90話〜ちょっと待ったぁ!〜
女神プロジェクトを推し進める為にと、スバル様を拘束し、破滅の道を進もうとする政府。
そんな彼らを止める為、我々は政府官邸がある立川へと急いだ。
のだが、
「そこの車、止まりなさい!」
俺達の車だけ、立川の検問に引っかかってしまった。長官達の車は素通りだったのに、なんてこった。
「鞍瀬長官から聞いてませんか?俺は彼らの連れで」
「聞いているが、一般車は事前申請がなければ通せない。それがここの規則だ」
そう言って、ただ首を振る迷彩服の男。
そもそもの話、なんで自衛隊が検問やっているんだ。それだけ緊急事態って事だよな?だから余計に、検問が厳しいのか。
こんな事なら、鷲塚の1人でも乗せていれば良かったと後悔していると、後ろから別の車が走ってきた。そいつはフラフラと怪しい動きをしていて、俺達の方へと近付いてくる。
…これ、ヤバい奴じゃない?
俺だけでなく、隊員もそう思ったらしい。慌てて飛び出して「止まれ!」と銃を構える。
でも、それでも車は止まらない。隊員を轢きそうになって、彼は慌てて飛び退る。そのまま車は、検問のカラーコーンと看板をなぎ倒して止まった。
「何だ?テロか?」
「でも、止まりましたよ?」
俺達が顔を見合せている間にも、起き上がった隊員が慌てて車に駆け寄る。そして運転席のドアを強制的に開けると…。
体を硬直させて、そのまま倒れてしまった。
えっ!?やられた?
驚きで俺達も固まっていると、運転席から小柄な女性が降りて来た。
「お、おい!お前、どうした!?何故急に倒れる!?もしかして、自分が轢いてしまったのか!?」
慌てて隊員をグワングワン揺らすのは、間違いなく彼女。
「アコ様!」
堪らず、松本君が彼女に駆け寄ると、彼女も安心した表情になった。
そして、その後部座席から降りてきたのは、やはりこの人。
「オトハ様!」
「…何故お前がここに居るの?」
俺がオトハ様の元へと駆け寄ると、彼女には首を傾げられてしまった。
いや、この反応の違いよ。
肩を落とすも、状況を説明したらオトハ様は微笑んだ。そして、松本君の車を指差す。
「なら、丁度良いわ。私も官邸まで乗せなさい」
えっ?
「オトハ様も、そちらに御用が?」
「ええ。至急出向く様にと、総理からのお達しよ」
それはまた怪しいな。けれど、俺達からしたら都合が良い。
と言う事で、俺達は再びオトハ様の付き人となり、検問を超える。事故を起こしてしまったから、ワラワラと他の隊員が集まってきてしまったが、起こしたのがアコちゃんだと分かるとお咎めなしで通してくれた。
本当に、女性の力が強い。俺達も二つ返事で通してくれたし。
そしてすぐに、官邸へと到着する。
先に到着していた長官達を追って廊下を進むと、会議室前で警備員と対峙している彼らの背中が見えた。
やり取りが聞こえる。
「総理と面会の約束は付けている。直ぐに我々を通したまえ」
「今は立て込んでいます。日を改めて下さい」
「ここの警備は私の指揮下に入っている。貴殿らこそ、認識を改めよ」
「我々は総理直々に命じられています。貴方の命令には従えません」
「愚かな。権力に絆されたか」
どうやら、警備員に止められているみたいだ。長官ですら面会謝絶となると、政府側もかなり慌てている様子。
こりゃ、直ぐに会うのは厳しいぞと眉を寄せていると、俺の横にオトハ様が並んだ。
「私も総理からの命で来たのよ。通してくれるわよね?」
「あっ、かっ…」
オトハ様が妖艶に微笑むだけで、警備員は顔を赤くして声を詰まらせる。そして、彼女が近づくだけで、ボーリングのピンの様にドミノ倒しにされた。
国会の警備員でも、オトハ様の笑顔には耐えられないのね。
「ふっ。脆弱な」
長官は笑い、開け放たれた扉を進む。他の局員達も、胸を押さえながらも続いて行く。
「さぁ、行くわよ?黒川、松本」
オトハ様と共に、俺達も彼らの背中を追う。長い廊下を進んでいく。
進みながら思ったけど…オトハ様に微笑まれても、松本君は胸すら押さえなかったな。何か、心境の変化があったのか?
「鞍瀬君!今は大事な会議の最中だぞ!」
前から喧騒が聞こえたのでそちらを向くと、長官達は一番奥の部屋に入っていた。そこで、会議していた人達がこちらを睨みつけているのが見えた。
今声を上げたのは、総理秘書官の一星さん。彼は、総理を守る様に両手を広げている。
それに、長官は肩を落とす。
「このような部屋に閉じこもり、何を話し合うと言うのですか。今、世間では嘆きの声が広がっております。女性の声が途絶えたと、心配の余り壁へと詰めかける者達で溢れているのです」
「その為に、蘇芳乙葉さんをお呼びしたのです」
長官の訴えに、総理がゆっくりとした口調で答える。自分を隠していた息子を座らせて、俺達の方に…俺の隣のオトハ様に柔和な笑みを向けた。
「いらしてくれて嬉しいわ、乙葉さん。是非、貴女の力を貸して頂きたいの。今や特区のトップアイドルである貴女なら、国民の不安も拭い去れるわ。何も心配が要らないと、皆さんに呼び掛けて下さらない?」
「総理。お褒め下さるのは光栄ですが、未だ私は、トップを掴んではおりません。そこに居るのは、今でもスバルですわ」
オトハ様の言葉に、首相は笑みを消す。
そこに、オトハ様が切り込む。
「スバルは何処です?ご返答頂けないのでしたら、私も協力し兼ねます」
「…そう。それは、残念ね」
優しい口調で、でも温かみの欠片も無い目でオトハ様を見詰める総理。その様子が、何処か危なげに見えた俺は、自然と彼女達の睨み合いに割って入っていた。
総理の目が、一瞬輝く。
「何かしら?黒川さん。貴方が彼女を説得してくれるのかしら?」
そうでなければ、そこから退け。
そうとでも言うように、総理の表情は硬く冷たい。
俺は大きく首を振って、1歩前に出る。
「もうおやめ下さい、総理。女神プロジェクトは失敗です」
「貴方に何が分かります。大局を見渡せない貴方達では、このプロジェクトの全容は測れません」
「分かりますよ!広くを見ずとも、集まった人達の顔を見れば!」
俺が叫ぶと、総理の目が少しだけ大きくなる。それが彼女に響いている証拠だと思い、俺は思いを伝える。
「神宮寺総理。今、国民は悲しんでいます。それは、慰問会が開かれないだけが原因じゃない。もっと前から苦しんでいるんです」
女性の為にと、朝から晩まで血反吐を吐いて働く男性達に、彼女達はあまりにも冷たかった。そうする事が当然と侮蔑の視線を投げ掛け、豚の鳴き声と耳を塞いだ。
その流れを作ったのは政府だ。幼い頃から女尊男卑の思想を刷り込み、まるで男性が家畜と思わせる様な教育をした。その結果が、歪な価値観を生んでしまった。
「男女の間に溝を作っても、何もいい事はない。現に、今特区のインフラはボロボロです。現場で見てきた俺だから分かる。ゴミ処理場も汚水処理場も、何時止まるかわからない。大規模工事は人と自然の命を削って成り立っている。物流すら滞り、年末のスーパーでは争奪戦が起きているんですよ。こんな中で女性の数を減らせば、どうなるかは目に見えている!特区制度の崩壊ですよ!」
「……」
押し黙る総理は、何かを考えるように目を閉じた。
俺は、少しだけ声のトーンを下げる。
「ご再考下さい、総理。プロジェクトの凍結を。このまま無理に押し進めれば、取り返しの付かない被害が出ます」
「被害…」
総理が目を開け、小さく息を飲む。その顔には、悲しみの色が滲み出ていた。
そして、
「分かりました」
彼女は小さく頷いた。
俺は張っていた肩を撫で下ろし、松本君とアイコンタクトを取った。
やったな。そう言って、彼と握手しようとしたその時、
「ちょっと待ったぁ!」
会議室に、声が響いた。
振り返ると、そこには肩を怒らせる一星秘書官が居た。彼は前に出て、総理の両肩をグワシッと掴む。
「ダメじゃないですか、総理!あんな嘘を信じたら、一国の総理が聞いて呆れますよ!」
「一星…ですが、国民が苦しんで…」
「それが嘘だって言っているんだ、母さん!しっかりしてくれよ!」
嘘?この人は、何を言って…。
呆気に取られていると、一星秘書官が体を起こす。大きなため息を吐き、腕を組んで俺を見る。
「おいおい。どうしたんだよ、黒川君。僕はお前に期待しているんだぞ?君も僕と同じ、熱い思いを持った同士だろ!違うのか!?そんな君が、こんなデタラメを…見損なったぞ!」
デタラメって、何を根拠にそんなこと言って。
「神宮寺秘書官。俺は実際に特区へ入り、何度も現場を見て…」
「それだ!それが間違いだって言っているんだよ、黒川君。今の君は、視野が狭くなっている。もっと広げるんだ!個人なんて狭さじゃなく、特区を、日本を、世界を広く見ろ!日本のGDPは、右肩上がりなんだぞ!」
じ…GDP、だって?
俺は言葉を失う。無言の抗議をする女性も、爆発寸前の男性も見ずに、まだ数字を追おうとしている為政者の姿を見て。
そんな俺に、秘書官は弾ける笑みを見せる。
「そうさっ!日本は年々豊かになっている。GDPが天井知らずで上がっているんだ!中国やアメリカにだって負けてない。だから、誰も文句を言わない。僕らが正しいから、みんなが母を支持してくれる。それが何よりもの証拠だ!君のそれが、嘘だという事でもね!」
「一星秘書官、それは…」
「ああ!分かっているよ!」
俺の言葉を、踏み潰す秘書官。
「君は不安なだけだ。新しい事を始めると、みんな不安になる。でも、大丈夫!安心しろ!僕が強い国を作ってやる!誰もが誇れる日本を、誰からも侵されない日本を作ってやる!僕なら出来る!何故なら、僕が日本をここまで成長させたんだから!」
あまりに一方的な言い分に、俺は何も言えなくなる。この人とはマトモに会話出来ないと分かってしまう。
そんな俺に向けて、彼が真っ直ぐに手を向ける。
「さぁ!もう分かっただろ?黒川君。僕が正しいんだ。僕に従って、共にプロジェクトを盛り上げよう!女性をもっと表に出して、もっと効率的に男達を働かせ、日本を強くするんだ!効率的に、圧倒的に、最強の国が出来上がるんだよ!そう思うと、どうだ!?燃えて来ただろ!!」
勝手に1人で盛り上がる一星。
そこに、1人の自衛隊員が駆け寄る。彼が一星に耳打ちすると、燃えていた彼は「はぁ」と炎を鎮火させた。
「全く、どいつもこいつも視野が狭いんだから。良いよっ。自衛隊諸君!ゲートへ出動だぁっ!」
「なっ!」
出動!?しかも、ゲートって…。
集まった男達を、自衛隊に排除させようとしているのか。それじゃ、中国やアメリカと同じ…。
止めないと!みんなを!
「おいっ!待つんだ、黒川君!」
俺が駆け出すと、秘書官が声を上げる。そして、「そいつを拘束しろ!」と入口に集まっていた自衛隊員に指示を出した。
くそっ。
「お前達!黒川に近づけるな!」
「「はっ!」」
足を止めた俺の横を、白い影が通り過ぎる。
鷲塚達だ。彼らは自衛隊員に飛び掛かり、彼らと揉み合った。
凄いな。自衛隊と互角とは…。
「黒川!」
後ろから、声。振り返ると、長官が真っ直ぐに指を差していた。
「行け、お前の道だ」
「ああ!」
俺は頷き、駆け出す。
人々が集う、壁へと。
本当に狂っていたのは…。
「秘書官。息子の方であったか」




