98話~適応試験、でしたっけ?~
『と言う状況でありますので、慰問会についてはこれまで通りの運用とさせて頂き、友愛プロジェクトは見直す方針で審議を進めて行く所存でして…』
「やっとかよ。もうあれから2週間だぜ?」
鈴木さんの家でテレビを見ていたら、画面の中で疲れた顔を見せる総理に対して佐川さんが口を尖らせる。
それに、鈴木さんが苦笑いを浮かべた。
「仕方ありませんよ。私達と一緒で、皆さん忙しかったんでしょうし」
確かに、忙しかった。
何とかゲートを開いたあの日から、俺達はずっと働き詰めだった。ちょっと物流を滞らせただけなのに、特区は大きなダメージを負っていた。インフラ業は特に酷く、各所で悲鳴が上がっていた。
それに、俺達は奔走された。
蓋を開けてみれば、ただ配管が詰まっただけだったり、流量計がおかしくなっているだけだったりと、ちょっとした不具合ばかりで直ぐに解決することが出来たけど。
でも、現場で働く人達からしたら恐ろしかっただろう。物流が滞ったことで、いつもなら当日に届くはずの部品もいつ入るか分からず、工場が停止する可能性もあったから。
俺も経験があるから良く分かる。某国が戦争おっ始めて、機械の制御油が入って来なかったからな。あの時は本当、機械が壊れるんじゃないかってヒヤヒヤしたもんだ。
その影響だろうか。特区の女性達が男性を気に掛ける様になっていた。今まではネズミみたいに嫌悪されるか、空気みたいにあって当たり前という感じであったのに、男性を気遣う言葉も漏れ聞こえてくるようになっていた。
自分達が多くの人に支えられているって、分かったみたいだった。それを暴動から学ぶなんて、ちょっと皮肉な話だけど。
『また、昨今の女性人口減少を受けまして、政府としても抜本的な解決を目的に、医療改革を進めて行く所存です。具体的な目標としまして、5年後までに女性人口を2割増加させ、10年後には5割増を目指すものでありまして。国家予算の…』
「何言ってんだよな。自分らで操作してるクセにさ」
「カンナさん!しっ、しぃ~」
鈴木さんが慌てて佐川さんの口を塞ぐ。
どこに耳があるか分からないからね。折角、我々を見逃してくれたのに、また揉めるのは得策じゃない。
とは言え、佐川さんの不満も良く分かる。自ら招いた危機なのに、まるで自分達の手柄の様に掲げる姿は、厚顔無恥過ぎて笑えてしまう。
だが、まぁ、世界中がやっていた事だからね。このバグった手法で男女比を狂わせていたのは。だから、日本でそのことを公言してしまえば、世界から袋叩きに遭うだろう。言い出せないのは仕方がない。
それに、相当大変そうだからな、最近の政治家さん達。
俺はテレビの中で喘ぐ首相を見て、肩を竦める。心労が溜まっているのか、シワは深く刻まれ目は落ちくぼみ、一気に老け込んだように見えた。最近テレビに出っぱなしだったし、まともに眠れていないのかも。
「長くはないさ、この政権も」
あの暴動から急落しているみたいだから、彼女の支持率。退陣を要求する声も、日増しに強くなっている。
まぁ、そこは上の人達に任せるとして…。
「そろそろ区外に帰るかな」
特区は一段落したけれど、まだ向こうは混乱しているみたいだからね。手伝わないと。
特に支社長達は忙しいらしい。暴動を止めるために随分と活躍したみたいで、国からも表彰状を授与されたとか。今でも新聞やテレビの取材があるみたいで、誰が対応するかで押し付け合いが発生しているとか。
…そこは、巻き込まれん様にしないとな。
「分かりました。車を出しますね」
「あたしも準備するから、ちょっと待ってくれ」
2人の顔が強張り、佐川さんはプロテクターを付け始めた。俺も気持ちを引き締め、サングラスとマスクを着ける。
まるで芸能人みたいだけど、強ち間違いじゃない。なにせ…。
「あっ、見て!あそこの人達」
「そうよ!きっとあの人達だわ!」
外に出た途端、周囲から幾つもの視線が飛んでくる。
あの騒動から、随分と俺達も有名になってしまった。どうも全国放送されていたみたいで、俺が自衛隊とやり合ったところとか、鈴木さん達と抱き合ったところも見られていたらしい。
その影響で、街に出たら必ず話しかけられるし、写真と握手を求められる。酷い人は、俺を連れ去ろうとしたりもするので、その度に佐川さんのお世話になっていた。
「本当に皆さん、調子が良いんですから…」
「ああ、まぁ、そうだね」
何とか車に乗り込むと、鈴木さんが不満を一つ。
確かに、凄い手のひら返しだ。俺達に黄色い声を上げるに留まらず、書店には男女の恋愛についてを特集した雑誌やイラストが並び始め、テレビもその方向に動き始めていた。
今、特区では空前の恋愛ブームが巻き起こっているのだった。
その火付け役となった我々は、どうしても注目されやすくなっていた。
だから俺は変装し、佐川さんは防具を着こんでいる。今の彼女は、俺を監視するために居るのではなく、俺達を護衛するために派遣されていた。
「あたしもさ、先輩達に応援頼みたかったんだけど、向こうは向こうで忙しいみたいでよ。ほら、あの長官が色々やってるじゃん?あれの監視をするとかでさ」
「適応試験、でしたっけ?」
適応試験。
鞍瀬長官が始めた新たな施策で、男性を特区に入れて女性に慣れさせようと言う活動をしているらしい。局員を中心に行われているが、一般人でも基準を満たせば参加できるとか。
ただ、現状での成果は芳しくなく、殆どの人は入区と同時にぶっ倒れるんだとか。下手すりゃ黄金扉を潜った瞬間、謎の奇声を上げて果ててしまうと言う話も。
この前電話で話した時は、かなり苦労してそうだったからな、長官。俺を講師として呼びたいと言い始めた時は、逃げるのに凄い苦労した。
「なるほどな。あれに人手が割かれているのか」
「う~ん。その試験自体は管理局内でやってるらしいんだけどさ、試験をクリアした奴らの監視を先輩達がしてるんだって」
「えっ?クリアした人もいるの?」
俺が驚くと、佐川さんは「おう」と頷き、キョロキョロし始めた。そして、外を指さした。
「あれとか、そうじゃね?」
「うん?」
見ると、そこにはスーパーマーケットに一台のトラック停まっていた。そしてその運転席から降りて来たのは、白い帽子と制服を着た男性。
管理局員。しかも、あいつは…。
「鈴木さん。あのスーパーに」
「分かりました」
直ぐに察してくれた鈴木さんは、車をスーパーに停めてくれた。
俺はお礼も早々に、車を降りる。荷物を降ろす彼に駆け寄る。
「鷲塚!生きとったんか!」
そこに居たのは、ゲートで共に戦った鷲塚だった。最後は俺を逃がす為、自ら自衛隊に特攻をかけた筈だったが…。
「ふんっ。誰かと思えば、貴様か」
うん。相変わらずのツンツンスタイル。
死んだのかと心配したが、随分と元気そうだ。
「こんな所で何しているんだ?転職した訳じゃないよな?」
「バカか、貴様。そんな訳ないだろ。特区の物流を改善する為、こうして俺達も駆り出されているに過ぎない」
なんでも、長官が新設した適応試験に受かると、こうして特区の復興に従事するらしい。
とは言え、現在急務なのは物流なので、みんなトラック野郎になって奔走しているとの事。
なるほど。だからすぐにも復興したんだな。
「それにしても凄いな、鷲塚。他の人は入り口でひっくり返っているんだろ?トラックの運転してて、事故りそうにならないのか?」
「舐めるな。長官は、試験とは別に強化プログラムを用意してくれている。それをこなせば、これくらい造作もないことだ」
「強化プログラム?」
「そうだ。スバル様が講師となり、俺達に指導なさっているのだ」
あっ、スバル様も無事だったんだ。そして、今は長官の元で男性を鍛えていると。確かに彼女なら、モテる秘訣も伝授出来そう。流石は長官だな。
俺が「ほぉ~」と唸っていると、店から店員さんが出て来て「ああ、良かった!」とこちらへ駆け寄って来た。
「もう商品が切れそうで、困ってたのよ。早くバックヤードに持ってって」
「しょ、承知しました…」
ツンツン野郎が一転、帽子を深く被って小さな声で答える。
でも、その小さな声を聞いた女性は、興味深げに鷲塚の顔を覗き込んだ。そして、
「あっ!貴方、噂の男ドライバーじゃない!ちょっと顔見せてよ?」
「いっ!いや、あの、ちょっと、近いっ!」
グイグイ来る女性に、鷲塚は顔を真っ赤にしてジタバタする。
そうしていると、他の店員や客まで「えっ!?男性?」「どれどれ?」と集まって来てしまう。
う~ん…ここは、邪魔しちゃ不味いな。
「おっ、おい!?黒川!貴様!俺を置いて行く気か!」
情けない声と手を上げる鷲塚に、俺も手を振り返してその場を去る。
まぁ、取って食われたりはしないから、存分に耐性を付けてくれ。
俺は鈴木さんの車に戻り、帰路に着く。
その途中で、電話が鳴った。相手は…。
「もしもし。まっちゃん?どうしたん?」
後輩の松本君だった。
以前は管理局を通さないと弾かれていた電話だが、そこも緩和されていた。入区の資格を持つ者は、こうして特区へ電話を繋げて貰える様になったのだ。
とは言え、資格保有者は多くない。我が社でも数える程。その内の1人が、困ったことになったと訴えてきた。
どしたん?
『オトハ様がお忙しいのはご存じですよね?』
「ああ、そりゃね」
あの騒動で、オトハ様の知名度は爆上がりだ。特区を救った女王様という事で、日本は勿論のこと世界にも名前が知れ渡った。日本のトップ女優を通り越して、世界的なスターになるのも秒読み段階と噂される程だ。
『それで、彼女の補佐であるアコさんも多忙らしく、とても手が足りないと相談されてしまい』
「分かったぞ、まっちゃん。それで呼ばれたんだな?君が」
『そうなんですよ』
困り果てた声を出す後輩に、俺は弾む声で「おめでとう!」と祝福を贈る。
「ようこそ、まっちゃん。特区へ!」
『いや、冗談じゃないですよ!ホント、昇天しちゃいますって!』
必死な声を出す後輩を、俺は笑い飛ばす。大丈夫だと、太鼓判を押す。
「あれだけの困難を乗り越えた君だ。絶対に大丈夫だよ。入区している俺が保証する」
『そう…ですかね?』
ちょっと弱気な言葉を吐く彼だったが、前を向き出したのを感じる。
その彼に、俺は手を差し伸べる。
「そうさ!自信を持ってくれ。俺も、君の入区に立ち合おう。何処のゲートから入るんだ?」
『先輩と一緒の、松戸第5ゲートです』
「分かった。なら出口で待ってるよ」
『はいっ!よろしくお願いします!」
うん、うん。漸く、一歩を踏み出す勇気を持てたみたいだな。
「ごめん、鈴木さん。もし可能なら」
俺が両手を合わせて頼もうとすると、彼女はニコリと笑みを零す。
「勿論です。やっと後輩さんに会えますね」
「よーしっ。じゃあ予定変更で、今日は入区の祝い酒だ!」
佐川さんまで、にんまりと良い笑顔を浮かべる。
いやいや。
「佐川さん。まっちゃんはお仕事で来るんだからね?」
「じゃあ、仕事終わったらだな。行きつけに予約しとくわ」
楽しそうに電話をかけ始める佐川さん。
ああ~…。
済まない、まっちゃん。本当に君、昇天しちゃうかも。
めでたし、めでたし…でしょうか?
「もう少し先の未来を、覗いてみるか」




