85話〜またなんか、変なの出てきたぞ?〜
「それじゃ、行くぞ」
俺は2人に声をかけ、扉のロックを解除する。重い扉を開けると、その先は小さな倉庫になっていた。
前室だ。本来はここでゴミピットの中に入る準備をしたり、整備部品を置いたりするところ。だが今回は利用しない。俺達はそこを素通りし、扉を開ける。
すると、目の前には薄っすらとモヤの掛かった広大な空間が広がっていた。
「ここが…ホッパーステージ…」
鈴木さんのかすれ声が後ろから聞こえる。振り返ると、少し怯えた様子で周囲を見る2人の姿があった。
それもそうだろう。
俺も改めて、周囲を見渡す。
壁にはゴミの切れ端のような物が大量にくっ付いており、ひらひらと手を振って俺達を招いている様に見える。床には埃が溜まり、開けたドアの軌跡だけが刻まれている。左側には巨大な筒状の機械が置かれており、その中にクレーンが入って行くのが見えた。
あれが、溶融炉の投入口。あそこからゴミを投入しているんだ。
そう思った途端、筒の方からゴゴゴ…という重低音が響き、白いガスが噴出した。
「うわっ!何だよアレ。壊れたのか?」
「いや、違うよ。ゴミを投入したんだ」
驚く佐川さんに、俺は説明した。そして、鈴木さんに向けて手を差し出す。
「でも、あの白いのは一酸化炭素だ。直に吸い込んだら、酸欠で死ぬかもしれない」
「…マジかよ」
「ああ、だから鈴木さん。ガス検知器を頼む」
「はい。どうぞ」
貰った検知器を扉の向こう側に付き出すと、検知器が鳴った。
「うぉっ!やべっ!また鳴っているぞ?ヤバいんじゃねえか?」
「でも、汚泥タンクでの時よりも、少し音が小さい気がしますね…?」
戸惑う2人に、俺は検知器の画面を見せながら説明する。
「うん。この鳴り方は、注意しなさいって言うものだ。COが22ppmあるだけだから、以前のような危険!って言う鳴り方じゃない」
とは言え、安全って意味でもない。この中で長時間作業をしたら、体調が悪くなるかもしれない。
早く終わらせよう。
俺はゆっくりと中に入り、通路を進む。歩く度に、床に積もったホコリが雪の様に沈み、足跡を刻んで行く。
その足跡に、後ろの2人は足を重ねる。事前に俺が、俺の歩いたところを辿るようにと言っておいたからだ。
その方が安全。後は佐川さん、頭上注意ね。油圧配管とか結構入り組んでいるから。
「なんか、思っていたよりヤバくは無いな。ちょっと生ぬるいけどさ」
「そうですね。もっと、地獄のようなイメージでした」
慣れて来たのか、2人が雑談する。
そう言ってくれるのは、少し安心する。やっぱり無理!って、動けなくなったらどうしようかと思ったから。
でもね、2人とも。それは装備に守られているからそう思えるんだよ?もしもマスクを外したりしたら、酷い悪臭で鼻が曲がるよ。それに、時期にも恵まれた。夏場ならきっと、汗が止まらない。そのフルフェイスのマスクに大量の汗が落ちて、前が見えなかっただろう。
そう言う世界に、俺達は足を踏み込んでいるんだ。
俺が気を引き締めていると、曲がり角が見える。そこを曲がると、目の前には巨大なクレーンが、ゴミを大量に掴んだまま宙に浮いてた。
「うぉっ!とぉ…ビックリしたぁ」
「所長さん、ここまで上げてくれたんですね」
みたいだな。ここはクレーン室の真上だから、目視出来ないだろうに。
本当に凄いな、西内所長。クレーンの腕は区外でも通用するレベルだ。
「鈴木さん。所長に連絡してくれ。これから作業に入ると」
「了解です!…所長、所長。聞こえますか?鈴木です」
『はーい。西内でーす。どうだい?そっちは。順調かい?』
鈴木さんが持つ無線機から、所長の声が聞こえる。
所長から作業了承の声を聞いて、俺達は作業に入る。クレーン下にブルーシートを敷いて、クレーンを少しだけ下げて貰う。
そして、
「よし。じゃあ少しだけバケットを開いて」
「所長。バケット少し開いて下さい」
『はいよ。インチングするから、ストップ言ってね』
バケットが少しだけ開いて、掴んでいたゴミの一部をシートに落とす。
うん。丁度いい量だ。
バケットを一旦止めて貰い、俺はゴミ山に近付く。手に持った鎌で、ゴミ袋を引き裂いていく。
「うっ…そうやるのか。結構キツイな」
佐川さんが苦しそうな声を出す。
止めるか?
そう問う前に、彼女は鎌を振り上げた。そして、次々と袋を割って行く。
後ろに立つ鈴木さんも、1歩も退かずに写真を撮っている。
済まない2人とも。そして、ありがとう。
そうして3人で作業すると、あっという間に全ての袋を割き終わる。
「ふぅ。終わったけど、どうなんだ?ケイゴ。怪しいのはあるか?」
「無いね。これは一般的な廃棄物だ」
チラシに、シャンプーのボトルに、破れた靴下。どれもただのゴミだ。中には電球も入っているけど…1個2個じゃ影響はない。
俺はそう判断し、ブルーシートを引っ張る。佐川さんも協力してくれて、ゴミ山を塀まで引きずる。
「うぉっ!ヤベぇ!」
佐川さんが嬉しそうな声を上げる。
見ると、彼女は塀に寄りかかって、その向こう側を見ていた。
俺も見ると、そこには深い深いピットの谷があった。その底の方で、大量のゴミが山積していた。
その中を、もう1台のバケットが飛び回り、ゴミを掴む。そいつが俺達の高さまで登ってきて、一気にバケットを開いた。
ズバババババッ!!
「うわ、生で聞くと凄い音だな」
「そうだろ?それだけの威力だから、袋も割れるんだ」
俺はそう答えながら、シート上のゴミを投げ捨てる。佐川さんも真似して、ゴミを捨てる。
そして綺麗になったら、またクレーン下にシートを敷いて、再びゴミを乗せて貰う。
この繰り返しだ。
「おっ、御札が捨てられてるぞ?不謹慎な奴だな」
「こっちは鉢植えが捨てられていますよ?こんなの、燃えるんですか?」
やっているうちに慣れたのか、2人は出てくるゴミで盛り上がっている。
それに、俺も手を止めずに参戦する。
「ここなら何とかするよ、鈴木さん。溶融炉はコークスの熱で溶かしているからね。土や鉄でも処理出来るんだ」
「マジか!ここがあの、高級機械の工場なのかよ。良いなぁ、何でも捨てられて」
何でもじゃないぞ?佐川さん。レンガとかは溶けないからな。
「おっ。またなんか、変なの出てきたぞ?」
また何か、佐川さんが面白いゴミを見つけたらしい。
そう思って、耳だけ傾けた俺は、
「何だこれ?注射器?」
その声で、手を止めた。
慌てて叫んだ。
「佐川さん!そいつに触れるな!」
「おっ、おお。分かったけど…どうした?いきなり」
済まんな、佐川さん。でも注射器って、物凄く危険なゴミだ。未知の菌が付いてるかもしれないから。
俺は佐川さんの元に急いで、そのゴミを見る。真っ黒で不透明な袋に入っている時点で、怪しさ満点だ。普通、ゴミ袋は半透明じゃないといけないのに。
…なんで受け入れたんだ?こんな違法なゴミ。そもそも産廃だろ、これ。
最大限の注意を払いながら、袋を開いていく。すると、他にも出るわ出るわ産廃ゴミ。医療品と思われるチューブや針や謎のパック。中身が何か見ようとしたけど、どれもラベルが剥がされている。中には、変な機械まで入っていた。
これは、何だ?
「これ、パルスオキシメーターです」
「パル?」
なに?
「えっと、指先に嵌めて、血中酸素濃度を測る物です。この大きさだと子供…いえ、きっと新生児用のだと思います」
ほぉ、新生児。それは、ちょっと興味あるな。この世界最大の不思議だ。
もっと何か分からないかと、主旨を違えた興味を持っていると、再び佐川さんが何か見つけた。
「なぁ、HgーXって、何の略だ?」
えっ?
俺が驚き見上げると、彼女は銀色の謎パックを睨み付けていた。
立ち上がり、彼女の横で見てみるけど、変わらずラベルは剥がされている。
えっと…何処にその記述が?
「ほれ、ここだよ。ここ」
彼女が指さすのは、パックの縁。そこには窪みの様な物が掘られているけど…えっ?これが文字なの?
「良く見えるな」
「あたし、視力4.0だからな」
いやそれ、マサイ族の視力なんよ。
驚いたが、それなら見えるのも納得出来る。そして、この度のトラブルについても理解出来た。
Hg。それは水銀の元素記号である。こいつの中身がもしも水銀なのだとしたら、こいつが排ガス水銀濃度を上げている元凶だ。ゴミ袋には同じような銀パックが大量に入っているし、違法ゴミ袋もまだバケットの中に散見する。
この量を炉に放り込めば、たちまち排ガスが大暴れするだろう。
「2人とも、こいつが元凶だ」
「やっぱそうか。怪しいと思ったんだよなぁ」
「元素記号Hgは水銀ですものね」
流石は鈴木さん。良くご存知で。
元凶が分かった俺達は、証拠写真と一部サンプルを取り、他はホッパーステージの端に寄せる。そして、その場所から離脱した。
本音を言えば、全ての黒袋を排除したい気持ちだけど、人手が足りない。俺達だけで、この膨大なゴミ山は相手出来なかった。
俺は証拠を持って、所長の元へ…行こうとしたら、オペレーターさん達に止められた。先ずはお風呂に入りなさいだって。
そうだな。俺達は今、歩く汚物。先ずは人間に戻らないと。
「所長。少しお話宜しいですか?」
そして、一足先に風呂から上がった俺は、所長のデスクに駆け寄る。
昼食中だった彼女だが、俺を見るとすぐに箸を置いて、隣の机へと誘ってくれた。
済みません、所長。飯時とは露知らず…。
「あっ、黒川くんじゃん」
そんな声がしたと思ったら、隣の席に誰かが座った。
受付の娘だ。
「なになに?何か分かったの?」
「ええ。実はそうなんです」
俺は現物を出そうとして…飯時にゴミを出すのは不味いと思い直し、PCで写真のデータだけ見せる。
「犯人はこの、黒い袋に入った医療品でした。HgーXと言う、水銀が使われていそうなパックがありまして」
「うわっ。こんなの入ってたの?末包さん。覚えある?」
袋だけじゃ無理だろ?と、俺は内心で首を振る。
でも、
「この袋でしょ?勿論覚えてますよ。荷物確認した時、同じのが大量に積載されてましたからね」
「おおっ。よく覚えてましたね」
俺が感心してそう言うと、彼女は嬉しそうな顔を近付けて来る。
なっ、何です?
「そりゃね。黒川くんが教えてくれた事だもん。怪しい奴を見つけたら、ちゃんと物を確認しろってさ」
「そ、そう言う事でしたか」
見習ってくれたのは嬉しいんだけど、顔が近いよ。頻りに上目遣いなんかして、何を求めているんだい?
「えっと、お姉さん。確認したのは凄い事だけど、どうして通したんです?不透明な袋は、搬入不可ですよね?」
「仕方ないじゃん。運転手に、許可証見せられちゃったんだから」
許可?
不満そうな顔になったお姉さんに、俺は首を傾げる。
「産廃業者が、ここに来たって事?ここ、産廃受け入れ施設じゃないですよね?」
「産廃じゃないよ、来たのは」
えっ?
じゃあ、何の許可証なの?
「来たのは白峰バイオケミカル。政府直轄の特殊研究機関だよ」
政府…直轄?
「怪しさ満載だな」




