81話〜まっちゃんも行くか、特区〜
「おはようございまーす!明けましておめでとうございまーす!」
翌朝。久々に出社したので、俺は大きな挨拶と共にオフィスへ入室する。
社内は年明けムードであり、棚には小さな鏡餅が飾ってあった。カレンダーも朝日登る1月の絵柄だし、何だか正月気分が戻って来た様だった。
今年の正月は充実し過ぎていたからな。月曜日なのに、なんか気持ちがウキウキだ。
「おいっす、黒川」
デスクに向かうと、向こうの島で岩本係長が手を挙げる。なので、挨拶も兼ねてそちらに出向いた。
「おはようございます、係長。今年も宜しくお願いします」
「おう、ことよろ。そんでさ、どうだったんだよ?ブラッククリスマスの成果は。あの日お前、相当焦ってたろ?」
「あっ」
そうか。みんなには、その姿を見られていたのか。
めちゃくちゃ焦ってたからな、あの時の俺。しかもそこから長期休暇を取ったから、気にされているみたい。
営業部全体から向けられる視線の意味が分かり、俺は頭の後ろを掻く。
「ええっと、あの日は急に、お得意様からクレームが入りまして、その対応で…」
「しゃらくせぇ。何がお得意様だ。また行ってたんだろ?特区によ。調べはついてんだぞ」
ぐっ。流石は営業部のエース。会社の事なら松本君以上だ。
俺は観念して、年末年始に何があったのかを簡単に説明した。すると、係長は「かぁーっ!良いなぁ!」と顔をクシャクシャにした。
「年越しを特区でかよ。えっ?どんな富豪よりも贅沢してんな。特区で年越しそば食べて、初詣して、初日の出見たってか。才能だねぇ」
「済みません。俺ばかり」
俺が軽く頭を下げると、係長が俺の腕をバシンッと叩く。
「なに謝ってんだ。流石だって褒めてんだよ、俺は。俺達なんて、女性と電話会議するだけでぶっ倒れてんだぞ?」
ああ、そう言う事か。
営業部も特区案件を対応するのに、少しずつ女性との交流を持つようになっているらしい。それで俺に、どうしたら女性とまともに会話出来るようになるかを聞きたかったみたいだ。
なるほど。そう言うことなら、
「特別な才能は要りません。ただ慣れるだけですよ。あと、相手は自分と同じ人間だって思う事です」
「また罰当たりな事を平気で言うな、お前は。女性が俺たちと同じなんて、口が裂けても言えねぇよ」
そう言って笑ったあと、係長は「でも」と言葉を続ける。
「だからお前は、特区に入れるんかもしれねぇな。俺らが寂しい年末を過ごしたのも、この古い考えのせいなのかもしんねぇ」
「係長…そんな、寂しかったんですか?」
しんみりしてしまった係長に問いかけると、彼はニカッと笑った。
「バカ。お前に比べりゃだよ。俺だって地元に戻って、仲間達とツーリングしたり、生まれ育った寮に挨拶行ったりで忙しかったからな」
「寮?」
生まれ育ったって事は、もしかして係長は児童養護施設出身なのか?
そう、俺が驚いたタイミングで、始業のチャイムが鳴る。みんなが一斉に「女性の為に」と張り切って仕事に打ち込み始めた。
なので、俺は何も聞けずに退散した。自分の席に座り、周りの人達に特区のお土産を配る。
特区案件が任される様になったけど、みんな特区のお土産を凄く有難がってくれた。挙句には、神棚にまでお供えしていた。
特区のお土産を捧げたところで、災害が無くなるとは思えんのだが?
『あ〜、皆さん。明けましておめでとう』
そうして神棚を見上げていると、その上のスピーカーから支社長の声が流れた。
ああ、年始の挨拶だ。
『今年は、社長直々にご挨拶して頂ける事となった』
「「おぉ…」」
オフィスが湧く。
今までは、支社長が訓示を述べるだけだったらしい。
興奮気味な囁きが満ちるオフィスに、社長の声が響いた。
『皆さん。あけましておめでとう』
「「おおっ」」
「女性から祝われた」「初めての感覚」
年始の挨拶だけで、みんなは歓喜に震える。何故か俺の肩が叩かれて、同僚から「ありがとう」と感謝される。
いや、俺は関係ないと思うぞ?
『皆さんの働きには大いに期待しております。特区において、インフラ事業は無視できないものとなっており、皆さんの技術力次第で特区の明日が決まるかもしれない状況です。女性の人口減少が示唆される今は、特に必要なことで…』
「「えっ?」」
「女性、減少?」「どう言う事だ?」
あれだけ待ち望んだ社長の声を遮り、社員達が不安げな顔を突き合わせる。
それを、部長が「こら」と低い声で諌める。
「最後まで聞きなさい」
みんなは口を閉じ、再びスピーカーを見上げる。
『正直に申し上げて、現状でも人手不足に悩んでいるのが特区のインフラ事業です。人口が減って、これらが深刻化するのは火を見るより明らか。よって、私達が皆さんに求めることは、少ない人数で高品質なサービスを提供できる事業形態の構築です。その事を念頭に、業務に邁進して下さい』
「少ない人数で…」
「やっぱ、減少しているのか?女性が?」
「……」
社長の挨拶が終わると、多くの社員が右往左往する。
そんな中、全く動じない人達も居た。俺と松本君は勿論の事、部長達や係長達営業の一部も神妙な顔で業務に戻っていた。
…どうやら、一部の人は既に知っていたみたいだな。
「まっちゃん。今の…」
松本君に話しかけようとしたら、電話が鳴った。鈴木さんの音だ。
俺は松本君に「また後で」と手を上げて、防音室に籠る。
…もう、防音室に籠る必要もないかも知れないけど。
「もしもし、鈴木さん?」
『黒川さん。新年早々に済みません。また、問題が起きてしまって。この前粗大ごみを捨てに行った、葛飾区のごみ処理場なんですけど…』
「えっ?あそこで?」
これは偶然か?それとも、鈴木さんが渡した名刺から本社に連絡が来たのか?
分からないけど、またあの人達が困っていると言うのなら、直ぐに解決しないと。
「それで、どんな問題が発生しているの?」
『それが、排ガスの数値がおかしいと言う話で。もしかしたら計器が壊れているかもって言われているらしくて』
そいつは、穏やかじゃないな。
例の如く操業データは持ち出し不可らしいので、俺は直ぐに行く約束をして電話を切る。そして、星里部長に許可を取って松本君を借りる。
もう俺は、製品管理部じゃないからな。勝手に彼を動かすことは出来ない。
「大変ですね、先輩。今度は溶融炉式のゴミ処理場ですか」
「ああ、しかも排ガスらしい」
車の中で、俺は松本君に愚痴る。
ダイオキシンもなかなかに厄介だったが、排ガスもそれと同じくらい厄介なものだ。今回も色々と、戦う羽目になりそう…。
「まっちゃんも行くか、特区」
「無理ですよ、先輩。昇天しちゃいます」
ノータイムで返してくる後輩。
ふん。何を言っている。
「大丈夫だって。前回で、かなり耐性が付いただろ。アコちゃんともやり取りしているんじゃないか?」
「それは…」
おっ。図星らしい。
流石だな、松本君。元モテ男は伊達じゃない。
「違いますよ、先輩。僕は頼まれていた事をお伝えしただけで」
「ほぉ?どんな事よ?」
必死になって反論する松本君が面白くて、俺は少しウザい絡みをしてしまう。
すると、彼が少し真面目な顔になった。
「海外の事を聞きたがっていたので、キアヌ君…ハワイの友達に連絡を取ったんです。色々と面白い話も聞けたんですけれど、女性人口の話題にもなって…」
オトハ様の話では、アメリカは既に男女比が200:1まで減少しているとのことだった。
傍で聞いてもショックな情報に、現地ではよりショッキングな状況になっているとの事。
「なんでも、女性が減った責任を追求されているみたいなんです。たった数年で半減したのは、政府の政治責任なんじゃないかって、各地でデモやストライキが起きているとか。元々慰問会も減っていたらしいので、その反動が出たんじゃないかって言われているらしくて…」
自由の国アメリカだからな。元々あの国は、権利とか迫害だとかに敏感な風潮がある。女性との接点が減るとなれば、そうなるのも不思議じゃない。
もしかして、それを知っているから日本政府は、女性達に慰問会の参加を呼び掛けたのか?減らせばアメリカの様になるから、少しでも緩和させようと。
「これは、不味いな」
「ええ。本当に、世界が壊れていくような気がして、凄く怖いです。何故、女性の数は減る一方なんでしょうね?男は増えていくばかりなのに」
「さて…なぁ」
俺は考えようとしたけど、止めた。何も知らないことを思い出して。
そして、それを口にする。心臓がバクバク言うが、無視する。
ここで聞かないと、きっと後悔するだろうから。
「なぁ、まっちゃん。恥を忍んで質問させてくれ。俺達はどうやって産まれて来るんだ?」
「えっ?どうって?」
目を大きく開いて驚く後輩。
でも、直ぐにいつも通りに戻る。
「えっと、普通に人産センターで産まれますよ?ランダムに組み合わせた卵子と精子を組み合わせて受精させて、産まれた後は年齢に応じた寮に行きます」
それを聞いて、今度は俺が驚いてしまった。
やはり、この世界はバイオ技術で人間を誕生させていたのか。まさか女性に産ませている訳が無いと思っていたけど…人産センターね。
ネットで出てこなかったのもそうだけど、何か怪しいな。
「もしかして先輩は、そうじゃないんですか?」
「うん?」
考え込んでいた俺は、更に驚いて顔を上げる。すると、前を向きながら小さく微笑む松本君が居た。
「やはり、そうでしたか。何となく、先輩は違うなって思っていましたけど。やはり特別な生まれだったんですね」
「…まぁ、そうだな。俺は異世界人だから」
俺は一つ頷き、「でも」と首を振る。
「異世界人だが、特別ではない。俺も、君と同じ人間だ。そして君も、俺と同じ人間だ」
「いえいえ。先輩と一緒なんて、僕はただの…」
「一緒だ、まっちゃん。特別だから出来るんじゃない。才能がないから出来ないなんて思うな。熱い想いとたゆまぬ努力があれば、出来ない事は無い。そう、いずれ…」
俺は前を向く。そこには、世界を隔てる大きな壁が聳え立っていた。
そこを、俺は指さす。
「君も越えられる、あの壁を」
「……」
松本君は、答えない。
ただ、前を向くだけだった。




