95話~その結末をお見せしよう~
※他者視点※
「ふぅ。ほんと、手を焼いたぜ」
一星は、漸く静かになった会議場の様子を見て、一息つく。
それを、椅子に座らされた鞍瀬が見上げて来る。乱れた髪に、しかし、余裕の表情を浮かべて一星を見上げていた。
まだ自分が優位に立っていると思っているのか?こいつは。
全く分かってないと、一星は鞍瀬を睨みつける。
「何を笑ってんだよ、お前!自分のしでかした事の大きさが、分かってないのか!?官邸に乗り込んで、総理を危険な目に遭わせたんだぞ!?これは重大な反逆行為だ!」
一星が憤ると、鞍瀬は「ふっ」と鼻で笑う。
「何を言うかと思えば、今更。話し合いの約束を違えたのはそちらだぞ?」
「なにっ!?」
こいつ、管理局という強力な組織の頂点に居続けたから、傲慢になっていやがる。
一星は現実を分からせる為に、真っすぐ指を向ける。
事実を、突きつける。
「良いか、鞍瀬。長官だから許されるとでも思っているのかもしれないけどな、考えが甘いぞ!直ぐにもお前の任は解かれ、そのまま実刑になるんだ!お前に加担した者達も全員、重い罪に問われるぞ!悪党に成り下がったんだよ、お前は!」
具体的な刑を示して、叩きのめしてやる。
そう思って一星は、目を輝かせて鞍瀬を見る。いつも上からな彼の絶望する顔を見ようと、鼻息を荒くする。
だが、鞍瀬は怯えることはなかった。ただ一つ、頷いた。
「既に覚悟は出来ている。ここに来る前からな」
まるで全てを見透かすように、鞍瀬は椅子の背に体を預け、一星に嘲笑を向ける。
「君はどうなのだ?一星秘書官。国民を欺き続けた大罪に、向き合う覚悟は出来ているか?」
「大罪だと!?」
一星の中で怒りが込み上げ、声が震える。足音荒く、余裕の表情を見せる鞍瀬に詰め寄る。
「何が大罪だ!何が覚悟だ!デタラメな事を言って、俺を、俺達を騙そうって魂胆か!?浅はかなんだよ、お前は!俺は正しい。絶対的に正しい!俺が作り上げた女神プロジェクトは、完ぺきな計画なんだよ!」
そうさ。誰が見ても完璧な計画に仕上げた。中国の天女大躍進政策や、アメリカのエンジェルウィンクを参考にし、あれらの弱点を補強した完全版。ただ女性の数を減らすだけではなく、女性の露出頻度を増やし、男達の不満を解消する。そうすることで、更に労働生産性を向上させる計画なんだ。
大国では後手後手に回ってしまった男性達の不満を、先んじて潰したこの計画は、称賛されることはあっても、決して非難されるものでは無い。
怒りで顔を赤くしていた一星は、ふっと息を吐く。その口に、笑みを携える。
そうさ。これで正しい。これだけが正解。それは、今まで成功してきた国策が証明している。俺が歩いているこの道こそが正道。
だから、
「無駄だよ、鞍瀬。お前が誰の手先かは知らないけれど、俺と母さんの政権は揺るがない。お前がどんなに揺さぶりを掛けようと、僕の計画は実行される!そして、日本は更に強くなる!そう、何れは大国をも抜き去って、この世界のトップに君臨する!熱い!熱い展開だぜ!」
一星は両手を広げ、熱弁する。もう揺るがないと、目に宿る炎がメラメラと燃える。
それを、鞍瀬が笑う。
大爆笑。
「ふははははっ!まだそのような夢を見るか!」
「なんだとっ!」
一星は再び顔を赤らめる。自分達の正道を笑われ、憤慨する。そして、嘲笑う鞍瀬の胸倉を掴む。重ねて来た全てを笑い飛ばす目の前の男に、拳を構える。
それでも、鞍瀬は笑みを消さない。威圧的な笑みを浮かべ、一星を睨み上げる。
「何時かは、やがて何時かはと。そんなありもしない幻想を追い求め、一体どれ程の犠牲を強いてきた?」
「犠牲?おいおい。何を言っているんだ、鞍瀬元長官」
今度は一星が苦笑を浮かべる。
とうとうおかしなことを言い出した嘗ての仲間を、蔑む様に見下ろす。
「それこそ今更の事だろ?犠牲無くして、偉業は成せない!」
いつの世もそうだ。何の犠牲も無く成功するなんて事は出来る筈もなく、何かしらの代償を払ってこそ大きな成果を得ることが出来る。
それがこの世界。それが生きるって事だ。
「そんな当たり前の事まで分からなくなっちまったのか?鞍瀬!管理局の長官だった男の言葉がそれなんて…情けなくて涙が出てくるぞ、俺は!”たった”数百万人が犠牲になるだけで、1億を超える日本国民全員がハッピーになるんだ!素晴らしい事じゃないか!その犠牲だって、国家の為、そして女性の為に死ねるんだ。それこそが男の本望って奴だぜ!」
一星が自信満々で放った言葉に、視線が集まる。鞍瀬の後ろで捕らえられた局員達は、顔を青くして一星を見る。
そして、その長である鞍瀬は顔を伏せる。やれやれと大きく首を振って、再び顔を上げた。
そこには、何の色も映さない瞳があった。
「では、その結末をお見せしよう。君が得意げに語った道の、末路だ」
鞍瀬がパチンッと、後ろに回された手で指を鳴らすと、会議室のモニターが切り替わる。映像…テレビ中継の映像が流れた。白い壁。その壁の上には、真っ赤な国旗の中に黄色い星が躍っていた。
この国旗は、中国?中国北京市の特区前。その壁際で、黒い波が発生していた。
…違う。波なんかじゃない。これ全部、中国の男性達だ。
その波は、まるで壁に打ち付けるかのように押し寄せている。白い壁。その前に並ぶ緑色の戦車群が、黒い波の中に呑み込まれていくところだった。
怒りに突き動かされた彼らは、銃弾が飛び交おうが止まる様子はない。前の人が倒れても、次から次へと黒い波がそれを上回り、壁へと押し寄せていた。
怒りの津波。
最近、きな臭いと言われていた中国だが、まさか暴動がここまで激化しているなんて…。
映像に釘付けとなり、掴んでいた鞍瀬を放す一星。それに、鞍瀬が再び、「ふっ」と短い嘲笑を漏らす。
「己の道が正道と信じ、崩れぬと驕り、疑わず、顧みず!その結果がこれだ!」
鞍瀬が叫ぶと同時、テレビの向こう側で大きな爆発音が聞こえる。見ると、白かった壁の一部からモクモクと黒い煙が立ち上っていた。
テロだ。群衆に紛れたテロリストが、特区の壁を攻撃したんだ。
「…違う」
映像を観ながら、一星が零す。
「違う!これは中国の映像だ!日本とは全然違う!」
「何が違う!?何故違う?」
問うて、また指を鳴らす鞍瀬。
すると、映像が切り替わる。そこに映るのは、また白い壁の映像。
でもこれは、中国じゃない。良く見知った風景。
日本の、特区映像だった。
「違わぬさ!何も!」
鞍瀬の言う通りだった。そこには、中国で見たのと同じ風景が広がっていた。白い壁に、黒い波が近づいている。後から後から、より濃くなる黒い波が壁へと押し寄せていた。
一星にはそれが、崩壊の前兆に見えてならなかった。
「なんで、こんな事に…」
「分からぬか?これが人だ。人を内から動かす、感情だ」
鞍瀬の目に、光が戻る。
どす黒い、憎しみの光が。
「人とは、感情の生き物なのだよ。盤面の駒の様に、思い描いた通りに動いたりはしない。怒り、憎しみ、羨む。そうして抑圧された感情は、いずれ爆ぜる。そうとも知らず、ただ踏みにじり続けたのは君達だ」
「ぐっ…」
感情。
そんなあやふやな物で、俺の計画が崩れるなんて!
「止めろ!今すぐ暴徒共を止めろ!お前達は何をやっている!」
一星が隊員を怒鳴りつけると、迷彩服を着た指揮官らしき人が首を振る。
「守衛に着いた部隊との連絡が途絶えました。恐らく、女性の声にやられたものと…」
「なら増援を送れ!習志野で待機している部隊を出動させろ!」
「だっ、第一まで出動を?」
「そうだ!何としてでも止めろ!止めるんだ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ一星。
信じられなかった。完璧な計画が、まだ始まったばかりで挫折するなんて。怒りと焦りでどうにかなりそうになり、一星は頭を押さえる。理解できず、目から火花が散っている様だった。
倒れそうな一星を、鞍瀬は笑う。嘲笑の笑みを浮かべて。
「無駄だ、一星秘書官。もはや止める術などない!お前達が踏みにじり続けた人々の感情は、心は!大波となり全てを呑み込む!」
「そして」と、鞍瀬は笑みを消す。鋭い視線で、一星を射抜く。
「そして滅ぶ。 特区は、滅ぶべくしてな」
「滅、ぶ…」
その二文字が、頭の中を反響する。今映っている映像と、中国の映像が重なる。白い壁が崩壊し、男達が特区に雪崩れ込む様がありありと浮かんでくる。
特区制度の崩壊。それは即ち、国の崩壊。
特区が、日本そのものが終わる。
「ばかな…こんな、こんなことで…」
信じたくなかった。でも、目の前で起こっていることが事実。多くの男性が、女性が、特区の壁に集まり、声を高らかに叫んでいる。『女性の為に』『壁なんて要らない』と、無数の感情が叫ばれていた。
「なんでだ…なんで。我々は…俺はただ、ただ強い国を作りたかっただけなのに…それなのに、なんで…」
何故、こうなってしまったんだ。
正しかったはずなのに、なんで、感情なんてもので…。
「誰か、止めてくれ…」
一星の懇願に、答える者はいなかった。ただ映像から流れる、特区の最後を見届けるしか出来なかった。
そう思った、その時、
『ご覧ください。現場で、何か動きがありました』
レポーターの声が聞こえ、カメラがズームしていく。白い壁の、その上。屋上付近を映し出す。そこにはヘリポートがあり、自衛隊員が数人待機していた。
その彼らが、動く。何かを見つけた様子で、慌てて駆け出す。
その彼らが向かう先をカメラが追うと、そこには、
「ふっ。遅いぞ?黒川。減点だ」
鞍瀬は笑う。楽しそうに。満足そうに。
そして、目を輝かせる。
走り出した彼に、注ぐ。
「さて、では見せてもらおうか。君が指し示す、もう一つの道とやらを」
道を示せるのでしょうか、黒川さん。
「ここが分水嶺だ。この世界がどうなるかの、な」




