97話~何のつもりだ!~
「黒川さん!」
3人の自衛隊員を倒すと、鈴木さん達の姿が見えた。彼女達は、俺の方に向って手を振りながら駆け寄って来ていた。
「鈴木さん!佐川さん!」
俺も心が躍り、走り出す。失うかもしれないと思っていたその笑顔を目にして、居ても立っても居られなかった。
聞きたかった彼女の声が、今そこに。守りたかった世界が、すぐそこに。今回の俺は、何とかそれを…。
と、そこに、
バタバタバタッ!!
轟音が響き、俺の周りで風が逆巻く。立っていられないほどの強烈な風に押し返され、俺は尻餅を着く。その拍子に空が見えた。
空に見える、その異物が目に入る。
「くっ!軍用ヘリ?」
幾つものヘリが頭上でホバリングしており、爆音と爆風を生み出していた。そして、その1機の腹から太い紐が垂れ下がり、そこを伝って数人の隊員が降下してくる。
この高さをものともせずに降りるその様は、まさにベテラン。床で寝ている3人とはレベルが違う。
こいつは、不味い。
急いで立ち上がる俺に、降りたばかりの精鋭達が駆け寄って来る。その速さは、重装備を物ともしていなかった。
くっ。
「おらぁ!」
振り上げた盾の拳も、先頭の隊員に受け止められてしまった。そして、隊員と押し合いをしている間にも、別の隊員が横から飛び込んできて、俺を床に倒す。
途端に、俺は床に組み伏せられてしまった。
「ぐっ…」
立ち上がろうとするも、上に何人もの重圧が掛かって動けない。
「黒川さん!」「ケイゴ!」
2人の声に顔を上げると、彼女達の方にも隊員が近寄り、それ以上来るなと手を広げていた。
あれだけ2人に接近しても動揺しない所を見るに…もしや、女性隊員か?そんなのまで居るのか。
歯を食いしばっていると頭上から声がした。
俺を押さえている隊員だ。
「こちら第1小隊、相模。屋上は制圧した。送れ」
『了解。被疑者を確保した後、地上の暴徒鎮圧に当たれ。そこの女性お2人は、姫川様の部隊で対処される』
「相模、了解。通信終わり」
淡々と交わされる会話。でも、内容は緊迫したもの。
こんなヤバい奴らが、松本君達の元に行こうとしている。そして、鈴木さん達まで手を出すつもりだ。
こんな所で、おちおち寝ていらんねぇぞ!
「ぐぅうう!」
俺は渾身の力で起き上がろうとする。
でも、足りない。力が足りない。
俺1人では、とても精鋭部隊には敵わない。
「大人しくしろ!」
「ぐっ!」
顎を蹴られた。視界がグルんと回って、体中の力が抜けた。辛うじて意識は保てたけど、感覚がおかしい。目が回り、グワングワンという耳鳴りが響いて気分が悪くなる。
何度か深呼吸をして視点は定まって来たが、耳鳴りは酷くなる一方だ。あまりの事で、耳が痛くなるくらいに。
グワン、グオアワ、クオカワ…。
うん?なんだ?耳鳴りじゃないぞ。これは…。
『黒川!立て!立つんだ、黒川!』
「「「くっろかわ!くっろかわ!」」」
耳鳴りだと思った物は、声だった。
俺に贈られる、沢山の声。それが、壁を揺らす程の力で投げかけられていた。
「こんなとこでヘタばる奴じゃねぇだろ!黒川の兄ちゃんよぉ!」
「黒川くーん!がんばってぇー!」
その声は、男性の物だけじゃない。壁の向こう側に集まっている女性達からも、多くの声が届けられていた。
「みんな応援しに来とるんやで!根性や!根性見せたれ」
「頑張んなさいよ!あんた、私とデートする約束でしょ!」
「「「くっろかわ!くっろかわ!」」」
野太い声援と黄色い声援が入り混じり、空気を震わせる。
俺の心を奮わせる。
ああ、俺は、こんなにも多くの人に支えられていたんだなって、改めて気付かされた。
力が、湧いて来る。押さえつけられていた体が、少しだけ浮き上がる。
「くっ!こいつ…!」
無線で喋っていた隊長らしき人が声を漏らす。
「総員、全力で取り押さえろ!…おいっ!お前達、何をしている!」
隊長の怒号。
見上げると、目を彷徨わせた隊員達の顔が見えた。
若い隊員が、小さく首を振る。
「隊長…本当にこれが、我々の任務なのですか?一般人を、女性を、これほど多くの国民を敵に回してまで遂行する任務が、どうして国の為と言えるのでしょうか?」
「迷うな、白石!これは上からの命令だ!」
隊長の喝に、しかし、他の隊員達は迷いを払しょくできない様子。声を上げる人々の様子に、ただ視線を彷徨わせている。
圧が、無くなる。
今だ!
「うぉおおおらぁ!」
俺は力を振り絞り、立ち上がる。背中に乗っていた隊長を弾き飛ばし、走る。前へと。
こちらに手を伸ばす、鈴木さん達の元へと。
「「「わぁあああ!!」」」
下から歓声が巻き起こり、体が浮き上がりそうな程の高揚感を感じる。その声が、俺の背中を押す。
「止まれ!」
それを、押しとどめ様とする声。
振り返ると、隊長が俺に銃を向けていた。
その鈍く冷たい輝きは、鎮圧用の銃じゃない。
殺気の籠った目で、俺を睨みつける隊長。
「動けば撃つ!これは威嚇ではない!速やかに、その場で伏せろ!」
有無を言わさぬその気迫に、俺も彼を睨みつけた。
〈◆〉
部下に気を取られて暴徒を取り逃した俺だったが、何とか留める事には成功した。
狙いを右足に集中させて、伏せる様に命令する。逆らえば、足を撃ち抜いて強制的に無力化するまで。
俺は外したりしない。さぁ、大人しく従え。
俺はすぐにも撃つつもりだった。
でも、その射線上に影が入り込む。
隊員の白石だ。
「何のつもりだ!白石!命令違反だぞ!」
「自分は、その命令が間違っていると感じます」
こいつ。俺の命令を無視するどころか、邪魔までするつもりか!
怒りが溢れそうになり、慌てて抑え込む。
冷静に、慎重に。
そうして怒りを押さえ込んでいると、更に視界が狭まる。白石に続いて、他の隊員も射線上に割り込んで来たのだった。
くっ…。
「お前達…」
「隊長」「相模一尉」
苦楽を共にした仲間達が、俺に真剣な目を向けて来る。止めてくれと、まるで俺が間違っているかのように見下ろしてくる。
俺が間違っている?バカな。そんな筈はない。これは上からの命令。国を動かす、大臣たちからの指示なんだ。国に忠誠を誓い、国を守る盾となるのが俺達の役目。だと言うのに…。
「「「わぁあああ!!!」」」
再び、周囲から歓声が湧き上がる。見ると、暴徒が走り出していた。その先には、同じ様に走り寄る女性2人。
くっ。女性隊員まで、こいつらと同じ判断を…。
俺は歯を食いしばる。駆ける男の背を見て、それを応援する群衆の声を聞き、銃を構えていた手が震えだす。
まるで舞台を見ている様に感じて、俺の心まで震え始めた。
そして、
「黒川さん!」
「鈴木さん!」
ヘリポートの真ん中で、2人が抱き合う。嬉しそうに泣きながら、男女が熱い抱擁を交わす。
その途端、周囲からは一段と熱い湧き上がる。
喝采、祝福、感嘆、賛美。
様々な声と拍手と感情が飛び交う中で、みなが笑顔を咲かせていた。
隊員達も、惜しみない拍手を彼らに送っている。中には、目を赤くしている者まで居た。
俺も、体の内側から熱いものが込み上げてきた。震える指は引き金から外れ、銃は手から滑り落ちてしまった。
それでも、俺は拾う気になれなかった。目の前で起きている暖かい光景に、心がいっぱいだった。
「ケイゴ!」
「佐川さん!」
大きな女性が追い付いて、3人は抱き合い、涙を流した。
とても親し気に接する彼らの間に、俺が感じていた男女の壁なんて存在しなかった。
ああ、そうか。俺達が、間違っていたのか。
理解した丁度その時、耳元で無粋な音が鳴る。
『総員、作戦中止。繰り返す、作戦中止。速やかに武装解除し、黒川慶吾の行動をサポートせよ。これは総理からの指示である。繰り返す…』
「遅いんだよ。お前らはいつも、いつも…」
俺の愚痴は、青い空へと吸い込まれていった。
〈◆〉
『ご覧ください!壁に集まった人々が歓声を上げて、喜び合っています。こちら側からは確認出来ませんが、壁の向こうから女性様のお声も聞こえます。我々と同じ様に、お喜びになられている模様です!』
「どうしてなんだ…母さん!なんで、第一を退かせた!」
モニターから流れる音声を背に、一星が声を上げる。彼の視線の先には、電話を置いた母の姿があった。
神宮寺総理は弱弱しく首を振る。
「こうするしかありません。彼の行動が、人々に希望を与えました。我々が間違っていたのです」
「違う!僕が掲げた政策が、間違っていたなんて事は!」
「一星!」
母の強い声に、一星は黒く燃えていた目を見開く。
それに、母は強い瞳を返す。
「過ちを認めるのです。貴方は、私達は、道を踏み外してしまったの」
「くっ…」
悔しそうに、一星が歯を食いしばる。
それに、母が表情を緩める。
「ごめんなさい、一星。もっと早く、こうして貴方を叱るべきでした。嫌われることを恐れ、逃げ続けた私をどうか、どうか恨んで頂戴」
「…何故、あいつなんだ。僕ではダメで、何故あんな奴が、みんなを従わせたんだ」
分からないと、一星は首を振る。
それに、「ふっ」と笑い声が上がる。
鞍瀬だ。
「君の策は合理的だったがね。だが人は、それだけで動いたりはしない」
「それが、感情だっていうのか?その感情を、奴だったら動かせるって言うのか!」
「いいや」
鞍瀬はモニターに視線を向ける。そこではまだ、多くの人が喜びの声を上げていた。
「その感情とは、黒川だけが持つものではない。奴が示したのは、人が嘗て持ち得た可能性の火だ」
「可能性の火、だと?」
一星は眉を寄せる。
「なんだよ、それは。一体、何のことだ!」
「愛だよ、一星君。人と女神との、男女の愛だ」
「あ、い?」
一星が、ポカンと口を開く。
呆れた様子の彼に、鞍瀬は大きく頷く。
「愛という感情で、負の感情を押しつぶした。我々が忘れた強い感情。それを知り得た奴は知らしめた。そして、それは誰もが知る事となるだろう。黒川が示した先を見て」
鞍瀬はそう言って、立ち上がる。縛られていた筈の縄が、ホロリと床に落ちた。
自由になった手で、恭しくお辞儀をする。
「私はこれで失礼するよ。明日が明け、新たなステージの幕が開けるのでね。これから始まる激動の時代。精々諸君らも、取り残されぬことだ。くっふっふははは!」
鞍瀬は怪しい笑い声を残し、去って行く。
残された人達は、去り行くその笑い声と、モニターから聞こえる祝福に耳を傾けるしか出来なかった。
ひと段落、でしょうか?
「残るは、後日談だ」




