chap6-3
全体の流れなどをもう一度サッと把握してから読んでいただいたほうがよいかもしれません。(推奨というほどでもないですが)
雰囲気で状態を掴んでいただければ、それで十分です。
カミーユの邸宅のある森でもなく、初めてこの世界に着た時にいた森でもない。
名も知らない世界の、名も知らない森の、名も知らない大樹の根元。
清浄な空気と静謐な空間。獣も、魔物の影もなく、ただ木漏れ日と鳥の鳴き声の支配する平穏な状態の中、僕は木の根の又で、足を抱え、焦点の合わない視線をあちらこちらへと彷徨わせながら、爪を噛む。
何をしているのか? そう問われれば、こう答えよう。
闘い、だと。壮絶なる、闘争であると。
僕の頭の中で、冒険者の女性が言葉を放つのだ。
『君は何なんだ?』
「知らないよ、そんなこと」
覚悟を決めようとも、意思を定めようとも、悩まないわけではない。
苛まれる。己の決定に。
契機を与えた存在に。
『君は誰かに生かされている、誰かの好意、思い、愛によって生活を行えていることを自覚するべきだ』
「だから、なんだと言うんだ」
『ならば、君はその人達の為に努力をするべきだ。それができないのであれば、君はそんな大口を叩くべきじゃない』
「うるさい。僕は実際に死んでいるし、そもそも死ぬ前から死んだ様に生きていたんだ。べきではない、というのであれば、愛という行為は見返りを求めるべきではない」
『君のその考え方はね、餓鬼というんだよ』
「くだらない。よく言う話だ。僕は卵を産んだことはないが、卵の良し悪しはわかる。僕の言葉に説得力がなくとも、僕の主観の論理には一切の矛盾はない」
『聞くに値しない、餓鬼の言葉だ』
「なら、放っておいてくれ」
『君は、君のために言っている言葉をそんな酷く否定するのか』
「わかってる。僕のためだということなんて。ありがたい言葉だ。良い言葉だ。嬉しいし、涙がでそうだ。だから、お願いだから、黙っていてくれ」
―――僕の大好きな女性に似た顔で。
―――僕の大好きな男性に似た言葉を。
彼は僕に似たような言葉で僕を抉り、そして僕に刺され、部活を諦め、それでも親友となって、それでも一緒にいたいと言って、そして僕に彼女を使われていることを知らず、裏切られ続けていたんだ。
だから、大好きな女性と男性に似た貴女は、僕に炎の矢で貫かれたんだ。
だから貴女は、僕の始めての人殺しに選ばれたんだ。
『ねぇ、なんで私のことを殺してしまったの?』
「やめてくれ」
お願いだから。
―――僕に、貴女を本当は心から得たかったと、思わせないで。
―――僕に、貴女を本当は心から失いたくなかったと、思わせないで。
出来る限り、切り捨てて生きてきたんだ。
絆という、絆を。
得ないために、そして失う悲しみを味わわないために。
『失ったこともないのに?』
「得たことがないから、だよ」
『子供だね』
「餓鬼なんだよ」
自覚している。
子供の、頃から。
「独り言は、終わっただろうか?」
「邪魔しないでくれるかな」
一人の男性の声に、顔を上げる。常人の僕は気づかなかったが、アルフェやベータの警告はその男の存在を知らせていたので、驚くことはない。
特徴のない男性だ。ただ低いだけの声、短く刈り上げた髪、無精ひげ、浅黒い肌と、冒険者らしい皮の装備を身に纏っている。
まるで、物語から出てきたような、作り物めいた冒険者像で固められたような人物。その姿に見覚えはないが、その声に聞き覚えはあった。
ヒルデ達の後にギルドの酒場を出る時に、ミームが一方的によくわからない会話をした相手。
「俺は、『未知なる終着点』に所属する、リキッドというものだ」
そう、確かそんな名前だった気がする。
「今回、Sランクの依頼として、俺が使命を受けた。内容は、ウォルデンバーグの商業区で、冒険者の女性を魔術で殺し、驚異的な速さでその場を逃走した人物の発見。殺した人物は貴族のような服装の少女らしき様相。実際には男性。名前は、アオキ・シズキ」
合っているか? と投げかけるような視線を無視する。
沈黙が下りる。幾許かの時の後、リキッドが口を開く。
「依頼の報酬は、俺の求める人物だと言う。それはつまり、単刀直入に言えば、お前が魔王か? という話となる」
―――魔王?
思わず、リキッドに視線をぶつける。
リキッドは特徴のない顔で、特徴のない笑みを作った、その途端、その顔は醜くも粟立ち、髪も目も、皮の装備も、重力に従い地面へと崩れ落ちていく。
さすがに多少の動揺が僕を襲い、ベータによって精神を安定させられるが、それでもグロテスクなその光景には眉を顰めなければならない。
モゾモゾと顫動するソレは、次第に全てを透明なゼリー状へと形を変えると、そこにはソフトボール大の異様な重圧感を放つ中心の黒い核と、それを包む不定形物質。簡単に言えばスライムだ。
スライム/リキッドは黒い核を上方へと移動させ、そこを基点に、さきほどまでの、特徴のない、ありきたりな冒険者の顔を作りだす。
体はスライムの、顔だけが人間のなんとも不気味な生体が、何事もなく言葉を喋る。
「『未知なる終着点』のクランは全て元が魔物だ。本能のみの魔物から、意思ある魔物となり、強靭な肉体と強大な能力を持ち、我々は現在同等の存在と言える人間社会に身を置きながらも、それ以上の存在へと昇華するために日々を生きている。―――もし、お前が俺の求めている存在、魔王であるならば、我々を導き、人間を駆逐し、我々を昇華させてほしい」
「……魔王、か」
口の中で、魔王、魔王と繰り返してみる。
リキッドは気味の悪い姿ではあるが、真面目な表情のまま。
実際、荒唐無稽な話だと一蹴することもできる。僕は僕が魔王だと考えたこともないし、その予兆もおそらくはないはずだ。
しかし、どうだろう。
森の中、木の根元で足を抱える少年と、その前で魔王になってくれと、頼む魔物。頂点を過ぎた柔らかい陽光と、木々のざわめき。その構図自体は、何かが始まろうとしている気を、僕にさせる。
あるいは、これが『小石の神話』なのだろうか?
『自分の存在を問われて、逆上して、縋りついた神話とかいう、わけのわからないもののために、愛する人を突然殺した結果?』
「………それが、僕の神話かもしれない」
あるいは、それが『魔王の神話』なのかもしれない。
何者でもなく、どうしようもなく、男でもなく、女でもなく、人でもなく、神でもない存在。
仮に、勇者にとって魔王というものが、ハッピーエンドへと繋がる為に存在するのであれば。
水底に沈む小石の様に、寂しく、そして美しい、取るに足らない存在なのではないだろうか。
『神話を得て、どうなるっていうの?』
「……どうなるため、とかではないんだ」
僕が、僕であるために。
―――促す言葉もないまま、ただジッとこちらを見つめてくるリキッドに、わかった、と了承しようと口を開く。
―――黒い、真っ黒い影が『理不尽』にもリキッドを抉り取る。
「やぁ、こんにちわ」
リキッドは、元から無かった様にその場で死に。
『カゲビト』が、そこにいた。
どこかしら説明が必要でしたら、コメントお願いします。




