chap3-4
窓の外は既に夜の帳が落ちている。
正直に言えば、直立不動のまま、瞬きすら制御しているのではと錯覚させるほど動きの少ないミームに対して、僕と言えばベッドで毛布に包まり、実に優雅なものである。
ミームの途方も無い身の上話が一段落し、再度、僕に生きる意味を訪ねている。
僕は毛布から抜けて身体を起す。これでミームと目線の高さは同じ。しかし、無遠慮といってよいほどの垂直な視線にたじろぐ。久しぶりに誰かと目が合った気がする。すぐに焦点をずらして、なんとなく銀髪に見とれてみる。
そういえば、いつからだろうか。人の目を見ないようにするのは。
目を見て話なさい、と明確に言われて育ってきたわけではない。けれど、世の中にそういった様式が存在していることは把握していた。それが誠意であり、美徳でもあると。
幼いながらの反抗心もあったのかもしれない。面倒な墓参りを、魂など存在しないのだから無意味だ、と決め付けてしまう様に。魂が存在しないから無意味であることと、墓参りを行うことは別の問題であることには目を背けて。
あるいは、これが僕の主体となっている概念であるかもしれない。
今でこそかなり開き直ってはいるが、ほぼ女性である容姿は、幼い僕をして不安にさせ、自分に自信を持つことができず、見られることが苦手で、目と目が合うことがとても苦痛で。
それが始まりの動機。
そして、目を合わせなければ誠実ではないと、嘘をついている証拠だと、友人とはなれないと、そう考えるような人間ならば、元からそんな存在は僕には必要がない、と。
そうして自分を守ってきた。
ミームは理不尽と戦っていると言う。
僕にはそれがわからない。
あらゆるものを排除し、結果として理不尽を極限まで排除して生きてきた僕には、何故そんなものと戦うのかが、理解できない。
そう、だから、僕が生きる理由はすでに決まっている。
「ねぇ、ミーム。僕が生きる理由はね」
「はい」
「僕には生きる理由なんて存在しない。そもそも、僕は生きてはいないんだ」
おそらく、死を回避するなら、この回答は大間違いだ。
理不尽には理由が存在しないものであろうから。『カゲビト』とはそういった存在でありそうだから。
しかし、小利口に生きる理由なんて僕には存在しない。
目線を逸らして生きるように。理不尽を受けずに済むように。ユーリ達の物語に深く関わらないように。カミーユの世界に囚われ続けない様に。ミームの存在を至極簡単に受け入れるように。
自分自身に執着しない様に。
それは、つまり――――――。
ミームの銀髪が、風もないのに揺れる。銀髪が微かに発光する。
切れ長の目がさらに細められ、視線が鋭さを増す。
視線を合わしていないため、視界の端で捕らえているのみではあるが、それでも顔が厳しく顰められているのがわかる。
「おそらく、あなたもわかっている通り、『カゲビト』には理由が存在しないものです。あなたの答えはそのまま『カゲビト』と考えて良いでしょう」
手が、僕に伸ばされる。ためしにデルタに命じて物理防御結界を張ってもらう。デルタが黒く発光し、視認できる透明な壁が僕を中心に展開される。
伸ばされた手がとまる。僕はミームに目を向けると、表情も変えないまま、伸ばした手の親指と中指を合わせ、―――パチン。と音を鳴らした。
ただそれだけのこと。しかし、思わず僕は身体の前で手を交差する。
まるで突風が前から吹き付けてきたかの様に。
〔壊す〕
言語化すれば、この言葉が当てはまるだろう。他にも様々な要素を感じられたが、一番印象に強かったのがこの言葉。
簡単に、デルタの造った結界が崩れる。神の与えた極限の力の塊である黒い珠は、あまりにも脆く崩れた自身の結界の成れの果てに、戸惑いを強く僕に伝える。
「純魔力会話の副産物です」
ミームは簡単に言う。
ああ、これで終わりか、と僕は思った。
異世界に転生して、まだ少し。
神は僕に納得のできる死を用意してくれた、そう考えることにした。
美しい女性の手に掛かって死ねる。強大な力を持ってしても、抗うことが出来ない。僕の死は、世界のためである。まだ歳若いまま、醜く老いることを知らずに。
ああ、どこかで聞いた言葉が思い返される。
「とぅでぃ、いず、あ、べりーぐっでぃ、とぅ、だぃ」
そして僕は、この世界を受け入れるように、銀髪の女性の全てを受け入れるように、手を伸ばし。
相手の目を見て。
―――そして僕は、ミームに抱きしめられた。
「today is a very good day to die」




