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婚約破棄された悪役令嬢、ダンジョン配信で聖女より稼いでざまぁする  作者: 月代


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第4話「妹の拳、姉の意地」


 玄関の扉を叩く音で目が覚めた。


 朝の六時。訓練に出る前の時間だ。こんな時間に訪ねてくる人はいない。


 警戒しながら扉を開けた。


「――お姉様!」


 飛び込んできたのは、小柄な少女だった。赤みがかった金髪を乱暴に一つに結び、旅装束のまま私の胸に顔を埋めた。


 セリナ。


 私の妹だった。


「セリナ……なぜ王都に?」


「なぜって、お姉様が大変なのに実家でじっとしてろって方が無理に決まってるでしょ!」


 セリナが顔を上げた。目が真っ赤だ。泣きながら来たのか、寝不足なのか、あるいは両方か。


「公爵領から王都まで、馬車で三日かかるはずよ。まさか一人で?」


「途中まで商隊に乗せてもらった。最後の半日は歩いた」


「歩い――」


 呆れた。本気で呆れた。15歳の少女が、単身で三日かけて王都まで来た。


「お父様は知っているの?」


「書き置きは残してきた」


「それは知っているとは言いません」


「知ったらどうせ止めるもの。だからこうして来たの」


 セリナは私の腕を掴んだ。小さな手が震えていた。怒りなのか、不安なのか。


「配信、全部見た。お姉様がダンジョンに潜ってるの、毎日映写板で見てた。鉄牙狼に斬られたとき、あたし、声が出なくなった」


「あれはかすり傷よ」


「かすり傷って血が出てたでしょ! お姉様はいつもそう、大したことないって顔して……っ」


 セリナの声が詰まった。


 ああ、と思った。この子は本気で心配してくれていた。配信越しに、毎日。画面の向こうで、きっと拳を握りしめて見ていた。


「セリナ」


「……なに」


「ありがとう。来てくれて」


 セリナが泣いた。声を上げて、子供みたいに泣いた。


 しばらくそのまま立っていた。玄関先で妹を抱きしめたまま、朝の冷たい空気の中で。


 落ち着いたセリナを家に入れ、お茶を淹れた。旅の疲れで頬がこけている。まず食べさせなければ。


 パンとスープを出すと、セリナは黙々と食べた。空腹だったらしい。二杯目のスープをよそいながら、私は考えていた。


 妹を帰すべきだ。常識的に考えれば。


 15歳の少女を巻き込むわけにはいかない。ダンジョン配信は私の戦いで、セリナの戦いではない。


「セリナ。食べ終わったら話があるの」


「帰れって言うなら聞かない」


 先手を打たれた。


「あたしにも手伝わせて。配信の裏方でも、買い出しでも、何でもする」


「あなたはまだ15歳よ」


「お姉様だって17でダンジョン潜ってるじゃない」


「それは――」


「同じでしょ」


 同じではない。私には前世の記憶がある。精神年齢で言えば、セリナの倍以上だ。


 けれど、それを説明することはできない。


「……一つ条件がある」


「なに?」


「ダンジョンには絶対に入らないこと。裏方の仕事だけ。それが守れるなら、一緒にいていい」


 セリナの顔が輝いた。


「約束する! あたし、絶対にお姉様の役に立ってみせる!」


 こうして、私の配信に裏方が一人増えた。


 午後、セリナを連れてギルドに行った。グレンに紹介するためだ。


「妹か」


 グレンがセリナを見た。セリナが見上げた。


「セリナ・フォン・クラリオンです。お姉様がお世話になっています」


「世話なんてしてない。この姉が勝手に強くなってるだけだ」


「そうですか。でも、お姉様の配信のコメント見てたら『グレンさんの訓練のおかげ』ってめっちゃ書かれてましたよ」


 グレンが一瞬、面食らった顔をした。


「……コメントなんざ見てない」


「照れてる」


「照れてない」


 セリナは快活だった。初対面のグレンにも臆さず話しかけ、ギルドの冒険者たちにも笑顔で挨拶した。この社交性は、前世の私には無かったものだ。今世の私にも足りない。


 セリナがギルドの酒場に馴染むのは早かった。その日のうちに、酒場の常連から「嬢ちゃんの妹」と呼ばれるようになっていた。


 夕方。セリナが酒場の手伝いを始めた横で、私はグレンに話しかけた。


「妹を巻き込んでいいのか、正直迷っています」


「巻き込んだのはお前じゃない。あいつが自分で来た」


「でも」


「自分で来た奴を追い返すのは、信頼を否定するのと同じだ」


 グレンはカウンターを拭きながら、ぼそりと言った。


「俺の仲間もそうだった。ついてくるなと言ったが、来た。結局、そいつに何度も助けられた」


 仲間。第25層で亡くなったという、火が得意だった人。


「……そうですね」


「だが、守る責任は負え。それが、一緒に行く側の義務だ」


 重い言葉だった。でも、その通りだ。


 セリナを預かる以上、私は配信者であると同時に姉でもある。二つの責任を背負う覚悟が要る。


 酒場の隅で、セリナが常連の冒険者にダンジョンの話をせがんでいた。目を輝かせて、身を乗り出して。


 あの子は私とは違う。前世の記憶なんてなくても、自分の足で走れる子だ。


 だからこそ、守らなければ。


 借家に戻る道すがら、セリナが隣を歩きながら言った。


「お姉様。投げ銭の管理、あたしがやるよ。帳簿つけるの得意だから」


「帳簿?」


「お父様の仕事を手伝ってたの。計算は速い方」


 思いがけない申し出だった。実は、投げ銭の管理は後回しにしていた。配信と訓練とダンジョン探索で、事務作業に手が回っていなかった。


「お父様、実はお姉様の配信のこと、毎日見てるよ。侍女の勤務記録とか、婚約破棄の経緯とか、自分でも調べてるみたい。あたしに直接は言わなかったけど、書斎にずっと籠もってた」


「お父様が……」


「不器用だよね、お父様。でもあたし、お父様なりに怒ってるんだと思う」


 父が動いている。不器用な人だ。直接連絡はしてこないけれど、裏で何かをしている。


「……助かるわ。帳簿、お願い」


「任せて!」


 セリナが嬉しそうに笑った。


 夜。セリナが客間で眠った後、私は一人で記録珠を眺めていた。


 投げ銭の累計を確認する。セリナが来るまでの二日間も配信は続けていた。第6層の入り口まで進み、偵察だけして引き返した日もあった。配信と素材換金を合わせて、この九日間の収入は銀貨約120枚相当。生活費と装備費を差し引くと、残りは多くない。


 エレノアの配信収入は、一回の配信で金貨数十枚と聞く。桁が違う。


 でも、私は九日前、ゼロから始めた。婚約破棄された夜、ポケットに記録珠一つだけで。


 さて、と。


 明日からセリナがいる。裏方ができるなら、私は配信と戦闘に集中できる。


 第6層が待っている。その先に、第10層の最初のボスが待っている。


 まだまだ、ここからだ。


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