chap5-1
ウォルデンバーグの街はドーナツ状になっているらしい。まず外壁があり、商業区、工業区、行政区、住宅区、歓楽街と様々に別れ、そして小さな隙間に貧民街が存在し、遠くの山から流れる川が街を横断し、それを水源として円状の堀が作られ、橋を渡り検問を通り抜けると、その中に王立総合学院『ミネルヴァ』、そして『ウォルデンバーグ城』が存在している。
実際、街というよりは国家と名乗ったほうが良いほどの規模である。街の対角線の先に行くのに一時間以上かかりそうである。
聞けば、この街で生まれ、この街で育ち、この街で人生を歩み、この街で死ぬ。それが当たり前の生き様として認識されているらしい。違和感を感じるが、よくよく考えれば、移動手段も少なく、インフラの整備も完全ではないこの中世的世界では至極当たり前だろう。ファンタジーの世界だからと言って、誰もが冒険者ではないのだ。あるいは、パン屋の息子として生まれ、パン屋を継ぐ。あるいは、鍛冶師の息子として生まれ、鍛冶師を継ぐ。ある者は花屋、ある者は飲食店、またある者は歓楽街へと足を向け。
しかしながら、この街の都市計画を作り、実行した人物とは途方も無い存在だ。おそらくは、カミーユの血を辿った存在だろうが、文明レベルに対して、街の運営制度のレベルが異常に高い気がする。街の隅々まで綺麗に舗装された石畳であるとか、上下水道であるとか、街の区分にしても、もっと様々な職種が混在していてもおかしくないのに、かなり整頓されている。街の歴史は優に何百年を超えるらししいが、ソレらしくは見えない。
「うーん」
「どうしました?」
「いや、考えても仕方なさそうなことを考えてたけど、やっぱりやめた」
ミームに聞いても良いのだが、隣を歩く銀髪の麗人は言うなればこの世界を知り尽くした歩くウィキペディア。あるいは攻略本といっても過言ではない。聞けばなんでも答えてくれるのだろうが、実際のところ、この街の成り立ちなんてそこまで興味がある事でもない。
それでも一点、気になることがあり僕は口を開く。
「貧民街があるのは、どうして?」
「どうしようもなくなった時の、最後の逃げ場ですとか、一般人の優越感や危機意識を抱かせたり。どうしても出てくる街の負の面を、あからさまにしておく。というものでしょう」
「後は、人目を忍んでか弱い女性を浚う場であるとか」
「ええ、人目を忍んでか弱い男の娘を浚う場であるとか」
有効活用である。
「そういえば、僕のことを最初から監視していたとか言ってたよね?」
「ええ、あなたがこの世界に出現した時点から」
「というか、実際のところどこまで把握してるの?」
「どこまでといいますと?」
「僕が元いた世界だとか、僕の素性だとか、僕の知らない僕だとか、さ」
「神と呼称する存在によってこちらに来たこと。その神に与えられた三つの珠。基本的には、こういった物事を知ることが出来るレベルで、私は把握してます。シズキ様のいた世界の状態や、どのような生活を送っていたなどは、推測の域は出ません」
「すげー」
「すげーのです」
「もしかして、やろうと思えばあの神様と意志疎通できたりするの?」
「いえ、知覚は出来ますが、意志の疎通は難しいですね。こちらに存在する神であれば別ですが、シズキ様をこの世界に送った神は、正確には『意思ある歯車』『機械仕掛けの神』と呼べる存在ですので、存在するレベルも状態も、かなり上位です。正直に言えば、説明の難しい存在です」
「……ふむふむ」
これは随分と興味のある話題である。しかし、ちょっと頭の中で組み立ててみたが、宇宙について考えるように、情報が少なすぎるし、理解できそうにもない。
「気にしたところで、どうしようもない存在ですね。さて、そろそろ学院が近づいてきましたね」
「結構歩いたもんねー」
冒険者という職業柄、歓楽街にあるギルドから中心部に向かう道は無く、というより中心に向かうための道はさらに商業区、住宅区を抜けた、行政区からしか道は続いていない。少しづつ人影は疎らになり、同時に閑静な雰囲気が出てくる。現在は、昼時を過ぎたが、夕方にはまだ遠い時間。学生にせよ、城にせよ、そちらに向かう人は僕とミームの二人ぐらいである。
綺麗な水の流れる堀を挟み、橋の先から門の両脇に立つ兵士達の鋭い視線が向かってくる。
小さく不安な気持ちになった僕ではあるが、当たり前に歩くミームを追うように橋を渡る。
案の定、二人の兵士はその槍をもって入り口を塞いだ。
「せ、生徒か、教師ならば、許可書の提示を」
「ん?」
なぜか兵士の声は震えていた。良く見れば、平静を装っているのがわかる。最初は不躾な視線だと感じたが、よく観察すれば、小さな怯えを押さえ、顔が強張っている所為だとわかる。もう一人の兵士は、そんな同僚の様子に疑問を感じたのか、眉を潜めていた。
「こちらでよろしいですか?」
ミームがどこからか取り出したアクセサリーを兵士に見せる。銀の台座に水晶が嵌め込まれた小さな装飾品。水晶の中で、黄色い光がゆらゆらと泳いでいる。
「なんだこれは、学生ならば銀時計。教師ならば指輪を―――イダッ!!」
そこまで言った兵士の頭を、もう一人の兵士がおもむろに殴った。
「大変失礼いたしました、ユークリッド様。今日は、城に用事でしょうか?」
「いえ、所用です」
「そうでしたか、お手間を取らしまして、大変失礼いたしました」
「いえ、貴方達も職務ですから。それでは」
あからさまにホッとした表情を見せる兵士は、すぐに顔を歪めて同僚を見やる。僕はミームの後ろを付いていったが、軽く視線を向けられたが、何も言われずにそのまま中に入ることができた。
後ろで会話が聞こえる。僕はベータに聴覚強化を頼む。
「せ、先輩。いきなり殴ることないじゃないッスか」
「いや、正直すまん。最近あの方がくることが稀だったからな。俺も慌ててしまった」
「生徒や教師からも恐れられる門の守護者の先輩がッスか?」
「それはお前もだろ。まぁお前は最近配属されたから知らないだろうが、聞いてただろう? あの方は『城』の方だ」
「俺初めて見ましたよ、『城』の人間」
「ウォルデンバーグ城は『城』は見えど、『人』は見えず。お前も、実際に『城』は機能してないで、全て行政区が管理してると思ってるだろ?」
「ええ、まぁ、実際俺らも行政区の管轄内の存在ッス」
「覚えておけ。あの宝石はウォルデンバーグ家が生み出した『境界結界石』。『城』の人間だけがもってる。その方々は行政区の人間なんざ息するように解雇できる存在だ」
「あの踏ん反り返ってるゴルテア財務官も?」
「ああ、瞬殺だ。ユークリッド様はお綺麗だったろう?」
「え、ええ。すんげぇ美人でしたね。隣にいた女の子もめっちゃ可愛かったです」
「お前の前任は知ってるか?」
「ええ、あれッスよね。俺ぐらい才能あって、属性魔法三つ極めた凄腕の剣士だったとか」
「お前も調子に乗るな。そいつは調子にのってユークリッド様をナンパして、その次の瞬間消えた」
「な、なんすか? 怖い話ッスか?」
「いや、マジだ。文字通り消えた。あの時のユークリッド様の冷たい微笑みを俺は忘れられん」
「わー、俺もう調子に乗らないでおこう」
「賢明だ。さて、職務に戻るぞ。お客さんだ」
「今日はお客さんが多いッスねー。門の守護者『灰燼』いっきまーす」
「門の守護者『殺戮』。ここを通られると思うなよ」
……門の守護者にするには物騒すぎる二つ名だ。僕はソッとベータの聴覚強化を解除した。




