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婚約破棄された悪役令嬢、ダンジョン配信で聖女より稼いでざまぁする  作者: 月代


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第7話「聖女の微笑、裏の棘」


 市場の果物屋で林檎を選んでいたら、知らない男に声をかけられた。


「やあ。林檎なら、その棚の左奥がいいよ。今朝入荷したばかりだから」


 振り返ると、にこにこ笑った青年が立っていた。


 薄い茶髪を後ろに流し、細身の体躯。目元に人懐っこい笑みを浮かべている。年齢は二十代半ばくらい。服装は地味だが仕立てが良い。貴族ではないが、平民でもなさそうだった。


「どちら様ですか」


「ヒューゴ・ファン・デル・ハイデン。しがない情報屋です」


「情報屋」


「そう。耳と足だけが取り柄。で、今日はリゼットさんに一つ、耳寄りな話を持ってきたんだ」


 胡散臭い。率直にそう思った。見知らぬ情報屋が、市場で声をかけてくる。前世の感覚で言えば、怪しい営業マンそのものだ。


「初対面で情報を売り込みに来る方を、すぐに信用はできません」


「ごもっとも。だから今日は無料。信用は、情報の質で判断してもらえればいい」


 ヒューゴは笑みを崩さなかった。


「最近、あなたの配信について良くない噂が流れてるの、知ってる?」


「『危険な賭博行為』という話なら、聞いています」


「その噂の出所、知りたくない?」


 足が止まった。


 知りたい。もちろん知りたい。噂のせいで、ここ数日の配信視聴者数がわずかに下がっていた。気にしないふりをしていたけれど、数字は嘘をつかない。


「聞きましょう」


「噂は、王都の社交界を経由して広まっている。発信元は……まあ、直接名前を出すのは野暮だけど。聖女様の周辺、とだけ言っておくよ」


 心臓が一つ、大きく鳴った。


 エレノア。


「証拠は?」


「今はない。だから無料なんだ。確証が取れたら、改めて持ってくる。その時は有料。僕も商売だからね」


 ヒューゴはそう言って、軽く手を振った。


「あ、それと。林檎、本当に左奥がおすすめだよ。蜜が入ってる」


 去り際の軽さが、余計に胡散臭かった。


 でも、嘘をついている目ではなかった。


 前世の営業時代に培った目利きが、そう判断していた。


 林檎を買ってギルドに戻った。左奥の林檎は、確かに蜜が入っていた。


 酒場でセリナに林檎を渡しながら、考えた。


 聖女の周辺が噂を流している。もしそれが本当なら、エレノアは私の配信を脅威と見なしていることになる。


 85万の視聴者。200万のエレノアから見れば、まだ半分以下。だが、成長の速度が脅威なのかもしれない。


 18日で85万。このペースなら、あと一ヶ月で追いつく可能性がある。


 エレノアは頭がいい。数字を見れば、同じ計算ができるはず。


「お姉様、考え事?」


「ん。少しね」


「また難しい顔してる。林檎おいしいよ、食べなよ」


 セリナが林檎を差し出してきた。かじった。甘かった。


 ――考えるのは後にしよう。


 翌日の訓練前に、グレンに相談した。噂のことではなく、第11層以降の探索方針について。


「第11層から第15層は、瘴気が濃くなる。第10層までとは別のダンジョンだと思え」


「具体的にはどう変わりますか」


「まず、滞在時間が制限される。瘴気が身体を蝕む速度が上がる。二時間が限度だ、慣れてない奴は」


 今まで三時間探索していた。それが二時間に縮まる。配信時間も短くなる。


「それと、第11層以降の魔物は瘴気を纏ってる。触れただけで毒を受ける奴もいる。火で焼いても、瘴気が残る場合がある」


「対策は」


「瘴気を遮る装備か、魔力で体表を覆う防御膜。どっちも魔力を食う。攻撃と防御と配信を同時にやるなら、魔力の配分を根本から見直す必要がある」


 厳しい。魔力の総量は有限で、成長速度にも限界がある。配信を続けながら深層に潜るという選択は、魔力の三重消費を意味していた。


「……やります」


「知ってた」


 グレンが苦笑した。


「お前がやめると言うと思ってないから、対策を先に考えておいた。フィオナに連絡しろ。瘴気対策の装備について相談できるはずだ」


「グレンさん、面倒見がいいですね」


「うるさい」


 ギルドを出て、フィオナの工房に向かった。瘴気対策。蓄魔石の応用が効くかもしれない。


 歩きながら、左腕の袖をめくった。


 痣が、少し広がっていた。肘の内側から、手首の方に向かって。薄い紫色。触れても痛みはない。


 瘴気の影響だろう。頭ではわかっていた。だが、探索に支障はない程度だ。


 今は止まれない。


 第11層が待っている。噂を流す誰かがいる。そして、200万人の壁がある。


 林檎の残りをかじりながら、工房街に向かった。


 空は青かった。秋の風が吹いている。王都は、何事もなく動いていた。


 その日常の裏側で、何かが静かに動き始めていた。


 私にはまだ、それが何かわからなかった。


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