83話〜そう、厄介なのよ〜
「いやぁ〜。来てくれてありがとね、鈴木さん。皆さん」
工場の駐車場に着いて降車すると、西内所長が走って来て俺達に頭を下げた。
どうやら俺達の到着を待っていたみたいだけど…この寒空の下をずっと?どれだけ期待してくれていたんだ?
こりゃ、是が非でも解決しないと。
「やっほー!黒川くーん!」
事務所に行く途中、計量棟から声が掛かる。見ると、窓口から身を乗り出して、受付のお姉さんが大きく手を振ってくれていた。
ああ、どうも。
俺も振り返すと、彼女はニコリと笑った。
「お昼は事務所に戻るから、一緒に食べよーね!」
おっとぉ。誘われてしまった。
さて、どう返事をするかと俺が一瞬迷っている間に、俺の前に鈴木さんと佐川さんが進み出る。
「ダメです!私達は、お仕事で来ているんです!」
「昼まで居ないかもだぞ?」
おぅ。佐川さんまで。
もしかして、さっきの俺を守る発言はこれの事?
「さっ。行きましょう、黒川さん」
「とっとと終わらせて、昼飯は外で食おうぜ」
2人に腕を引かれ、俺は建屋の中に入っていく。
なんか、守られているって言うより、介助されてる気分だ。
心の中で項垂れていると、前を行く所長がチラリとこちらを見る。
「いやぁ、年始早々に呼び出す形になってごめんね。JIEさんとは全然関係ない場所のトラブルなんだけど、他の人達に聞いても全然分からなくてねぇ。君達ならと思って泣き付いちゃったんだ」
「いえ。私達で出来ることでしたら。社長からもそう言われていますので」
「ホント、ありがとね。ぐふふふっ」
所長は笑いながら、俺達を事務所隣の会議室に連れて行く。そこには既に俺達用の制服と装備が用意してあり、コーヒーまで置いてあった。
そして、俺達が更衣室(俺は倉庫)で着替えて戻ると、会議室の机の上には人数分の資料が置かれていた。
凄く手際が良いな、西内所長。
「それでは、先ずは工場の概要からお伝えします」
所長の説明に従い、我々も手元の資料を捲る。
工場の規模や使っている機器の簡単な能力まで書かれており、この葛飾清掃センターがどんな工場か一目で分かるものになっていた。
そうそう。こう言うのが良いんだよ。こう言うのが。
「それで、現在困っているのが、次のトレンドグラフになります」
「…うん?」
ページを捲って、俺は唸ってしまう。
何本か折れ線グラフが載っているが、どれが問題なのか一瞬分からなかった。
ええっと、この折れ線が排ガス量で、こっちが消石灰、活性炭。それで…。
「今問題なのが、これ。この赤線の水銀です」
「うっ…」
俺はその線を見て、驚きで声が詰まった。何せ、その線は殆どレンジオーバーしていたからだ。
ええっと、レンジの最大が100ppmだから…ははっ。余裕で規制値オーバーしてやがる。
「こいつは厄介だ」
「そう、厄介なのよ」
俺の呟きに、所長が大きく頷く。その大きなリアクションから、彼女達がどれだけ困っているかが分かる。
そりゃそうだろうな。水銀って、問題としちゃダイオキシンと同じくらい厄介なものだ。しかも、原因が分かり辛い物。
これは、難航するかもな。
「とりあえず、見ていきましょうか」
「助かるよぉ、黒川君。宜しくね」
俺が資料を纏めて立ち上がると、所長も立ち上がる。宜しくと言って、俺と握手した。
弱気になりつつあった心に、再び火が付いた。
「ここが中央制御室です」
先ず、俺達が来たのは中制。紙でトレンドとかは見せてもらったけど、実際の操業はどうなのかこの目で見たかった。
そう思って部屋に入ると、お喋りしていたオペレーターの娘達が一斉にこちらを向いた。そして、
「おっ。噂の彼だ」
「スエちゃんが言ってた人?確かにカッコイイかも」
「スバル様程じゃないけどね」
かなり熱い視線を感じる。今までとは大違い。
ここまでジロジロ見られると、ちょっとやり辛いかもな。
そう尻込みしそうになったけど、思い止まる。この程度で何やってると、1歩前に出た。
「こんにちは!皆さん。ちょっと皆さんの操業を見せて貰いに来ました。画面を1つお借り出来ますか?」
俺が大きな声で挨拶すると、オペレーターさん達はクスクス笑った。
ここまでは、今まで通り。でも今回の彼女達はニコッと俺に笑いかけ「ここをどうぞ」と快く、真ん中の画面を明け渡してくれた。
おお。案外、やり易くなったかも?
俺はしめしめと椅子に座り、マウスを持つ。でも、そうして操作しているとオペレーターさんが近寄ってきた。
えっ?なんです?
「ねぇ、君。本物の男なんだよね?」
「えっ、ええ、はい。そうですよ」
俺が小さく頷くと、女性達は「きゃっ」と、黄色い声を上げる。
ふぁ?
「へぇ、やっぱそうなんだ。教科書と全然違うね」
「慰問会の奴らとも違うよ。あいつら、マジでブタみたいにブヒブヒ言ってたもん」
「うわっ、キンモー」
いつの間にか、俺の周りが所員さん達で固められてしまった。
何だこの、ハーレム状況は。
「ねぇ、君。君はこんな事しても、全然平気なの?」
こんなと言って、俺の肩に手を置く女性。俺が「ええ、まぁ」と頷くと、他の人も頬を突ついたり腕を触ったりしてくる。
ちょい、ちょっと…。
「わー。すっごぉ。めっちゃ硬い」
「ホントだ。なんか気持ちイイね」
「何でだろう?こうしてると、凄くドキドキする」
そりゃ、俺のセリフだ!
女性に取り囲まれ、身体中をぺたぺた触られてしまい、俺は戸惑う。そうしていると、中には背中に抱きつく人まで現れた。
いや、もう、それは流石に、ヤバいって。
「ちょっと、皆さん!そこまでにして下さい!」
「下がれ、下がれ。あたしは警察だぞ〜」
ふわふわ天国に埋もれそうになっていると、鈴木さん達が助けに入ってくれた。佐川さんが警察手帳を見せながら近付くと、みんなは蜘蛛の子を散らすよう様に戻って行った。
凄いな、佐川さん。水戸の御老公みたい。
「ありがとう、鈴木さん。佐川さん。あとちょっとで埋もれるところだったよ」
「本当に危ない所でしたよ?黒川さん。ちょっとは抵抗しないと、好き勝手にやられちゃいます」
「ああ、まぁ、そうなんだがねぇ…」
相手はか弱い女性だからなぁ。あまり邪険に扱えない。下手に動いたら、セクハラで処刑されるかもしれない世界なんだから。
俺が困って佐川さんを見上げると、彼女はドンッと胸を叩く。
「安心しろ。あたしらが守ってやるからさ」
「はは…」
これは本当に、2人頼みになってしまうかもしれんな。
そんなトラブルもあったが、俺は何とか調査を開始した。DCSのトレンド画面を開き、おかしな動きが無いかを探していく。
でも…。
「う~ん。この動き方は、操業の問題じゃなさそうだなぁ…」
「そうなんですか?」
俺の呟きを拾った鈴木さんが、不思議そうな顔で俺を見上げる。
なので、俺は折れ線を指さして頷く。
「うん。この水銀の折れ線は、急に上昇しているからね。操業起因だったら、もっと緩やかに上がる筈なんだ」
水銀は変化しやすい金属だ。常温で液体だし、比較的簡単に変異体を作り出す。だから、排ガスの温度が高過ぎて規制値オーバーしているのかと思ったけど、それならもっとゆっくりと上がる筈。
だから、こんな風に急激な変動をするとしたら、設備的な不具合か、ゴミ自体に問題があるかだ。
「と言う訳だから、先ずは設備的に問題が無いか確認しに行こうか」
「現場確認ですね?でも、何処を見たら良いんですか?」
「それはね…活性炭吹き込み装置だ」
「活性?」
首を傾げる鈴木さんを、俺は現場に誘う。ここでなんやかんやと言っているよりも、現場を見た方が早いだろう。
そう思って現場に行くと、丁度いい物が置いてあった。活性炭の現物だ。
「この黒い粉が、活性炭…なんですか?」
「ああ、そうだよ」
活性炭とは、字の通り炭の仲間だ。炭よりも更に高温で焼き上げて、更に無数の孔を開けた炭素素材。この穴が、強力な吸着力を生み出している。
「その吸着力で、様々な分野で活躍しているんだ。この前行った下水処理場でも、この活性炭で水を浄化していたし、靴箱なんかに入れたら脱臭してくれる」
「あっ、あの黒いのって、活性炭だったんですね?」
「なんだ、あれか。うちにもあるぞ?」
一気に親近感が湧いたみたいで、2人は活性炭の入った容器をツンツンしている。
それは良いけど、こいつはかなり有用なんだよ?その多孔機構で、水銀も吸い取ってくれるんだ。それと、元は炭だから、かなり燃えやすい。調子に乗って貯留し過ぎると、発火して大変な事になる。
有用だけど、気を付けなくちゃいけない素材だ。
「その活性炭が吹き込まれなくなったから、水銀が出ているのかと思ったんだけど…」
俺は言葉を切り、上を見上げる。そこのは、太い半透明の管が吊るされており、中を黒と白の何かが高速で移動していた。
消石灰と活性炭だ。空送ブロアから吹き出す風に乗って、バグフィルターへと送り出されている。この何処かが詰まりがってになっているのではと思ったが…。
「問題は無さそうだな」
「取り敢えず叩いてみっか?」
試しに佐川さんがハンマリングしてくれたけど、特に変わらない。塩ビ配管がグワングワン揺れるくらい叩いてくれてるから、いかに頑固な付着も留まれないだろう。
でも、付着が飛んだ様子はない。これは、設備的な問題でもないかも。
となると…。
「ゴミかぁ…」
俺が大きなため息を吐くと、2人が首を傾げる。
「どうしました?黒川さん」
「なんだよ?ゴミが原因だと何が不味いんだ?」
うん?だって…ああ、そうか。
俺は自分の中だけで完結していたことに気付き、反省した。
そして、2人に共有する。このどうしようもない結末を。
「ゴミが問題だとすると、次はどのゴミが悪いのかを探さなくちゃいけない。そうなると、必然的に入らなくちゃいけないんだ。あそこに」
「「あそこ?」」
ハマる2人に、俺は上を指す。
そして、宣言する。
「ゴミを大量に蓄えている場所、ゴミ貯留槽の中にだよ」
俺の言葉に、2人は固まっていた。




