chap4-2
ミームが何もしないのであれば、人を受け止められるような防御結界をデルタに頼もうと思っていたが、ミームは少し考えた後、指を二回ほど鳴らした。
「簡単に説明すると、これから降ってくる者は魔力への融和力がとても高く、結界がうまく効かなかったようです。さらに、これからやってくるものによって結界を破壊され、カミーユ様の公務が滞ると困りますので、一部結界に綻びを作りました」
「ミームはなんでもできるねぇ」
「伊達に長く生きていません」
「―――ぉぉぉぉぉぉおおお!!」
と、そんな暢気な会話をしていると、一人の人間が目の前に振ってきた。その人物はどうやら、恐怖や驚きではなく、楽しみによって声をあげているようである。ベータによる視力強化によって捉えた人物の表情は、笑顔であったから。
大きな音を立てて濛々たる土煙の中、一つの死体が出来る想像をしてしまっていたが、その人物は着地の瞬間、実に柔らかく膝で衝撃を吸収し、そのまま接地点として膝、腰、背中と威力を分散させ、ごろごろと転がり、何事もなく立ち上がった。
手で黒いローブの土埃を払うのは、黒髪の青年である。野性味があるが、しかしまだ少年期の愛嬌を残す顔立ち。後ろに伸びた長髪を無造作に縛っていて、将来は出来る優男、という評価をもらいそうである。しかし、なんと言っても特徴的なのは、そのバンダナだろう。全身真っ黒の中、一際目立つオレンジ色である。『・盗賊のバンダナ・素早さ+5・「盗む」のアビリティを持つ』とかでもおかしくはなさそうである。
一通り体裁が整ったのか、少し困った顔をしてこちらを見る。しかし、それはすぐ困惑と変わる。それはそうだろう。こちらはその存在に気付いてないのではないか、というぐらい、当たり前のように紅茶を飲んでいるのだから。
「あ~、俺は最近、森を出て着たばかりなんだが、最近は空から人が降って来るのは普通のことだったりするのか?」
「うん、実はそうなんだよ」
「ええ、実はそんなんです」
「ええっ!!」
思わずノリで言ってしまったが、ミームも悪乗りしてきた。そして目の前の青年は純粋に驚いている。まぁ、僕だって驚く。
そして、いまさらではあるが、青年が急に顔を赤くし、目線を逸らし、それでもチラチラ見てくるといった挙動不審になる。
こちらはよくあることである。今日は淡いグリーンのゴスロリ服の「美少女」と、カミーユの趣味全快のミニスカメイド服を着た華麗な銀髪を持つ「美女」が優雅に茶をしばいているのだ。この二人が揃って見惚れないほうがおかしい。
ところで、護衛やそういった類の人物がここにくることは無い。ここはそもそも隠れ家で、いるのは心が砕かれた玩具達。そしてその主人であるカミーユもいないのに護衛が必要になる事態は本末転倒であるし、万が一の事態も、ミームによる排除が決定されている。なんなら、現在ならば僕も戦力となれる。
「空から舞い降りて、その華麗さと優雅さを競うのが最近の流行なんだ」
「そして、それを女性の前で行うのは、求婚の証となります」
「求婚の証っ!! ……ど、どうしよう、森から出ていきなりこんなことになるなんて」
「それにしても、あれだけ華麗な着地を決められたら、こちらも断るわけにはいかないよね?」
「そうですね、あれだけ華麗に着地を決めた殿方の求婚を断るのは、もはや恥となりましょう」
「うっ、そんな。しかし、親父も仲間と女は傷つけてはいけないって口を酸っぱくしていっていたし……」
「そんなわけないでしょっ!!!」
来ましたね、とミームが悪乗りの口調をやめる。その視線を辿れば、空から真っ白なドラゴンが凄い速度で飛来してくる。
そこに感想や感情を持つ前に―――途方も無い圧迫感。リモコンのボタンを押せばテレビが映る。ドラゴンの前で人は畏怖し、敬服する。至極当たり前のように、僕の身体は硬直し、息ができなくなる。僕の身体はあくまで一般人である。まずい、気を失う。その直前、ベータに精神、身体の回復を命令。途端に落ち着く身体と精神で、デルタに精神的圧迫に対する防御結界の展開、及び物理魔法その他、生命活動に支障のあるであろう全てに対する防御結界も発動を命令。何を生命活動に支障あると判断するかは、デルタに一任。ベータの淡い緑の光が消え、次にデルタの黒い光と共に、防御結界が形成される。さらに一応、アルファに命じて、手動による攻撃態勢も取っておく。
「大丈夫ですよ」
ミームがソッと、耳元で囁いてくる。その言葉の安心感たるや、さすがは十万歳である。
「クロード、そいつらから離れなさいっ!!」
「―――ッ!!」
相当の信頼関係があるのだろう、クロードと呼ばれた青年は顔をこわばらせ、すぐにそこを飛びのく。同時に、白龍が口を大きく開け、そこから眩いばかりの白銀の閃光が奔流。大気すら歪ませ、襲い掛かってくる。瞬間、デルタがこれまでに無い深い闇色で発光。あくまで一般人でしかない僕にもわかるほど、空間を歪ませて魔力を収斂。そして接触。半透明の黒き壁はいとも容易く白龍のブレスに耐える。火花すら散らさず、大岩に対する一粒の水滴もかくや、よほどあっけなく防御を成功させ、その防御壁を解除する。
「クッ!!」
クロードも白龍も険しい表情を作る。クロードとは違い、その力強い翼をはためかせ、ゆっくりと地面に降り立つ。その位置はクロードを守るように。ベータとデルタに精神作用を調整させ、平静を保っているが、それがなければ発狂しているであろう殺気をぶつけてくる。
「―――あなた達、何者よ」
「どういう意味?」
不躾な質問に、凡そあからさまなほど阿呆に聞き返す。
「龍種最上位に位置する白龍たる私を目の前にして、感知できる魔力もたいしたことのないのに、平然としているあなた達は一体何者なのか、って聞いてるのよ」
「何者なんだろうね、僕達って」
圧倒的強者に対して余裕をぶっこけるというのは少し楽しい。笑顔でミームに訪ねると、そうですね、といつもの平静な顔の口元を少し吊り上げて、冷笑。
「少なからず、龍種如き下等生物よりは上等であることは間違いはありません」
「なっ―――!!!」
この世界における龍種は生物界でトップに位置する。何者も逆らわず、何者にも犯されず、何者であろうが平伏させる。生物最強。その龍種をして、下等生物とは? 呆気に取られるのも刹那、その白い身体を赤く染め上げ、身体を震わせる白龍に強大な魔力が集中する。
「虫ケラ如キガ、死ニ晒セッ!!」
「―――っ!? よせ、ヒルデ!!」
木々がざわめき、大地が震える。来るべき強大な攻撃に、デルタがより一層その暗闇を深くする。クロードの静止も虚しく、都市、国家すら崩壊させる強大な魔力の咆哮。
〔静まれ〕
―――それが放たれることはなく。
「これだから、龍種は嫌いなのです。十万年以上前から」
右手を前に突き出し、指を鳴らしたミームが、いつものように平静な顔をしていた。
ミーム△




