80話~女神プロジェクト~
会議場に入ると、既に大勢の出席者で席が埋まっていた。その大半が女性であり、私も何度かパーティーなどで顔合わせをした人達だった。
区長に、資産家に、私と同じ名家の役員。特区の重鎮が勢揃いしているのではと思ってしまう程、豪勢な顔ぶれ。
一瞬、私は場違いなのでは?と足を止めてしまう。三女の私がこんな所に招かれる筈がないので、別の会議場なのではと踵を返そうとした。
そこに、声が掛かる。
「あら?貴女、蘇芳乙葉さんね?」
優雅に立ち上がったその人は、亜麻色の長髪を背中に流し、怪しい笑みをこちらに向ける。
千代田区の川咲区長。以前、何かの会合でお見掛けしたことはあったが、呼びかけられる程の面識はない。だと言うのに、彼女は隣の席を1つ空け、そこを手で差し示した。
…座れって意味ね。
「ご無沙汰しております、川咲様。蘇芳乙葉でございます」
「テレビで良く拝見しているわ。随分とご活躍されているみたいで」
「まだまだですわ」
表面でのやり取りを交わし、同時に着席する。ただ人気が出てきた私に話しかけただけかと少し安心していると、「ところで」と再び話題を振って来た。
「今日はまた、随分と変わった運転手を連れていたわね。あの黒スーツの男、局員ではありませんよね?」
どうやら、見られていた模様。駐車場には何台かリムジンが停まっていたから、そのどれかが彼女の物だったのかも。
私は笑顔を貼り付けて、ただ頷く。すると、川咲様も満足そうに微笑んだ。
なにかしら?
「そう。あれが黒川慶吾ね」
「っ…」
つい言葉を詰まらせると、川咲様は笑みを深くする。背中を背もたれに預け、口元を扇子で隠した。
「貴女とも繋がりがあるのなら安心だわ。しっかりと、彼を留めて下さいね」
留める?
一体、何処に?
私がそう疑問を投げかけようとした時、会議室の扉が開いた。そこから、多くの男性が入って来た。
大半が上級局員。彼らは入り口付近に留まり、直立で壁際に並んだ。その中には、黒川を救う時に対峙した鞍瀬長官の姿もあった。
残り数人は、壮年の男性。超一流のスーツに身を包み、私達を見ても少し顔を赤くするだけで真っ直ぐに歩いている。
そして、その壮年の男性達の先頭を歩いているのは、年配の女性と青年。どちらも先日、画面越しにご挨拶した人達。
神宮寺総理と、一星秘書官。彼女達の後を付いて来ているという事は、壮年の男性達は国会議員みたいね。
「皆さん、お忙しい中お集まりくださり、誠にありがとうございます」
総理は席に着くと、真っ先に労いの声を私達に掛ける。次いで、共に来た議員達から報告を上げさせる。
色々と小難しい言葉を吐いていたが、要約すると、年末に一星秘書官から言われた事と同じだった。
国外の経済が活性な中、日本のGDPが伸び悩んでおり、世界に置いて行かれている。このままでは、日本の未来が明るくない。それを、グラフやら表やらで見せられた。
伸び悩んで、何か悪い事があるのかしら?
説明が終わり、首脳陣が暗い顔をするのを見て、私は不思議に思う。黒川が言っていた、インフラ業の立て直しの方が大切ではなくて?
「では次は、防衛大臣の中元から報告します。お願いね」
「はい。総理」
総理に指名された男性は、総理より歳を取った老人。その人はゆっくりとお辞儀をした後、我々を見る。光のない目で、手元の資料に視線を落とす。
「昨年実施された国勢調査の結果、我が国の女性人口が減少傾向であることが判明しました」
「えっ」
あまりの事で、私はつい声を漏らしてしまった。
でもそれは、私だけではなかった。特区の重鎮達も、壁際の局員すら驚きの表情を浮かべていた。
その驚きに答えるように、大臣は会議室の巨大モニターを見上げる。そこには、徐々に下がりつつあるグラフが映し出されていた。
「昨年度の日本国における女性人口は99万6000人と、初めて100万人を下回る結果となりました。そして、この減少傾向は過去にも起きており、そこから推測されるこれからの女性人口推移は、5年以内に50万人、10年以内に30万人を切る予測となっております」
「そんな、3分の1…」
大臣が示すグラフを見て、私は絶句する。定期的に繰り返される女性減少の波が、まるで何かの呪いの様に見えた。
誰かが声を上げる。
「その原因は、分かっておりますの?」
「残念ながら、推測の域を出ません。恐らくは、放射能の影響だと思われますが」
「その根拠は?」
「…放射能の影響が強いとされる中国やアメリカでは、既に女性人口の減少が顕著となっているからです」
切り替わった画面を見てみると…確かに、アメリカも中国も、女性の割合が数年前から1%を切っている。アメリカなんてもう、0.5%に届こうとしていた。
つまりこれは、世界規模で起きている現象ということ。
「皆様、どうかご静粛に」
ガヤガヤと不安が渦巻く会議室に、総理の声が静かに響く。神妙な面持ちの彼女が、大きく頷く。
「ご不安は痛いほど分かります。同じ女として、これ以上同性が減るのは痛ましい。ですが、だからこそ私達女性の存在意義を指し示す必要があるのです」
「指し示す?」
誰かが放った疑問に、総理は再び大きく頷いた。
「私達は男性にとって、生きる希望となっています。私達の為にと男達は働き、奉仕し、命を捧げる覚悟です。それに、我々も報いねばなりません。彼らの覚悟に応え、励まし、鼓舞するのです。今をときめく、蘇芳乙葉さんの様に」
「っ!」
突然名を呼ばれ、私は硬直した。多くの目がこちらを振り返り、神宮寺総理は大きな笑みを向けてきた。
「蘇芳乙葉さん。貴女は素晴らしい。貴女の献身的な慰問により、多くの男性達が救われました。明日を生きる希望を見出しました。今後、女性の人口が減っていく中で、貴女は見本的な行いをしてくれました」
「わ、私は、そんな…」
そんなつもりではなかった。
そう弁解する前に、総理の視線が離れる。戸惑う他の女性に、優しい目を向ける。
「皆様もどうか、蘇芳さんをお手本として、慰問会への参加をお願いします」
総理が手でモニターを示す。すると画面は切り替わり、デカデカと文字が書かれたスライドショーが始まる。
その文字とは…。
「女神プロジェクト。これが、今後私達が担う国家の役割です。女性の皆様1人1人が女神となり、男性達に癒しと希望を与えるのです。そして、この国を癒して頂きたい。女性人口が再び減少し始めた今こそ、皆さんのご協力無くして国は成り立ちません。この国難を、是非、共に乗り越えて行きましょう」
女神プロジェクト。
その壮大な計画を打ち上げられた我々は、また不安で顔を見合わせた。そして、それを打ち上げた当人は、ただただ私達を安心させるように微笑み続けるのだった。
〈◆〉
「これが、会議の全容よ。本当は、他言無用と念を押されたのだけれど」
「いや、それを言っちゃったんですか!?」
つい、俺は突っ込んでいた。衝撃のあまり、ハンドル操作をミスるところだった。
あぶねぇ。
「あら?知りたかったんでしょ」
「…ええ。まぁ、そうですけど…」
正直、教えてくれた事には感謝している。
女神プロジェクト。女性が少なくなってくるから、今まで一部の人が担っていた慰問会をみんなでやりましょうって事だろ?言っている事は分かるけど、本当に上手く行くのかは不安だ。何せ、足立区の女性はあんなに嫌そうだったから。
「どうなるんだろうな?」
「ええっと、そのプロジェクトがどうなるか分かりませんけど、海外では成功事例があるみたいですよ?」
「えっ?そうなのか?まっちゃん」
驚いて助手席を見ると、彼は小さく頷いた。
「それこそアメリカでは、去年からエンジェルウィンクって言う名前の計画が進んでいて、日本の計画と似たような事をしているみたいです」
なるほど。日本はそれを真似て、今年からやろうとしていると。
「良く知っているな、まっちゃん」
「いえ、偶々ハワイに友達がいるので、その人から教えて貰ったんですよ。ただ…」
「ただ?」
言葉を切る松本君。視線を下げて、随分と言い辛そうだ。
それでも、彼は前を向く。
「これは噂程度なんですけど、現地では色々と不備があるらしいです。計画があまり上手く行っていないって、友達がぼやいていたので」
「不備か」
その不備が何かは言ってなかったらしいけど、何となく想像は出来る。
ただでさえ希少な女性が半分になっているんだ。色々と不具合が出てきているのだろう。一番に俺が思いつくのは、やはりインフラ関係。
マジで誰もやらなくなるんじゃないか?特区が回らなくなるぞ?
「既に先行きが怪しいな、そのプロジェクト」
「それだけじゃないわ、怪しいのは」
うん?どういうことです?オトハ様。
「帰り際、私だけ総理に耳打ちされたのよ。これからはトップアイドルとして頑張りなさいって」
「それは…純粋にオトハ様の活躍に期待してのお言葉だったのでは?」
俺がバックミラー越しにオトハ様を見ながらそう言うと、オトハ様は少し厳しい目で俺を見返した。そして、ふぅと大きめのため息を吐き出す。
「あのね、今一番の人気者はスバルよ。私もある程度の知名度を得られ始めたけれど、所詮は彼女の影。まだまだあいつの人気は衰えない。なのに総理は、まるで私が直ぐにその座を射止めるかのような発言をされた。ただのリップサービスかもしれないし、激励のつもりだったのかも知れない。けれど、何か引っかかるのよ」
まぁ、それは分かる。彼女が何故この会議に呼ばれ、スバル様が呼ばれなかったのかも考えれば。政府からしたら、オトハ様に活躍して貰った方が都合が良いとも聞き取れてしまう。
まぁ、ちょっと陰謀論過ぎたな。
単純に考えると、オトハ様が名門の出で、尚且つアイドルだから呼ばれたのだろう。長女や次女を差し置いたのも、そう考えれば納得だし。
俺が1人結論付けていると、アコちゃんの顔が運転席と助手席の間からポンッと飛び出して来た。
どしたの?
「やはり先生は凄いですね!海外に行っただけでなく、お友達もいらっしゃるなんて!」
「えっ?あ、いや。偶々現地でイベントがあって、それに参加したら仲良くなっただけですよ」
「それでも凄いです!自分、日本語以外は出来ないので、海外で友達が出来る気がしません!」
堂々と言うな、アコちゃん。俺も同じことを思っていたよ。
「そうですかね?意外に何とかなりますよ。ボディランゲージとかで」
「是非!そのボディ何とやらを教えてください!」
「ええっ?」
驚く松本君。
なので、俺は2人に連絡先を交換することを勧めた。
是非アコちゃんには、松本君の女性耐性増強計画を手伝って貰いたいものだ。
しどろもどろになる後輩を横目に、俺は少し車の速度を落として、そんな事を思い描いていた。
「雲行きが怪しいな」
台風が来そうですね。




