閑話「切り取られた風景」
本来はこういった散文的、冗長的な超短編ばかりを書いているのです。まぁ、本編とまったく関係ないのですが、ちょっとその本編が煮詰まっているので、気晴らしに。
青樹紫月の性格の補足みたいな内容です。
※とも思ったら思いのほか本編とかかわりが出来てしまいました。
もし、誰かが「君は、君自身をどう思っている?」と、真摯な態度で聞いてきたのなら、僕は「川の中の小石」と答えるだろう。
誰かはそれを聞いて「具体的には?」と優しく問いかけてくる。その態度はとても優しく、信頼することができて、それ以上に他人であることを酷く強調していて。「何も気にせず、思っていることを全部口に出せばいい。何も問題ない」
世界に平和が訪れた様な笑顔を浮かべると、促すように、手の平を差し伸べてくる。
僕は、一つ息を飲み込む。
「川の中の小石は、ただ流されるだけです。そして、やがて海に辿りつく。僕は、そういった意識をもっています」
「あるいは、川遊びにきた子供の大事な宝物になるかもしれない」
「僕は、色が綺麗だったり、形が整っているような、特別な石であったりはしません」
「それは、君が決めることではないだろう」
「その言葉を、川にいる小石達に言ってあげてください。彼らは泣いて喜びます。自分達だって選ばれる可能性があるんだと、川の底で思い続けることが出来る」
「フム。では、言葉を正確化しよう。そう、君の言葉をだ。君は、川の中の小石で『ある』のではなく、川の中の小石で『あろう』としている、といった方が良いのではないかな?」
正樹と佐伯がハンバーガーのピクルスについて熱くなっている様子を、僕は微笑みながら眺めている。
深夜を回ったハンバーガーショップ。客は僕達三人と二組四名。茶髪のカップルと、黒髪のカップルという、分かりやすい構図をしてくれている。
良いことだと思う。分かりやすいというのは大切なことだ。何も考える必要がない。深夜。ハンバーガーショップ。やる気の無い店員。テーブルに身体を投げ出しだらけたカップルと、静かな声で穏やかに会話するカップル。語るべきものは存在しない。あえて語るなら、それは平和についてくらいだと思う。
「ピクルスは美味しい物だと何度言えばわかるの?」
「いや、一般的にはピクルスは不味い物の分類だって」
「欧米の人に喧嘩売ってるの? オウ、ファッキンジャープ。ンー、キーモノ? ツキモーノ? アレハスクナカラズマズイモノノブンルイデース」
「突っ込みどころ多いわ。なんだよツキモーノって。漬物か? それに外人は少なからずとか使わねーよ」
「オウ、サノバビッチ」
「それちょい古い映画の中でしか使ってるの聞いたこと無い」
正樹の佐伯は終始この調子である。もう学生でもないというのに、よくこんな中身の無い会話をできるものだと、感心する。
「まぁ、少なからず、とか完全にシーズーの所為だね」
「わかるわかる。シズキ語は写る」
「あれ、シーズーどうしたの? なんかまったりして」
佐伯が僕の頬を突く。ジト目で見ていると、何故か佐伯の顔が綻ぶ。正樹も便乗して反対の頬を突いてくる。
「あのひゃぁ、人が平和のにゅるま湯につかってるの邪魔しにゃいでよぉ」
「いやー、反則だわー。この可愛らしさは反則だわー」
「さすが俺の嫁はレベルが高いぜ。やっぱり俺と結構しようか、シズキ」
「あるいは」
「あるいは」
「あるいは」
「真似しゅんにゃー」
「ねぇ、今度絶妙のタイミングで須らく、って使ってよ」
「須らく、須らくという言葉を使う機会は少ない」
「少なからず?」
「少なからず」
「少なからず……?」
なんか今のは違う気がする、と佐伯が女性らしく口元に手をあてて笑っている。
正樹は男らしく、大きな口をあけて笑っている。
僕は、笑っている。
川の中にいる小石のように、笑っている。
分かりやすいことは大切なことだ。そう、僕達三人だって、十分に分かりやすい。一言で表せば、友人。さらに正確に表現するなら、親友。
ハンバーガーショップの光景を描写するのであれば、それで良いだろう。ハンバーガーショップには、カップルが二つと、三人組の男女がいる。それで良い。
僕―――青樹紫月の視点で見る場合を除いて。
僕と正樹は親友だ。小学校からの付き合い。とても大切な男友達。
僕と佐伯は親友だ。高校生からの付き合い。とても大切な女友達。
正樹と佐伯は恋人同士だ。高校時代から付き合い始めた。とても大切な男性と女性。
さて、ここには重要な情報が抜けている。
僕と佐伯には身体の関係がある。高校生から、今に至るまで。
正樹はその事実を知らない。
正樹は笑顔で言う。
「やっぱりシズキが一緒だと楽しいよ。やっぱり三人で暮らそう。それが一番な気がする」
僕は正樹のことが好きだ。
同姓であることを承知の上で。
愛している。
「『あろう』とすることと、『ある』ことは、どう違うんでしょうか」
「意思があるかないかだね」
「転がる石は――――」
「え?」
「転がる石は、転がろうと『している』んでしょうか? 転がって『いる』のでしょうか?」
「『いる』だね」
「先生から見て、それは何も考えずに坂を下っているのかもしれない。でも、その石は自ら進んで転がっている意思を持っています」
「………ふむ」
「僕は―――
僕は別に好きでこうなったわけじゃないっ!!
どうすれば良かった!?
本質的に川の中の小石だった場合、僕はどうすればいい!? そりゃ、外から見れば川の中の小石であろうとしているように見えるだろう。当たり前だっ!! それ以外、何であろうとすることができる!?
そうだ、確かに僕は少なからず孤独になろうとする傾向があるのかもしれない。でもそんな自分で満足している。
満足するように出来ているんだっ!! それを求めざるを得ないし、それ以外の行動を取りたいと思えない、どうしようもないっ!!
」
先生は冷静な表情を保ったまま、受話器を取る。白い部屋の中には、それ以外に掴めるものは存在しない。万事広く造られたこの部屋の奥にある窓際の鉢植えを求め、そちらに身体を向けた時点で、扉が強く音を立てて開かれ、数人の男性に羽交い絞めにされ、部屋を退出する。
先生はやはり、平和の国の使者のように笑顔で僕に手を振る。
処置は完了した。
―――ああ、安心する/苛立つ。
―――これからも奇妙な三人の生活を送ることができる/これからも苦しまなければならない。
―――運の良いことに僕という小石を拾ってくれた存在がいる/なぜせめてただの小石として流れるままでいさせてくれなかった
―――深い絆を築けた/強く束縛されてしまった
―――大切にしなければならない/逃げ出したい
もう、大丈夫ですから。冷静な一言に、僕を押さえつけていた手が緩まる。
また、お世話になると思います。そう言い、頭を下げる僕に、病院の職員達は酷く悲しそうな顔をする。
ちゃんと身体鍛えておいてくださいね、と冗句を言うと、僕はその場から立ち去る。
夏の日差しは熱く、風は無く。
蝉の声が響き、僕の足音は消え。
須らく、世は事もなし。




