第11話「揺らぐ聖女、暴かれる嘘」
異変は、ギルドの酒場で耳にした。
「聖女の配信、なんか変じゃなかったか?」
カウンター越しに聞こえた冒険者の声。隣の席の男が応じた。
「あー、昨日のやつ。癒しの魔法でけが人治すシーンだろ。あれ、傷の位置が途中で変わってなかった?」
「だよな? 右腕だったのに、次の場面で左腕にテープ巻いてた。おかしいだろ」
私は黙ってスープを啜りながら、耳を傾けていた。
エレノアの配信に不自然な点がある。それを視聴者が気づき始めている。
興味深い話だった。けれど、今の私には関係ない。私の戦場はダンジョンで、エレノアの配信の問題はエレノア自身の問題だ。
そう思っていた。ヒューゴが現れるまでは。
「やあ、リゼットさん。林檎の調子はどう?」
いつの間にか隣に座っていた。気配がなかった。情報屋という職業は、存在感を消す技術も含むらしい。
「ヒューゴさん。証拠は見つかりましたか」
「おや、覚えててくれたんだ。嬉しいな」
「答えてください」
「せっかちだね。――半分」
ヒューゴがカウンターに肘をつき、声を落とした。
「聖女の配信は、一部が事前に撮影された映像を混ぜてる。生配信に見せかけてるけど、実際は編集済みの場面が挿入されてるんだ」
「それは――不正ではありませんか。魔導配信は生中継が前提のはず」
「その通り。記録珠の仕様上、魔力を流し続けている間はリアルタイム配信しかできない。つまり、事前録画を混ぜるには記録珠を一度止めて、別の記録珠に録画しておいた映像を流し込む必要がある」
「記録珠を二つ使っている?」
「そう。で、その技術を持ってるのは相当な腕の魔導具技師。聖女の周辺に、そういう人物がいる」
フィオナと同じレベルの技師が、エレノアの裏にもいるということ。
「証拠は?」
「僕が持ってるのは状況証拠だけ。配信映像の不自然な切り替わりのタイムスタンプと、聖女の侍女が魔導具工房に出入りしていた目撃情報。決定打にはならない」
「それで半分、と」
「うん。でもね、面白いことに――僕だけじゃなくて、もう一人調べてる人がいるんだよ」
「誰です」
「アルベルト・グラン・ヴェステリア」
宰相の息子。社交界で何度か会ったことがある。眼鏡をかけた、冷静で理知的な男性。会話は事務的で、感情をほとんど表に出さない人だった。
「彼が、なぜ」
「宰相家は国の運営に関わる。聖女の配信は国策の一部だからね。不正があるなら、国の信用に関わる。アルベルトさんは、配信の視聴データを分析してるみたいだよ」
アルベルトが動いている。ヒューゴとは別ルートで。
「……私に何を求めているのですか。ヒューゴさん」
「求める? 何も。情報を渡してるだけだよ。使うかどうかはあなた次第」
「無料で?」
「前に言ったでしょ、確証が取れたら有料って。今は確証がないから無料。ほら、お得」
飄々とした笑顔だった。この男の本心は読めない。でも、情報自体は筋が通っている。
ヒューゴが立ち上がった。
「あ、もう一つだけ。あなたの装備に細工された件、覚えてる?」
「革紐のことですか」
「あれの実行犯、ギルドの下働きの一人だった。夜間清掃で装備置き場に出入りする権限を持ってた人間でね。管理官の鍵じゃなく、清掃用の合鍵で入ったみたいだよ。金を受け取って革紐を切った。金の出所は……まあ、想像に任せるよ」
ヒューゴは手を振って去っていった。
残された私は、冷めたスープを見つめていた。
聖女の配信が不正。装備の妨害工作。噂の流布。
全てが一つに繋がろうとしている。
でも、確証がない。確証のない状態で動くのは危険だ。
前世の仕事でも、裏付けのない情報で動いて痛い目を見たことがある。
借家に戻ると、セリナが帳簿をつけていた。
「お姉様、おかえり。今日の収支、まとめたよ」
「ありがとう。セリナ、一つ聞いていい?」
「なに?」
「もし、誰かの不正を知ったとして。でも証拠が不十分だったら、あなたならどうする?」
セリナが首を傾げた。
「証拠が足りないなら、集めるでしょ。集まるまで待つ」
「待つ間に、相手が先に動いてきたら?」
「そしたら、受けて立つ。お姉様はいつもそうしてるじゃない」
単純な答えだった。でも、正しかった。
証拠が揃うまで待つ。その間、私がすべきことはダンジョンに潜り、配信を続けること。
エレノアの不正は、いずれ表に出る。ヒューゴが動いている。アルベルトも動いている。
私の仕事は、正面からぶつかることだ。裏工作は性に合わない。
「セリナ。明日から第21層以降に挑む。配信も続ける」
「うん。あたしは帳簿と買い出しと情報収集、全部やるよ」
「頼もしいわね」
「お姉様の妹だもん」
セリナが笑った。
窓の外に、月が出ていた。
ここまで来た。200万人の視聴者。エレノアと並んだ。
次は、超える。
正々堂々、ダンジョンの深層で。




