華術
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はいけい ときや なおりさん。
そう合 びじゅつ せかい大会 じゅんゆうしょう おめでとうございます。
でも そっきょうそう作は ちく大会でおわってしまい、ざんねんです。
ことしも てんじ品を見に いきました。
あなたのさくひんはぜったい、だれよりもすごいとぼくはおもいます。
かじゅつをやめるなんて、ほんとうにかなしいです。
ぼくは 今年 13さいで あたらしい学こうに いきます。
ぼくは あなたの即きょうそう作の あのかんどうを、ぜったいにわすれません。
アルガ・ヴェア・シュンイチ
「……これでいいんだよね」
名織は中庭のベンチで、デバイスから開いた、つたない字で書かれた手紙データを見つめていた。
わざわざスキャンして保存していたそれを大切そうにスライドで仕舞い、仮想画面を引っ込めた。
自然とため息が出た。
つい30分ほど前のこと。
「異動届、ね。理由はまあわかるよ」
直筆の異動届をしたため、名織は生徒会長・皐月まで申し出に行った。
「彼と一週間過ごしましたが、途中から彼は私と目も合わせてくれませんでした。
バディ行動と言われているのに、行動すら共にしれませんでした。
私ももうこれ以上、このポジションに止まっていたくはありません」
滅私奉公の精神は人一倍持っているつもりだ。だから、彼と形式上組むこと自体は問題はない。
だが、いくらなんでも拒絶される人に巻き込まれるなどごめんだ。それに、ほのりの件もある。
「ふむ。ここまで出されたら、私も考えなきゃいけないねー」
あくまであっけらかんとした物言いの皐月ではあったが――
「あそうだなおりん。これをあげましょう。
自警部なのに持ってないってのもおかしい話だしね」
名織が部屋を出る時にもらったもの――白く光るコイン状の形をしたモノだった。
これが何かとたずねれば、
「術式手錠と言って、聖力をそそぎ込むと相手の腕に巻き付いて締め上げる代物だよー。
それで逢坂クンのことふんじばっちゃう?」
リアクションを全くすることなく、名織は失礼します、と一礼して生徒会室を後にした。
それを思い出し、またため息をつく。
「会長、私の話聞いてたのかな……」
手錠を渡されたということは、少なくとも名織が自警部から異動することはないらしい。
だとすれば、宗次を除名するのだろうか。
そういえば「名織を悩ませたりすればクビにする」――なんて皐月が言っていたことを思い出す。
「……まさか……ううん、でも」
約束は約束。それに関して、名織が悩むことなど何一つ無い。
……それでも、宗次を追いつめることをしてしまった名織は、自然と気が重くなる。
入学式から一週間。
のっけから活動メンバーから外され、未だにその状態は続いたままだ。
3班の宗次が事件に深く関与していると思われるため――と理由は説明されたが、やはり宗次やイギルがディバイドだからという理由も大きいだろう。
そんな疎外された今の状況も、名織にとってまったくおもしろくなかった。
こうして放課後にやることがなくぼーっとしているのが、すごく辛いことだった。
「……そーじきらいになった?」
ふと、どこからかやってきて、いつの間にか名織の膝に乗っかっていたぷにぷにがいた。
そういえば、このぷにぷにからも有益な情報はついに聞けなかった。こんな風に神出鬼没なぷにぷににも、もう慣れてしまった。
名織はぷにぷにを指先でいじりながら、
「……ううん。でも、あのひとが私のこと嫌いだからね。しょうがないんだよ」
――せめて、あの人が協力してほしいって言ってくれればね。
「ううん、そーじ、すきっ」
と、ぷにぷには珍しく抗議してきた。
「……ありがと。
私は、ディバイドは嫌いじゃないんだよ。
はじめての即興創作で、私の作品をほめてくれたのも、ディバイドなんだ……」
つたないディバイドの少年の手紙を思い出して、ため息をついた。
「……考えてみれば、ディバイドのこともよく知らないな、私……」
思えば、それがきっかけで――そんな些細なことをきっかけにディバイド参画集社に入ったものだが――
今思い返してみれば、ディバイドの事を自分はなにも知らなかったかもしれない。
それは、知識のことではない。
彼らの心の機微――そして本音。
大会のことが忙しかったとはいえ、自分が入った団体のことに対して、そしてディバイドに対して――無知もいいところだった。
広告塔としてメディアに認識されるという事以外、名織には集社にとっての使い道がないのだ。少なくとも、名織はそう思う。
集社の活動でディバイドと交流こそすれ、彼らの本音を聞いたわけではない。彼らは集社から集められた。その集社のバイアスがかかっていないわけがなかったのだ。
「私って、考えなしすぎるなぁ……」
言い聞かせる独り言が虚しく響いて、何度目かのため息をついた――そんなとき。
突然、コールがあった。相手はイギルだ。
『お前の異動届、聞いたぞ。
鴇弥すまない、お前を活躍させられないでいて……一緒にのけ者にしてしまった』
名織以上に苦労して生徒会に入ったにもかかわらずのけ者のイギルを思えば、名織も心が痛くなる。
「そんなこと気にしないでください。ただ、私はもう……」
『……スタジアムで逢坂が修行をしているが、見に来るか』
「いえ、いいです」
『……そうか』
「それでは」
通話モードを切ろうとした瞬間、『そうだ』イギルはふと思い出したように言う。
『あいつの携帯デバイスの待ち受け画面を見たことがあるんだが、
なんかよくわからんオブジェでな。
“生命の鼓動”っていうタイトルだった。
その名前のところに『鴇弥名織』と書いてあったが、あんな宇宙的なオブジェ、作ったことがあるのか?』
「せいめいの…………え?」
それを聞いた名織は立ち上がり、ぷにぷにを放り出すようにして、すでに走っていた。
「――い、いまそちらへ向かいます!
スタジアムの番号を教えてください!!」
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息を切らして、スタジアムに到着した。
名織とイギルはコントロールルームという小部屋の中で、宗次たちの様子をモニター越しに見ていた。
生命の鼓動、というタイトルの作品は、名織が10歳の時にはじめて即興創作を手がけたときの作品だった。
だがそれは学園敷地内の体育館で展示願いがあっただけの、大会にも提出していない作品だ。
なぜ、宗次がそんな写真を持っているのかわからない。
だがぷにぷにの言う「好き」のルーツがそこにあるのかもしれなかった。
ただ彼を調べてみたい――純粋な興味が、名織の心を刺激していた。
宗次はどうやら、バロットと何かをしている――二人ともあぐらをかいていた。
「なー宗次ー、そろそろ妖術をやりたいンだけど」
「悪用しそうだ。もっと様子を見る」
「うぅ……信用ねぇな」
……二人してあぐらをかいたまま首をうなだれた。
二人が座るスタジアムの床には、すでに詠唱したものであろう術式印のあとがぐちゃぐちゃに敷かれている。
「……彼らは、なにをやってるんですか?」
ふとそんな疑問が口をついた。
イギルは二人の事情をあまり知らないようで、
「スタジアムの片隅で、じっとしているだけだ。何らかの術の練習だろうな。
どうだ、地味だろ?」
「地味ですね……というか、一週間ずっとこんなことをしていたんですか。
私を無視して」
「……嫉妬か?」
さすがにその問いには「は?」という顔を見せずにはいられない。
「違います、どこかの恋愛脳ちゃんでないので。
仕事上のバディですから」
仕事上の、という言葉を強めて名織は言った。
近づくな、という警告は受けていてもやはり与えられた任務は任務だ。
「しかし、どうして突然ここに来たんだ?」
イギルの質問に「いえ……」名織は言葉を濁した。
――私の即興創作に、興味があるの?
そう聞きたい一心でスタジアムにやってきたはいいものの、どうやってそれを聞き出せばいいのかはわからなかった。
……だが、考えてみれば聞く必要はないのかもしれない。
「あの、私も練習します!」
「え、おい、申請は――」
イギルを無視し、名織はスタジアムへと躍り出た。
そうだ、実演すればいい。それで宗次が自分に興味を持っているのか、判断する。
名織の存在を認識した宗次は、突然立ち上がり抗議の表情になるが、
「――アリ・ムア・フェルト(私は、魅了する)。
タイトルは、逢坂さん」
大まかな手順を考え、術式をつぶやきデバイスへ落とし込んでいく。
そしてイメージする作品の姿を同時に思い浮かべた。
気がつけば小刻みにステップを踏み、自分のイメージと術式で、頭を没入する。
腕に単純な術式を描き、デバイスにセットした術式とを混ぜ合わせ、アレンジを加えていく。
足下の光りながら転写された術式が、新しい術式に塗り替えられ、発動する術が別の意志を持ちはじめる。
それはまさに、パレットをいじりキャンバスを染めていく絵描きのようだ。
今まで天にまっすぐ突き立ち上っていく数本の氷の棒は、突然ぐにゃりと軌道を変え、絡まって一つにまとまり合っていく。
それを覆う氷の筒は、蜂の巣のような、正六角形の穴を規則的にうがつような形でそびえていく。
蒼い髪が、白く純度の高い氷に、映えるように輝く。
まさに、氷雪の姫君。
そうして名織が完成させたものが――
規則的な穴をうがたれた薄い氷のヴェールが一枚張られている。
その中に、とげとげしく誰をも寄せ付けないような茨を誇示する、大きなバラの花がヴェールの中に宿っていた。
……だが、粗雑だ。氷の彫刻は、一度作り上げると形を変えることが出来ないために、粗雑な部分が見えやすい。
総合美術では舞いながら派手な術をチョイスしていき、観客をとにかく沸かせる。派手な術は、あまり考えなくていいーー体力勝負なところがあるのだ。
それで観客は、名織が不思議に思うほどにどっと沸いてくれる。
しかし、細部の美しさを必要とする術は、まだまだ練習不足だ。
自分でもわかってはいるが、何度練習しても自分が本当に納得するものを作ることが出来ないのだ。
「……あっ!」
氷のヴェールは、自重に耐えきる事が出来ず、下から崩れるように崩落してしまった。
それだけでなく、バラの花が崩落の衝撃で、ぼとりと床に落ちてしまう。
とげとげしい数本の茨が、その空間に場違いに取り残されてしまった。
「……やっぱり、向いてないのかな私」
逢坂宗次というタイトルのモノを崩してしまった、というのは失礼にもあたるだろう。少しばつが悪い。でも――やっぱり、名織はこの即興創作が好きだった。でも、評価をされない。でも、やっぱり、でも……。
いろいろな気持ちが入り交じって泣きたくなる気持ちで、宗次を見れば――
彼は無言でこちらの様子を、ただじっと見ていた。
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宗次は名織がこちらをじっと見ているのに気づいて、ふいと顔を背ける。
「……バロット、少しだけ妖術のことを教える」
「おぇえ!? いったいどういう風の吹き回しだ!?」
「………………」
宗次は精神を集中させる。
やがて、じりじりと地面が焦げるように、宗次の周りに術式印がゆっくり示されていく。
『――今から少し、昔話をする』
「……んぇ!? い、いま、どうやってしゃべっ……」
『頭の中でお前に話しかけている。お前は大狼種だ、じきに同じ事が出来るようになる』
「……マジかよ」
『猫先生は別にして、全獣化した獣はしっかりと言語をしゃべる顎の作りが成されていないそうだ。
だから、来るべき時までに特訓する必要がある。
――俺には、顎の作りのことを教えてくれた大狼種の知り合いがいた。
親みたいなものだった。
俺はそのひとを尊敬していた。この術の使い方も、そのひとに教わった。
何でも知っていて、何でも出来た。
俺に……魔術を教えてくれたのも、そのひとだ。
この術を鍛えれば、やがて異言語の人種とも、動物とも――素質がある大狼種は、死者の魂の声をも聞くこと出来る』
「そ、そんなすげぇヤツ、どこで会ったんだ……」
『どこだと思う?
そのひとはそもそも、人の形なんて最初から成していない。成したことがない。
――最初から獣の姿をしているんだ』
最初から全獣化しているモノなど、決まっている。
魔物だ。
「宗次、あんたもしかして、魔界に……行ったのか!?」
『静かに。
――お前は、一蓮托生かもしれなくなる。それを覚悟して聞け』
バロットの顔は心なしかひきつったが――すぐ、また元の調子に戻る。
「言っただろ、死んでもアンタの味方だって。
こう見えても決意はカテぇんだ。
……でも死者の声ね……そんな辛気くせぇ能力まで、オレぁいらねぇや。
ちなみに宗次は、そんな能力使えるンか?」
宗次は、今まで呼吸を止めていたかのようにふっと息を継いでから、
「……いいや。俺には、どうしても聞こえない」
ちらりと横を見ると、すでに名織は居なくなっていた。
それに宗次は少し安堵して、
「治癒術は後回しで、今日はこの術の練習をする。しっかりやれよ」
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そうしてバロットとの練習が終わった後、宗次はずっとその場に残っていた。
バロットは後かたづけを手伝うぜと申し出たが、宗次は断って先に帰らせた。
宗次は一人きりで、氷の残骸を溶かしていく。ある程度溶かしたら、あとはフィールドの自浄機能が水分を完全に除去してくれる。
崩れ落ちた茨を優しく撫でるように、作品の残骸を、どこか、愛おしそうに扱いながら……ときにはしばらく見つめたあとで片づけた。
コントロールルームで、名織がその様子を見ていることも知らずに。




