86話~別のルートで探るしかない~
「あぁ~、白峰かぁ」
所長はそう言って、頭を抑える。さっきまで水銀の元凶が分かったと目を鋭くしていたのに、今は泣きそうな顔になっていた。
どうしたんです?
「いやね、その業者は区長直々に依頼された企業なんだよ。溶融炉のある練馬区も足立区も大規模整備中だから、葛飾区でやってくれないかって話だったんだけど…」
なるほど。
区長が絡んでいる…もとい、政府が絡んでいるとなると断るのは難しい。元の世界なら突っぱねられると思うけど、こっちは区長とか、管理局とかが強いから。きっと政府も強いだろう。
女神プロジェクトなんて、とんでも法案が通るくらいだからね。
でも、
「相談はされた方が良いと思いますよ。処理したら確実に排ガス水銀は暴れますので、一々溶融炉を止めなくちゃいけません。それに、そもそも水銀を空気中にばら撒くのは良くない」
公害問題が叫ばれた時、主な原因の一つが水銀だった。あの時は水銀を含んだ魚を食べて発症したが、空気中に散布されても発症するリスクは少なくない。特にここは特区。希少な女性達が住まう場所だから、最善を尽くさないと。
俺が危惧すると、所長も「その通りだね」と大きく頷く。
「ちょっと待ってて。今、区長に相談してみる。せめて、その銀パックだけでも埋め立て処分にしてくれないかってね」
…それって、またゴミピットで宝探しをしなくちゃいけないって事ですよね?
こりゃ、風呂に入るタイミングをミスったなぁと、俺が肩を落としている前で所長は電話をかける。出来る所長は電話も上手で、区長相手でもかなり楽し気に会話していた。
…まるで岩本係長みたいだ。この人、クレーン操作者としてだけじゃなく、営業としても生きていけるぞ。
「それは、どういうことで?……はい、はい。あぁ~…足立も、ですかぁ…」
だが、段々と所長の顔が怖くなって来た。声色は変わらず優しいのに、目は鬼の様に吊り上がり、顔が僅かに赤くなってくる。そして電話を終えると、大きなため息と共に首を落とした。
えっ?どうされました?
「ダメだった。有無を言わさず、処理しろの一点張り。その為に焼却炉じゃなく、溶融炉を選んだんだと言われしまって」
「えっ?処理を?でも、排ガス水銀は…」
「うん。それも言ったけど、それで炉を止めるのは許可すると言われて。水銀関係でトラブルが起きても、今回は一切責任を問わない。必要なら、それで壊れた機器や消耗した薬剤費は全て、追加予算を出すとまで言われた。そうやって、足立もやって来たんだと」
「そんな…」
そこまでして、処理したいものなのか?このHg-Xって。
確かに、元の世界でも災害とかが起きた時は、特別予算が組まれたりしたこともあった。でもこの医療品が、それと同等の物なのか?
「大丈夫だよ、黒川君」
俺が顔を伏せていると、所長が優しい声でそう言う。
「私らもプロだ。なるべく水銀が出ないよう、しこたま活性炭を吹き込んでやるから」
「所長…」
俺が顔を上げると、彼女はくしゃりと優しい笑みを広げる。
「それもこれも、君達のお陰だよ。君達が見つけてくれたから、追加予算が降りた。これで薬剤もバンバン使える。ホントに、ありがとね」
「いえ…はい。そうですね」
俺は無理やり納得し、彼女に貼り付けた笑みを向ける。
「所長。排ガスだけでなく、処理灰もお気を付け下さい。活性炭で吸着させた水銀は、今度は灰で出ますので」
「おお、そだね。気を付けないと」
「ええ。なので、重金属固定剤もガンガン使って下さい」
「そだね。普段の倍の量使っちゃおう。なにせ、予算が降りるからね」
所長は「ぐふふふっ」と笑った。
その笑顔を見ると、俺も安心する。
この人ならきっと、区長の無茶振りも乗り越えられると思って。
そうして我々は、工場を出る。多くの所員さんが手を振り見送ってくれて、俺の中にも達成感が生まれた。
でもその裏には、大きな疑念が隠れていた。
「白峰、か」
「気になりますよね」
俺の呟きを、鈴木さんが拾う。
見ると、彼女の目にも憂いの色が浮かんでいた。
「私も気になります。あんな無理やりな方法を、工場に押し付けるなんて」
「ああ。それに、産廃ゴミを押し付けるのも違法だ。政府直轄の機関が、何故それで許されるのか」
「今調べて見たけどさ、なんか色んな企業と繋がってるみたいだぞ?ほら、自衛隊にも卸してる」
佐川さんが見せてくれたスマホ画面には…確かに、他の政府組織とも関係が深いみたいだ。薬品だけじゃなくて、化学製品なんかも扱っていると。
こいつは中々に闇が深いな。叩けばホコリが舞い上がりそうな程。
「このページだけだと、良くは分からないな」
「社長なら、何か知っているかもしれませんね」
うん。それはある。
どちらにせよ、今回の報告はしないとだし、そこで聞いてみるか。
そう思って帰社したが、報告を聞いた社長も苦い顔をするばかりだった。
「そうですか。それは仕方がありません。この特区では時折、その様なことがありますから」
「ですが社長。それって、医療産業ゴミなんですよね?良いのでしょうか。法律違反なのでは?」
「鈴木さん。それが区民の義務です。時には法を超えて、助け合わねばならない時もあります」
「ですが…」
尚も食い下がろうとする鈴木さんを、俺は止める。社長の様子を見るに、彼女ですらどうしようもない状況だと思ったから。
JIESの待遇を改善し、大規模整備にすらメスを入れてくれた彼女でも、今回の闇には踏み込めない様子。
だから、
「別のルートで探るしかない」
社長室を出て、俺はそう言う。すると、鈴木さんの顔が華やぐ。
「そうですね。私達で調べましょう。私達3人ならきっと…」
「いや、今回は俺1人でやろう」
そう言うと、途端に頬を膨らませる鈴木さん。
佐川さんなんて、肩をぐるぐる回し始めた。
待て待て。話し合おうじゃないか。
「こいつはかなりキナ臭い事案だ。下手すると火傷じゃ済まない」
「なら、尚更ですよ」
「あたしらは三位一体だぜ?天海空って奴だ」
天地人かな?まぁ、言いたい事は分かる。
「う〜ん…分かった。だが危険な事には変わりない。慎重に行こう」
「はい」「おうっ」
という事で、3人で白峰の情報を集める事となった。
だが、すぐに手詰まりとなる。ネットでも本でも、白峰の情報は無かったからだ。ホームページ以上の情報が何処にも無い。
まぁ、予想していた事ではあるが。
「なぁ、2人とも。なんか、見学ツアーがあるんだってよ」
「何処です?カンナさん」
パソコンで調べていた佐川さんが画面をツンツンし、俺達はそこを覗き込む。
確かに〈見学ツアー〉という小さなボタンが、ホームページの端っこに置いてあった。
流石は視力4.0。よく見つけてくれた。
「申し込むか?今日は埋まってるけど、明日なら枠が空いてるぜ」
「そうだな…」
俺は考える。
大丈夫か?怪しい施設に直接乗り込んで。俺1人で行った方がいいんじゃないか?俺の個人的な興味に、2人を巻き込むのは忍びない。
でも、絶対にこの2人は付いてくる。佐川さんは分からんが、鈴木さんは俺と同じくらい興味を持ってるみたいだし。
なら、下手に突き放すより…。
「分かった。3人分予約しよう」
下手な質問をしなければ、大丈夫だろう。
そんな俺の予想は、裏切られる。
翌日。白峰に向かった我々は、その施設の大きさに圧倒される。白亜の城が、緑の楽園内に聳え立っている様だったから。
そして駐車場に入ろうとすると、止められた。後ろにいた観光バスを先に通され、我々だけ警備員室の横に停めさせられる。
そして、
「皆さん。こちらに来て頂けますか?」
何人もの警備員に取り囲まれてしまった。その内の1人、佐川さんレベルの大きな女性が、筋肉を隆起させながら微笑んだ。
俺は唾を飲み込む。
「断る事は出来ますか?」
「我々は構いませんが、彼女達が何とか言うかです」
そう言ってマッチョウーマンが振り向くと、そこには真っ白い制服を着た女性達が立ち並んでいた。
管理局員。
くそっ。やはり来るべきじゃなかったか。
「大人しく付いて来なさい!」
局員が俺達を取り囲み、セーフティの外れていない銃を突き付ける。
…そこは変わらずで安心したよ。でも、従わないと不味いな。
俺達は大人しく、局員が乗ってきた車に乗せられる。
それから暫くして、俺達は降ろされる。そこは、いつも俺が潜り抜ける葛飾区のゲート。そこを、俺達3人は歩かされた。
「おかしな気を起こさないことね。私達は一切、容赦しないから」
局員はそう言って、俺にだけ銃を突き付けてくる。
うん、良いぞ。撃てないとは言え、そんな物を2人に向けて欲しくない。ただでさえ鈴木さんは不安そうなのに。
佐川さんは…呑気だな。欠伸してるよ。
そうして歩いていると、目の前には黄金の金庫ドアが現れる。その先には…。
「ようこそ、反逆者諸君」
鞍瀬長官が、嬉しそうに両手を広げていた。彼の後ろには、顔を赤くする男性局員が多数待ち構えている。
「こちらだ。来たまえ」
長官に従い、俺達は黄金ドアを潜って区外へ。そして、何やら重厚な扉の部屋へと招かれた。
何だ?ここは。今まで見た事ない部屋だぞ。
「ここは防音室。泣いても喚いても、邪魔など来ない部屋となっている」
俺が見回していると、先に入った長官が得意げに言う。そして、こちらを振り向く。怪しい笑みを携えて。
俺は咄嗟に両手を広げ、後ろの2人を隠す。
それを見て、鞍瀬が短い笑い声を上げる。
「ふっ。まだ抗うと言うのか?黒川慶吾」
「2人は関係ありません。解放してくれませんか?」
「それは出来ない。君達は危険だからな。ここで見過ごさば、私は大きな代償を支払う事になる」
長官は笑みを消し、1歩近付く。
「聞こう、黒川慶吾。お前は何故そうまでして、虎穴に踏み入った?」
「それは…水銀が怖いものだからだ。それを野放しにするなんて、俺には出来ない」
これは完全に、俺のエゴだ。国が良いと言っているのに、俺のプライドが許さなかった。
だって、もしかしたらそのせいで、鈴木さんや佐川さんが苦しむかもしれない。防げるリスクは全力で防ぎたいから、俺は動いていた。
だから、
「頼む、鞍瀬さん。むざむざ水銀を燃やさないでくれ…」
俺の心からの訴えに、彼は、
「そう、か」
呟いた。
冷徹に、非情に。
「理解したよ、お前を。お前と言う人間を。何に阻まれようと、誰が相手でも変わらない。ただ愚直に突き進む。愚直、蛮勇。愚かな英雄。最高だな、お前は」
鞍瀬は笑い、腕を上げる。その手には黒く冷たい金属の塊が握られていた。
「蛮勇なる反逆者達に、私からのささやかな贈り物だ」
「なっ!やめっ!」
俺が動き出す前に、
バンッ!バンッ!バンッ!
無慈悲な銃声が、部屋の中に木霊した。
「…主人公が死に、レポートが送られぬ場合はどうなるのだ?」
えっと…新しいレポートを元に、新たな話を構築します。
「ふむ。終幕…ということか」




