87話~もはや誰も知る術など無い~
「うっ…」
3発の銃声。火薬の匂い。銃口から登る白い煙。
それらが全て、本当に発砲された事を示していた。
その事実に、俺は短いうめき声を上げる。
だが、俺の体に痛みはない。
それもその筈。銃口は今、俺達とは違う方向を向いていた。あれでは、当たる訳がない。
では何処に?と、その先を見てみると…。
部屋の隅に設置されていた監視カメラが3台、銃弾を受けて破裂していた。
「おい。カメラが"故障"しているぞ?直ぐに業者を手配しろ」
平然と、鞍瀬はそう命令する。それを受けて、部屋にいた局員が1人、慌てて外へ出ていった。
それを見送った後、鞍瀬は他の局員に冷たい視線を送る。
「何を呆けている。お前達も行け」
「はっ!あっ、ですが、我々は反逆者の連行を…」
「聞こえなかったか?私の命令が」
「いっ、いえ、直ぐに!」
問答無用な鞍瀬に、局員全員が部屋から出ていった。
そして、鞍瀬と俺達だけが残された。
訳が分からず、俺はただ腕を広げ、後ろの2人を守り続ける。その横を、鞍瀬が通り過ぎる。重厚な扉を閉め、鍵を掛けた。
「何を突っ立っている?お前達。早く座りたまえ」
そして、何事もなかったかの様に椅子に座り、長机の上に拳銃を置いた。
俺は彼を睨む。
「どう言うつもりですか?」
「ふんっ。言ったであろう。お前達の蛮勇に、ささやかながら贈り物をくれてやると。それが、これの秘密だ」
これ、と言って拳銃の横に投げ出されたのは、ゴミ処理場で見た銀のパック。HgーX。それも未開封の物だった。
驚く俺達を、鞍瀬は薄ら笑いで見上げてくる。
俺も、1歩前に出る。
「それを聞いて、俺達はどうなりますか?罪に問われたりしますか?」
「他者に知られれば、問われるだろう。これを話した私共々な。だが、ここには我々しかいない。もはや誰も知る術など無い」
長官はチラリと部屋の端に視線を走らせ、笑みを深くする。
はっ。そう言う事かよ。とんだ役者だな、あんた。
俺は息を吐いて席に座る。すると、俺の両側に鈴木さんと佐川さんが座った。2人はまだ、長官に厳しい視線を送っている。
俺が会話した方が良さそうだ。
「教えて下さい、鞍瀬さん。こいつの謎を」
あっ、でもその前に、
「聞いても、局員にはなりませんからね?」
「ふっ。もはやそれも、不要な事だ」
…どう言う事?
眉を寄せる俺を無視し、長官がHgーXを手に取る。俺達に〈極秘〉のラベルを見せ付ける。
「こいつは水銀の変異種であり、僅かながら、人の遺伝子に作用する」
「遺伝子?それって、まさか…」
悲鳴の様な鈴木さん問いに、長官は静かに頷く。
「そうだ。これを胎児に近付けるだけで、確実に男児が産まれる様になる」
「おまっ、それって!人為的に女を減らしてたって事かよ!?」
佐川さんは驚き過ぎて、椅子から立ち上がる。それにも、長官は静かに頷く。
「そうだ。この日本の…いや、世界各国の狂った男女比は、人為的に作り出された物だ」
「なんで、そんな、馬鹿な事をしてんだよ…」
「それを話すには先ず、歴史を振り返らねばならない。第三次大戦が終幕した後の世界史を」
第三次世界大戦。それは、初めて核ミサイルが実践配備された戦争。そのあまりに悽惨で愚かな争いは、多くの人間を不幸に陥れ、世界中に大量の放射能を撒き散らした。
その影響で、男女比が狂ったと伝えられていたが…。
「正史は異なる。放射能で変わったのは男女比ではなく、一部の水銀であった」
高濃度の放射能に晒された水銀の一部が、突然変異を起こしてHgーXへと変化した。それは偶然の産物であり、発見された当初はただの核汚染物質として処分される予定だった。
だが、直ぐに評価を覆すこととなる。
「なにせ、戦争で多くの男が死んだのだ。男女平等が叫ばれた世界であったが、やはり男性が少なければ不利な場面は多い。世界は核の炎で焼かれ、人類は瀕死の状態だった。一刻も早くの復興が望まれ、その働き手である男の需要も高まった。それ故に、Hg-Xによる性別改変に期待が集まった」
当初それは計画通りに遂行され、見事に成果を上げる。男女比は正常に戻り、焼け野原と化した戦地の復興も徐々に進んでいく。
被害は大きかったが、働き手さえ回復したら経済は回りだした。
「理想的な復興。理想的過ぎる経済成長だ。人工子宮技術が、そして性別改変が予想以上に成果を上げてしまった」
それ故に、過熱した。性別改変の波が。
労働力としては男性の方が使い勝手が良い。当時の政府がそう思ったのかは別にしても、実際に男性を増やせば増やす程、効率的に経済は発展していった。
それは、男性が便利だったからだ。肉体労働にも危険作業にも耐えられて、身体的な制限も少ない。
そして何よりも、
「彼らは女性を求めた」
彼らは女性にモテようと良く働いた。それは、男女比が狂えば狂う程に強くなり、各国のGDPと男性の人口は右肩上がりで上昇していった。
政府もそれをよく理解し、逆に女性を表舞台に立たせた。慰問会という場を設け、女性の声で男達を鼓舞し続けた。女性を餌に、更に働かせようとしたのだ。
「気付けば歯止めが利かなくなっていた。他国が男性の割合を上げるなら、負けじと隣国も追従した。そうして、経済面でも軍事面でも優位に立とうとした。他国より強く、他国より先へ、他国より上へとな」
そうして出来上がったのが、今の世界。男女比100:1の狂った世界。
そして日本は、更なる地獄へと向かっていた。女神プロジェクトという名の女性人口削減プロジェクトで、女性を更に希少な存在に祭り上げ、男達を働かせようとしていた。
全ては、世界の流れに乗り遅れないように。
「こんなの、狂気の沙汰だ」
俺は唸る。いつの間にか、拳を強く握ていた。
それに、鈴木さんが手を添える。大きく頷いて見せた。
「私もそう思います、黒川さん。こんなの間違っています。こんなこと、長く続くとは思えません」
「だよな。実際さ、もう特区のインフラボロボロだったじゃん?あたしら居なかったら、きっとあっちこっち止まってたぜ?」
佐川さんも同意してくれる。
「君達の言う通りだ」
長官まで、重々しく頷いた。
「佐川巡査の指摘に加え、年々男達の女性耐性が落ちている。女性を人ではなく神に等しい存在として捉える者が増加し、信仰心に近い感情が生まれ始めた。その様な強い感情、同じ人が御せる訳がない」
「では長官は、これから暴動が起きると?」
俺の問いかけに、彼は皮肉な笑みを浮かべた。
「起きるとも。人の歴史がそれを証明している。思い返してみるのだ。人は、己が信仰の正しさを証明する為に、一体幾度の戦争を起こして来た?違う神を崇める隣国を、一体どれほど滅ぼして来た?知らぬとは言わせんぞ。それが人の性であり、人の業だ」
「業…」
それは、俺が投獄されている時に交わした時にも言われた言葉。あの時は純粋に、局員の素晴らしさを説くために言っているのかと思った。
でももしかしたら、この人は最初から俺に気付かせようとしていたんじゃないか?人の過ちを。正しき歴史を。
だとしたら…。
「教えて下さい、鞍瀬長官。俺達に何故、このような事を教えてくれるのですか?貴方も捕まるリスクを負ってまで、何故ここまでしてくれるのですか?」
知りたい。この人の真意が。ここまで来て、ただの気まぐれとは思えない。この人には何か、意図がある筈。
そう思って長官を凝視すると、彼は皮肉な笑みを深める。両肘を机に着き、俺達を上目で覗いてくる。
「私はただ、見てみたいのだ。君達がどう動くのかを。いずれ来る崩壊の日を前にして、どのような選択肢を選び取るのかを。この目で」
長官は立ち上がる。机の上に広げた物を仕舞い、俺達を見下ろす。
「これから激動の時代が始まる。未来ある君達には、無数の道が広がるだろう。そのどれを選び取るかは君達次第だ。嘆き、絶望し、ただその場に留まる傍観者となるか。勇気を奮い起こし、人々と共に拳を振り上げる勇者となるか。はたまた…」
ふっと、長官は笑う。
「異端の革命者となり、新たな道を切り開くか」
長官はそう言って、俺達の横を通り過ぎる。そのままドアの取ってに手を掛け、俺達を振り返る。
「君達であれば、どの様な道も選べるだろう。だが今は、ただその時を待つがいい。いずれ始まる運命の日まで、どの道を選び取るべきかを考えたまえ」
長官はドアを開け、部屋から出ていく。
残された俺達は、ただ、ただ顔を見合わせる事しか出来なかった。
それから程なくして、俺達は解放された。長官に言い含められたのか、局員達は俺に対しても乱暴な事はせず、寧ろ何時もより丁寧な対応を見せた。
荷物を全部返してくれたし、特区の食べ物も没収されなかった。退区手続きも手早く行ってくれたので、日が落ちる前に区外へ戻って来られた。
これからも、この特別待遇が続いてくれたら有難いんだけど…。
そうして、また何時もの生活に戻り、いつも通り出社した俺だけど、気持ちはいつも通りとは言えない。何せ、この世界の大きな秘密を知ってしまったから。
まさか、男女比が人為的にコントロールされているなんて。長官の妄想ではと思ってしまうレベルだけど、HgーXの件がある。違法産廃として受け入れ、人命より処理を優先し、見学ツアーの申し込みだけで拘束される。その異常なまでの秘密主義が、長官の話を裏付けしていた。
何より、今まで疑問だった男女比の謎が、一気に瓦解する。
まさか、それがバグだったなんてな。
「うん?バグ?」
急に湧いて出たワードに、俺は首を捻る。
そうしていると、出社した後輩の挨拶が聞こえる。なんか久しぶりだなと手を上げると、後輩も嬉しそうに俺の元へ寄ってくる。
うん。犬みたいだな。君は。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、まっちゃん。こっちは変わりないかい?」
俺が声を掛けると、松本君は顔を強ばらせる。
えっ?何かあったの?
「えっと、それがですね。ちょっと、慰問会で変な事が起きていて…」
「変?」
俺まで緊張して聞くと、松本君は大きく頷く。
そして、
「慰問会で、女性の声が聞こえなくなってしまって」
……どう言うこと?
黒川さんが生きていましたので、執筆は継続です。
「ふむ。だが、死した方が楽であったかもしれんな」
またそんな、不吉なことを。




