82話~一緒に写真撮ってよ~
「だから言ったろ?特区に住んじまった方が良いって」
ゲートへ迎えに来てくれた佐川さんは、パトカーを発進させると同時にそう言って、前を向きながら小さく笑った。
…まぁ、言いたいことは分かる。今では自宅で過ごすより、特区の中で過ごす方が長くなってきているからね。
でも、
「俺が1人で行動するのはNGなんだろ?」
美女に囲まれて、まるで楽園の様に過ごせるようになってきた特区だが、実際は首輪をされている状態。今はその手綱を握るのが佐川さんだから優しくしてもらえているが、それでも動ける範囲は決まって来る。
そう言うと、佐川さんは「あん?」と横目でこちらを見る。
「なんだよ?嫌か?あたしと一緒なのは」
「嫌なんてとんでもない。俺の監視役が佐川さんで、本当に良かったよ」
俺が慌ててそう言うと、佐川さんは「だろ~」と満足そうに笑みを浮かべ、視線を前に戻した。
「だったら良いじゃん。特区に住んでもよ」
「住めるのか?男だから、入区は出来ても住民票は移せないだろ?家も借りられないだろうし…」
「家はあたしンちに住めばいいだろ?」
いやいやいや!それが不味いんだって。
本当に、この世界の女性は警戒心が驚くほど低い。一緒に寝ようとしたり、最初の頃は風呂まで一緒に入ろうとしていたからな。性教育がまるでされていないから、そっち方面は小学生レベルで止まっているのだろう。
こんな状況が続けば、絶対に間違いが起きる。俺が起こす。そして俺は投獄される。女神を汚せば、死刑台へ直行だろう。
「なかなか、難しい課題が山積しているんだよ」
ただ、そんな事は言えないので、俺は適当に誤魔化す。
すると、彼女も「ああ~」と何かを納得した。
どしたの?
「確かにあたしンち、3人で住むには狭いからなぁ」
3人って…。
ちゃっかり鈴木さんもカウントしているじゃん。
「でも大丈夫だぞ?最近は空き家も増えてるし、広い所に移り住んじまえば良いだけだ」
空き家が増えている…。
それって、やはり特区の人口が減っているって事だよな?政府の調査結果は、正確だったって事か。
「どうだよ?黒川。台東区辺りに一軒家買ってさ、そこに3人で住もうぜ?そしたらみんなの職場からも近いし、便利だろ?」
「それは、凄い魅力的な提案だけど…」
聞いただけで心が浮き足立ってしまう。また、正月の様な時間が過ごせるかもと、勝手に妄想が広がっていく。
ダメだ!俺。それは甘い誘惑だぞ。
「ありゃ?珍しいな、こんなとこが渋滞してるなんて」
「うん?」
佐川さんの声に吊られて前を見ると、車の前に長蛇の渋滞が出来ていた。信号がすぐ近くにある訳じゃないから、信号渋滞って感じでもない。
特区で渋滞に会うこと自体が初めてかも。
「仕方ねぇ。ちょっと遠回りだけど、迂回すっぞ」
頼もしい言葉と共に、佐川さんは巧みなドライビングテクで細道へと入っていく。そのまま迷路みたいな道を潜り抜けていくと、少し開けた道路に出た。
流石は警察官。道も良くご存じで。
「な?何時もドライブしているだけはあるだろ?」
…それは、自慢なのか?自虐ネタなのか?
分からなかったが、佐川さんのお陰で大渋滞を回避することが出来た。そしてしばらく走っていると、大きなドームが見えて来る。どうやら、そこが渋滞の起点らしい。
何の催しだろうかと車の列を目で追っていると、佐川さんが側道を指さす。
「どうやらスバル目当ての渋滞だったみたいだな」
「スバル様?」
指さす方を見ると、そこも大渋滞。ゴスロリや姫系スタイルの女性が詰めかけ、アリーナへと一直線に向かっていた。彼女達の持ち物を見ると…確かに、〈スバル様love〉とか〈スバル様★命☆〉と書かれた団扇がキラキラしていた。
凄い人数と熱気だな。まるで慰問会に行く男性達みたいだ。
「やっぱ、スバルの人気はすげぇよな。最近では、一部の女子に王子コスなんてのも流行ってんだってよ」
「王子コス…そんなのまで」
言われて見れば、確かに男性っぽい格好の娘も何人か居る。ズボンを履いていたり、髪をショートに纏めたりしていた。
まさか、女性が男装するなんて。あれだけ嫌悪していたと言うのに、やはりスバル様の影響力は凄まじいものがある。
これでは余計に、オトハ様をトップアイドル扱いした総理の思惑が分からなくなってきたな。
それからは渋滞に掴まる事もなく、俺は慣れつつある警察署で1泊を過ごす。そして、翌日も予定通り本社に到着した。
さて、鈴木さんは何処だろうとエントランスに入ると、そこらで話し込んでいた女性社員達がこちらを振り返った。
うおっ!やべぇ。またネズミ扱いされる!
そう思ったが、
「あっ、スーツだ」
「良いよね。スーツコス。やっぱカッコイイ」
「スラッとしてるよね。特番のスバル様みたい」
悲鳴の代わりに聞こえてくるのは、興奮した声。熱い視線が、俺の体を舐め回す。
マジか。ここまでスバル様の影響が来ているんだな。害虫扱いされないなんて、かなり有難いぞ。
まさかの待遇改善に、俺は胸を撫で下ろす。そこに、小柄な女性が駆け寄ってきた。
鈴木さん…じゃないな。吊り目の可愛らしい娘だ。
「ちょっと良い?一緒に写真撮ってよ」
「しゃ、写真?」
一瞬、俺が撮る側かと思ったけれど、どうも違うらしい。吊り目ちゃんは俺の腕に手を回して、自撮りのポーズを取る。
マジか。ツーショット?
「あの、何か勘違いしてない?俺は男だよ?」
「関係ないわ。スバル様のコスを愛する者に、男も女もね。私が見た中でも、あんたはかなりレベル高いし」
レベルが高いって、コスプレのレベルってこと?確かに10万もした一張羅だけどさ、別にコスプレじゃないぞ?
「はい。笑顔、笑顔。なんかポーズしてよ」
「いや、急にそんな事言われてもだな…」
「1+1は?」
「にぃ!」
くっ。
反射でポーズを決めてしまった。
「ノリが良いわね、あんた。私、今日会社休む事にするから、あんた1日付き合いなさいよ」
「えっ?!」
それって、デートのお誘い?おいおい。そこまで意識改革が起きているのか?
正直嬉しいけど…受ける訳にはいかない。
「悪いけど、俺も仕事で来てるんだ。君の誘いには乗れない」
「はぁ?男の分際で、私の命令が聞けないって言うの?」
なぬっ!?
その可愛らしい容姿で、まさかの女王様キャラ?逆らったら不敬罪になるのか?
佐川さん…に助けを求めると、この娘を吹っ飛ばしちゃいそうだよな。どうするか…。
「何をしているの?鮫島さん」
悩んでいると、聞き慣れた声が聞こえた。
鈴木さんだ。とても良い笑顔で、カツカツとヒールを鳴らしてやって来た。
助かった。
って、待てよ?鮫島って確か、鈴木さんをイジメていた奴じゃなかったか?
「別にぃ~。何でもないですよぉ?鈴木室長。ちょっと体調が優れないから、この人に看病してもらっていただけで~す」
ニヤニヤ笑いながら嘘を吐く鮫島さん。それを、厳しい目で見る鈴木さん。
相当な因縁。
やはり、イジメの主犯格はこの娘だな。
そう判断した俺は、絡まっていた鮫島さんの手を振り解く。もう取られないように腕を組んで、キツく彼女を見下ろした。
「嘘は良くないぞ?鮫島さん。会社をズル休みしようとして、俺を無理やり付き合わせようとしていただろ?」
「しーっ!しーっ!」
静かにと、ポーズで訴える鮫島さん。だが、それは逆効果だ。
案の定、鈴木さんが呆れた様子で近付いて来る。
「鮫島さん。このことは吉成部長にもご相談させて貰いますよ?」
「それはやめてっ!もうしないから!」
言うが早いか、鮫島さんは脱兎のごとく階段を駆け上がっていった。
逃げ足は速いんだな。
「大丈夫ですか?黒川さん。変な事されていません?コーヒーとか、何か貰って飲まされていたり…」
コーヒー?
「いや、何も貰ってないよ」
「そうですか。良かったです」
安心した様に微笑む鈴木さん。
むむっ。あの娘に何かやられたんだな?あれがいじめっ子だってもっと早く分かったら、こってり絞ってやったのに。
「それよりさ、早く行った方が良いんじゃないか?」
「うん?ああ…」
佐川さんの声で顔を上げると、興味深げな女性社員達の姿が見えた。
確かに、早めに離れた方がいい。もたもたしていると、また誰か突っ込んで来るかもしれんぞ。
「やぁ~、驚いたなぁ」
鈴木さんの車に乗り込んだところで、漸く俺は安心できた。
それに、鈴木さんが「本当ですよ」と同調する。
「あれだけ男性を嫌っていた鮫島さんが、黒川さんと腕を組んでいるんですもの。一体、何があったんです?」
「ああ。どうも、スバル様の影響みたいでさ」
「スバルさんの?」
俺は昨日見たことや、佐川さんから聞いた話を鈴木さんにもする。すると、鈴木さんは「もうっ」と頬を膨らませた。
なんで?
「はた迷惑な話ですね。スーツを着ているだけで、コスプレ扱いなんて」
「ああ、ホントに」
流石は鈴木さん。俺の為に怒ってくれていたのか。
でもな。ネズミ扱いよりはマシだと思うよ?
「それに」
それに?
「…いえ。これは私達が頑張って、黒川さんを守ればいいだけの話ですね」
「守る?」
俺を?
何から?
訳が分からず鈴木さんを見るが、彼女は佐川さんとコソコソ何かを話し合い、2人で仲良くうんうん頷き合っている。
女の子同士の秘密かな?気になるけど、こういうのに首を突っ込むとモテない。俺は詳しいんだ。
「では、行きましょうか」
秘密会議が終わった鈴木さんは、車を発進させる。
向かうは、先日お世話になったあのゴミ処理場。
「西内所長から直接、私に連絡があったんです。何処に相談して良いか分からなくて、つい相談してしまったと」
「やはりそうか」
あの名刺が効いたってことだな。
「それで、社長に相談してみたところ、JIEの製品も扱っている工場なので、製品チェックという名目で業務支援に行っても良いと許可を頂いて」
「なるほど。流石は社長」
寛容な判断だ。上手くいけば、他の製品もJIグループに切り替えてくれるかもしれないぞ。
しかし、何処に相談するべきかという所長の発言は気になる。それだけ、他の会社が当てにならなかったということなのだろうか?それとも、あまり言えない事が起きている?
分からないが、
「先ずは一つずつ、怪しい所を潰すしかないな」
俺は意気込む。
今回も成功させてやると、虚構の自信を胸に抱いて。




