77話~れんあい運って、なんだよ?~
「はーい。着いたぞ」
「うぃ~。サンキュー」
「ありがとうございます。黒川さん」
初詣の為に車を走らせ30分。佐川さんの指示で着いた先は、多くの人が行きかう大きな神社。
車を降りた俺は、2人からの感謝を受け取りながら鳥居を見上げる。
この景色、何処かで見たことある気がするぞ。何処だっけ?
「ここが、カンナさん行きつけの神社なんですか?」
「いいや。あたしは初めて来た」
え?そうなの?
「じゃあ、なんでここを選んだんだ?」
千代田区にも、有名な神社は沢山あっただろ?
そう聞くと、佐川さんは「まぁ、そりゃ…」とスマホを触り出した。
何をする気だろうかと見守っていると、神社の入口から声が聞こえた。
「ししょー!ここです!ここ!」
その声の方を見ると、こちらへ大きく手を振るアコちゃんの姿があった。その隣には、腕を組んでこちらを見下ろすオトハ様の姿が。
「あっ」
思い出した。この神社、さっきまでテレビに映っていた神社だ。だから既視感があったのか。
「よぉ、アコ。約束通り来たぞぉ」
「ありがとうございます!お待ちしておりました!」
どうやら、アコちゃんと待ち合わせていたらしい。さっきスマホを見せていたのは、彼女と連絡を取り合ったと言う意味合いだったのだろう。
佐川さんに釣られて2人の方に歩いて行くと、オトハ様が着物の帯を抑えて軽く会釈する。
「明けましておめでとう。昨年はお世話になったわ」
「オトハ様…」
そう言って貰えて、俺は嬉しかった。
なので、こちらも丁寧に挨拶する。
「こちらこそ、大変お世話になりました。お着物、とてもお似合いですね」
「……ふんっ」
丁寧に挨拶した筈なのに、何故か無言で睨まれた後、プイッと顔を背けられてしまった。
なんで?
乙女心に四苦八苦していると、鈴木さんが助け舟を出してくれる。
「皆さんはもう、お参りは済ませましたか?」
「いいえ。先程、撮影が終わった所だから」
そう言って、オトハ様が遠い目をする。そちらを見ると、テレビクルーがワイワイと打ち上げのようなものをしていた。
本当に終わったばかりみたいだな。
「では、みんなでお参りしましょう」
「…まぁ。ヒマだし、乗ってあげても良いわ」
鈴木さんの提案に、オトハ様も渋々とついてくる。でも、足取りは軽いな。表情も明るいし、本当は誘われて嬉しいのかも。
相変わらずの、ツンデレさんだ。
「さぁ~て。神様に何お願いすっかなぁ。美味しいお酒かなぁ?」
お参りの列に並んでいると、佐川さんがそんな事を言う。
いや、神様はサンタクロースじゃないぞ?
「カンナさん。神様にお願いするのは、物じゃないんですよ?」
「そうなんか?じゃあ、ミヤちゃんは何お願いするんだ?」
「ええっと、ここの神社は縁結びの神社ですので、良い出会いが出来る様にとか」
「なるほどな。じゃあ、黒川との仲をもっと良くして貰うかなぁ」
「えっ!?」
えっ!?
俺も、鈴木さんと同じくらい驚いてしまった。
それに、佐川さんが不思議そうに振り返る。
「なんだよ?何か変か?友達ともっと仲良くなりたいって思うのがよ」
「いっ、いえ。その、凄いなって思って…」
「ああ。勿論、ミヤちゃんとの仲もお願いするぞ?」
「あ、ありがとうございます」
鈴木さんが恥ずかしそうに頷く。すると、佐川さんが更に突っ込む。
「そんで?ミヤちゃんは誰との縁結びをお願いするんだ?やっぱ、黒川か?」
「えっ!?!えっと、それは…内緒です…」
「ええ〜。なんでだよぉ?あたしも言ったじゃん」
「それは…そう!言っちゃダメなんです。願いが弱くなるとかって聞いた覚えが」
「マジかよ!?あたし、言っちゃったじゃん!」
楽しそうに女子トークする2人。オッサンの俺が聞いちゃいけないとは分かっているんだけど…どうしても自分の名前を出されてしまうと、嫌でも意識してしまう。
イカン。心頭滅却だ。
そうして、心の邪念を取り払おうと躍起になっていると、意外に早くお参りの順番がやって来た。
まだかなりの邪念が残ったままだが、俺は表面を取り繕って二拍手一礼する。
神様。今年は、良いご縁をありがとう。
【黒川。十分に気を付けるのだぞ】
…えっ?
今なんか、男性の声が聞こえた気がしたけど…。
俺が慌てて顔を上げるも、誰も居ない。右隣の鈴木さんが必死にお祈りしているだけだ。
…何だったんだ?今の声は。気を付けろって、何に?
「おーい!みんなぁ。良いもん売ってるぞぉ~」
お参りを終えた我々を、佐川さんが手を振り出迎える。
良い物ってなんだ?
「これ、これ。みんなでやろうぜ」
そう言って彼女が指さすのは…おみくじだ。
「そんじゃあ、あたしは…これ!」
言い出しっぺの佐川さんが一つを選ぶと、他の娘達もそれに続く。同調圧力で、俺まで買ってしまった。
1回500円は高いけれど…まぁ、新年だし。
さてどうかと思って開いてみると…あれ?
「どうしました?黒川さん」
俺が首を傾げると、鈴木さんが不思議そうに見上げて来る。彼女の後ろでは、同じ様に佐川さんが見下ろして来た。
俺は2人に手を振る。
「ああ、いや。ちょっと変なおみくじだなと思ってね」
「変?ですか?」
「ああ。縁結びの神社なのに、恋愛運が無くてさ。代わりに友愛運なんてのがあるから」
普通、こういう神社は一番先頭に恋愛運が来る。俺が昔、引いた時なんて、赤字でデカデカと書かれて…って、あれ?昔って、何時の話だ?
「れんあい運って、なんだよ?黒川」
知らない記憶に戸惑っていると、同じくらい不思議そうな顔で佐川さんが問うて来る。
ええっ?恋愛が何かって?それ、オッサンの口から言わせるの?
「ええっとな。好きな人との縁がどうなるかの運…かな?」
「それが友愛だぞ?好きな友達との縁を占うってやつ」
「いや、そう言うんじゃなくて…」
そう言うと、佐川さんは「うん?」と眉を寄せる。
代わりに、鈴木さんがおみくじを指さす。
「もしかして、家族に対しての好意ですか?でしたら、この〈待ち人〉がそうですよ?」
「ああ…そうか」
この世界の人達にとって、恋愛って言葉は既に廃れているんだ。異性との接触が殆ど無いから、好きと聞くと友愛や家族愛にしか行かない。だから…。
俺に対しても、こんなに親しくしてくれているのか?俺のことを、友達として見ているってこと?
それは、嬉しい。とても嬉しい。魅力的な彼女達と一緒にいられるのは、とても有難い事。
そう思う一方、寂しさもある。彼女達の好きという思いと、俺の想いの温度差を感じて…。
「黒川さん?どうかされました?」
「うん?ああ」
おっと。つい変な事を考えてしまった。
「いや、中吉なんて、また微妙なのを引いたと思ってね」
「良いじゃん、中吉。あたしなんて吉だぞ?」
「カンナさん。吉は中吉よりも上よ?」
「あん?そうなのか?」
そこら辺、誤解するよな。
おみくじネタで盛り上がっていると、声が掛かる。
「おや?こんな所で何をしているんだ?乙葉君」
見ると、男性用の着物に袖を通したスバル様が、腕を組んでこちらに歩いてきていた。オトハ様を見て、ついで鈴木さんを見て軽く目を開く。
「おや?可愛らしい子だね。良かったら僕と、お参りに行かないかい?」
「結構です。もう、みんなと行ってきたばかりですので」
そう言って、俺の背に隠れる彼女。
可愛らしい。
そんな風にデレていると、強い視線を感じる。スバル様が、俺を訝しそうに見ていた。
「なんだ?君は。まるで男みたいな格好をして」
「まるで、ではないんですけどね」
俺が弁明すると、スバル様は目をまん丸にした。
「男!?なんで、男が特区に?」
「あー、はいはい。警官のあたしがついてるから、そんな騒ぐなよ」
面倒くさそうに警察手帳を見せる佐川さん。鈴木さんが俺を隠すように前へ出てきて、オトハ様まで隣でピッタリ寄り添った。
3人から厳しい目を向けられたスバル様は「うっ」と短く息を飲む。
「そんな…君達みたいな子が何故、男なんかに…」
「なんか、じゃありません。黒川さんは立派な人です」
「特区を何度も救ったヒーローだぞ?」
「ヒーロー?そんなこと、ある筈…」
信じられないと、スバル様は首を振る。そのままフラリ、フラリと危なげな足取りで後ずさる。
大丈夫なのか?と心配していると、彼女は足を捻り、大きくフラついた。
危ない!
身構えていた俺は、瞬時に飛び出した。そのお陰で、彼女が倒れるより先に支えることに成功した。
ふぅ。良かった。
「なっ、何をして…いっ」
「おっと。足を捻ったかな?」
痛みで顔を顰めたスバル様を見て、俺はひょいッと彼女を持ち上げる。見た目とは違い、随分と華奢だ。
「おっ、降ろしてくれ!」
「ケガ人なんだから、大人しくしてくれ」
「怪我なんて、そんなのしてない」
ブツブツと呟くスバル様。随分と悔しそうだ。ベンチに降ろして、取り敢えず足を見てみる。足首を捻ったかと思ったが、特に赤くなっていない。逆に、草履を履いていた足が赤くなっている。
良かった。靴擦れだけか。
「よし。これで大丈夫だろ」
鼻緒にティッシュを巻き付けて、俺は太鼓判を押した。
スバル様はゆっくりと立ち上がると、そのまま何歩か歩く。ちょっと歪な歩き方だけど…何とか歩けているな。
そんな風に思っていると、スバル様は立ち止まる。ゆっくりとこちらを振り向いて…俺を睨みつけた。
うん?
「負けてないからな!わた…僕は、お前なんかに負けない!」
そんな言葉を吐き出して、彼女は走り去った。
何だったんだ?
「うふふ。無様ね」
消えていくスバル様の背中を見ていたら、オトハ様が気持ちよさそうに笑う。いつの間にか手にした紙コップをクイッと煽った。
それは?
「そこで配っていた甘酒よ?面白い物が見れた祝い酒ね」
「やっべ。忘れてたぜ。あまざけー!」
佐川さんが突撃する。そして、腕一杯に大量の紙コップを抱えて戻って来た。
器用な事をする。
「みんなの分も持ってきたぞ。ついでに、お神酒も買ってきた。みんなで飲もうぜ?」
「ダメですよ、カンナさん。帰りもあるんですから」
「なら、帰りも俺が運転するよ」
帰りだけなら、酔った佐川さんを送り届けることも出来る。
そう提案すると、佐川さんは嬉々としてお酒を注ぎ始め、鈴木さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「済みません、黒川さん」
「良いって、良いって。今日はめでたい日なんだから、存分に楽しみな」
だた、鈴木さんはちょっとだけね?前みたいに、佐川さんの乗せられちゃダメだよ?
「随分と甘いのね、お前は」
楽しげな2人を見守っていると、オトハ様が妖艶な笑みを携えて近付いてきた。
俺は肩をすくめる。
「まぁ、元旦ですし」
「なら、私も甘えさせて貰おうかしら?」
えっ?甘える?
「それは、どう言う意味で?」
「一緒よ。私も、お前の運転で行きたい所があるの」
行きたい所?家じゃなくて?
「どちらまで行けば良いです?」
「立川よ。立川の区外官邸。明後日、私をそこまで送り届けなさい」




