chap5-4
自分の為に二人の美女が争うというのは、実のところただ不安な気持ちになるものである。そもそも僕はこんなにモテルような人間ではない。僕自身が求めれば、相手は大抵の場合受け入れてくれるが、相手から僕を求めてくるような状況はあまり存在していなかった。
そういったことを鑑みて、不安と混乱によって土下座まで発展しても良いとは思うが、とまれ僕の正確な心境は、「あ~あ」という諦観と、不安からくる「はやく終わらないかな」という投げやりな態度である。
いつもこうやって、調子に乗って面白い方向へと足を進めるのだが、いざ事態が加速しすぎてしまうと、嫌になってきてしまう。
いつの日か、恋人同士の友人が喧嘩した際、「じゃあ僕が取っちゃおうかな?」と気軽に言った言葉に過剰反応された時も、同じような心境に陥った記憶がある。
子曰く、女子供はウザいものなのだ。
一旦色々なことを認め、自覚し、諦めると、随分と落ち着いてくる。冷静に二人の様子を観察すれば、ミームとエメロードの会話の内容は僕には関係ない方向へと飛び火している気がしてくる。実際のところ僕のことはただの着火材程度でしかなく、本命はミームの純魔力波のようだ。
ミームもそんな会話に付き合う必要もないのだが、当たり障りなく皮肉を交えて返答していくあたり、十万歳を祐に超える親心からきているのかもしれない。
「精霊とは何か、魔力とは何か、それらには一体どの様な要素が存在しているのか、それをもう一度きちんと調べていく必要がありますね」
「その様なことは今更です。精霊は魔力を生み出し、また調和し、そして消費する存在。人でもなく、神でもなく、精霊こそこの世界の根底を支える存在です」
「その認識は正しく、そして間違っています。前提がそもそも違います」
「前提?」
「まぁ、これ以上はやめましょう。我らがシズキ様も退屈そうです。依頼の話をしましょう」
「―――最後に、あなたは一体何者なの?」
「『果てしなき流れ』という語句に聞き覚えは?」
「……ないわ」
「では、もし興味があれば、調べてみても良いでしょう」
どうやら話は一段落したらしい。
エメロードは会話中に瞳に湛えていた研究意欲を、瞼を閉じ、眉間を揉み解して緩和する。険しい表情が、一番初めにみた柔和で優しい表情へと変わる。
ところで、最近少しずつ思っていることだが、ミームという女性を上手く計ることが出来ない。ユーリ達を学院物語的主人公、カミーユを王子様的主人公、ヒルデとクロードを冒険者的主人公と位置づけた場合、ミームの存在は一体、なんと表せばよいのだろうか? 正直、目の前にいるエメロードですら、学院の三強という上位存在、裏ボスといった立ち位置であるはずが、その存在ですら『果てしなき流れ』という語句を聞いたことがないと言う。
背筋が冷やりとする。
実は、ミームとは積極的に関わるべきではないのではないだろうか?
何故、関わるべきではないのか?
何を持って、関わるべきではないと僕は考えようとしているのか?
陥る深い思考は、エメロードの言葉によって遮られた。
「では、改めて、私はエメロード・ヴェール。王立総合学院『ミネルヴァ』において、総合統括教授である『超現実』のイイル・リイル、『象徴』のウルに並ぶ、『翠の魔女』であり、エルフの国ヴェールの王族であるハイエルフです」
「私はミーム・ユークリッドです」
「僕はアオキ・シズキだよ。ちなみにアオキが姓で、シズキが名前だね」
どことなく置いてけぼりな僕が元気よく挨拶をすると、一瞬蕩けたようにデレッと表情を崩したが、すぐに微笑ましい顔になっている。
「オホンッ、失礼。シズキ君の周りに漂うアーティファクトであるとか、色々聞きたいことはありますが、なんにせよ依頼について話しましょう」
そもそもの事の起こり、そんな面白い話は無い。
学院保有ダンジョンの中級者用の一つにて異常が発生。現場に居合わせた生徒の報告では、微かに聞こえる唸り声と震動の後、本来の最下層である地下四十階の奥に階段が発見される。冷静な判断により、その場を後にし、教師へと通達。利用禁止と共に、教師陣による調査が行われる。が、四十九階まで凶悪なモンスターなどは確認されず、しかし五十階へと至る道にてなんらかの特殊な力の干渉にて侵入できず。調査に随行した竜人たるゲーリッヒ教授の竜語魔法による解除も叶わず。されど結界の奥から漏れる異様な力に事態を重く見たゲーリッヒ教授は、エメロードに意見を求める。エメロードは案件を自身、総合統括教授預かりとし、ギルドに依頼書を手配。
「そして、今に至りますね」
「エメロードさんが解決しちゃえばいいんじゃないの?」
「もし、本当に解決できず、どうしようもなかった場合。どうしようもないことを、どうしようにもできる力がある。さらに、いちいち私達のような超越者が身を乗り出す訳にもいかないですし」
「なんでギルド依頼にしたの?」
「運命、というものを感じました。ギルドトップの人間は其々特殊な運命を背負っていますからね。当てはまる人間が入れば、その運命に流れるでしょう、と。まぁ、あなた達がそうだとは、感じませんが」
「運命とか感じられるんだ」
「ええ、まぁ、大雑把ではありますが、エルフが草や花々、木々に声を聞くことができるよう、ハイエルフは大地の、より正確に言えば世界の声が聞こえます。言葉では、言い表しにくいのですが」
「まぁ、なんとなくだけど、わからなくもない」
一通りの説明も終わり、依頼を快く受理。部屋を退出する寸前に、僕はエメロードさんに聞いてみる。
「僕のこと、世界の声として何か把握できる?」
異世界の人間に対して、ハイエルフの世界の声というものは作用するのだろうか。
何気なく、聞いてみれば、一瞬だけ、エメロードは悲しそうな顔をし、しかし、それを僕は気付くことができず。
「いえ、不自然なまでに聞こえません。距離が遠いのでしょうか。ぜひ、今度私と一緒のベッドへ行きましょう。そうすれば、聞こえるかもしれません」
そう、冗句を言った。




