……二人目? ダンのこと?」
「今の父ーーダンは三人目です。俺には――あと二人、父親がいました」
「それって……どういう、」
「俺を10歳まで育ててくれた父親。俺を……魔界で育ててくれた、魔物の父親です。
一時は、普通の言葉の出し方も忘れて、人間が人間としていられるものをほとんどなくしていました。魔物の父とは、術を使って会話しましたから。
常に人間には体が受け付けないような息苦しい世界で、低級の魔物を殺し、その父のもと食べることで力を付けていきました。
やがて、聖術が使えなくなっていって……気がつけば、瘴気で汚染されたその場所が、苦しくは無くなっていました。
俺はそのときに、ディバイドになったんだと思います。
魔術はそのときに覚えました」
「そもそも疑問だったんだけれど……人間種がディバイドになるなんて……
魔術を使うようになるなんて本当にあるのね。
あなたの出自とかも全部、衝撃的過ぎるけど」
「いろいろな魔術が使えるようになりました。
クオリティと呼ばれているものを、俺はいくつか得ている」
「ねえ、あなたが以前、小言で「悪魔を殺す」と言ったのもそれが理由?」
宗次は聞こえてたのか、と少し心中で驚いて、
「……ええ。俺は魔界に行き、悪魔を根絶やしにしたい。
悪魔点は悪魔種の人類への挑発だと思います。
この事態を傍観しているだけでは、きっと人類は痛い目を見る。だから先に叩く。
……俺は調査員としてもっと魔界を調べに行きたい。だから、トップクラフトになりたい。
そうすれば、魔界出入管理員としての資格を、ダンから得られる」
自然と、宗次の言葉に力がこもる。
魔界に生息すると言われる悪魔種。
アミギミア史にははるか昔、悪魔がギーア帝国の前身である国の半数の聡頭種を一日で刈り尽くした、と言われる伝説がある。
それを宗次は本気にしていた。
皐月はふむ、と悩んだ調子で、
「……悪魔に会ったことって、あるの?」
「あります。俺はそれに、一人目と二人目の父親を殺された」
「……」
皐月はとうとう、言葉を失った。
宗次は噴水の縁に腰掛け、
「その後、俺を連れ帰ったときの二人組――それが七聖のダンとマサさん――ヴィオン・クローロジャッジュ・正臣です。
俺は、やってきた二人を殺そうとした。
誰が悪か、誰が善かなんて、その頃は忘れてた。
ああ、こういうカタチの生き物も、魔界に居るんだと、そう思っていた。
人は斬ったことがなかったが、やろうと思った。やれる、と思った。
でも俺は返り討ちにあって、生きたまま地球へと連れ帰らされた」
「…………」
皐月は硬い表情のまま、一言もしゃべらない。
宗次はさすがに空気を変えなければいけない気分になり、
「俺はマサさんの研究を少し、継いでいるんです。そのために、この場所にあなたを呼びました」
ぴくんと皐月の表情が戻り、ブロンドの髪が逆立った。
「ま……マ ジ で ッ!!!??
わ、私だっておと……父の研究のこと、公式に非公開だったし、一言も聞いて――」
どうやら、父親が研究を他人につないだことが、結構ショックらしかった。
「マサさんは、あなたを信用していなかったわけじゃないと思います。
ディバイドの俺だからこそ、託したかったものがあった。
背負う必要のない荷を、マサさんはあなたに背負わせたくなかったんでしょう。
たった一人の愛娘でしたから」
「そう……か。そうだね、私に託せないことだって、そりゃあったよね……」
そのつぶやきは、自分に言い聞かせているように宗次には聞こえた。
「……そのマサさんの研究の一つに、魔物に言葉を持たせる研究と、瘴気を消す研究がありました。
その研究成果の一つをお見せします。
ぷにすけ、来い!」
『ぷに~!』
宗次が叫んだ瞬間、噴水の上から元気よく飛んできた、緑色の物体。
それが宗次の手のひらに着地し、おさまった。
「紹介します、こいつが――」
『ぷにぷに~』
「ぷにすけと言って、瘴気を食べる役目を持っています」
「これ、なに……かわいい」
皐月がその物体をつつくと、『ほよ~』とゆらゆらうれしそうに揺れる。
「アミギミアの固液種から命を分けてもらいました。
術式を覚えさせて、思考能力を与えるんです」
「固液種と話なんてできるの?」
「それも二人目の父親から、やり方を教わりました。
これの数を増やして、いつか地下街区域に放ち、魔術犯罪者を一掃したい」
「ちょ、ちょっと触ってみても……いいかな?」
やがて、じれったくなったのかその固液種を優しくつかむ皐月。
『ぷにぷに~♪』
「……わぉ、これすっごく、軽い」
『ほよーん、ほよーん、ほよよんよーん。ほよっ』
「ぷにすけ、1たす1は?」
宗次は皐月の手に収まる固液種に質問すると、
『んー……さん!』
「ぶー、2だよ」
『ほよ、うそついてみた~』
「……わかりますか、こんなに自我があるんです
五年くらい前からの大切な友達です」
宗次は、指の腹で優しくそれを撫でる。
「私は、間違っていない……のかな」
皐月は、ぽつりと言った。
「私があなたに汲することはね、世界にとって諸刃の剣で、同時に救いの芽なんだよ。
ディバイドが、今のディバイドの地位を越えられるかもしれない。
それが世界にどんな影響を及ぼすか」
「そうですね……俺は、生きているだけでテロリストみたいな存在ですから」
自嘲するように、宗次は薄く笑った。
瘴気の生成などという技術を持っている宗次は、まさに生き歩くテロリストだ。
技術が無法者に渡った時点で世界が恐怖に陥るようなイベントを盛りだくさん抱えている。
そして、その固液種ははじけるような楽しい口調で、
『なぉぃともあそぶ!』
「なぉぃ……? いったい、誰――」
じゃり、と、地面をこする音が聞こえた。
噴水の反対側だ。
宗次は気を張って叫ぶ。
「誰か居るのか!」
『いまもいるー』
緊張する二人に、どこまでものんきで楽しそうな固液種。
やがて二人は、双方向から噴水の反対へと歩いていき――、
「こ、こんばん、は……」
そこには、鴇弥名織が居心地悪そうにしゃがみこんでいた。
「な、何でお前がぷにすけと一緒に――」
「ち……違います。この子はぷにぷにちゃんです!」
「いいや、ぷにすけだ。というか、話題を逸らすな」
「ぷにぷにです!」
「ぷにすけだ! ああ、もう……俺に関わるなと何度言わせれば――」
「……うるさいです」
名織は、ゆらりと立ち上がる。
歯をぎりぎりと鳴らし……突然、爆発する。
「いやですったら、いやです!!
どれもこれも私が選んだことです、あなたに決められたくないっ!
あなたは――不公平ですっ!」
言い連ねるだけ言い連ね、名織は逃げるように走り去ってしまった。
「何をムキになっているんだ……」
『なぉぃいじめたー!』
「ち、ちが……」
宗次は弁明しようとするが、ぷんぷんと膨れるように怒る固液種は、噴水の中へと消えた。
呆然とする宗次に、皐月がぽんと肩をたたく。
「そうそう、忘れてたけど宗次の進退も話さなきゃいけないんだった。
表面だけでもなおりんと優しくして。じゃないとほんと、クビにしちゃうことになるから。
本人から訴えもあったしね。もう、ほぼリーチかかってるよ?
あとは、私の裁量次第。
キミはいつまで、あの子から逃げ続けたいの?
キミが、生徒会を去るまで?」
「………………」
宗次は、頷かなかった。
寮についた宗次は、ずっと悩みっぱなしだった。
これからの鴇弥名織とのつきあい方のこと。
「俺は……あの子だけには迷惑をかけられない……あの子、だけは……」
布団にくるまり、二人分のうるさい寝息が聞こえる。
それには慣れたが、ぐるぐるぐるぐると名織の姿が浮かんでは、自分の胸が痛む。
「……ぷにすけはあいつと、何をしゃべっていたんだろう?」
唐突に、そんなことが気になった。
固液種とは定期的に話はしていたが、名織と話したということを聞いてはいなかった。
あの固液種にはいろいろ話した。だから、自分のことをバラされている気もする。
それが気になり始めると、脳が覚醒して余計に眠れなくなる。
『自分のエゴは押しつけるものではないからね。押しつけても、どうにもなんない』
ーーわかっているさ、そんなことは。
「……ぷにすけに、何を話したか直接聞こう」
結局、それしか道はない。それが一番の早道だ。
そこから何か、自分の求める答えもあるかもしれない。
「…………ぷにぷに、か」
――ぷにぷにへ、何を聞こう、どう聞こう。そんな考えが頭を巡り巡る。
やがて睡魔に抱かれるように、宗次は眠りについた。
その次の日。
宗次は皐月を噴水へと呼び出した。
「やっほー、宗次。どったの? ……なんだか神妙なか、お……」
宗次が体をよけると、噴水の縁に、緑色の液体がこびりついているのを皐月は見た。
「これ……」
「……あいつです。おそらく、殺されたんでしょう。
俺をつけ狙う人のこと、会長は心当たりがありますか」
「……まあ、いろいろとね。目星はつけている……けど、キミにはまだ教えられない。
キミが独断でやったら、キミ自身が法の――いえ、権力の裁きを受けるでしょうから。
だから教えるのは、もう少し待って」
そのもう少しがいつ来るのかは、宗次にも、おそらく皐月にもわからない。
「えっとさ。私が裏切っていたときは――そのときはキミの好きにしていいわよ。
あなたが知る私の父の娘でも、私は父そのものじゃないから。
正直、これほどバッチリなタイミングでことが起きるとは思ってなかった。
だから、私を疑うのも無理はないこと」
「……いいえ、疑ってはいません。
俺はただ、この事実を伝えたかっただけです」
宗次はしばらくの沈黙の後、一言だけつぶやいた。
「……すまない」
▽ ▽ ▽▽ ▽ ▽
ぷにぷにが殺されたその日、時刻2357(フタサンゴーナナ)。
学園に、最初の爆発が轟き乱れた。




