76話~お待たせしました~
『今年も残るところ、あと1時間を切りましたが、皆さんにとって、今年はどのような年でしたか?』
「色々あったよな、今年は」
テレビのリポーターに返事をしたのは、コタツでぬくぬくと下半身を温めながら、ミカンの皮を剥く佐川さんだ。あれだけ山積みにされていたミカンが、随分低くなっていた。
食ったな、佐川さん。指先が真っ黄色じゃないか。
「なぁ?ミヤちゃん」
口の中に一粒放り込みながら、鈴木さんに話題を振る佐川さん。
それに、鈴木さんは「そうですね」と視線を天井に上げる。
「本当に、今までにないくらい色々あった年でしたね。室長になって、案件を任されて」
「でも一番は、黒川に会ったことだよな?」
「えっ!あっ、そ、それは、あの…そのぉ…」
モゴモゴ言いながら、鈴木さんが黙ってしまった。
顔が真っ赤なんだけど…何故だ?俺に会った事で赤面って、まさか恋愛的な?
いやいや。お花畑もいい加減にしろ。きっとあれだ、拘留所で俺が、上半身裸で筋トレしていた時を思い出したんだろう。なんて俺は、軽率なことをしたんだろうか…。
「なぁ、黒川」
「ぐっ!」
変なことを思い出している時に話題を振られたので、俺は飲もうとしていたお茶が気管に入りそうになった。
ゲッホ!ゲッホ!
「大丈夫ですか!?黒川さん」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと驚いただけだから」
心を落ち着けて、お茶を一口。そして、ふぅと息を吐いて佐川さんを見る。
「俺の事を聞いているんだったら…凄まじい変動のあった年だな。きっと、この30年生きてきて一番の特大ニュースだ」
「そうだよな。なんせ、特区に入っちまったんだからな」
佐川さんはそう言って笑うが…違うぞ?特区どころか、この世界に来たことが一番の驚きだ。
きっと去年の俺にこの事を話したとしても、マンガの読み過ぎだろうって笑い飛ばされただろう。
「ほら、黒川。頑張ったお前にご褒美だ。ミカン喰えよ」
「ぐぉっ」
ミカン丸ごと突っ込む奴があるか!
剥いてくれたのは…ありがとう。
「黒川さん!大丈夫ですか?」
すかさず鈴木さんが駆け寄って、俺の顎に伝ったミカンの汁をふき取ってくれる。
…この状況は更に驚きだな。きっと去年の俺に話したとしたら、婚活で頭がおかしくなったと心配されただろう。
『今日は、今人気絶頂のお2人にもお越し頂きました。勇菊スバル様と、蘇芳乙葉様です!』
『やぁ!みんな。こんばんわ!』
『こんばんわ、皆さん』
テレビの向こうでは、夜の神社に対照的な2人が着物姿で立っていた。
スバル様とオトハ様。今、特区でも人気が集まるお2人は、こうしてみると理想的なカップルのようにも見える。理想的な王子様と、憧れの王女様。その王女様のキャラを提案したのが俺達だなんて、世間は誰も知らない。
本当に、人生って何があるか分からないよな。まさかプラントメーカーの俺達が、アイドル事業に携わるなんて。去年の俺に言ったら…いや、もう元世界の誰に言っても信じて貰えないだろう。
「すげぇ人気だよな、スバルって」
「うん?」
徐に、佐川さんが呟く。
あれ?君ってオトハ様のファンじゃなかったっけ?
「いや、だってさ。子供から老人まで、すげぇ人気だからよ。特に学生とかすげぇらしいぞ?学校サボってライブとか見に行ってるって話しだからな」
「ダメですよ、サボっちゃ」
おっ、流石は鈴木さん。学生時代は委員長だったのかな?
「そんだけ人気があるって事だよ。王子様って言われて…散々、男を嫌ってた奴もそんな事言うんだぜ?」
「確かに、皆さん熱狂してますよね」
そうだな。もしかしたらそれが、俺への追い風になっているのかも。計量棟のお姉さんとか、河原で会った高校生とか、俺に対して妙に好意的だった。あれは、スバル様が男性に対する嫌悪感を薄めているからでは?
もしもそうだとしたら…彼女には感謝しないとな。意図的ではなくとも、男性に対する誤解を解いているのだから。
「おっ。あと30分で新年だぞ。所長の蕎麦食べようぜ」
「はいはい。待っててね。直ぐ持ってくるから」
「手伝うよ、鈴木さん」
今年最後のお仕事だと、俺達は年越しそばの準備をする。
そしてすぐ、目の前に美味しそうな蕎麦のどんぶりが3つ並んだ。
「いっただっきまーす!」
ズルズルと、豪快に蕎麦をすする佐川さん。その音だけで食欲がそそられる。
ほんと、美味そうに食うな。
「頂きます」
丁寧に手を合わせる鈴木さん。ちゅるちゅると音を立てないように啜る様は、佐川さんとは対照的だ。
どちらも美味しそうに変わりはないけどね。
そして、
「いただきます」
2人に遅れて俺も食べ始める。出汁の効いたつゆが、食欲をそそる。普段なら寝ている時間なのに、がっつり食事をしていることに不思議な高揚感を覚える。
年末だなって、思える。
「かぁ!美味かった!最高だったよ、ミヤちゃん」
もう喰い終わったんか。
「うふふ。お粗末様でした」
「じゃあ、カウントダウン待ちながら一杯やろうぜ」
そう言って、大吟醸を抱き寄せる佐川さん。
いや、待てって。
「佐川さん。このあと初詣に行くんだろ?酒飲んだら不味いって」
「いいじゃねえか。ちょっとくらい」
そう言いながら、ペロッと一本開けるんだろ?鈴木さんならまだしも、君を背負うのはかなり厳しいぞ。
「ほら、カンナさん。ここで飲まないで、向こうで飲みましょう?甘酒の無料配布とかしていると思いますよ?」
「ん~?甘酒かぁ」
鈴木さんの提案に、佐川さんが思案する。そして、徐に立ち上がった。
「うっし。じゃあ甘酒呑みに行くか」
「いや、待て待て。まだカウントダウンしていないだろ?」
お酒に釣られて、趣旨を忘れないでくれよ?
佐川さんを宥めて、カウントダウンを終えた我々は、最寄りの神社へ初詣に出掛けようとしていた。
今俺は、車の運転席で2人を待っている。男の俺は髭を剃るくらいで準備が出来てしまったので、先に車の中を暖めに来たのだ。
…と言うのは建前だ。本当は、鈴木さん達から逃げて来た。俺がまだ居ると言うのに、着替え始めようとするからビックリした。
ドアを1枚隔てているから良いだろ?と佐川さんは言っていたけど、堪らない。俺のへなちょこ理性では、そんな薄い板1枚じゃ何するか分からない。
と言うことで、車を準備すると言って出てきた。
外は真冬の真夜中だからね。俺が煙草とか吸う人間だったら、外で待つ選択肢もあっただろうけど、生憎とその趣味は無い。婚活の邪魔にもなっただろうし。
「お待たせしました」
そうして待つこと30分程。車の中が十分に暖まった時に、2人が車に乗り込んできた。
「よし。じゃあ…」
出発するよと、彼女達の方を振り向く。でも、そこで言葉を見失う。彼女達がとても魅力的に変身していたから。
鈴木さんは白いコートに薄水色のスカートを合わせた清楚なスタイル。佐川さんはブラウンカラーのコートにデニムパンツを合わせた大人っぽいスタイルだ。
さっきまでのラフな部屋着も良かったけど、気合いの入ったコーデが彼女達の魅力を何倍も引き立てていた。
「あっ、あの。黒川さん?何か、おかしな所がありますか?」
「あっ、いや」
ついつい魅入ってしまったので、鈴木さんを不安にさせてしまった。
俺が慌てて否定しようとすると、後部座席の佐川さんがニヤリと笑った。
「違うぞ、ミヤちゃん。黒川のこの顔は、あたし達に見蕩れていたんだぞ」
「えっ?」
「うっ…」
佐川さん。そんな、どストレートに…。
「なぁ?黒川」
「…はい。仰る通りで」
俺は恐る恐る、告白する。30のオッサンが、そんな目で見てしまった申し訳ないと。
そう思ったけれど、
「そっ、そうだったんですね」
鈴木さんは驚いた様子を見せたあと、恥ずかしそうに微笑んだ。そして、助手席から少しだけ、こちらに体を寄せた。
「ど、どうですか?黒川さん。あの、私…似合ってます?」
「あ、ああ。もう凄く似合ってて、可愛いよ」
「かっ!」
鈴木さんの顔が真っ赤になる。白いコートだから、夜なのに余計にはっきりと見えてしまう。
「なぁ?黒川。あたしは?」
佐川さんが俺の肩をツンツンする。
俺は彼女に向き直る。
「佐川さんも凄く似合っているよ。なんて言うかな、こう、大人の女性の魅力が溢れている感じがする」
「お、おう。ありがとよ」
佐川さんもほんのりと頬を染めて、恥ずかしそうに頬を掻く。
でも直ぐにいたずらっ子な笑みを浮かべた。
「なんか変な感じがするな、黒川に褒められると」
「えっ?」
変って、キモいとか怖いとかって方?
「なんつうかな。こう、胸の中がフワフワする感じ?親とか友達に言われるのとは、なんか違うんだよな」
「分かります。私も、今まで感じたことのない高揚感みたいなものを感じています」
えっ?鈴木さんも?
良く分からないが、高揚感ってことは悪い事じゃないってことだよな?もしかして、異性に褒められることが少ないから、新鮮に思われているって事?
「なぁ、黒川。もっと褒めてみてくんねぇ?頭を撫でてみるとかさ」
「ええっ!?カンナさん!」
「なんだよ、ミヤちゃん。嫌なのか?」
「いえっ、そんな、嫌とかじゃなくて。寧ろ、私も…」
えっ!?
なんか、おかしな流れになってきている。正月で、深夜で、2人のテンションがおかしくなっているのかも。
この流れに乗るのは危険だ。俺のへなちょこブレーキでは止まらなくなる。
ここは…。
「さぁ、2人とも。そろそろ出発しよう。初詣に行かないと、甘酒も飲めないぞ?」
「おっと、そうだった。甘酒だ」
佐川さんが手を叩いて、「急げ!黒川」と前を指さす。
うん。いつもの彼女に戻ったな。
何処か後悔する自分を置き去りにして、俺はアクセルを踏む。初詣に向けて出発した。




