プロローグ
現状確認だ。
ここはカミーユの邸宅。綺麗に刈られた芝生と白いテーブルと澄み切った紅茶。白い椅子に座る僕とカミーユ。周りには人はいない。ただ緩やかな風と柔らかい日の光りを感じる。
気が付けば、この場にいた。
その前後の記憶はあやふやだ。『カゲビト』と邂逅し、女性の冒険者と一緒に旅に出る流れになった後、気を失った気がする。そもそも僕は『カゲビト』と出会っていない気もする。実は、今が始めてこの世界に来た状態である気もする。
どこかの哲学者が言っていた、くだらない言葉を思い出す。
高度かつ複雑化した科学の果てで、自分が自分であると証明することは非常に難しいだろう。
高度かつ複雑化した物語の中で、自分が自分であると証明することは非常に難しいだろう。
何が真で、何が偽なのか判断することができない。
黙ったまま思考の海に沈む僕に気にすることなく、カミーユが口を開く。
「超然とした態度を取るシズキが、そんなにも困惑し、俯いているのを見ると実に愉快だ」
「僕もそう思うよ。実に愉快な状況だ。悲劇は喜劇。喜劇は悲劇。綺麗は汚い。汚いは綺麗」
「そういうのが良くないんだよシズキ。ユーモアはもちろん大切なことだけど、単純化するとろは単純にしておくべきだ」
「世界は回る、僕は生きている」
「そう、世の中は常に動いている。君も生活を営んでいる」
「でも、僕はもうよくわからなくなっている」
「そう、君はもうわからなくなっている。いいかい、シズキ。よく考えるんだ。この世界がどういったものか」
「この世界がどういったものか?」
「そう。『百年の魔法使いがいる。千年のパン屋がある』という言葉がある。『東には勇者が、南には大賢者が、西には魔王が、北には竜が。その中心に我々がいる』という言葉もある。ここからどんな意味合いを取ることができる?」
「よくわからない。魔法使いも勇者も大賢者も魔王も竜も、パン屋には敵わないってこと?」
「違うよ。『何がなんだかよくわからないが、とにかく頑張って生きるしかない』。それがこの世界を支配する根源的な意識さ」
「隣のパン屋は勇者かもしれないね」
「パン屋の成れの果てが魔王かもしれない」
「実に愉快だ」
口角を吊り上げて、軽薄に笑う。妙に乾いた口を、紅茶で湿らせる。
僕が相手しているのは本当にカミーユなのだろうか。そんな疑問が湧いてくる。上手く把握することができない。自分と世界との距離を掴むことができない。『まるで僕の症状だ』。自と他の距離が曖昧で、宙ぶらりんになっている感覚。宇宙空間に取り残されているような錯覚。所属の意識が皆無なせいで、果てしのない孤独感が満ちてくる。
頑張って築き上げた、一般常識。
世界に適応するための殻が、気が付けば崩れ落ちている。
「いいかい、もう時間もない。シズキ、必要なのは、単純であるということだ」
芝生が欠けはじめている。テーブルも紅茶も零れていく。カミーユの顔も半分がない。風はふら付いているし、日の光りは随分と萎んでしまった。この世界も『気が付けば、崩れ落ちている』ようだ。
「たくさんの嘘がある。根本的な前提にもそれは紛れ込んでいる。それでも、それでも君は、アオキシズキは単純に物事を進めなくてはならない。『しあわせになるためでなく、アオキシズキであるために』生きるのなら」
どこかで歯車が回る音が聞こえる。
クラクションの音、タイヤがアスファルトを削る音、トラックが全てを壊そうとする音。
「ミームも僕も、君と会うことはできない。『理不尽にも』僕らは会うことができない。また今度、『平和な街』で会おう。ここなら、少しなら会話することが―――」
カミーユの言葉は、ここで切れる。
呆然としたままの僕に、声がかかる。
―――どうしたのだ、シズキ?
女性冒険者。名前はマリア・カーマインの声だった。
もうかなりよくわからなくなってますが、お付き合い頂ければありがたいです。
この後から、視点は女性冒険者、マリア・カーマインにしていこうかな、と思っております。




