89話〜直接聞くしかないだろう〜
鈴木さんからの連絡も途絶え、慰問会のドタキャンも続く中、俺と松本君はゲートへと急ぐ。案件も呼び出しも受けていないから、入区は出来ないだろう。だが、何かしらの情報は得られる筈。
そう思って向かったのだが、そこには驚くべき光景が広がっていた。
大勢の人が、壁の前に集まっていたのだ。
えっ!?
「まさか、暴動?」
俺は背筋に冷たいものを感じる。
アメリカや中国の過激デモの話を聞いていたから、とうとう日本でも同じ事が起きたのかと身構える。
でも、
「先輩。デモじゃなくて、ただの野次馬みたいですよ」
松本君の言う通りだった。集団は特に暴れている訳では無く、ただ壁の前で聞き耳を立てている様子だった。
よく見ると、みんな不安そうな表情をしている。きっと、慰問会が開かれなくなったことで異変を感じ、何か分からないかとここに来たのだろう。
考えることは皆同じ…か。寧ろ、俺達が後発組だ。
俺達も車を停めて、彼らの列に加わる。何か知らないかと彼らにヒヤリングしてみたが、誰も知らないみたいだった。
「心配だよな」
「流行病が蔓延しているって噂も聞くぞ?」
「なんでこんな時に、検問の検査まで厳しくするんだよ」
うん?検査を?
気になったので、コミュ力最強の松本君に聞いてもらった。
「済みません。それって、どういう事です?」
「あぁ?どうも、こうも、急に検問が厳しくなったんだよ。今まで通っていた書類も手紙も突っぱねられるし、1台1台すげぇ念入りに調べてる。お陰で、トラックが大渋滞よ」
言われて見てみると…確かに、大型車両の数珠繋ぎだ。
「本当に流行病だとしたら、こんな事している場合じゃないだろうに…何やってんだよ、管理局の連中は」
男性は吐き捨てるように言って、地面を蹴る。
俺はそれを見て、驚いた。今までの彼らなら、局員は憧れの存在であり、尊敬の対象だった。なのに今は、怒りの矛先が彼らに向いていた。
この兆候が悪化したら、過激デモに繋がるんじゃないか?
そう、俺が危惧していると、
「下がれ!貴様ら下がれ!」
そんな声が聞こえた。
数名の局員がゲートから出て来て、集まった人達に怒号を上げ両手を広げた。
「ここは神聖なゲートだ!女性達が住まう特区の前で、貴様ら何をしている!」
その先頭に立つのは、門番に成り下がった鷲塚局員。以前見た時は萎れていたけど、今は憤怒の形相で体を膨らませている。
それでも、群衆は退こうとしない。寧ろ、前に出て局員に詰め寄った。
「なぁ、局員様。女性の皆様が慰問会に来てくれねぇんだ。どうしてなんだ?」
「お風邪を引かれたとも聞いたぞ?一体あんたら、何を管理していたんだよ!」
「俺のパンを召し上げてくれ!インフルだろうがノロだろうが、一発で吹っ飛ばしちゃうからよ!」
いつも殊勝な彼らから反撃を受け、流石の局員達もたじろぐ。圧に押されて一歩、二歩と後退する。それに対抗しようと、鷲塚の手がワキワキと空を切る。その背中に背負った銃を、意識し始めた。
ダメだ、それを抜いたらお終いだ!
「待ってくれ!」
俺は無我夢中で声を上げる。すると、周囲の目が一斉にこちらを向いた。最初は訝し気に睨みつける視線ばかりだったが、そのいくつかは直ぐに大きく見開く。
俺を指さし、叫んだ。
「黒猫さんだ!」「ネゴシエーター黒猫だ!」
やめて!その痛すぎる二つ名を呼ばないで!
恥ずかしさで顔を覆う俺だったが、周りの喧噪が徐々に治まる。俺の目の前に、一本の道が出来上がっていた。
…えっ?また、このパターン?
通してくれるのは、有難いんだけど…。
「貴様は…黒川!こんな時に何をしに来た?幾ら貴様でも、今の特区には入れんぞ」
憎々しげに睨み付けてくる鷲塚に、俺は両手を上げながら近付く。そして、彼の目の前で立ち止まる。
ゆっくりと、首を振る。
「止めるんだ、鷲塚局員。ここで荒事にしたら、群衆は止まらなくなる。先ずは冷静に話し合おう」
「お前如きに言われず…くっ…」
怒りで顔を赤くする鷲塚だったが、チラリと後ろの群衆に視線を向けて、それ以降の発言を飲み込んだ。
そして「来い」と一言呟いて、俺に背を向けた。
付いてこいって事かな?取り敢えず、壁の中には入れてくれるみたいだ。
「「「おぉおおお!!」」」
鷲塚の背について行こうとすると、群衆が俺に向かって歓声と拍手を向ける。「頑張れ!」とか「頼んだぞ!」と言う激励の言葉まで投げ掛けてきた。
こりゃ、何か原因を掴むまで帰れないぞ…。
「妙な真似はするな。ここにはもう、貴様ら2人しかいない。何時でも蜂の巣に出来るんだからな」
俺と松本君を脅す鷲塚。でも、背中に回した銃を取る素振りはみせない。ただ俺を一瞥し、ズンズンと通路を進んで行く。
何処に行くつもりだろうか?
「黒川。貴様、特区で何が起きているか知っているか?」
暫く歩いていていると、唐突に鷲塚が話しかけて来た。なので、俺はスバル様が長期入院されたことを教える。
すると、鷲塚が鼻で笑った。
「ふんっ。見え透いた嘘だ。スバル様は先週まで、ライブに出演なさっていた。そもそも、女性が過労など法律違反だ。管理者も雇い主も責任を追求される」
「そんなに厳しいのか」
俺が呟くと、鷲塚は「ああ」と短く同意する。
「だから俺は、その憲法を作った政府が怪しいと見ている。急にこんな厳戒態勢を取る様に指示したのも、神宮寺秘書官だったからな」
「あの人が…」
って事は、その命令は母親である総理の指示。
「でもなんで、入区だけじゃなく検問まで厳しくしているんだ?女性にとってそれは、生命線だろ?」
「知らん!俺達はただ、言われたままに動いているだけだ!」
鷲塚が声を荒らげる。でも、次に彼が振り向いた時、その口元には皮肉な笑みが浮かんでいた。
「だから、直接聞くしかないだろう。この事を知っていそうな方にな」
「うん?それって…」
俺の問いに答える前に、鷲塚は扉を開ける。重厚な扉が重い音を立てて開き切ると、見覚えのある部屋が広がっていた。
防音室。先日、鞍瀬長官からHgーXの秘密を聞いた場所。
その時と全く同じ場所に、彼が座っていた。
その彼に、鷲塚が直立で敬礼する。
「ご命令通り、ゲートに現れた黒川を連れて参りました」
「ご苦労。君も入りたまえ」
「はっ!」
鷲塚に続いて入ると、中には多くの局員が待機しているのが見えた。ざっと50人くらいか?結構な歳の人も居る。椅子に座っている人達は幹部か何かか?
何か、重要な会議中だったのかも。
俺が見回していると、長官が「さて」と言って立ち上がる。
「少々早いが、メインゲストも到着した事だ。本題に入る…が、その前に」
長官は言葉を切り、集まった局員達を見回す。
「これから私が話す事は、大変危険な物だ。今特区で起きている異変、その禁忌に触れる事。諸君らの出世が陰るのは勿論、命の危険もある。それを望まぬのなら、今すぐ職務へ戻る事を勧める。それを私は、一切咎めたりはしない」
冷たい目で言い放つ長官。それに、無表情だった幹部ですら顔を顰める。壁際で立っていた局員は尚の事驚き、互いに顔を見合わせていた。
そして1人、幹部らしき人が立ち上がり部屋を出ていくと、それに釣られるように他の人達も続々と退室していった。
残ったのは、数える程。
その中には、
「君は真っ先に居なくなるかと思ったぞ?鷲塚」
入室した時から直立不動であった鷲塚は、この時始めて小さく頷いた。
その彼に、長官がふっと皮肉な笑みを向ける。
「君はまた、乙葉様の傍付きに戻る事を希望していたと思ったが?」
「…乙葉様も、このような特区にいらっしゃるのは本意ではないでしょう」
「ふっ、その通りだ」
長官は満足そうに笑い、彼に無言で椅子を勧める。そして、我々にも勧めて来る。
けど、その前に。
「まっちゃん。君も退室した方が良いかもしれんよ」
「いえ。僕も聞きますよ」
…うん。そうか。分かった。
俺達も座り、長官に体を向ける。
「鞍瀬さん。お願いします」
「ああ。では先ず、今特区で起きていることから話そう。朱春様が入院された事は知っているな?」
その場の全員が頷く。
局員は知っている事なのか。
「勿論、これは真実ではない。朱春様は隔離され、何処かに囚われている。政府の指示でな」
ああ、やっぱりか。
納得する俺の前で、鷲塚が手を上げる。
「長官。政府は何故、その様な事を?」
「邪魔だからだ。政府が推し進める、ある計画の前ではな」
女神プロジェクト。
それも、予想通りだったか。
「だが、このような蛮行を隠し通すなど出来ない。女性達は訝しみ、朱春様が戻られるまで慰問会は行わないと反発した」
ああそれで、慰問会のドタキャンが起きたと。
俺も手を挙げる。
「鞍瀬さん。検問を厳しくする指示が出たのも、これに関係が?」
「恐らくはそうだろう。これは私の推測だが、朱春様の影響を鑑みて、女性に男性の存在を意識させるのは危険と判断したと思われる。故に、特定の男性と意思疎通が出来る電話や手紙を遮断し、男性を連想させる物品を尽く排除したのだ」
そうか。スバル様でなくとも、特定の男性に好意を持たれると同じようにプロジェクトが滞るからか。スバル様で痛い目を見ているから、もう繰り返さない為に厳しくしたと。
でも、
「こんな事、長くは続かないと思います。特区は元々、限界に近かった。その上こんな制限を掛けられたら、普通の生活すらままならなくなる」
それに、区外も怪しい。今は大人しい男性達も、いつ暴徒になるか分からない。女性を虐げてると、何時誰が声を上げるか分からない。
俺がそう言うと、長官は「はっ」と笑い声を上げる。
「そうだ。もはや特区制度の崩壊は目前。しかし、それを進める者達は理解していない。至る所で上がる悲鳴を、聞こうともしていない。故に!」
長官は立ち上がる。
「我々が止めねばならない。暴走する政府の歩みを。女性の為に。国の為に。そして、未来の為に!」
「「おぉっ!」」
残った局員が、一斉に立ち上がる。
俺も、いつの間にか立ち上がっていた。
動くなら今しかない。特区が崩壊する前に。鈴木さん達を守るなら、動くしかないと。
賛同するみんなの姿を見て、長官も一瞬、目を潤ませる。だがすぐに後ろを向いて、歩き出す。
世界を、変える為に。
「では、行くぞ。異端の革命者達よ」
「今こそ革命の時」
だ、大丈夫ですか?それ。
暴動になりません?




