第9話「蓄魔石の秘密」
二日間、布団の中で過ごした。
最初の一日は本当に動けなかった。全身が鉛のように重く、左腕の痣がじくじくと熱を持っていた。セリナがスープを作ってくれたが、半分も食べられなかった。
二日目にはいくらか回復した。痣の熱は引いていないが、身体を起こせるようになった。
セリナが映写板の反応をまとめてくれていた。
「お姉様、配信休んでる間にコメントすごいことになってるよ」
「どんな?」
「『大丈夫か』『無理すんな』『待ってる』。あと『聖女の配信より令嬢の配信派になった』ってのがめちゃくちゃ多い」
「……ありがたいわね」
「あと、投げ銭も来てる。配信してないのに」
「配信していないのに?」
「記録珠がオフでも、ギルドの窓口に直接届けに来る人がいるんだって。グレンさんが預かってくれてる」
知らなかった。投げ銭は配信中のリアルタイムだけだと思っていた。わざわざギルドに足を運んでくれた人がいる。
嬉しかった。単純に、嬉しかった。
三日目。Day 31。
身体は七割方回復した。完全ではないけれど、動ける。
朝一番にフィオナの工房を訪ねた。
「あー、来ると思ってた」
フィオナが作業台から顔を上げた。眼鏡の奥の目が、私の左腕をまっすぐ見た。
「袖、めくって」
言われるまま袖をめくった。紫色の痣が、肘の内側から手首の手前まで広がっている。
フィオナが痣に触れた。冷たい指先。
「瘴気の蓄積だね。深層に入る頻度に対して、身体の排出が追いついてない」
「治りますか」
「時間をかければ自然に抜ける。だけど、このまま深層に潜り続けたら蓄積が排出を上回る。そうなると――まあ、いい結果にはならない」
言葉を濁したが、意味は明確だった。
「対策はありますか」
「あるよ。というか、それを提案しようと思って待ってた」
フィオナが作業台の引き出しから、小さな箱を取り出した。
開けると、赤い石が二つ。第5話で貰った蓄魔石の試作品より、ずっと綺麗に研磨されていた。ピアスの金具がついている。
「蓄魔石のピアス。試作品のデータをもとに改良した。容量は試作品の三倍。で、新機能を一つ追加した」
「新機能?」
「瘴気吸収。蓄魔石に魔力を溜めるとき、周囲の瘴気も一緒に吸い込む性質があったんだ。試作品の段階では微量すぎて気づかなかったけど、あんたの使用データで確認できた」
つまり、このピアスをつけていれば、ダンジョンの瘴気を少しずつ吸収してくれる。身体への蓄積を軽減できる。
「完全には防げない。せいぜい三割減。でも、ないよりはずっとまし」
「十分です。いくらですか」
「いらない。テスターの報酬としてはあんたのデータで十分もらった。それに――」
フィオナが言葉を切った。眼鏡を押し上げて、少し照れたように視線を逸らした。
「あんたの配信、あたしも見てるんだ。技師として応援したい相手に金を取るのは、なんか違うかなって」
「フィオナさん」
「やめてそういうの。気持ち悪い。技術屋の意地だから」
ピアスを受け取った。耳につけると、ほんのり温かった。蓄魔石が早速魔力を吸い始めている。
「あ、それと一つ言い忘れてた」
「何ですか」
「この蓄魔石、溜めた魔力を一気に放出できるように設計してある。つまり、緊急時の追加火力にもなる」
目が見開いた。
「容量の限界まで溜めて一気に放出すれば、火球三発分くらいの魔力が出る。ただし、放出したら石は空になるから、再充填に半日かかる。切り札だよ、使い所は慎重に」
蓄魔石が、瘴気対策であると同時に、戦闘の切り札にもなる。
フィオナの技術力に改めて感嘆した。
「ありがとうございます。大事に使います」
「壊さないでね。作り直すの面倒だから」
工房を出て、ギルドに向かった。
午後は、グレンの訓練場で復帰訓練をした。二日間寝ていた分、身体が鈍っている。
「動きが鈍い。当然だ。休んでたんだからな」
「すみません」
「謝るな。正しい判断だった。休むべきときに休んだ。それでいい」
グレンにしては珍しく、肯定的な言葉だった。
訓練の合間に、考えていたことをぶつけた。
「グレンさん。火属性の魔法で、火球以外の使い方はないでしょうか」
「たとえば?」
「もっと効率的な技。火球は一発ごとに魔力を大きく消費します。深層で戦い続けるには、燃費が悪すぎる」
グレンが顎に手を当てた。
「火の刃ってのがある。剣のように炎を形成して斬る。飛ばさない分、魔力の消費は火球の半分以下だ。ただし、近接戦闘になる」
「近接……」
「お前向きじゃないと思っていた。だが、回避訓練をここまで積んだなら、不可能でもない」
「教えてもらえますか」
「教えるも何も、俺は魔法使いじゃない。理屈だけだ。形成の感覚は自分で掴め」
その日の夜、借家の裏庭で火の刃の練習を始めた。
右手に魔力を集め、火球のように塊にするのではなく、薄く長く引き延ばす。
最初は形が崩れた。火が散って消えた。二十回、三十回と繰り返す。
四十七回目に、ようやく掌から伸びる細い炎の刃が、三秒間だけ維持できた。
三秒。短い。でも、ゼロじゃない。
セリナが窓から顔を出した。
「お姉様、もう夜中だよ。寝なよ」
「もう少しだけ」
「その『もう少し』がいつも一時間なんだよ!」
妹に叱られた。前世でも今世でも、私は限界まで頑張りすぎる癖がある。
素直に布団に入った。
天井を見つめながら、耳のピアスに触れた。温かい蓄魔石。瘴気を吸い、魔力を溜め、いざとなれば火力にもなる。
火の刃はまだ三秒しか維持できない。でも、あと一週間練習すれば実戦で使えるようになる。根拠はない。ただの直感だ。
でも、前世で営業目標を立てるとき、直感は意外と当てにしていた。
さて、と。
第16層以降が待っている。エレノアの200万人の壁がある。
そして、私の左腕の痣がある。
全部まとめて、なんとかする。
目を閉じた。明日は配信復帰日だ。




