78話~何をしているの?お前達~
「ん~?立川の官邸?」
「そうそう。何か知らないか?」
元旦の昼。
俺達は初詣を終えて、鈴木さんの家で遅い就寝を取った。もう空が明るくなってきた頃に寝始めたので、起きた時はお昼を過ぎていた。
寝正月って奴だ。
そうして朝(昼)の身支度をしていた所、佐川さんも起き出したので聞いてみた。神社でオトハ様が行きたいと言われていた、その場所を。
すると、佐川さんは頬を掻きながら「そうだなぁ」と視線を天井に上げる。
「立川って言ったら、準特区がある場所だろ?区外の事だからよく知らねぇけど、政治家とか区長とか、偉い人達が区外に出るって時は大抵そっち方面に行くって話だぞ?」
「準特区?」
それが何か聞いてみたが、佐川さんも詳しくはないらしい。ただ、そこには第二の政府設備があって、特区の権力者は偶に、そこへ招かれるのだとか。
「乙葉も、そこに呼ばれているんじゃねぇか?」
「なるほど。そう言う事か」
だから、俺に運転手を依頼したんだな。特区の名前は付いているが、区外だから普通の女性ドライバーでは難しい。そこで、女性耐性もある俺に声を掛けたと。
本来は傍付きの鷲尾?鷲塚?にその役をやらせていたけれど、どうやら彼は左遷されたみたいだからな。今、オトハ様専用の男性管理局員は居ないのかも。
それは光栄な事だが、困ったことがある。俺が、ママチャリ1台しか持っていないということだ。
流石に、オトハ様を荷台に乗せて準特区を爆走する訳にはいかんだろう。そもそも、ニケツは交通法違反だしな。
なので、
「済まないけど、佐川さん。ちょっと区外に電話を掛けさせてくれないか?車を持っている奴に運転手をお願いしたいんだ」
「そりゃ、掛ける分には構わないけどよ。大丈夫なのか?お前以外の男だと、女を見た瞬間にぶっ倒れちまうだろ?」
「大丈夫だ。なにせ、俺の後輩だからな」
彼ならきっと、この試練も乗り越えてくれる。
そう思って、佐川さんのスマホを借りて電話してみたけれど…。
『ムリムリムリ!そんな、無理ですって。昇天しちゃう!』
電話に出た彼は、全力で拒否してきた。
まぁ、何となく予想はしていたが。
「大丈夫だ、まっちゃん。君なら出来る。俺を助ける為、オトハ様に直談判してくれたんだろ?」
『それ、モニター越しの話ですから!本物のオトハ様を僕の車に乗せるなんて…考えただけでも恐れ多いですよ!』
「俺を信じろ、まっちゃん。俺が信じるお前を信じろ」
『いや、なんかイイ感じな事を言って、煙に撒こうとしていません!?』
はっはっは。バレたか。
なら、
「ありがとう、まっちゃん。明後日は10時に、杉並区の第一ゲート前で待ってるから」
『ええっ!?』
俺が無理やりお礼を言うと、松本君は悲鳴に近い声を上げて絶句した。
悪いな、まっちゃん。これを機に、君にも女性に慣れて貰いたいんだ。
「ありがとう、佐川さん」
「おう。けど、良いのか?なんか、悲鳴みたいな声が聞こえたんだけど?」
「大丈夫さ」
大丈夫…だとは思うが、仕事以外で呼び出してしまったのは心苦しい。また何か、お土産を用意しないと。
「2人とも、お餅が焼けましたよ」
鈴木さんがお皿を持って、キッチンから出てきた。
おお。一気に正月らしさが戻って来たな。
「手伝うよ、鈴木さん」
「ありがとうございます。じゃあ、キッチンから鍋を持ってきて貰えます?御雑煮がありますので」
「うおっ!うまそうじゃん!早く食おうぜ」
「カンナさんはお箸を出して貰えます?棚に祝箸が入っていますので」
俺は一旦、オトハ様からの依頼を棚上げして、正月を楽しむことにする。
「今日は何処行く?」
「羽子板がありますよ?外でやります?」
「おっ、良いじゃん。負けたら落書きして良いんだよな?」
「ああ、やっぱりそれ止めましょう。ほら、凧揚げも出来ますし」
「勝負しようぜ、黒川。あたしのスマッシュ見せてやるよ」
…楽しめるのだろうか?
そんな平和な時間は、あっという間に過ぎていく。凧揚げに羽子板、カルタに福笑いなど、元の世界でもここまで正月を満喫した事は無いんじゃないかって位に楽しんでしまった。きっと、30回迎えた正月で一番楽しんだと思う。
これも、2人と一緒だったからだろうな。鈴木さんと佐川さん。魅力的な2人と過ごせたこの数日間は、本当に刺激的であった。
刺激的過ぎて、幾度イケナイ妄想をしたか分からない。本当に、良く耐えられたな、俺。
そして、楽しい時間の後には現実が待っている。
今日は1月3日。明日からは仕事が始まる。
「やだな~、仕事。警察署が爆破されねぇかなぁ」
「カンナさん、不謹慎ですよ?」
「じゃあ、隕石落ちねぇかなぁ」
変わってない、変わってない。
まぁ、気持ちは痛いほど分かる。俺も、あと1週間くらい正月が延長してくれたらって思ってしまうから。
でも、そんな事は言っていられない。
俺は妄想を抑えこみ、纏めた荷物を背負う。
「それじゃ、済まないけどよろしく」
「はい。杉並区のゲートでよろしいんですよね?」
鈴木さんには、ゲートまで送り届けて貰うお願いをしていた。タクシーで行こうかとも思ったけど、この時期はタクシーも捕まらないそうだ。インフラ業以外、殆どの業種が休みだからね。
「ああ、ありがとう。そこで後輩と待ち合わせしているから」
来てくれるよな?まっちゃん。信じているぞ。
そうして、我々3人は杉並区の第一ゲート前までやって来る。そこには既に、オトハ様の姿があり、従者のアコちゃんが手を振って俺達を迎えていた。
…彼女が手を振っている相手は、佐川さんだろうけど。
「鈴木さん。佐川さん。楽しい年末をありがとう」
ゲートに向かう前に、見送ってくれた2人に改めてお礼を言う。すると2人とも「「こちらこそ」」と声を合わせて微笑んだ。
「またやりましょう。お泊り会」
「早く帰って来いよ?黒川」
いや、佐川さん。俺もそうしたいけど…俺が入区するって事は、何か案件が発生した時だぞ?
今回は、まぁ、イレギュラー対応だったけど。
「遅いわよ?黒川。私を待たせるなんて」
到着早々、オトハ様に怒られてしまった。
怒られているんだけど、それは口調だけっぽい。目が笑っているし。
「済みません。お待たせして」
「良いわ。早く行きましょう」
案の定、オトハ様は直ぐに許してくれて、さっさとゲートへと向かっていった。
俺も彼女の後ろについて行き、検問を越える。やはり彼女が一緒だからか、殆ど検査らしい検査をしないで素通り出来た。だから、ゲートに入って1時間もせず、我々は外に出ることが出来た。
区外。三鷹市。
その大きな駐車場に、1台の見慣れた車が停まっていた。
おおっ!
「まっちゃん!」
俺が駆け寄ると、運転席のドアが開く。そこから、目をギュッと瞑った松本君が降りてきた。
おお…何しとるん?
「済まないな、まっちゃん。休日に無理やり呼び出したりして。でも、なんで目を瞑っているんだ?オトハ様がすぐそこにいらっしゃるんだぞ?」
「だからですよ、先輩。いきなりあの方を見たりしたら、僕の心臓が爆発してしまうので」
おお…。ハートが大爆発?
「大丈夫だよ、まっちゃん。オトハ様はゲートの前でお待ちだ。一緒に迎えに行こう」
実はその為に、彼女達にはそこで待って貰ったんだ。流石に、いきなり至近距離での対面は不味かろうと思って。
だったのだが…。
「はっ!ほっ、ほんとに、本物のオトハ様がいらっしゃるっ。う、動いて、こちらを見られているっ!」
恐る恐る目を開けた松本君は、オトハ様の姿を見ただけで荒い呼吸を繰り返した。顔が赤くなり、ガン見し過ぎて瞬きを忘れている。
この距離でもこんなに興奮してしまうなんて。やはり、この世界の男性は女性に慣れてなさ過ぎだ。
「大丈夫だ、まっちゃん。彼女も俺達と同じ、血の通った人間なんだ」
「同じ色の血…同じ体温の人間…」
うん?体温?
「あ、ああ。まぁ、そうだな。同じだ、同じ」
「わっ、分かりました」
松本君は唾を呑み込み、ドアを閉める。俺と一緒に、オトハ様の元へと歩いて行く。
でも、徐々に彼女に近付いてくると、松本君の鼻息も大きくなっていく。何度か立ち止まるようになり、その度に俺は彼を支えた。
「大丈夫か?まっちゃん」
あと5mという所で立ち止まった松本君は、夕日の様に顔を真っ赤に染めていた。
これは…ダメか?ここまで近づけただけでも、十分かもしれないな。ちゃんとした接触は、また次の機会にという事で。
そう、俺が諦めかけたその時。
「何をしているの?お前達」
オトハ様から、こちらに歩み寄って来ていた。
うはっ。やべぇ!
「済みません、オトハ様。こちらは僕の後輩であり、恩人の松本と申しまして…」
「ふぅん。松本…。あの日、私に窮地を伝えた男ね?」
オトハ様は冷たく松本君を見下ろした後、ふと笑みを零した。そして、もう一歩こちらに歩み寄られた。手を伸ばし、硬直していた松本君の頬に軽く触れる。
「良くやったわ。褒めてあげる」
「あっ!ありが、じゅうぞぉ…」
謎の言葉を残し、松本君は気を失った。
オトハ様がキョトンとした顔で、俺を見る。
「動かなくなっちゃったわ」
「いや、当たり前でしょ!」
オーバーキル過ぎるわ。
折角、徐々に慣れさせる計画だったのに、微笑み、接触、称賛の3連コンボは死体蹴りもいいところなんよ。
俺が突っ込むと、オトハ様は拗ねたように口を歪める。
「お前の後輩というから期待したのに…これで大丈夫なの?」
「うっ…それは…」
俺は幸せそうに気絶する後輩を見る。
…頑張ってくれ、まっちゃん。




