84話〜あたしも行くぜ〜
排ガス水銀が異常な上がり方をすると言うので、俺は考え付く限りを調べた。だが、見つからない。操業も、設備も、何の問題も無かったのだ。
だから、残るはただ1つ。搬入されるゴミである。
「その可能性は、十分にあると思うよ」
取り敢えず中制に戻ってきて、所長に相談したらこんな答えが返ってきた。
「毎年、年末は変なゴミを受け入れちゃう事が多いから。そのゴミを今、食い始めたってのは十分考えられる」
「そのゴミってのは、何処かに仮置きしていたりしませんか?」
ダメ元で聞いてみると、所長はクレーン室の方に歩いていく。俺もその後ろについて行き、所長の後ろからゴミピットを覗いた。
かなり搬入されるゴミが多いな。今日まで1週間、ゴミの回収をしていなかったから当然かもだけど。
「そうだねぇ…水銀が12月30日からで、昨日も一時期上がっていた。でも今朝になってからは収まっているから、新ゴミで覆い尽くされちゃったかもしれないね」
そうでしょうね。今も、大量の搬入ごみをピットにばら撒いてるし。
「分かりました、所長。ちょっとクレーンのパソコンを使わせてもらって良いでしょうか?」
「うん、良いよ。あっ、でも、画面コピーとかは撮らないでね?」
「ええ、勿論」
技術漏洩になりますものね。これ、他社の製品ですから。
「よし。やるか」
「なぁ?ゴミ山に入るんじゃないのか?」
俺が手を揉んでいると、佐川さんが問いかけて来る。
ああ、そうか。ピットに入るって言ったもんな。
「いずれ入るけど、先ずはどのゴミが怪しいか算段を付ける必要があるんだ」
今ピットには2000tという膨大なゴミが貯留されている。その中から目当てのゴミ袋を探すとなると、砂漠で一粒の砂金を探すようなものだ。
とても現実的ではない。だから、俺はクレーンのパソコンを借りて、ゴミを投入した履歴を呼び出した。
それを、佐川さんが覗き込んでくる。
「なんか、数字が羅列されてるな。これで何が分かんだよ?」
「これだけだと、あまり意味がない」
俺は振り返り、佐川さんの後ろに立っていた鈴木さんに視線を向ける。
「鈴木さん。水銀が上がった時の時刻と、溶融炉の図面を持ってきてくれないか?」
「分かりました!」
鈴木さんは直ぐに動いてくれて、そして間もなくお願いした物を持ってきてくれた。
「黒川さん。これを」
「ありがとう。凄く助かった」
俺は鈴木さんから、時刻の書かれたメモ帳とラミネートされた溶融炉の図面を受け取る。そして、クレーンのPC画面と睨み合いっ子を始める。
佐川さんが再び、首を捻る。
「何してんだ?」
「うん。今ね、水銀が上がった時に、何処のゴミを掴んでいたかを調べているんだ」
クレーンのPCには、何時何分にどの番地のゴミを掴んだかという記録も残っている。それと、鈴木さんが調べてくれた時刻を照らし合わせて、水銀が上がった時刻を調べようとしていた。
「じゃあ、この図面は何に使うんだ」
「それはね、タイムラグを調べる為だよ」
ゴミを燃やすのには、それなりの時間が掛かる。いきなり火をつける訳じゃないからね。ゴミをクレーンで投入し、機械の内部で乾燥させ、それから燃やす。そうして燃やすことでやっと、有毒ガスが発生するんだ。
「この溶融炉で言うと、4時間で完全に処理が終わるって所長が言っていた。だから、そこから逆算すると…」
「1時間くらいでしょうか?」
俺が計算しようとすると、すかさず鈴木さんが発言する。
俺は驚く。
「あっ、ああ。それくらいだね。どうして分かったの?」
「えっと、今計算してみたんですけど…」
そう言う彼女の手元には、メモ帳とペンが。
凄いな、鈴木さん。地頭が良いとは思っていたけど、とんでもない才女じゃないか。
「ありがとう、鈴木さん。1時間だね?」
「はい!」
嬉しそうに頷く鈴木さんに頷き返してから、クレーンPCを操作する。水銀発生から1時間遅らせた時間帯を見て、番地を記録する。
すると、
「ビンゴだ」
記録した番地は、壁際の一角に集まっていた。
そこが、今回の爆心地。
「済みません。そこのゴミを掴んでくれませんか?」
「あ~…ちょっと、今は無理だよ」
クレーンウーマンに頼んでみたけど、断られた。
意地悪している訳じゃない。彼女は今、搬入されるゴミで手いっぱいなんだ。寧ろ、俺が空気を読めていなかった。
しまったな。焦る気持ちで、周りが見えていなかった。
「よ~し。私がやろう」
所長がひょいッと隣の操作席に座り、クレーンを巧みに操る。
凄いな、この人。やっぱり現場上がりっぽい。
「このゴミかい?」
「いえ、あと2mほど掘って貰えますか?」
「よしきた」
所長も協力してくれて、何とか目当てのゴミを掘り出すことには成功した。
さて、ここまで来たら…。
「後は俺の出番だな」
あとは探し当てるだけだ。一粒の砂金を。
俺が立ち上がると、佐川さんがグイッと近寄ってきた。
うん?どうした?
「あたしも行くぜ」
「えっ?」
行くって、ごみピットの中にか?
「ちょっと待て。俺は今から、ゴミの中に突っ込むって言っているんだぞ?物凄く臭くて汚い。汚泥貯留槽の何倍も危険な所だ」
「そりゃ、好き好んで行く訳じゃねぇけどさ。お前独りで無茶させらんねえよ。黒川を守るって決めたんだし」
佐川さんはそう言って、ニカッと笑う。
なんて、責任感のある人だろうか。
「黒川さん!私も、私も一緒に行かせてください!」
「えぇっ!」
鈴木さんまで!?
「私もお手伝いしたいです。あんなゴミの塊から探さないといけないんでしょ?」
そう言って、クレーンを指さす彼女。
確かに、クレーンが掴んだ1tの塊から探すのは、それなりに骨が折れる。砂場で砂金探しをするくらいだろうか?
それはそうだけど…。
「君達の気持ちは有難い。けれど、ダメだ」
「なんでだ?」「何故です!?」
「だって君たち、破傷風の注射を打っていないだろ?」
破傷風とは、破傷風菌が傷口から侵入して起こる感染症だ。かかれば全身に痺れが走り、死に至る可能性もある恐ろしい病気。
今からやるのは、ゴミの選別。感染するリスクが高い中、予防接種を打っていない人の同行を許す訳にはいかない。
そう思って首を振ると、
「いや、あたしら普通に打ってるぞ?なぁ、ミヤちゃん」
「はい」
佐川さんの問いかけに、鈴木さんが嬉しそうに頷く。
えっと…どういう事?
「黒川さん。私たちは小さい頃から、様々な種類の予防接種を受けています」
「女は病気になっちゃダメだって、母ちゃんも先生も口酸っぱく言ってたからな」
ああ、そうか。希少な女性だから、病気にならないよう最高の医療を受けさせているのか。
だから、破傷風も大丈夫と。
「さて、じゃあこれで、あたしらが同行しても問題ないな?」
「それは…」
何も反論出来なくなり、俺は小さく項垂れた。
「なんかゴテゴテするなぁ。こんなにする必要あるのか?」
完全武装の佐川さんが、自分の装備を見て疑問符を浮かべる。
それに、俺は何度も頷く。
「今から入る所は、環境が最悪なんだ。少しでもその空気から守る為には、それくらい必要だよ」
既に予防接種をしているから、彼女達を止める事は出来なかった。それでも、少しでもリスクを減らそうと、こうして最大限の防御策を講じた。
タイベックにフルフェイスマスク、最高級の切創手袋に、踏み抜き防止安全靴。かなり不格好になってしまったが、安全には変えられない。
そう言うと、佐川さんは俺を指さす。
「でも、お前は軽装じゃん」
「俺も、手袋とマスクフィルターは最高級品だ」
「それだけじゃねぇか」
不満そうにする佐川さん。
仕方ないだろ。
「そもそもな、君のような乙女をピットに入れる事自体、俺は反対なんだ」
「うっ…」
佐川さんの腕が降ろされる。どうやら、分かってくれたみたいだ。
そう俺が安堵すると、彼女が近寄って来る。そして、そのゴテゴテした装備のまま俺を抱きしめた。
えっ?なっ、えっ?
「あのな、こんなあたしを乙女なんて言うのは、お前くらいだぞ?ケイゴ」
「わっ、悪かった。謝るから、機嫌直し」
「喜んでんだよ、あたしは」
ホントに?なんか、絞め殺されそうな勢いだったんだけど?
「ちょっと、佐川さん。こんな所で、止めて下さい」
「おっと。悪りぃ、悪りぃ」
鈴木さんのお陰で、何とか解放された。
ふぅ。
「黒川さん」
一息ついていると、鈴木さんが恨めしい目で見上げて来る。
ああ、分かっているよ。でも、
「鈴木さん。君には大切な役割があるんだ。堪えてくれ」
我々と違い、彼女は比較的軽装だ。タイベックとフルフェイスのマスクは付けているが、手袋も手に持っている靴も特別なものじゃない。
彼女には作業に参加せずに、記録と通信係をやってもらう事にした。それと、少し離れて俺達の安全を確認する役割もある。
体を動かすだけが大事な仕事じゃない。信頼できる彼女だから、俺達の命を預けるんだ。
そう説明したら納得してくれたと思ったんだけど…?
「それは…分かっています、けど…」
うん。まだ呑み込めていない様子。
仕方ない。さっさと終わらせてしまおう。
「気を付けてね、3人とも」
俺達が中制から出て行こうとすると、クレーン操縦席に座る所長が手を振った。
「あんなとこ、私らも入った事が無いんだ。だから、何が出るか分からないよ」
…まぁ、予想はしていたけど。やっぱり特区のインフラ業は終わっているな。西内所長ですらそれなんだから。
俺は重くなった気持ちを背負い、現場に出て階段を上がっていく。そして、登り切った先に現れたのはぶ厚い扉。エアロック式の取っ手が輝く上には、〈立ち入り禁止!ここからホッパーステージ!〉と赤字でデカデカと看板が貼られていた。
いや、ここに入れなかったら、クレーンバケットの整備はどうするの?給電ケーブルのメンテも必要よ?
「いよいよだな、ケイゴ」
俺が呆れていると、少し緊張気味の声が後ろからする。
佐川さん。
「引き返すなら今だよ、2人とも。ここからは本当に、過酷な別世界。危険度は一気に上がる。だから…」
だから、ここで引き返すと言うのは英断だ。
そう言おうとしたら、2人は大きく首を振った。
「行きます!黒川さん。私も、貴方の役に立ちたいんです」
鈴木さん…。君はいつも一生懸命に、俺を支えてくれるな。
「あたしも行くぜ。お前らと一緒なら、何処だってへっちゃらだ」
佐川さん。最初は汚泥タンクにすら悲鳴を上げていたのに、こんなところまで付いて来てくれるなんて。
縁結びの神社になんか行かなくても、俺は相当恵まれている。この2人に出会えたのだから。
「黒川さん?」
「ああ、いや、何でもない」
俺は大きく頭を振り、溢れそうな感情を振り払う。
そして向き直る。重厚な扉に。過酷な現実に。
「行くぞ」
「はいっ!」「おうっ!」




