閑話「マスプロダクト的犠牲に因る小さな妄想」
ノクターンでもいい気がしなくもない。
僕は幼い頃から自分を客観視することのできる人間であった。あえて詩的に表現するのであれば、もう一人の自分が存在していた、という言い方になるだろうか。
多重人格というわけではない。幸いなことに、多重人格の主な要因である幼少時の精神的負荷を経験したことはない。至極まっとうに、日本人の平均値を逸脱しない程度の生活を送っていた。
つまり、僕は先天的に異質であるということになる。
特に天才というわけではない。理解力、記憶力、応用力、どれをとっても平均値以下であり、さらには努力をするのも厭う正確であったから、学業の成績は芳しくなく、だからといって音楽や芸術、運動の方面に秀でているわけでもない。
ただ、僕は人より早くから『自覚的であった』。
自分というものが何であるのかを正確に把握し、他人というものを正確に把握し、世界というものを正確に把握することができた。『自』と『他』を明確に区別し、『他』の中の『自』を明確に選り分け、『自(身体)』の中の『自(精神)』を明確に分化することが出来た。
それはもはや子供ではなかった。
僕の幼少時代は、ただ『経験と知識の無い大人』であった。
逆を言えば、今の僕は『経験と知識の備わった子供』とも言える。
人生を通じて、僕はいつまでも僕であり続ける。
成長しない人間。
女性のような容姿の男性。
男性に恋をする男性。
女性の体に興奮する男性。
たまに、僕は思う。両性具有であればと。
もし僕がそうであれば、僕はより『神』に近い存在ではないのだろうか?
(―――なんてねぇ)
年齢を積み重ねる毎に、僕のその特異性は相対的に損なわれていく。
とはいえ、高校生という年齢の少年少女は、未だ自己を正確に形成している人はいない。
自己を確立するには未だ世界は未知で溢れていて、自分を自分として形成しきるには早すぎる。
もし高校生としての存在のまま自己を形成してしまえば、その先に潜む恐ろしき現実/社会に打ちのめされてしまうだろう。行き着くのは底辺フリーターかニートだ。
だから、つまり。
学校で一番の成績であることと、精神的に成熟していることは比例しない。
学校で最低の成績であることと、精神的に未熟であることは比例しない。
とはいえ、何をもって精神的に成熟しているか、というのも問題となる。
良い学校へ入り、良い成績を収め、良い学生生活を送り、良い企業に就職し、良い勤務態度を継続し、良い家、良い伴侶、良い子孫へと続けることが出来る人間を精神的に成熟であると、誰もが信じているのだ。
古代ギリシアが、労働を蔑み奴隷に任せ、崇高なる哲学を模索し続ける有様こそが、精神的に成熟していると、誰もが信じることができるだろうか?
(まぁ、精神的に成熟している事、精神的に成熟した行為、この二つはまったく別の話ではある)
―――そろそろ、いいだろうか。
しょうがないので、僕は意識を目の前に向ける。
髪色、メイク、服装、口調、あるいは香りに至るまで、彼女達はギャルの三文字で表すことの出来る存在である。
四人組。どの子もそれなりに可愛い。まぁ、メイクをして丈の短いスカートを穿いてそれが制服であるという時点で可愛くないはずなんてない。
ぜひ性交渉を持ちたい。そう思わせる人種である。
「だから、無視すんなや」
ついに僕は殴られる。
時は放課後、場所は校舎裏。背の低い女顔の男子生徒は壁際に追い詰められ、四人組の女子生徒が囲んでいる。
実にわかりやすい構図である。
所謂ご褒美タイムというやつである。
―――自分の考えに、思わず口元をゆがめてしまう。
「うわ、何、殴られて笑ってんのキメェ」
「本当、マジでキモイわ。キモイのは見た目だけにしろよ」
「ところで、髪伸ばしてるのは男受け狙ってんの? 気持ち悪いからやめたほうがいいよそれ、マジで」
「ね、本当にさ、マサキの友達やめてくれない? 彼女として恥ずかしいんだよね、ワタシ」
僕の胸倉を掴んだのは、今回の主犯格である、佐伯という女子生徒だ。
僕とは同じクラスの、いわゆる人気者である。ショートの茶髪、分け隔てないサバサバした態度。話し上手で、聞き上手。高校一年生もまだ二学期だというのに、先輩達や先生の覚えもよい。
そして、その佐伯と同じように人気者なマサキと、部活を通じて知り合い、付き合っているという。
マサキが違う高校に行き、一緒に遊ぶ時間も少なくなってきているうちに、彼女ができていて、その彼女は僕と同じ高校同じクラス、そして僕を疎んでいる。
「それにさ、お前頭悪いし、運動も出来ないし、根暗でさ、その女みたいな顔しか取柄無いじゃん? マサキはいいやつだけどさ、正直一緒にいてほしくないんだよね」
そういって、顔をグイッと近づけてくる。
綺麗な顔が近づくのは嬉しいが、目はあわせたくない。しかし、目を背けると「ビビッている」と他の三人が囃してくる。
何故、彼女達は気付かないのだろうか。学年でも上位に入る学業の成績を収めておきながら、僕が一切表情を変えてないことに。身体に一つの震えもないことに。
「チッ、なぁ、聞いてんの?」
佐伯の苛立ちは良くわかる。他の三人組とは多少、頭の出来が違うようだ。僕の反応が怯えではなく、無関心であることに気付いている。
無関心な相手に対する対応ならば他にやりようがあるのだろうが、所詮は高校一年生。感覚では僕の対応が無関心に属しているとは思えているが、実際に無関心な態度を取られていると精神的に言語化することができない。
私は、相手から何ともいえない、苛立ちを感じている。
私は、相手の無関心から、苛立ちを感じている。
こう表記するば、至極わかりやすい結論に導かれる。
佐伯は、僕に関心がある。
それが正であれ負であれ、そうなってしまう。
もちろん、彼女にそう言った所で、「何ともいえない」感情でしかない彼女は否定してしまうのだろうが。
(あ―――)
ふいに、面白半分の気持ちが出てくる。
(マサキと付き合っている女性を寝取ったら、とても面白いよな―――)
(彼女の今の、正でも負でもない感情を、無理やり矯正して、僕に意識を向けさせて―――)
ニヤッと、笑ってしまう。
――――ところで、喧嘩に勝つ方法なんてのは、簡単なものである。
情報を正確に把握すること、そしてその対処を用意すること。
そして容赦しないことである。
「ねぇ、いくらなんでもさ、女子が男子に腕力で勝てるわけないよね? それぐらいもわからないの? それともさ、男は女を殴られないとでも思ってた? それね、漫画の読みすぎだよ?」
「カッ―――ヒュ―――ッ」
執拗にレバー狙ったかいがあるというものだ。呼吸困難なのか痙攣なのかよくわからない状態だ。
「ごめんね、僕ってさ、他の世の男性と違って、優しくないし、手加減もしないんだよね。目潰しとボディのコンビネーションとかさ、髪掴んで膝とかさ、指先、鎖骨、鼻の局所破壊とか、当たり前にやれちゃう子なんだよね」
「ン―――アッ―――ヤメテ」
「あとさ、容赦ないのはこっちでも同じでさ、もちろん膣に出して、記念撮影までが一連の流れだからね? 漫画的に考えてさ」
強い快楽と開放感。そして征服欲。
「後は、監禁してストックホルム症候群からの快楽墜ちッスな」
これが、僕と佐伯の初めての顛末である。
こういった一連の流れで、僕はまた一つ成長した。
一つの結末には、その結末に連なる人物の、その精神の成熟度や、知能指数、愚鈍か天才かなどは一切関係なく、ただ、何が偶然――その人物の経験を考慮した上であったとしても――、選択されうるのか、その点に尽きるということ。
その能力や性格に付随しない、一種の「役割」こそが、その選択の起因となっているのではなか、というファンタジーな妄想を伴って。
サブタイトルの意味は自分でも深く考えていない。
最後の一文は、「勇者」という「役割」とか、そういう話。




