88話〜ドタキャンだよ、ドタキャン〜
「どう言うことなんだ?まっちゃん。慰問会で女性の声が聞こえないって」
通信の問題かと思って聞いてみたが、どうもそう言う事じゃないらしい。
それよりももっと、深刻な問題だった。
それは…。
「女性の皆様が、我々に話しかけてくれないんです。質問をしても一切反応してくれなかったり、中には最初からイヤホンを耳に付けていなかったりする人も居て。そう言う慰問会が急増しているんです」
「なんと…」
そう言う意味だったのか。
俺が唸りながら頷くと、松本君が縋る様な目を向けてくる。
「先輩。何か、特区で異変とか起きていませんか?もしかしてそれが、慰問会の塩対応と関係していたりとか」
「ええっと、そうだなぁ…」
異変と聞いて、俺はどうしても女神プロジェクトを思い出してしまう。
あれが施行されるから、女性が反発しているのか?でもまだ広まってなかったよな?鈴木さん達からもそんな話し出てこなかったし。
だとすると…HgーX?いやあれは、俺達しか知り得ない禁忌の情報。それが漏れたとは思えない。
…漏れてたら絶対に、国家転覆が起きているだろうから。
だから…。
「いやぁ。分からんなぁ。特区でおかしい事なんて、何も起きていなかったと思うけど」
「そうですか。それだったら…一過性の物かも知れませんね。済みません。ちょっと過敏になっていました」
「うん?」
過敏に?
「どういうことだ?もしかして、アコちゃんと上手く行かなくなった?」
「いやいやいや!そう言う事じゃないですよ!」
ほぉ。
全力拒否と言うことは、上手く行っているのか。良かった。
「そうじゃないんですけど、無関係じゃありません。アコ様の為にと海外の情報を仕入れている内に、随分と危ない状況なのが分かって」
「…危ないってのは、具体的には?」
俺は声を落とし、松本君に顔を近付ける。すると、彼も人目を気にして小さな声で囁く。
「反発が激化しているみたいなんです。アメリカだけでなく、中国でもデモが活発化していて、最近では軍隊との衝突もあったとか。アメリカでもテロ紛いの行動を起こす人達が出てきているみたいで、外に出るのも危なくなってきたらしいです」
「それは…」
俺はつい、唾を飲み込む。まるで長官の言った通りの展開になっている気がして、俺まで不安になってきた。
もしも慰問会の異変が女神プロジェクトの前兆なのだとしたら、アメリカや中国と同じように、日本もそうなるんじゃないか?
そんな不安を抱きながらも、俺は仕事に取り掛かる。手は高速でタイピングを行いながら、頭の中では長官の宿題に頭を悩ませる。
もしも日本でデモが発生したら、俺はどうするべきなのだろうか。デモに加わっても、自衛隊に取り押さえられるだけだろう。政府の闇を告発したって、きっと揉み消される。かと言って、黙って見ていて良いのか?本当に、時を待つしか無いのか?
そんな問答を繰り返していると、スマホが鳴る。
とても心安らぐメロディーだ。
「こんにちは、鈴木さん。案件かな?」
『そうなんです。また、宜しくお願いします』
足取り軽く防音室へと入る俺。そして、早々に案件を片付けると、鈴木さんに問うてみた。慰問会の異常を。
「どうだろう?何か変化があった?」
『えっと、それが…』
言い淀む鈴木さん。
俺は心臓を鷲掴みにされた気分だった。もしかして、本当に女神プロジェクトが始動したのか?と。
でも、
『実は、スバルさんの影響みたいで…』
何でも、スバル様ファンの一部が起こしている事らしい。スバル様に惚れ込んだ女性達が、男達の汚い鳴き声でスバル様の麗しい声を上書きされるのが嫌だと反発しているのだとか。それで、会に出席しても声を聞かない様にしているそうだ。
それを聞いて、俺は肩透かしを食らう。日本はやはり平和なんだと、苦笑いが浮かんだ。
「なるほどね。そりゃまた、ワガママな人達だ」
『笑い事じゃないですよ、黒川さん。特区の中では、結構問題になっているんですから』
「ああ、ごめん。でも、アレ関係じゃなくて良かったと思ってさ」
そう言うと、鈴木さんが『アレ…』と声のトーンを落とす。
『あの、黒川さん。私達って、今まで通りで良いのでしょうか?何か、アクションを取るべきなのでは?』
恐る恐る、鈴木さんが聞いてくる。
長官から話を聞いてから、彼女達とまともに会話出来なかったものな。やっぱり、色々と考えていたみたいだ。そして鈴木さんも、俺と同じく動くべきではと思っていた。
俺と同じ感覚でいた事は嬉しい。でも、
「動くべきじゃない。少なくとも今はね」
『今は…それは、何故でしょうか?』
「時期が悪いよ。俺達は白峰で拘束された。という事は、管理局だけでなく政府からも目を付けられているかもしれない。こんな状態で動けば、今度こそ投獄される。そうなれば、何も出来なくなっちゃうよ」
きっとそうなれば、長官でも揉み消す事は出来ないだろう。だから彼は、俺達に動くなと言ったんじゃないだろうか?
そう説明すると、鈴木さんは『なるほど』と納得してくれた。
良かった。彼女達に何かあったら大変だ。昨日は俺の軽率な行動で、彼女達まで危険に晒してしまった。もう二度と、あんな事に巻き込みたくない。
俺は鈴木さんに「このことは佐川さんにも伝えて」とお願いして、電話を切る。その後、松本君の席に向かって情報共有した。
女神プロジェクトの影響ではない事が分かり、彼も安心した様子だった。「スバル様なら仕方ありませんね」と、いつも通り人懐っこい笑みを浮かべ仕事に戻っていた。
確かに安心した…けれど、スバル様の影響が強過ぎるのも考えものだ。彼女からファンに一言注意して貰わないと、もっと酷くなる気がする。
そんな事を考えていた俺だったが、予想外の展開になってしまった。
数日後の週末。すでに毎日となった鈴木さんとの電話で、衝撃のニュースが飛び込んで来たのだ。
「えっ?スバル様が、入院した?」
『事務所の発表では、ですけれど。何でも心労が溜まったとかで。暫くの間、療養する為にアイドル業を休止するって報道が、つい先程公表されて…』
「休業…」
本当にそうなのか?確かに、彼女はトップアイドルで忙しいだろう。でも、先日会った時はお元気そうだったし、負けないと豪語していた。あれから2週間も経ってないのに、入院なんてあり得るか?
何よりも、タイミングが怪し過ぎる。スバル様の影響で慰問会が変容してきた矢先の入院だ。政府が裏で糸を引いていると考えることも出来る。
今回の騒動は、政府が考える女神プロジェクトと真逆の動きをしていたからね。女性が少なくなる分、みんなで慰問会を回していきましょう!って所に、急ブレーキをかけるようなスバルファンの台頭は、政府からしたら邪魔でしかないだろう。その邪魔者の芽を摘むために、スバル様の活動を休止させた…と考えると道筋が立つ。
何より、オトハ様に掛けた首相の言葉が裏付けしている。オトハ様がトップになると予言したあの発言は、最初からこの事を知っていたからなのではと。それが余計に、政府の陰謀論を掻き立てている。
「こいつは、怪しいな」
『はい。私もそう思います。トップアイドルでも、就業時間は絶対ですので」
ああ、そうなのか。女性ってそういう所も守られているのね。なら、猶更だ。
俺は、何か嫌な予感がした。我々の見えないところで、大きな闇が蠢いているような、そんな気持ち悪い感覚が。
その感覚は、当たる。
週末を挟んで出社した会社で、先に出社していた社員達が青い顔を突き合わせ、不安げにしていたのだ。
何があったのか。俺は営業部に足を運ぶ。すると、
「ドタキャンだよ、ドタキャン。週末に開かれる予定だった慰問会が全部、ドタキャンで立ち消えちまったんだ」
泣きそうな顔で係長が呻く。それに、集まったみんなが不満そうな顔で大きく頷く。
「折角、遠征したのにな」
「3回連続でホワイトスクリーンってどう言う事だよ。こんな事、今まで無かったぜ?」
「特区で何が起きているんだ?」
そう言って俺を見てくるけど…俺だって知らんぞ?
でも、何となくの推測は出来る。恐らく、スバル様の入院が関わっているのだろう。彼女を心配するあまり、会に出られないとかではないだろうか?もしくは、彼女のお見舞いに奔走していた?
正確には分からないけど、きっと鈴木さんなら知っている筈だ。特区で、何が起きているかを。
そう思って、俺は業務に邁進する。彼女に聞けば、またしょうもない事だったと笑い飛ばせると思って。
だがその日、鈴木さんからの連絡は無かった。平日に彼女から連絡が無いのは久しぶりだったので、俺はちょっと心配になった。
でも、連絡が無いのはいい事だと思い直す。電話する程のトラブルが無かったという事だろうから。
そんな風に思えたのも、最初の内だけだった。
今週も半ばが過ぎたと言うのに、鈴木さんからの連絡は一切無かった。室が出来る前でも、3日に1回は電話が来ていた。だと言うのに、今週はゼロ。
そんなに、特区は安定しているのか?でも、相変わらず慰問会のキャンセルは相次いでいるし…。
特区で、何かあったんじゃないか?
俺の頭の中で、2人の笑顔が浮かぶ。次いで、今まで起きた案件の事が思い出される。
爆発寸前の下水処理場。綱渡り状態のゴミ処理場。圧力で潰されそうな工事現場。戦争と化したスーパー。産廃ゴミを強要される溶融炉。
そう言う特区の負の部分に、暴動のイメージが加わる。それに、涙する2人の顔が。
こうしちゃいられない。
居ても立ってもいられなくなった俺は、支社長の元へと出向く。半休を貰い、ゲートまで行こうとしたのだ。
でも、
「半休は使わんで良い。業務として行け、黒川」
「えっ?良いんですか?」
俺が驚くと、支社長は「そりゃそうだろ」と呆れ顔になる。
「社長からの朝礼挨拶が、ここ3日とも頂けていない。それを調べに行くんだろ?」
「あっ」
そう言えば、朝礼無かったな。鈴木さんからの電話ばかり気にして、気付けなかった。
俺がポカンと口を開けていると、支社長がジッと見上げてくる。
俺は慌てて口を閉じ、大きく頷く。
「勿論じゃないですか」
「下手な嘘を付くな!目が泳いどるぞ?ったく」
怒られてしまった。
でも、特別業務はしっかりと頂けた。
俺は業務を中断し、松本君と一緒に会社を出る。
特区で何が起きているのか。それを、調べる為に。
電話が来ない…どうしたんでしょう、皆さん。
「嵐の前の静けさ、であるな」




