96話〜シールド・カッター〜
「はぁ、はぁ、はぁ」
狭く暗いダクトの中を、俺は這い続ける。時折明かりが見えてそちらに行くも、それはトイレだったり、キッチンだったりと検討違いな場所であった。
マジでスパイ映画の主人公みたいだな。もしくは、黄金瞳のゲームキャラクター気分だ。装備は2丁拳銃ならぬ、2丁シールドだけどさ。
「しかし、まだ、着かないのか?もう、かれこれ、1時間くらい、這い回ってる、気がする、ぞ?」
息も絶え絶えで、腰も痛くなってきたし、そろそろゴールに着いて欲しい。
そんな事を思っていると、目の前に壁が現れる。
…いや、壁じゃないぞ?これ。頭上付近は空洞になっているみたいだから。
だからこれは…垂直に登れって事か?
「ひぃ~…」
悲鳴を上げながらも、俺は休まない。四肢を精一杯に伸ばして、ダクトを登っていく。
この先で、鈴木さん達が待っているんだ。休んでなんかいられない。彼女達まで捕まったら、俺は、俺は、後悔してもしきれない…。
「ぐぉっ!」
俺は力の限り這い上り。そして再び平坦な場所に出る。しかも、目の前にはまた明かりが見えた。
これは、もしかして…!
「ぐぉおらぁ!到着だぁ!」
隙間から空が見え、俺は喜びの余り排気口のカバーを思いきり殴り飛ばしていた。そして、芋虫みたいに這い出ると、そこには太陽が煌々と照り付ける屋上が見えた。
次いで、目を見開いてこちらを凝視している自衛隊員達の姿も。
くっ。やはりヘリポートにも見張りを置いていたか。でも3人なら何とか躱して、向こうのダクトに辿り着けるんじゃないか?
俺がそんな甘い考えを抱いていると、見ていたダクトの下の扉が開いた。そこから、新手が出て来る。
大きいな。扉を屈んで入って来やがった。こりゃ、手こずる…って、あれ?あれは…。
佐川さん達じゃないか!
「さっ!」
俺はつい、手を上げて彼女達の名前を叫ぼうとしてしまった。でも、寸前で止めた。
そんなことしたら、隊員に彼女達の存在がバレてしまう。そうなったら最悪、彼女達にも被害が及ぶ。
そうはさせない。
「うぉおおおおお!」
雄たけびを上げて、俺は走り出す。隊員達の意識をこちらに集め、彼女達に向けさせない為に。背負っていたスモールシールド2枚を両手に持ち、驚いた顔を向ける隊員達へと突進する。
すると、3人も動き出す。銃を構えて、素早くデルタ陣形を取って駆け出す。そして、俺との距離をある程度詰めた後、横一列となって発砲してきた。
パスッ、パスッ!
空気の抜けるような軽い音。
ゴム弾か。
だがそれでも、受ければ反動を受ける。まともに防いでいたら、近づけなくなる。
俺は彼らの射撃に合わせて、盾を少しだけ斜めにする。それだけで、ゴム弾は盾を掠めて後方へと逸れて行った。
何故かは分からないけど、こうしたら良いって体が覚えている。3人の動きがスローモーションに見えて、銃口の向きで何処に銃弾が飛んで来るかが分かる気がする。それに合わせるだけで、簡単に銃弾を捌くことが出来た。
何だ?どうしてこんなに冴えている?もしかしてこれが、火事場の馬鹿力って奴なのか?
自分自身でも驚いたが、目の前の3人は更に驚いていた。
「何だっ!?こいつ!」
「元軍人か?銃では埒が明かない!」
「了解!接近戦で黙らせる!」
真ん中の奴が飛び出してきて、両手を突き出し俺へと向かってくる。
完全武装の職業軍人。だけど、俺の頭は冷静だった。両手を開いて襲ってくる彼の顎が、隙だらけなことに気が付いた。そこに俺は半身になって近付く。俺を捕まえようと降りて来る両手より早く、俺の手が動いた。
盾を持った手を、下から上へと勢いよく振り上げる。盾の淵が、隊員の守られていない顎に命中し、勢いのままにかち上げた。
「ぐぁっ!」
隊員の断末魔。
汗と、よだれと、血が飛び散り、隊員は背中から床へと倒れ込んだ。
「川島!」
仲間からの呼びかけ。でも、倒れた隊員は答えられない。赤黒く晴れた顎を手で覆い、床の上でジタバタと悶絶していた。
倒せた?俺が?職業軍人を?
「貴様!」「よくもっ!」
残った隊員達が、仲間をやられたことで声を上げる。銃を捨て、2人同時にこちらへと駆け寄って来る。
2人はキツイ…けれど、銃を捨てるなんて蛮行をするとは。
こいつら、新兵か。
俺は構える。左右から同時に襲ってくる隊員の様子をつぶさに観察し、隙を探す。そして、右の奴が僅かに歩調を乱したのを見逃さない。奴の視線が若干下がったのと同時に、俺は盾の縁を掴んで思いっきり放り投げる。
浮かんだ言葉が、自然と口を突く。
「シールド・カッター!」
盾は高速縦回転で飛んで行き、その縁が隊員の顔に突き刺さった。
「ぐぁ…」
後ろに倒れ行く隊員。かなり深く突き刺さったみたいで、鼻から鮮血が吹き上がる。
ドサッと、受け身も取れずに倒れた。
「遠藤!」
残った隊員は、やられた仲間を振り返る。でも、2人とも立ち上がれない。
「くそぉおっ!」
怒りで上気した表情を、こちらに向ける。怒りのまま、突っ込んで来ようとした。
だが、遅い。俺は彼が視線を外したと同時に駆け出していた。彼の元へ、彼の目の前へと飛び出していた。
残った左のシールドを、しっかりと握って。
それを高く、大きく振りかぶる。
「なっ!?」
驚き、慌ててガードを上げようとする隊員。
でも、遅い。
もう遅い!
彼へと飛び込んでいた俺は、その勢いに乗った左ストレートをそのまま、彼の隙間だらけなガードの上からねじ込んだ。
喰らえ。
「シールド・バッシュ!」
「ぶっ…!」
盾から伝わる、肉の潰れる感触。
クリーンヒット。
短い断末魔を上げ、鮮血を撒き散らしながら隊員が吹き飛ぶ。二転、三転、床を転がり、四肢を放り投げてその場に止まった。
起き上がりは…しない。
出来ない。
勝った。新兵とは言え、3人を倒した。
俺…こんなに強かったのか?
「「「「うぉおおおおおおおお!!!!」」」」
血の着いた盾をマジマジと見ていたら、声がした。
壁の下から…男性側の方。
また暴動が激化しているのかと、俺は恐る恐る壁下を覗き込んだ。
すると…。
「なっ、なんだこれ!?」
〈◆〉
「おい、松本。これからどうすんだよ?」
「そうですねぇ…」
先輩達が壁の中へと消えてからも、僕達はゲートの前で踏ん張っていた。
本当は、騒ぎが収まったらすぐに撤退するつもりだった。けれど、収まる所かどんどん不味い状況になっている。
最初の頃は、自衛隊の人達が次々と壁から出てきていて、それの対処で精一杯だった。
そして今は、その自衛隊の代わりに一般男性達が壁に迫ってきている。今でこそ彼らは不安そうな表情を見せるだけだけど、これ以上集まると危険だ。またさっきみたいに「女性の為に!」なんて火が着くと、一気に暴徒と化してしまう。
なので、僕達は慰問会を繰り返し行ってきたのだが…。
「"これ"も長持ちはしないぞ?もう俺と、支社長しか残ってねぇしよ」
係長はそう言って、耳を指さす。
耳栓だ。彼らはそれで、オトハ様の慰問会に耐えてきた。でも、真上で開かれていたそれに、多くのJIES社員が沈み、もう僕達3人しか残っていなかった。
僕もアコさんに撮影をお願いして出てきたけど…限界かも。
「松本!」
どうするか悩んでいると、支社長が駆け寄ってきた。彼は僕らにスマホを向ける。
「黒川だ!あいつが上に来ているぞ!」
「えっ!?」
画面を見ると、本当だった。先輩が屋上の排気口から這い出して、屋上の自衛隊と睨み合っていた。
やった。本当に屋上に到達したんだ。流石は先輩。
「何を呆けとるんだ!お前達。早くこの映像を投影機に映せ!」
「えっ?これを?」
これを見せて、どうするんです?
不思議に思いながらも、僕は支社長に言われた通りにスマホの画面を投影する。すると、支社長はマイクを構えた。
群衆に向けて背筋を伸ばし、手を大きく開いた。
『え~、皆さん!ご覧ください!黒のネゴシエーター黒川が今、屋上に到着しました!女性のピンチを打破しようと、孤軍奮闘しております!』
映像に合わせ、支社長が声を張り上げる。すると、不安そうにしていた人達はスクリーンに釘付けとなる。徐々に表情が明るくなっていた。
「おおっ!黒猫さんだ!黒猫さんがまた、やってくれてるぞ!」
「いけっ!黒のネゴシエーター!特区を救ってくれ!」
人々が叫ぶ中、映像の中で先輩が走り出す。迫り来る自衛隊の人達に向って、果敢に立ち向かう。
何故そこまでするのか。それは、
『女性がいらっしゃいます!反対側の扉から、2名の麗しい女性がお出でになられています!どうやら黒川は、彼女達を守る為に走り出した様です!』
「「「おぉお~…!」」」
支社長の解説に、男性達は一気に盛り上がる。
「黒猫さーん!」
「がんばれ、黒猫!女神様を守ってくれ!」
「「「くっろねこ!くっろねこ!」」」
みんなの声に押されるように、先輩が破竹の勢いを見せる。襲ってきた自衛隊の人達を次々となぎ倒し、瞬く間に3人をノックアウトしてしまったのだ。
その瞬間、周囲は歓声に呑み込まれた。
「「「「うぉおおおおおおおお!!!!」」」」
「やった!やりやがった!」
地響きを発生させる程の雄叫び。男達の声。熱い思い。
さっきまで響いていた怒りや不安の声じゃない。明るい、希望の声。
みんな、先輩の姿に感動していた。先輩が進む先に光を見ていた。
この歪な今を打破する、新たな道を。
「行け!黒猫さん!」
「もう、あんたを阻む者はいないぞ!」
こちらの声が聞こえたのか、先輩は左手の盾を振ってから走り出す。女性達が待つ方へと。
でも、その時、
『黒川!上を見ろ!』
支社長が叫ぶ。
それと同時、異音が空を覆う。バタバタバタと、耳を覆いたくなるような爆音が頭上から降りて来た。
ヘリコプターだ。自衛隊員と同じ明細色の輸送ヘリが、僕らの頭上をホバリングしていた。
太陽を、遮るように。
「うそっ…また、自衛隊の増援が?」
「違うぞ、松本」
岩本係長が苦々しい顔で否定する。泣きそうな顔で、ヘリを見上げる。
「あれはただの自衛隊じゃねえ。その精鋭中の精鋭。日本最強の、第一空挺団だ」
第一…習志野。
「一星め。これを呼び寄せておったのか」




