chap5-9
女性らしい、嫉妬や羨望などのヒステリックな怒りではない。
男性らしい、僕にはわからないよ、という静かで滾るような怒りだ。
↑という文章が今回出るのですが、実際はあまりよくわかっていない。
興奮する意識と比例するように、僕は状況を素早く整理していった。
ユーリ達が結界を抜け、中に入ってからおよそ三分前後しか時間は経っていないはずである。
その短時間でこの状況になるための過程は、結界の中に入る→アンジェが一人奥へと進む→アンジェが黒い影となんらかの関係を持つ→精霊の働きかけにより、ユーリが黒い影を狙う→セリカによって阻まれる→両者対峙したまま状態が膠着する。
おそらくはこんなところだろうか。
もちろん細部どころか大筋さえ間違っているかもしれない。
しかし、とりあえずはこの仮定の上で進んでみよう。もし間違っていたとしても、特に問題はない。何故ならこれは、他人の話なのだから。
そう、関わってはいけなさそうな、他人の話。
―――ああ、なんて関わってはいけなさそうなんだろうっ!!!
「面倒事は、好きではなさそうですが?」
「野良猫に餌をあげるタイプの人間なんだよ、僕は」
ミームの問いに軽く答える。
「つまり?」
「したいことをするだけ、さ」
未だ、黒い影と寄り添い、愛おし気な表情を浮かべるアンジェ。それを守るように剣を構えるセリカ。意思の強く、澄み切った瞳がユーリから離れ、一瞬僕とぶつかる。
「在るを知らざるや、在らざるを知らざるや――――《其れを認めず》
在るは唯の黒き影に過ぎず――――《汝を知らず》」
その一瞬のタイミングで、ユーリが黒い影に向けて白き光芒を放つ。七つの光りが猛然と突き進むなか、セリカが悠然と立ちはだかる。深く腰を落とし、肩に剣を担ぐ様に構える。
そして、振るわれる。
何の変哲も無い、女性が扱うには少し大きい刃渡り九十センチのロングソード。それが右足を一歩踏み出すと同時に切り下ろしが一閃、腰を軸にした回転と共に左足を踏み出しての切り上げが一閃、そして迫る光りを左足を下げ、腰を深く落としてカウンター気味に叩き落すことで一閃。
都合三度の剛剣は見事全ての光りを打ち落とす。
そして出来た空白。ユーリは素早くこちらへと退避してくる。
その顔は酷く焦燥感に溢れながらも、僕だという事を確認できたことに少しだけ眦を下げる。
「よかった、この不思議な感じ。シズキのだと思った」
「白い髪と白いローブと白い光。女性神官か何かと思ったよ」
「相変わらず、飄々としてるね」
軽口を叩きながらも、ユーリのその視線はセリカを、アンジェを、そして黒い影を強く捉え、睨みつけている。
「なんでシズキがここにいるのか、もう一人の女性が誰なのかはとりあえず聞かない。アンジェを正気に戻すために協力してほしい」
「随分、男らしいね」
「見た目がこうだから、正念場くらい、男気を見せないとね」
「よし―――アルファ、マニュアルモード、手掌で待機。ベータとデルタはオートモード」
久々の活躍の場面に、珠達が昂揚したように淡い点滅を繰り返す。黒い光りと緑の光りは僕の周囲を衛星の様に周り、赤い光りがセリカとアンジェに向けた掌の前で輝く。
目でミームとコンタクトを取ると、ミームは相変わらず表情の変わらないまま、ただ小さく頷く。
対して、アンジェは未だに焦点のはっきりしないまま。セリカもこちらに切りかかってくる素振りはなく、肩に剣を担ぎ、カウンターを警戒させられるあくまで攻勢守備といった構え。
「とりあえず、ザッと説明してもらえる?」
「……《黒き異貌》はこの世のものじゃない」
「この世のものじゃない?」
そういえば、ミームもあの黒い影が何なのかよくわからないと言っていた。
「この世界にあってはいけないものなんだ。ただそこにいるだけで全てが狂っていく。この世の全てが崩れていく」
「そんな存在が、何故アンジェを?」
その言葉に、ユーリが唇をかみ締める。
「魔術の素養の高いアンジェをその身に取り込むことでこの世界に直接影響を与えようとしているんだ。この間の襲撃もアンジェを取り込もうとしている。今までは距離が離れていた所為か、影響力は小さく対処できたけど……」
「本体を前にして、アンジェは取り込まれる寸前。セリカも様子がおかしい、と」
「時間がもうない。シズキはセリカの対応を頼みたい。その間に僕は黒い影を討つ。出来る?」
「まぁ、やってみないことにはね」
ユーリの攻撃を剣で叩き落す、という現象はどれほど凄い行為なのだろうか。
物理は魔法に弱いというのが定石でもある。漫画であれアニメであれ、ゲームであれ。
そういった観点から見れば、魔法を物理で打ち落とすセリカは相当強い、と判断すべきだ。
アルファによる攻撃、仮に雷撃系の魔法を行使しても、おそらくセリカはそれを打ち落とす。その勢いのまま攻撃に転じられれば、ベータの身体能力強化で回避、それができなければデルタによる防御結界。
しかし、ミームの例もあり、防御結界を過信してはいけない。魔法を打ち落とせる者が、魔法の結界を打ち破れないとは限らない。
普通の攻撃なら別なのだ。普通の最強の剣の一撃。普通の最強の魔法の一撃。そんなものであれば、デルタはいとも容易く防御するだろう。白龍であるヒルデの攻撃が良い例だ。
しかし、僕の周りは随分と例外が多い。ミームにせよ、ユーリにせよ、カミーユにせよ、物理で魔法を打ち落とす剣士にせよ、だ。
もちろん、未だこの世界の常識をきちんと学んでいない僕としては、早々に決断を下すのは早計な話である。案外、簡単に勝てるかもしれない。思いのほか、苦戦するかもしれない。論ずる余地もなく、即死かもしれない。
何にせよ、油断は大敵。
―――仮に、対峙すれば、の話では、あるが。
僕はベータによる身体能力強化で本来ではありえない、高さ三メートル近い跳躍でセリカへと接近しながら、―――くるりと一回転、アルファへと念じ「アルファ、視認している方向へ雷の矢を射出」淡く赤く光ると同時に、本来無き指向性を加える〈矢〉という言語通り、直線的に雷が発生する。攻撃地点を確認もしないまま着地。
「在るを知らざるや、在らざるを知らざるや――――《其れを認めず》
雷の精は之を知らず――――《雷気喪失》
雷の精は之を知る-―――《雷神の裁き/トールハンマー》」
〔散れ〕
振り向いた瞬間、部屋を埋め尽くすかのような強大な雷がこちらに走ったと思えば、それはいつの間にやらこちらに来ているミームが伸ばした手の先で指を鳴らした瞬間、夢か幻のようにその姿を消した。
「どういうことだろう?」
明らかな怒気。わかりやすい困惑。
ユーリはその白い髪、白いローブ、そしてはっきりと視認できるほどの白き光りを頭上に従え、こちらを見据える。今のユーリをアンジェが見れば、彼が男性だったのだと、確信できるろう。
女性らしい、嫉妬や羨望などのヒステリックな怒りではない。
男性らしい、僕にはわからないよ、という静かで滾るような怒りだ。
「さて、どういうことだろうね」
まるで兄に怒られる弟のように、ミームの後ろからそのスカートの裾を握り締め、少しだけ顔を出して、僕は惚けた。
それは数瞬。
―――虚と言うもの。
ここだッ!!/……つまんないな、という奮起と失望の二つの意識が僕を満たす。
一見すればユーリの敵に回った僕達ではあるが、だからといってアンジェとセリカの味方になったと判断することも出来ない。故に、セリカから攻撃を、あるいはアンジェと黒い影からなんらかの干渉があるものかと期待したのだが、そんな様子は一切ない。
ユーリは冷たく僕を睨みつけ、セリカは冷静な表情のまま感情を表に出さず、黒い影に寄り添うアンジェはやはり穏やかな表情のまま。
僕はミームの後ろに引っ付き、ミームは平然としていて。
一瞬の沈黙、停滞。
―――虚を突くのなら、ここである。
瞬間的な勇気を僕は最大限まで捻り出し。
後方へと大きく飛んだ。
エッ、というのはユーリかセリカか。
ベータによる身体能力強化は常人以上でさえ対応させる暇もなく。
あまりにも簡単に。
黒い影へと僕は到達する。
ユーリを振りぬき、セリカを出し抜き。
本来なら関わることのないであろう、物語の外縁にいた僕は、物語の中核へと文字通り触れる。
詠唱の法則。
この物語に登場する人は特殊な方々が多いので、補足。
基本的な詠唱。
レベルの低い魔法。
「《火と灯れ/フェイア》」
「《火はここに/ファイア》」
「《暗闇を消せ/ファイア》」
レベルの高い魔法。
「空より襲いくる怒りが~~~~~~~~~~~~《雷神の裁き/トールハンマー》」
「雲より出でて地に帰れ。生きる者全てを~~~~~~~~~~~《空より落ちたる災厄/トールハンマー》」
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~《やっちゃえ~~~!!/トールハンマー》」←失敗(魔法を構成する魔素が(コイツなに言ってんだ?全然伝わってこねぇぞ)ってなるため)
といった感じが一般的な魔法使いになります。定型文は基本的にはないッス。(ユーリ君は特殊なのでだいぶ変わります)
《》の中。これの表記をルビにしないのは、前者を口にだし、後者を脳内で思っているという設定にしているからです。
人間の想像力には結局限界があるので、魔法の種類は各属性十種類程度しかないです。口に出す文章は術者が的確だと思ったものを唱え(雷神の裁き)、脳内では既存の学んだ魔術を想像する(トールハンマー)。それで魔法は明確な形と指向性やらなんやらを持つことができるのです。
と、これはこのchap5が終わった辺りでの本編中で説明します。(たぶん・・・)
この場での説明は一応、レベルなので、設定を書いてる最中でかえるかもしれませんが。
もともと、side系を使わない、片側一方通行の話にする。という、読者的に超不明瞭な状態なので、まぁ、結局は寛容な心でごらんいただければ、重畳です。




