chap6-4
何も考えずに手に取った服が、驚くほど自分に合っていた。
穴があったので入ったら、驚くほど綺麗に嵌った。
気持ちの良い目覚め、朝日がもれるカーテンをめくれば、世界が終わっていた。
等等。
極端で一方的な価値観が混じっていてはいたが、何にせよ僕の気持ちはこういった、『すっきりしているが、何故すっきりしているのかわからずすっきりしない」という二つの意識が成り立っている。
これをより現状に照らし合わせた言い方にすると、『いまカゲビトがいることに酷く納得してしまう自分がいるが、何故そんな意識になってしまうのか納得ができない』といったところだ。
一度、自分を客観視してみる。
深い森の中、ゴスロリ服を着た少女の様な少年と、真っ黒い人。
ダメだ。現状を上手く把握できないし、説明も付けづらい。
より正確な状況認識が必要となるだろう。
まず、時刻は昼を過ぎ、けれど夕方に入る前。日の光りは白くなく、日の光りは赤くなく、強烈なほど強い黄色だ。メロドラマな時間というのが言葉として当てはまろうか? 個人的には一番好き/嫌いな時間だ。
深い森の中にも、その光りは差し込んできている。その状態を上手く表す言葉が見つからない。強いて言えば、日曜日っぽい、とでも言えばいいだろうか?
そこに僕が木の根元で、若干呆然とした面持ちでいる。そう、僕は紛れも無く呆然としている。確かに僕は今色々と高速で考えてはいるが、それと同時に一個の生命が目の前から消え、『カゲビト』というキーワードを持つ存在が目の前に現れて、酷く戸惑い、また吃驚もしているのだ。
そしてそんな僕を相手に、全身真っ黒のソレ―――『カゲビト』は手を上げて、挨拶をしてきた。
朗らかに、当たり前の様に。
やはり、いまいち意味がわからない。
強いて言うなら、平和であったり、平穏であったり、休日であったり、遊びに行くには遅いがまだ何か出来る時間だという感覚、寝すぎて勿体無いがこれはこれで良いかなという意識、ネットも漫画も宿題も特にやる事はやってしまい二度目に取り掛かるのも何ではあるが現在やる事がなくて困った。
そんな意識群。浮かんでは沈むメタファー。
「あー、悪いんだけど、挨拶を返してもらえるかな?」
頭を掻きながら、『カゲビト』が申し訳なさそうに言う。僕は反射的に頭を下げて「あ、ごめんなさい。こんにちわ」と言うと、さらに『カゲビト』が手を振って、「あ、ごめん、もう一度やるから、その後でお願い。そういう決まりなんだ」と、頭を二、三度下げる。
随分と想像とは違う存在である。
「改めて」と前置きをすると、『カゲビト』が言う。
「やぁ、こんにちわ」
「ええ、こんにちわ」
「それでは」と台本でもあるかのように、『カゲビト』が間延びした声で続ける。「えー、色々と聞きたい事とかあると思うんだよね。まず僕自身だと『カゲビト』のことだとか、何故さきほどのスライム的存在を消失させたのか、とか、『果てしなき流れ』のことだとか、その銀髪の令嬢であるミームのことだとか」
「色々と、知っているんですね」
「うん、そう。僕はかなりのことを知っている。何故なら、単純に言えば僕達『カゲビト』は神様だからね」
「神様?」
「そう、神様。正確にはもちろん違うんだけど、まぁ、言語で説明の付きにくい状況や状態、現象なんかは一纏めに神様で一括しちゃうのが一番だと思うんだ」
「あるいは」
「そう、あるいは。君をこの世界に送り込んだ存在がいたでしょう? あれの下位互換が僕達『カゲビト』だったりするんだ。『果てしなき流れ』もまだまだなんだよね。『異世界の神』『意思ある歯車』なんて色々言ってるけど、その正確な実態の解明はまだ出来ていない。僕達との関連性もまだ把握することが出来ていない。まぁ、所謂、人間と神との隔絶たる差、なんだろうけど」
「情報が多すぎて、把握しきれないんだけど」
「それは、しょうがない。人生そんなものさ。さぁ、さて、色々あるけどね。何故『カゲビト』たる僕がここにいるのか。『カゲビト』と『異世界の神』の関連性とは。『果てしなき流れ』と『カゲビト』の関係性とは。さっきより増えたけど、まぁ、君にとってはこんなこと全部どうでも良いことなんだろう」
「うん」
そう、まるで、どうでも良い
面白そうではあると思う。興味もある。汗水たらして調べてみても良い。
しかし、結局は「ふーん」と言ってしまうとは思う。
「ならば、そう」うんうん、と頷きながら、『カゲビト』が言う。「ならば、君の神話。さらに言葉を増やすなら君にとっての本物」
「本物?」
「そう、本物。これが今回、僕がここに着た理由。『漫画みたいな本物の恋』『小説みたいな本物の事件』『ゲームみたいな本物の冒険』『映画みたいな本物の感動』そして、『現実では存在しないと思っていたら、本当に存在していた本物のソレら』というのが、君にとっての神話だろう?」
「そんな、こと、あるかも、しれないけど」
思わず、本当に、呆然とする。
本物、という考え方を、したことが無かった。言われてみれば、神話という言葉よりもより実感が湧いてくる気がする。僕だけの、神話。僕だけの、本物。
『カゲビト』が「結局のところさ」と肩を竦めて言い放つ。
「川の水底に沈む小石が、本当に望んでいるのは、誰が考えてもわかる。
―――本当は、奇跡みたいに、拾って欲しいんだ」
「けど、僕はそれを簡単には認められない」
「そう、そうだね。『そんな奇跡みたいなことはありえない』と考えてしまう。『そんな奇跡だなんて陳腐なものは信じられない』なんてね。うんうん、これが物語なら、君が最初に語った言葉の伏線を回収できるかな? 『エンターテイメントはそれ自体が自分に起こりえたものでもないのに、奇跡を陳腐なものに感じさせてしまう』」
「僕はなんて言っていたっけ?」
「確か、『エンターテイメントに浸りきっているから、こんなことでは驚きもしないよ』みたいなことを言っていたかな。そんなことないのにね。君は素直に驚いて、感動して、奇跡に打ち震えて、泣き喚くべきだったんだ。それを、まして与えられる能力は自分自身ではなく、外部に置いた。素直に『最強の体』だとか、『魔力無限』だとか、『ありとあらゆる魔法が使える』だとかにするべきだったんだよ。笑われちゃうよ? 『君は一体、何と戦おうとしていたんだ?』ってね。よろしい。確かに、君のその特殊能力は非常に便利だ。人間の体に限定していない、『珠』という球状の物体にあらゆる状態を突っ込むことで、力が強すぎて日常生活が送れないだとか、魔力が強すぎて加減が出来ないだとか、魔法は使えるがきちんと覚える必要があるだとか、そういった物事からは開放されたかもしれない。けれど、それは結局、子供の浅知恵なんだよ。『最強』『最強より最強』『最強より最強より最強』『最強という名がつくものに対して最強』『というものより最強』なんていう子供のやり取り。実に悲しいことだ。君の特殊能力はこれの延長線上だ。本当は、そんなことをするべきじゃない。最強合戦を繰り返す前に、遊びを、あるいは人生を楽しもうとする、『空を自由に飛べる力』だとか、『大切なものを守り通せる力』だとか、そういったものが必要だったのではないかな?」
「随分、長い話になったね」
「うん。僕も自覚があるよ。さて、それでは話を元に戻すよ」
オホンッ、と咳きをして『カゲビト』が場を整える。
いつしか世界が、赤く照らされ始めた。その強い光りに、僕は思わず目を顰める。
『カゲビト』は、構わず話す。
「少なからず、君は行動を起こした。それが社会的に、法的に、人間的に良い悪いなんて彼方に置いておいて、君は行動を起こした。だから、動き出した」
「ねぇ、『カゲビト』くん」
「なんだい?」
「なんだかね、随分と、僕は怖いよ」
上手く言葉では言い表せることができない。
膝を、ギュッと強く抱え込む。
まるで責められているようで、まるで怒られているようで。
そんな僕の様子も気にせず、『カゲビト』は同じ調子で言葉を続ける。
「そりゃ、そうさ。僕らは『カゲビト』。理不尽の体現者だもの」
思わず、僕は俯いていた顔を上げる。
見上げたその先、夕日の赤を逆光に、黒い影が酷くにやけている気がして。
―――『カゲビト』が、腕を大きく広げる。突然、舞台にでも立ったかのように。
―――そして、歌い上げるのだ。
「『運命の導き』と競合しないために、スライム君は哀れ死に、魔王は生まれず、神話が残る」
「『意識ある歯車』の下位互換、眷属である『カゲビト』は、その身を生み出す現像に因って『思うがままに』」
―――そんな、簡単な言葉で。
―――赤い髪。
―――赤い鎧。
―――誰かに似ている、そんな女性が、僕と対面していて。
「さぁ、アオキシズキ。リ・スタートってやつだよ」
side『冒険者の女性』
―――追ってきてみれば、森の中であった。
いつから気付かれていたのかわからない、少女は私から逃げるように森へと歩みを進めたのだ。
所々、意識のはっきりしないことが多い。
何か、幻術の類だろうか。それとも、周りが見えないくらい、自分を見失ってしまうくらい、少女を追うことに集中しすぎているのだろうか。
わからない。わからないが、とにかく私は少女の後を追う。
何故か?
聞きたいからだ。
―――少女は一体、何がしたいのか?
―――少女は一体、何を考えているのか?
―――少女は一体、何者なのだろうか?
―――貴族でもない、勇者でもない、英雄でもない。
―――では、そもそも何者でもないのだろうか?
―――ふむ、そういうものか。いや、そういうものだろう。では、聞くのだが
―――君は一体、何なのだろう?
木の根元。自身の膝に顔を埋めた少女が、ソッと顔を上げると、その端整な顔つきがよくわかる。『夕日』の『赤い光』でその表情は『良く分からない』が、私は少し勘違いをしていたことに気付く。
彼女は、彼だ。
女性ではなく、男性。
背格好は確かに女性のものだし、容姿も随分女性寄りではあるが、彼は紛れもなく男性だ。
直感で、私はそう感じだ。
そんな彼は、何度か口を開こうとして、それでも閉じて。顔を上げて、顔を下げて。拳を握り締め続けて。
一気に、言葉が放たれた。
「一緒に旅でもしませんか―――っ!!」
―――夕日に伸びた影が、笑う。
『冒険者の女性』side out
内容については、活動報告のほうで




