91話〜こうなったら、行くしかないわ〜
局員が捨て身で開いてくれた道を、俺達はひた走る。残ってくれた長官達が頑張ってくれているのか、追手の姿は見えない。
でも、安心は出来なかった。もうこちらには、数人の局員と我々しか居ないのだから。ここでまた包囲されたら、ゲートどころか官邸すら脱出できない。
だから、速度を上げたいところなんだけど…。
俺は後ろを見る。そこには、みんなに守られながら必死に走るオトハ様のお姿が。
そりゃそうだ。良い家のお嬢様で、しかも履いているのは低くともヒール。まともに走るなんて出来ない。
「オトハ様。俺の背中に乗って下さい」
なので、俺は彼女の前で座り背中を見せる。でも、彼女は乗ってくれない。
なんで?
「はぁ、はぁ、嫌よ。そんな、はしたない」
はしたないって…でも、急がないと。
仕方ない。許してくれ。
「ちょっと、失礼」
「あっ、ちょっ」
背負うのがダメならと、俺は彼女を抱き抱える。
所謂、お姫様抱っこという奴だ。
「ちょっと、黒川。何をしているのよ!下ろしなさい」
そう言われてしまうも、俺は従わない。ペースは上がったので、直ぐに外へ出られるだろう。
それに…下ろせと言う割には、全然抵抗しない。なんなら、俺の腕を掴んで落ちないようにしてくれている。
恥ずかしがっているだけで、ちゃんと状況は分かってくれているみたい。
オトハ様のご協力もあり、何とか官邸の駐車場まで到着し、車に乗り込んだ。
「良いか!俺達から離れずについて来い!」
出発前、鷲塚がそう言って無線機を1つ松本君に渡した。
これは?
「また迷子になられたら困るからな」
ふんっ、と鼻息荒く、俺達に無線を渡す鷲塚。
嫌な奴だけど、こういう所は有能だな。
「これからどうするつもり?黒川」
車が発進してすぐ、俺の隣に座ったオトハ様が心配そうに聞いてくる。
俺は少し考えてから返答する。
「ゲートに集まる人達を、何とか退かせることが先決だと思います。このままだと、本格的な暴動になってしまうので」
「退かせるって、何か策はあるの?」
それは…。
俺は言葉を切り、ゆっくりとオトハ様に視線を向ける。すると、彼女は「はぁ」と小さなため息を吐いて、口端を少しだけ緩ませる。
「分かったわ。男達の方は、私から呼びかけて何とかしてあげる。幸い、何時も慰問会を開くメンバーが揃っているから」
ああ、鷲塚がいるからね。そこは安心だ。
でも…男達の方はって?もしかして…。
「オトハ様。特区の方でも、女性達が集まっているんですか?」
「ええ、そうよ。区外と同じように、向こうでも多くの女性が詰めかけている。暫く物資不足が続いていて、ここ数日は殆どの供給が止まってしまったんだもの。みんな不安で、見に来ているのよ」
不安で…。
それって、もしかして、鈴木さん達も来ているのか?
「オトハ様。鈴木さん…初詣でもお会いした2人は、どうしているか分かりませんか?彼女達も、壁の向こうに来ているんでしょうか?」
「知らないわよ」
一転。オトハ様は口端を下げてしまい、プイッと顔を背けてしまった。
そうだよな。そんな庶民のことまでオトハ様に聞くのは、筋違いだったよな。
俺は謝ろうとした。でもその前に、オトハ様がご自身のスマホを差し出してきた。
ええっと…?
「これで連絡しなさいよ。これなら、管理局に止められないから」
おお!有難い。
俺は何度も頭を下げて、オトハ様のスマホを使わせてもらう。ホーム画面がハティちゃんなんだなぁと、少しホッコリしながら鈴木さんの番号を押す。
だけど、聞こえてきたのは『プー、プー、プー』という話中の音。タイミングが悪かったかと思って佐川さんに電話してみるも、こちらも同じく話中の音。
…え?
「何が、起きているんだ?」
〈◆〉
『今、外への電話は繋げませーん。じゃ、そう言うことで』
ガチャリ。
一方的に電話を切られてしまい、私は大きなため息を吐く。
3回試してみたけど、3回とも同じ反応。先週まで普通に繋いでくれていたのに、今週に入ってから急に繋いでくれなくなってしまった。
社長に相談してみたけど、社長も同じらしい。JIESの支社長へ連絡が取れないから、朝の表彰が出来ないと頭を抱えていた。
「どうも、特区で広まっている政府への抗議が原因みたいね」
抗議って…もしかして、スバルさんの入院についての?今朝、鮫島さんから「よろしくね!」って渡されたこの紙が、抗議文ってこと?
確かに、紙には〈スバル様を返して貰えないなら、私達は何も与えない〉って辛辣な事が書かれていた。
私は「また、何かやってる」程度にしか思わなかったけど、周りの人は結構真剣に聞いていたし、あれでみんながボイコットに走っているみたい。
それで、偉い人達が怒った?
…それは、あり得るかも。だって、ちょっと前に「慰問会の頻度を上げます!」って通達があったばかりだし。
「困ったわね。情報だけでなく物流まで滞り始めて、事業にも大きな損害が出始めたわ」
「物流まで…」
スーパーで品切れが多くなったと思っていたけど、特区全体で起きている事らしい。
このままじゃ生活だけじゃなく、大きな事件が起きるかも。
そんな私の予想は、当たってしまう。
日に日に状況は悪くなり、お店の商品棚は空っぽになってきた。みんなはトラックの搬入と同時に群がって、我先に物資を確保する。
まるで、ドラマや映画の中の被災地みたい。
異常な状況を前に、私は不安でカンナさんに電話を掛けてみた。彼女の方は大丈夫かと思って、近況を聞いてみる。
すると…。
『あたしは大丈夫だけどさ、小さな子や体の弱いばあちゃんが大変なんだよ。食べ物が無いって、署まで来るんだ。今はまだ、署で備蓄してた非常食を渡してるけど、早く解決しないとヤバいぞ』
「そんなことが…」
弱い所から崩壊が始まっている。
私の所にも、何本も案件の電話が来ている。私が解決できる物もあるけど、やっぱり黒川さんが居ないと全部は解決出来ない。
このままの状態が続くと、特区のインフラが停まっちゃう。
会社でも嘆く声が増えた。欲しいものが手に入らず、食べたいものが食べれない。そんな不満をおしゃべりで紛らわす人が増えて来た。
「何やってんのよ、男は」
「ホントよね。私達に不便を掛けるなんて、信じられないわ」
男性に怒りを向ける人もいる。満たされていた物を奪われて、怒りが治まらないみたいだ。
本当に勝手な人達。誰のお陰で今までの生活が送れていたのか、分かっていないみたい。
私は言ってやりたい気持ちに駆られる。
でも、その必要はなかった。すぐに、彼女達も思い知る事になったから。
区外からの物流が、本格的に止まり始めたのだ。
「あたし、昨日から非常食しか食べてないんだけど」
「私の地区なんて、今朝から水が出なくなったのよ?」
「ゴミ収集車も来なくなっちゃった。なんか、区外に出せなくなったんだって」
「どうして、こんな事になったの?特区の外で何が起きているの?」
「男の人達はどうしちゃったのかな?もしかしてみんな、居なくなっちゃったとか?」
もう、男性を悪く言う人は居なくなっていた。それどころか、男性達がいなくなったらどうしようという声まで聞こえてきた。
ここに来て、やっと男性の有難みを感じているみたい。
そう言う私も、心配だった。黒川さんへ連絡が取れず、区外でも何かが起きている風だった。彼がそれに巻き込まれているんじゃないかと考えてしまい、居ても立っても居られなくなった。
「カンナさんに聞いてみよ」
そう思って電話を掛けるも…繋がらない。ずっと話中になってしまう。
何でだろうって周りを見ると、理解できた。そこには、電話を掛けようとしている人ばかりだった。
「もしもし?大丈夫?」
「一体、何が起きてるのよ!?」
知人の安否を確認する人。何処かにクレームを入れる人。
みんな不安なんだ。不安だから、誰かと話そうとしている。私みたいに。それで、回線がパンクしたみたい。
「こうなったら、行くしかないわ」
そう思うと、不安で揺れていた心が定まった。これが正解なんだと思い、私は車に乗る。そのまま、葛飾区のゲートまで行こうとした。
でも、途中で道が閉鎖されていた。管理局の人が立って、開ける気配もない。
「いいわ、歩きましょう」
私は車を駐車して、歩き出す。すると、私と同じような人を何人も見かけた。
他の人達も、私と同じ思いなのかも。
そう思って進んでいくと、徐々にゲートが見えて来る。そこには多くの人が詰めかけていて、不安そうに壁の方を見ている。大きな道に出て、来ないトラックを待っている様子の人達も居た。
ああ、そうか。物資を求めて来ている人も居るのね。もしくは、区外の情報を得ようと来ているのかも。
スマホでニュースらしきものを見ている人を見て、私はそう思った。ここなら、区外の電波も少しは入るみたい。さっきから頭上を飛んでいるヘリコプターは、きっとそのニュースを流している報道機関の物だと思う。
「おーい!ミヤちゃん!」
ゲートの様子を俯瞰していると、そんな声が聞こえた。
見ると、大柄な警官が大きな手を振って、こちらに駆け寄って来ていた。
「カンナさん!」
いつの間にか、私も走り出していた。そのまま、彼女と手を取り合う。
「どうしてカンナさんがここに?」
「出動だよ。区民が集まっているって連絡が来て、用心のためにって集合が掛かったんだ」
そう言って、カンナさんは自分の耳を指さす。そこには、無線のイヤホンが掛かっていた。
「ミヤちゃんこそどうしたんだ?こんな所に」
「私は、その、不安で。区外で何が起きているのか、分かるかもしれないと思って」
「そうだよな。心配だもんな、ケイゴの事」
うっ…。
ちょっと迷ったけど、純粋なカンナさんの笑顔を見たら、私も素直に頷いていた。その途端、顔が熱くなった。
何だろう?なんだか、心がフワフワする。まるで、酔っぱらっているみたい。
そうして顔を押さえていると、
「「「うぉおおおお…!」」」
壁の向こうから、無数の声が聞こえた。次いで、銃声のような音も複数。
なに?壁の向こうで、何が起きているの?
「ミヤちゃん!」
カンナさんが、私の腕を掴む。
「行くぞ!ミヤちゃん」
えっ?
「行くって、何処にです?」
「壁の向こうだ!」
壁の向こう?それって…。
期待を込めてカンナさんを見上げると、彼女はニヒルに笑いながら大きく頷く。
「ケイゴが来てるってよ。迎えに行くぞ!」
その言葉だけで、私の心が軽くなる。
「はいっ!」
高揚する気持ちのままに、私は局の内部へと急いだ。




