74話〜そうよ!これは犯罪よ!〜
ゴミ処理場に粗大ゴミを捨てに来たら、なんだか揉めている様子。そのせいで、渋滞が全く進まなくなっていた。
きっとあれだろうと当たりを付け、俺は「ちょっと行ってくる」と車を降りた。
すると、「私も行きます!」と鈴木さんも車を降りてしまった。
お、おいおい。車はいいのか?
「カンナさんにお願いして来ました」
その佐川さん、相当焦って運転席に移動しているけど?
まぁ、鈴木さんが来てくれるのは助かる。今の俺は、川咲区長の紋所を持っていないからね。
「済みません。何かトラブルですか?」
鈴木さんを連れて計量棟(搬入されたゴミの重さを計算する施設)に駆け寄ると、そこではツナギ姿のおばちゃんと、所員らしき制服の女性が睨み合っていた。
そして、俺の声で両者が振り向く。鋭い眼差しをそのままに、俺に怒気を飛ばしてくる。
「なんだい、あんた。こいつらの仲間か?」
「部外者は口出さないで!」
おお、怖い。
「何かトラブルならご協力します。我々も早く、ゴミを受け入れて欲しいので」
「そりゃ、この税金泥棒に言いな。アタイが持ってきたゴミを、受け入れないとか言い出しやがったんだ」
うん。やっぱそうだよな。
俺は思った通りのトラブルに、何処か安心感を覚えていた。
ゴミ処理場の受け入れでは、割と良くある事だ。市民が受け入れ基準を把握していなくて、受け入れを拒否され、こうして激昂する。
受け入れ基準を見ていない市民が悪いのもあるんだけど、基準が分かり難いって事もあるから、どっちとも言えない。
「一体、何を持って来られたんですか?」
「これだよ」
おばちゃんが2tトラの荷台から取り出したのは、水撒きとかで使うホースドラムだ。
なるほど。
俺はおばちゃんから視線を切り、計量のお姉さんを見る。
「こちらはどの様な対応が必要になっているんですか?」
「縛るか袋に入れる決まりになってるのよ。なのにこのおばさん、さっきから聞いてないの一点張りで」
お姉さんが憎々し気におばさんを睨むと、彼女も目を吊り上げる。
「そんなの、あんたが適当に言ってんでしょ!?若いからって調子乗ってんの?」
「違うって言ってるでしょ!」
「なら理由を説明しな!」
「規則だって言ってんでしょ!このクソババァ!」
「ババっ!?」
ああ、喧嘩しないで。
俺は引っ掻かれながら2人を離す。鈴木さんも直ぐに動いてくれて、お姉さんの方を宥める。
助かるよ。じゃあ俺はこっちと。
「ご説明します。この様に長いヒモ状の物をそのまま投入されると、クレーンに絡まったり、機械が故障する原因になるんです。そうなれば最悪、ゴミ処理自体が出来なくなってしまいます。ご不便をお掛けしますが、ご対応をお願い致します」
「……ふんっ。最初から、そう言えば良かったのよ」
何か言いたそうだったおばちゃんだったが、頭を深く下げる俺を見て苦し紛れの言葉を吐く。そして、荷台に登ってドラムを袋に入れ始めた。
うんうん。良かった、良かっ………うん?
「ちょっと待ってください」
「今度はなんだい?」
直ぐに作業が終わらないおばちゃんに、俺は声をかけた。
ホース1個に時間かけ過ぎだろ?もしかして…。
「ちょっと、荷台を確認させて貰いますよ」
「あっ、ダメだよっ」
止めようとするおばちゃんを振り切り、俺は荷台を覗き込む。
すると、
「ああ、これは…」
荷台の上には、所狭しとホースドラムが並んでいた。その数はとても、一般家庭から出る量じゃない。
つまり、これは…。
「もしかして貴女、何か事業をされているんじゃないですか?だとしたらこれは一般ゴミじゃない。歴とした産業廃棄物だ」
「ぐっ…」
「黒川さん。産業廃棄…ってなんですか?」
苦しそうに唸るおばちゃんを見て、鈴木さんが不思議そうに聞いてくる。なので、俺は簡単に説明する。
産業廃棄物。ざっくり言うと、お仕事で出たゴミだ。その中でも、法律で定められた種類のゴミがそう呼ばれ、専門業者が回収しなければならない決まりになっている。もし破れば、懲役だって付く立派な犯罪だ。
「ですよね?お姉さん」
振り向いて問いかけると、お姉さんは何度も頷く。
「そうよ!これは犯罪よ!ここを通りたかったら、ちゃんと許可書を見せなさい!」
「……」
おばちゃんは憎々し気に俺達を見るけど、何も言えない。
まぁ、こんなホースの末端処理もしない人が、許可業者とは到底思えないからね。きっと、なんちゃって廃品回収でお小遣いを稼ごうとしたんだろう。
案の定、おばちゃんは慌てて車に乗り込んで、施設から出て行ってしまった。
さて、
「お姉さん。この次のトラックも気を付けた方が良いですよ。さっきのと同種なので、同業かもしれません」
同じようなトラックが連チャンすると言うのは稀だ。もしかしたら、グループでの犯行なのかも。
そう思って運転席を覗いてみたら、運転手のお婆さんは慌てて目を伏せて、列から外れて出ていった。
ほら、やっぱり。
「凄い!流石は黒川さんです!」
違法業者を見送っていると、鈴木さんが小さく拍手してくれる。
いやいや。こんなの大した事じゃない。ゴミの受け入れでは良くある事だ。
俺が首を振っていると、拍手が増えた。
うん?
「ホント凄いよ、あんた。マジで助かった」
計量棟のお姉さんにまで褒められてしまった。
「ってかさ、今になって気付いたけど…あんたって、男?」
「うっ」
俺は息を飲む。
冷静になって気付いてしまったか。こりゃ、罵声でも浴びせられるか?
そう思ったけど、お姉さんは興味深げに俺を覗き込む。
「ふぅ〜ん。男って、もっと気持ち悪いの想像してたけど、思ったよりカッコ良いんだね。めっちゃ頼りになったし」
「それは、どうも…」
急に褒められてしまい、俺は肩透かしにあった気分だった。
そうして首後ろを摩っていると、お姉さんが俺の袖を掴む。
へっ?
「ねぇ。良かったらさ、このまま手伝ってくれない?今日は特に搬入が多いから、お兄さんが居ると助かるんだよねぇ~」
「ダメです!」
俺とお姉さんの間に入った鈴木さんが、キッパリと断る。
「私達も粗大ごみを捨てに来たんですから、お手伝いしている時間はありません」
「えぇ~…ちょっとだけ」
「ダメです。そう言って、最後まで手伝わせるつもりでしょ?」
「ちっ」
おーい。舌打ちが聞こえてるよ?なかなかに腹黒なお姉さんだ。鈴木さんが断ってくれて助かった。
俺は鈴木さんに連れられて、車に戻る。突然運転を押し付けられた佐川さんが「勘弁してくれ」と苦言を呈したが、何があったかを話すと、すぐ機嫌を直した。
俺がヒーローみたいに持ち上げて来るが、佐川さんが喜ぶので訂正し辛い。ぐぬぬ…。
「でも、気を付けて下さいね?黒川さん」
「うん?俺?」
突然振られて、俺は驚く。
それに、鈴木さんが口を尖らせる。
「そうですよ。あとちょっとで、受付を手伝いそうになっていたでしょ?」
「うっ…、確かに」
鈴木さんが居なかったら、確実に手伝っていた。
俺が認めると、鈴木さんが小さくため息を吐いた。
「黒川さんは他人に優し過ぎるんです。だから、ちゃんと自分も労わって下さい」
「ああ、うん。気を付けるよ」
俺が頷くと、鈴木さんは「そこが、良いところでもあるんですけど…」と小さく呟く。
う〜ん。ただ優柔不断なだけかもしれないぞ?
「なんか、テーマパークに来たみたいだな」
そのまま運転席に収まった佐川さんが、楽し気に呟く。
計量のトラブルが解消したので、我々も受付を済ませて、工場のスロープを登る。そこで、佐川さんのテンションが少し上がっていた。
確かに、某テーマパークのジェットコースターみたいだ。でも、この先にあるのはプラットフォーム。急な下り坂じゃないからね。
「はーい。ここで止まってぇ〜」
そしてプラットフォームに到着すると、椅子に座ったままの作業員が、誘導灯を一文字にして俺達の車を止める。でもすぐに、向こうのゴミの山を誘導灯で指した。
「は〜い。じゃあ、あそこでゴミを降ろしてね〜。ゴミの種類が書いてあるから、ちゃんと自分達で分別するんだよ〜?」
俺達は示された場所に車を付け、粗大ゴミを降ろす。作業員が言っていた様に、壁には〈可燃ごみ〉とか〈鉄〉とか〈ステンレス〉と細かく別れていた。
区外のゴミ処理場と一緒だけど、みんな鉄とステンレスをパッと見で分かるんかね?
そんな心配をしていると、何処からか悲痛な声が上がった。
「ああ、なんて事なのぉ!」
その声の方を見ると、細い初老の女性が両手を開いて嘆いていた。
また何か、トラブルの予感。
「おーい!どうしたんだよ?ばーちゃん」
佐川さんが手を挙げて、女性の元へと駆け寄る。鈴木さんも心配そうに、その背中について行った。
2人を見た女性は、涙を浮かべて作業員を指さす。
「聞いてちょうだい!この人、荷物を降ろすの手伝ってくれないの!」
「だからさぁ。それが規則なんだってぇ〜」
非難された作業員が、椅子に座ったまま首を振る。
それを見て、鈴木さんが眉を顰める。
「規則って…相手はお年寄りなんですよ?」
「そうだぜ。年寄りは大切にしろって、学校で習わなかったか?」
佐川さんも追従して、2人は詰め寄る勢いで作業員の方へと向かう。
それを、俺は慌てて止めた。
どうどう。
「何故止めるんですか?黒川さん」
「こういう時のヒーローだろうが」
いや、だから、俺はヒーローなんかじゃないって。
「2人とも落ち着いてくれ。この規則にも、ちゃんとした理由があるんだ」
「理由?」
「そうだ」
持ち込みごみの多くは、袋などに入っていない剥き出しの物が多い。家具とか家電とか、そんな大型の物がね。そう言う物ってどうしても、移動させる時にいろんな所に当たる。車だったり、人だったり。
「それの当たり所が悪くて、車を傷つけてしまったりすることがある。その時、もしも作業員が手伝って傷付けたらどうなる?」
「あっ…作業員のせいにする人が出てきます」
眉を大きく下げた鈴木さんに、俺は「その通り」と大きく頷く。
「親切心から手伝うのは素晴らしいけど、責任の所在が曖昧な状態で作業するのはとても不味い。工場で働く人は、しっかりと事業主と契約を交わして働いている。そこに、契約も何も白紙のお客さんと、作業員の混在作業は双方にとって危険。だから、お姉さんは手伝えないって言っているんだ」
「なるほどぉ~」
お~い。お姉さん?分かってないで断ってたの?そりゃ、トラブルにもなるよ。
納得するお姉さんと鈴木さん。でも、その隣の佐川さんは腕を組んで唸る。
「でもよぉ。やっぱ、お年寄りを放置するのはどうかと思うんだけどなぁ」
流石は警察官だな、佐川さん。正義感が強い。
「そうだな」
俺も腕組みをして、考える。
どうにかして、根本的な解決が出来ないものかと。




