第13話「真実の配信」
三日間の休養を終えた朝、ヒューゴが借家を訪ねてきた。
「おはよう。お加減は?」
「動けます。用件は?」
「確証が取れた」
その一言で、空気が変わった。
ヒューゴが持ってきたのは、二つの情報だった。
一つ目。エレノアの配信で使われていた二つ目の記録珠を製造した魔導具技師を特定した。王都の裏通りにある非公認の工房で、事前録画の映像を記録珠に仕込む技術を持つ男だった。
「その技師が、僕の知り合いの知り合いでね。金を積んだら証言してくれた」
「証言の信頼性は」
「ギルドの公証人に同席してもらった。書面もある」
ヒューゴが革の筒から巻紙を取り出した。署名と公証印が入っている。
二つ目。アルベルト・グラン・ヴェステリアからの伝言。
「彼が、あなたに会いたいと言ってる」
「アルベルトさんが?」
「うん。彼は彼で、配信の視聴データを分析して不正の証拠を掴んだみたいだよ。でも、宰相の息子が独断で動くのは政治的にまずい。だから、第三者を経由したい。つまり、あなた」
「私を経由する?」
「リゼットさんの配信で真実を公表する。アルベルトさんは裏で証拠を提供するが、表には出ない。これなら宰相家は傷つかず、真実は公になる」
政治的な計算だった。アルベルトらしい、合理的な提案。
「……会います」
その日の午後。ギルドの個室で、アルベルトと会った。
眼鏡をかけた青年。記憶の通り、冷静で隙のない佇まいだった。
「お久しぶりです、リゼット嬢。社交界以来ですね」
「お久しぶりです、アルベルト様。単刀直入にお聞きします。証拠とは何ですか」
「単刀直入ですね。私はその姿勢を評価しています」
アルベルトがテーブルに数枚の紙を広げた。数字とグラフが並んでいる。
「聖女の配信の視聴データを、過去三ヶ月分分析した。結果、配信中に記録珠の魔力署名が切り替わるタイミングが、計37回確認された」
「魔力署名の切り替わり?」
「記録珠はそれぞれ固有の魔力署名を持つ。起動者が同じでも、珠が変われば署名が変わる。つまり、配信中に珠が差し替えられた証拠だ」
37回。三ヶ月で37回。頻繁だ。
「この切り替わりのタイミングは、全て聖女の『感動的な場面』の直前に集中している。つまり、見栄えの良い場面だけ事前録画に差し替えていた可能性が極めて高い」
「……それは決定打になりますか」
「私の分析だけでは、技術的な解釈の余地が残る。だが、ヒューゴ殿が確保した技師の証言と合わせれば、十分だ」
アルベルトの目が、真っ直ぐに私を見た。
「リゼット嬢。君の配信で、この事実を公表してほしい」
「なぜ私なのですか。宰相家から正式に告発する方が、政治的な影響力は大きいはず」
「その通りだ。だが、政治的な告発は政治的に処理される。揉み消される可能性がある。聖女は王族の庇護下にある。宰相家が正面から動けば、王族との対立になる」
レオンハルト殿下。
「だが、配信者が配信で公表すれば、それは『民の声』になる。200万人以上が見ている配信で真実が公になれば、政治的に揉み消すことは不可能だ」
合理的だった。冷徹なほどに。
「アルベルト様。一つ確認させてください」
「何だろう」
「あなたは、正義のためにこれをしているのですか。それとも、国益のためですか」
アルベルトが一瞬、動きを止めた。眼鏡の奥の目が、僅かに揺れた。
「……両方だ。聖女の不正は国の信用を損なう。同時に、不正は正されるべきだ。その二つが矛盾しない限り、私は動く」
正直な答えだった。
「わかりました。やります」
Day 55。王都の中央広場。
普段はダンジョンから配信しているが、今日は違う。広場の噴水の前に立ち、記録珠を起動した。
「皆様、本日は特別な配信です。ダンジョンではありません。お伝えしなければならないことがあります」
視聴者数が急上昇する。100万、150万、200万。
「聖女エレノア・セレスティーヌ様の配信について、確認された事実をお伝えします」
コメントが一瞬、止まった。
私は、淡々と事実を述べた。
配信中の記録珠の魔力署名切り替わり。37回の不自然な差し替えタイミング。事前録画映像の挿入。製造した技師の証言。
感情を込めなかった。告発ではなく、報告として。怒りでも悲しみでもなく、事実の提示として。
「以上は、独立した複数の調査で確認された事実です。私個人の感情や、過去の婚約破棄の件とは一切関係ありません。配信という仕組みの信頼性に関わる問題として、お伝えしました」
視聴者数、300万。
王国の配信史上、最多の数字だった。
コメントが怒涛のように流れた。
『まじかよ……聖女の配信がやらせ……』
『証拠揃ってるじゃん。これは言い逃れできない』
『リゼットの配信はいつも生で命かけてたのに、聖女は録画って……』
『黒鉄の騎士より:真実を伝える勇気に敬意を。』 ―― 10金貨
金文字が連続した。だが、今日は投げ銭の額はどうでもよかった。
「私は明日からも、ダンジョン配信を続けます。第30層を目指します。それが、私にできることです」
記録珠の光が灯っている。300万の目が、私を見ている。
「ご視聴、ありがとうございました」
光が消えた。
噴水の水音が、広場に静かに響いていた。
終わった。
あとは、王国がどう動くか。アルベルトが裏で調整するだろう。レオンハルト殿下がどう判断するかは、殿下次第だ。
私がすべきことは変わらない。
深淵の回廊、第30層。
誰も到達したことのない、最深記録の先へ。
借家に帰ると、セリナが玄関で待っていた。
「お姉様。すごかった」
「そう?」
「うん。すごく冷静で、すごくかっこよかった」
セリナが少しだけ泣いていた。
私は笑って、妹の頭を撫でた。
「さて、と。明日に備えて寝ましょう」
「うん」
布団に入った。目を閉じた。
左腕の痣が、静かに疼いていた。




