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婚約破棄された悪役令嬢、ダンジョン配信で聖女より稼いでざまぁする  作者: 月代


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第14話「第30層、誰も届かなかった場所」


 出発の朝、グレンが訓練場ではなく、ギルドの入り口で待っていた。


 珍しいことだった。いつもはカウンターの中か訓練場にいる人が、わざわざ入り口に。


「グレンさん」


「第30層に行くんだな」


「はい」


「第30層に到達した記録は、この国で五人しかいない。うち三人は帰ってこなかった。記録珠の映像だけが地上に届いて、到達が確認された。残り二人は生還したが、瘴気で身体を壊して二度と潜れなくなった」


「……はい」


「お前は六人目になる」


 グレンの目が、まっすぐに私を見ていた。怒りでも悲しみでもない。ただ、静かな覚悟のような光があった。


「一つだけ言っておく」


「何ですか」


「帰ってこい」


 短い言葉だった。


「必ず」


「……はい」


 それだけだった。グレンは背を向けて、酒場の中に戻っていった。


 深淵の回廊に入る。第26層からは、毎日の限界との戦いだった。


 瘴気の濃度は、第20層の比ではなかった。防御膜を最大出力で維持しても、肌がじりじりと侵食される感覚がある。蓄魔石のピアスが常に温かいのは、フル稼働で瘴気を吸い続けているからだ。


 第26層。灰色の荒野。地面が乾燥してひび割れ、視界の先に何もない空間が広がっていた。魔物は灰塵の獣。実体が曖昧で、火球が通り抜けることがある。火の刃で直接斬るしか倒す手段がなかった。


 第27層。水没した遺跡。膝まで水に浸かりながら進む。水に瘴気が溶け込んでおり、肌に触れるだけで防御膜が削られた。水蛇の群れと戦い、三箇所噛まれた。


 第28層。グレンの限界だった層。暗闇の回廊。光が一切届かない。改良された記録珠の暗所補正でかろうじて映像が映るが、肉眼では手の先も見えなかった。音だけを頼りに戦った。


 第29層。重力が歪んだ空間。足が重い。一歩ごとに、身体が地面に引きずり込まれるような圧力がかかる。魔物はいなかった。その代わり、瘴気そのものが意志を持つかのように纏わりついてきた。


 四日間で、四層を踏破した。


 Day 60。第30層の入り口に立った。


 記録珠を起動した。


「第30層です」


 声が掠れていた。四日間の蓄積が、声帯にまで響いている。


 視聴者数、200万。開始直後でこの数字。ここ数日、私がどこに向かっているか、王国中が知っている。


 第30層に足を踏み入れた。


 最初に感じたのは、静寂だった。


 今までの層にはそれぞれ特徴があった。熱、冷気、暗闇、重力。第30層は、何もなかった。


 ただの石の部屋。広い。天井が高い。壁は滑らかな灰色の石でできている。


 中央に、一つだけ光があった。


 白い光。拳大の結晶が、空中に浮いている。


 近づいた。結晶は脈打つように明滅していた。温かい光だった。


 コメントが流れた。


『何あれ……綺麗……』

『魔物は? ボスは?』

『第30層、何もないの?』


 何もない。そう思った、次の瞬間。


 結晶が砕けた。


 光が弾けて、空間を覆い尽くした。


 目を開けたとき、目の前に人が立っていた。


 ――いや、人ではない。


 人の形をした、瘴気の塊。


 私と同じ背格好。私と同じ服装。右手に炎を灯した、私の鏡像。


 瘴気がこれまでの層で集めたデータをもとに、私のコピーを作り出した。そう理解するまでに数秒かかった。


 鏡像が動いた。火球を撃ってきた。


 避けた。壁に火球が着弾し、岩が焦げた。


 私と同じ火球。同じ威力。同じ軌道。


 これは、私自身との戦いだ。


『自分のコピー!?』

『最深層の試練って、これかよ……』


 鏡像が火の刃を構えた。


 私も火の刃を構えた。


 同じ技、同じ速度。正面からぶつかれば、相打ちになる。


 では、どうする。


 コピーは私の「現在」の戦い方を再現している。だが、コピーが持っていないものがある。


 仲間が作ってくれた道具だ。


 この蓄魔石のピアスは、フィオナが私のためだけに作った一点物。コピーの耳に、それはない。


 私は、左手の蓄魔石に触れた。


 火の刃を右手に。蓄魔石の魔力を左手に。


 二刀流。


 やったことはない。できるかわからない。でも。


 鏡像が突進してきた。右手の火の刃で斬りかかってくる。


 私は右手の火の刃で受けた。炎と炎がぶつかり、火花が散った。


 同時に、左手に蓄魔石の魔力を爆発させた。火球ではなく、火の掌。手のひらに炎を纏わせ、鏡像の胸に叩き込んだ。


 鏡像は右手しか攻撃手段を持っていない。左手の攻撃は、コピーの範疇外だった。


 火の掌が鏡像の胸を貫いた。


 瘴気の身体が散った。黒い霧が四散し、石の部屋に静寂が戻った。


 視聴者数、250万。


 膝が折れた。


 もう立てなかった。魔力が空。蓄魔石も空。身体中が悲鳴を上げている。


 でも、勝った。


 第30層。到達した。


 誰も――正確には、生きて帰った者がほとんどいない場所に。


「第30層、踏破しました」


 声にならなかった。口が動いただけだった。


 でも、記録珠は拾ってくれたはず。


 コメントが滝のように流れている。金文字が画面を埋め尽くしている。読む余裕がなかった。


 ただ一つ、目に入った白文字。


『帰ってきて。待ってるから。』


 セリナだろうか。グレンだろうか。それとも、名前も知らない誰かだろうか。


 匿名だから、わからない。


 でも、帰る。


 帰るために、来たのだから。


 立ち上がった。両足が震えている。壁に手をつきながら、一歩ずつ。


 来た道を、戻る。


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