表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢、ダンジョン配信で聖女より稼いでざまぁする  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/15

第15話「悪役令嬢は、振り返らない」


 地上に戻ったとき、太陽がまぶしかった。


 ダンジョンの出口から一歩踏み出した瞬間、膝が崩れた。草の上に倒れ込んだ。青空が視界いっぱいに広がっていた。


 生きてる。


 当たり前のことが、こんなにも重かった。


「お姉様!」


 セリナの声が聞こえた。足音が近づいてくる。小さな手が私の肩を掴んだ。


「お姉様、お姉様……! 帰ってきた……!」


「ただいま」


 声が掠れていた。セリナが泣いていた。


「馬鹿……馬鹿お姉様……配信途中で映像ぶれぶれになって、最後ほとんど映ってなかったんだよ……皆ずっと心配して……」


「ごめんね」


「謝らないで……帰ってきてくれたから、いいの……」


 しばらく、草の上で横になっていた。セリナが隣に座って、ずっと手を握っていた。


 グレンが来たのは、それから少し後だった。


 私を見下ろして、一言。


「帰ってきたか」


「帰ってきました」


「……そうか」


 それだけだった。でも、グレンの目が少しだけ潤んでいたのを、私は見た。見たけれど、言わなかった。


 ギルドに戻ると、酒場が大騒ぎだった。


 冒険者たちが立ち上がって拍手していた。見知った顔も、知らない顔も。全員が私を見ていた。


 フィオナが工房から駆けつけてきた。息を切らしている。


「無事!? 記録珠のデータ! データ見せて!」


「フィオナさん、まず『おかえり』でしょ」


 セリナに突っ込まれて、フィオナが慌てた。


「あ、おかえり。で、データ!」


 変わらない人だ。安心した。


 ヒューゴもいた。カウンターの隅に座って、にこにこ笑っていた。


「おかえり、リゼットさん。で、ニュースがあるよ」


「何ですか」


「聖女の資格剥奪が、今朝正式に決定した」


 酒場が一瞬、静まった。


「アルベルトさんの裏工作が効いたね。配信不正の証拠が揃って、王国の調査委員会が動いた。エレノア・セレスティーヌは聖女の称号を剥奪され、国費での活動資格を失った」


 コメントの海を見なくても、この酒場の空気でわかった。王国中が、このニュースを知っている。


「レオンハルト殿下は?」


「正式なコメントはまだ出てない。でも、聖女の庇護者としての責任は問われるだろうね」


 レオンハルト殿下。


 あの夜、大広間で「君との婚約を破棄する」と言った人。


 恨んではいない。怒りも、もうほとんど残っていない。ただ、あの判断が間違いだったと、殿下自身が気づいてくれれば。


 それだけで十分だった。


 借家に戻ると、手紙が届いていた。


 クラリオン公爵家の紋章が押された封蝋。


 父からだった。


 封を切った。


『リゼット。配信は全て見ていた。お前の戦いを、私は誇りに思う。言葉にするのが遅くなったことを詫びる。お前が望むなら、公爵家の名は今まで通りお前のものだ。だが、お前はもう、名前に頼る必要がないだろう。好きに生きなさい。父より。』


 手紙を読み終えて、しばらく動けなかった。


 セリナが隣で、同じ手紙を覗き込んでいた。


「お父様……」


「不器用な人ね。最後の最後にこれを送ってくるなんて」


「お姉様こそ泣いてるじゃん」


「泣いてない」


「泣いてる」


 泣いていた。


 五日間の休養を取った。Day 64の夕方には、歩いても息切れしない程度には回復していた。瘴気の蓄積を抜くために、フィオナが特別な蓄魔石のペンダントを作ってくれた。身体につけておくと、少しずつ瘴気を吸い出してくれる。


「完全に抜けるまで二週間くらいかかるよ。その間はダンジョン禁止」


「わかりました」


「嘘。絶対守らないでしょ」


「守ります。……たぶん」


「たぶんって何」


 Day 65。休養明けの朝。


 王都の中央広場に、人が集まっていた。


 配信の告知はしていない。ただ「お知らせがあります」とだけ、前日にギルドの掲示板に貼り紙を出した。


 それだけで、広場が人で埋まった。


 噴水の前に立った。記録珠を取り出す。


 フィオナが改良してくれた記録珠。何度も私を支えてくれた、拳大の水晶球。


 魔力を流し込んだ。淡い光が灯る。


「皆様。リゼット・フォン・クラリオンです」


 視聴者数が跳ね上がった。100万、200万、250万。


「本日は、ご報告があります」


 広場の人々が静まった。映写板越しに見ている王国中の人々も、きっと耳を澄ませている。


「先日、深淵の回廊・第30層に到達しました。これは、王国の最深到達記録に並ぶものです」


 拍手が起きた。広場が揺れた。


「ここまで来られたのは、私一人の力ではありません」


 グレンの顔が浮かんだ。毎朝の訓練。「引き際を間違えるな」の言葉。


 セリナの顔が浮かんだ。泣きながら王都に来た妹。帳簿をつけ、買い出しに走り、いつも隣にいてくれた。


 フィオナの顔が浮かんだ。記録珠を改良し、蓄魔石を作り、技術で道を開いてくれた。


 ヒューゴの顔が浮かんだ。胡散臭い笑顔の裏で、真実を掘り出してくれた。


「視聴者の皆様にも、感謝しています。投げ銭の一枚一枚が、コメントの一つ一つが、私の足を前に進めてくれました」


 本心だった。飾らない言葉で、ただ正直に伝えたかった。


「そして、もう一つ」


 広場の端に、人影が見えた。


 レオンハルト殿下が、護衛も連れずに立っていた。


 目が合った。殿下が一歩前に出た。


「リゼット」


 広場が静まり返った。配信は続いている。王国中が見ている。


「僕は――あの夜の判断を、間違えた」


 殿下の声が、広場に響いた。


「エレノアの言葉を疑わず、君の言葉を聞かなかった。証拠もなく断罪した。王族として、一人の人間として、取り返しのつかないことをした」


 静寂。


「……すまなかった」


 頭を下げた。王子が、衆人の前で頭を下げた。


 広場がざわめいた。コメントが溢れているのが視界の端に見えた。


 私は、まっすぐに立っていた。


「殿下。顔を上げてください」


 レオンハルト殿下が顔を上げた。目が赤かった。


「謝罪は受け取ります。ですが、私は殿下のために戦ったわけではありません」


「……わかっている」


「私は、自分のために戦いました。自分の力で、自分の価値を証明するために。だから、殿下の謝罪で何かが変わるわけではないのです」


 殿下が、小さく笑った。寂しげな、けれど清々しい笑みだった。


「君は立派だ。僕が見誤っていた」


「最初から弱くはなかったつもりです」


「……そうだな」


 殿下は一礼して、広場を去っていった。


 その背中を見送りながら、何かが終わった気がした。


 婚約破棄の夜から始まった物語の、一つの区切り。


 記録珠に向き直った。


「皆様。最後に一つだけ」


 視聴者数、350万。王国史上最多。


「私はこれからも、配信を続けます。第30層の先へ。第31層、第40層、第50層。まだ誰も見たことのない景色を、皆様にお届けします」


 コメントが爆発した。


『まだ続くの!?』

『最高かよ……!』

『ずっとついてく!!』

『黒鉄の騎士より:その先で待っている。』 ―― 10金貨


 金文字が画面を埋め尽くした。白文字も青文字も、全部が全部、温かかった。


「それでは、また次の配信で」


 笑った。心の底から。


「悪役令嬢の冒険は、まだまだ続きます」


 記録珠の光が消えた。


 広場に歓声が上がった。噴水の水音がかき消されるほどの。


 セリナが走ってきた。グレンが腕を組んで立っていた。フィオナが「データ!」と叫んでいた。ヒューゴがにこにこ笑っていた。


 広場の遠くに、アルベルトの姿が見えた。眼鏡の奥の目が、かすかに笑っている気がした。


 私は、深呼吸した。


 秋の風が吹いている。空は高く、青い。


 さて、と。


 婚約破棄された悪役令嬢は、ダンジョン配信で聖女より稼いで、ざまぁした。


 でも、物語はここでは終わらない。


 次の冒険が待っている。


 私は一歩、踏み出した。


 振り返らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ