ディバイド
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強襲を受けた翌日の朝。講義棟の廊下で名織の隣に歩くほのりは、
「うへぇ……」
グロッキーな表情をしていた。
「一時限が一時間半もあるって、なかなかキツいものがあるよねぇ……
名織もそう思わないぃ?」
「あ、あぁええと、うん、そうだね」
一時限目を終えた二人は、どこか頼りないしょぼしょぼとした足取りだった。
これから週末までの間、仮履修期間で、多彩な講義の中からどれを学ぶか決める時期だ。
ほのりは中等部とは違う授業の難しさに難儀しているようだ。
けれど名織は、べつに授業が辛くて疲れているワケじゃない。
昨日の謎の生命体、ぷにぷにのせいだ。
寝床に入って宗次のいろいろな情報を聞き出そうとした名織だったが、結果的にそれは出来なかった。
なぜかというと、ぷにぷにが静かにしゃべることができないのだ。
「しーっ」と静かにするように言えばずーっと押し黙ってしまう。
かといって何かしゃべってと頼むと、比較的静かな声でしゃべりはするが、夜の空気の静けさには響きすぎてしまう声だった。
外に出ようかと思ったが、半端に眠い頭はその手間を拒否して、なんとかベッドの中での交渉法は無いかと考えているうちに、いつの間にか意識は途切れていた。
そして翌朝、ぷにぷには忽然と姿を消してしまっていた。
「……どこ行っちゃったの、もー」
「へ? なにがぁ?」
「あ!、いやなんでもないなんでもない。あはは」
名織はぱたぱたと手を振ってごまかした。
「でも、次が終わればもうお昼だよ名織! ここの食堂ってすごくおいしいんだよね!?
私、それ目当てにここに来たようなものなんだよね、だから頑張るねっ」
「……うん、頑張ってね」
そして二人は、二百人は収容できるであろう大講義室へとやってきた。
ここでの科目は“聖術技法I”。基本的な術の扱い方についての講義だ。
名織にとっては習熟した内容だが、同時限にめぼしい講義もないのでほのりに付き添っている。
大講義室の中でどこの席に着こうか迷っていると、ほのりが突然名織の肩を叩く。
その声はなぜか、焦りを帯びていた。
「ね、ねえ名織、あ、ああ、あれ、宗次さんじゃないっ?」
「――は?」
名織は唖然として言葉を失った。
大講義室の中、やけにざわついている一角。そこには一人の少年がぽつんと座っており、周りの席はドーナツ化現象みたいに空洞になっている。
その少年こそ、わざわざ喧嘩を売ったティアンスの講義に乗り出す神経の人物、逢坂宗次。
周りの席の者は当然、凍てつく視線を彼に浴びせている。
宗次はそれをわかっているのか、あえてそうしているのかはわからない。
が、宗次は場違いなのだ。
ディバイドにはそれ向けの講義があるのに、こんなティアンスだらけの講義に来ても、邪魔者扱いされるのは明白だ。
「よし、行こう」
「……は? はぇ、ほのちゃん!?」
ほのりは短い黒ポニーテールをピコピコ鳴らし、意気揚々と宗次の隣の席へ座った。
そして厄介なことに、ほのりは名織をロックオンして「こいこい」と手招いている。
ほのりを挟んで名織が座ったことで、教室のざわめきはいっそう大きくなる。
いっそ名織は穴を掘って埋まっていたい気分だった。
「……なんのつもりだ」
「ねえほのり、教科書はこれをダウンロードすればいいのかなー?」
頬杖をついてたずねてきた宗次へ、ほのりはあえて聞こえないフリをしているようだ。
宗次も二人には触らないほうが賢明と考えたのか、押し黙ってしまった。
そして――やはりというか、初の授業は最悪なものとなった。
「どうしてディバイドがこの講義にいるんですか!」
やってきたキツめの外見の女教師は、開口一番宗次へと向かって叱りつけた。
彼女の隣にいる生徒が告げ口でもしたのだろう。
宗次はこの冷え切った空気の中、席を立つこともなく反論する。
「どの種族がどの科目を履修してはいけないというルールがあるんですか?」
「ええあります。空気を悪くする。特にあなたのような者はね。
ディバイド向けの授業がちゃんとあるじゃないですか。そちらを履修なさい」
「――学びたいことも学べないなんて、この学校はおかしいですね」
女教師は悪びれることもなく、肯定する。
「そうかもしれませんね。
でもこの講義は二人以上の組を作って課題を発表せねばなりません。
そんな協力者がいるとでも? いないでしょう?」
「……ネットで確認した授業要綱に書いていませんでした」
「そうですね。何せ今足したことですから」
ふふふ、とわずかに笑い声が聞こえる。宗次は、ついに押し黙ってしまった。
――なによ、これ。
名織は腸が煮えくり返りそうだった。
明らかな差別。露骨な迫害。それなのに周囲はあざけり、笑い、誰も彼を守ろうとしない。
これが教育機関として、許される姿であるわけがない。
けれど、それは名織も同じだった。
激怒の中で、どうしても宗次へと歩み寄ろうとしない、冷たい感情が心を支配している。
もちろん、彼が関わるな、と忠告していたことは理由の一つだ。
けれどもう一つ、それよりも大きな心因があるのだ。
その後ろ暗いモノの正体が、わからない。それがもどかしい。
――なんでだろう。
私の立場は、ディバイド参画集社としての立場は、かりそめじゃないのに。
私が組むって、どうして言えないんだろう。
――――――チィッ
名織の肌はわずかに一瞬、こちらに向けられた術の発動を知覚した。
誰かに狙われている。
それを名織よりも先に確信したであろう宗次の行動は速い。
「ーーふゃぁああっ!?」
宗次はほのりを抱くようにして床へと飛び転げる。
そして、宗次の位置の木製の机が――バァンッ!!
まるで銃で撃つような音と衝撃が、机に巨大な亀裂を走らせる。破片も飛び散り、大講義室は悲鳴に包まれた。
おそらく空間術のたぐいだ。
けれどなぜ今それが発動されたのか。名織にはわけがわからない。
その異変に、反応した生徒の半数以上が、武器呼出を口々に唱えて武器を身構える。
武器の矛先は、何一つ違わず宗次へと向けられていた。
「いったいなんのつもりだ、ディバイド!!」
誰かが叫ぶ。宗次は至って冷静にほのりを抱え起こす。
「――なんのつもり、はこっちのセリフだ。
今、俺に術を仕掛けたやつがいた。それに反応した。ただそれだけだ」
――宗次の制服の中から手を伝い、ぴちょ、ぴちょと鮮血が流れ落ちる。
「勝手にケガでもしたんじゃないの?」
誰かが、そんなばかげたことを言う。
けれど、誰かはそうだそうだと、同意する。
そんな愚かなでっちあげを、誰もがその通りだと便乗する。
挙げ句に「汚らわしい血を地面に落とすな!!」とまでののしる輩までいる。
宗次は人間種だ。
だが人間種である前に、ティアンスたちにとっては魔の者にほかならない。
そこにあるべき秩序は、憎しみとともに消え去ってしまっていた。
そのうち、講義室は大批判を合唱しはじめる。
帰れの連呼は次第に勢いを増し、やがて団結を生み、皆が同じ調子ではやし立てる。
教師でさえ、それを止める気配はない。
「……」
仮想画面を開いていた携帯デバイスをしまい、宗次はとうとう席を立つ。
名織は、そこまで何も言えなかった。
怒りに震える拳をどこに振るうこともできなかった。
何か、名織は犯してはいけないことをやってしまった気分だった。
そんな黙って見送る名織を見て、宗次はふと笑った――ような気がした。
――それでいい。
お前は所詮、ディバイドの為とわめいていても、結局は何もできないんだ。
そう言われた気がした。
それでも、声が出ない。
そこで、名織はその理由を直感した。
――私、他のティアンスに嫌われるのが、怖いんだ。
彼のように、一緒に差別されたくないんだ。
ディバイド参画集社の一員として活動したときに、全く感じたことのない感情だった。
思えば、広告塔としての活動ばかりで、こんな風に敵意を剥き出しにした人たちの前に立ったことなんて、一度もない。
名織は一気に無力感に襲われーーそして、
「せんせいっ! 私たち三人で組みますっ!!」
名織は突然の怒号のような声に飛び上がりそうなほど驚いた。
なぜって、それが自分の隣の席にいた――ほのりだったから。
しんと静まりかえった講義室内で、ほのりは名織に微笑みかける。
――ねぇ名織、名織は何も言わなくて良いの?
そんなほのりの瞳の訴えが、名織の背中を押した。
名織は静かに立ち上がり、
「あの、私はディバイドと修学成果を共にし、さらにティアンスや、
彼のようなディバイドとの見識を深めることこそが本講義の意義かと思います。
彼が邪魔だとおっしゃるなら、私もこの不平等な対応をしかるべき場所へ意見しなければなりません」
鴇弥名織――この学園において知らない者はない。
彼女こそ一年生の“トップクラフト”――
宗次に負けたとは言え、まだ頂点の冠を戴く術士の称号はそのままだ。
それに、飛び級をするほどに博学な彼女が、講義を不当なものと訴えたらどうなるか。
その程度のこと、女教師は考えられないわけがない。
「……」
宗次は何も言わずに退室し、ほのりもなぜかその後を追う。
ぺこりと一礼し、この中で誰よりも年下の名織は、
「来週、私たちはこの講義を本履修します。
そのときまで、先生も、あなた方も――
もう少し気品のある振る舞いをお願いします」
そう告げて講義室を退出した。




