73話〜どうすりゃ良いんだ?黒川〜
鈴木さんのお母さんから、大掃除の依頼が舞い込んで来た。
それを聞いた俺は、変な声を出してしまった。
「なんだよ、黒川。そんなに驚いて」
帰りの車の中、後ろの席から佐川さんの顔がにゅっと出てくる。それに、俺は「ああ、いや」と頷く。
「その、鈴木さんにもお母様がいらっしゃるんだよなって、そんな当たり前の事を考えてしまって」
相当失礼な事だよな?って、俺が頭を下げながら独白すると、鈴木さんは「ふふっ」って笑った。
「母と言っても、血は繋がっていません」
えっ?
「あたしらは里親に育てられる奴が多いんだよ。あたしはあんま覚えてないけど、小学生になる前にはもう一緒に住んでたな」
「私は覚えています。確か5歳になった時に、今日から貴女のママよ?って、ケーキを焼いて迎えてくれました」
鈴木さんは懐かしそうに目を細める。
良い母親なんだろうな。
「そう言う黒川はどうなんだよ?男にも里親は居るのか?」
「えっ?どうなんだろう…」
そう言えば、その手の疑問は最初に浮かんで以降、全く調べてなかった。慰問会とか特区とか、あまりに濃密な時間だったから。
でも、1番気になる事だ。この国がどうやって人口を保っているのかは。
俺が顎を摩ると、佐川さんが首を傾げた。
「どうなんだろうって…知らないのか?もしかしてお前、記憶喪失とかだったり?」
「ええっ!?そうなんですか?黒川さん」
「うん?記憶喪失?」
それは上手い逃げ方だなと、俺は話に乗りそうになる。でも、やめた。本当の事を言うことにした。
2人には、嘘を吐きたくなかった。
「いや、記憶はあるよ。でも、この世界の記憶じゃないんだ」
「この世界?えっと、黒川さんはもしかして、ご出身が海外とかなのでしょうか?」
鈴木さんが頑張って出した答えに、俺は曖昧に頷く。
「凄く遠いって意味では、合ってるね。だから、区外がどんな制度なのか知らないんだよ」
「へぇ、そうか」
佐川さんは納得してくれたみたいで、俺の肩をポンポン叩く。
「なんだ、帰国子女なのかよ。なら、海外行っても大丈夫だな」
「もしかして、英語とかも堪能なんですか?」
「違う!違うぞ!?」
それは完全に誤解だ!俺は1度も、日本から出たことないんだから!
嘘よりヤバい状況だと、俺は慌てて否定した。
それから俺達は、鈴木さんの家に1度帰り、買ってきた荷物を大きな冷蔵庫に格納し、お昼を食べてから出発した。
鈴木さんのお義母さんが待つ、葛飾区へと。
そして、
「お帰りぃ、美夜子。お友達の皆さんも、ようこそ〜」
なんともノホホンとしたお義母さんがお出迎えしてくれて、俺達にまで手を振ってくれる。それなりのお歳とは思うが、鈴木さんに似て可愛らしい。
きっと優しい人なのだろうと推測していると、鈴木さんが嬉しそうに駆け寄った。
「ただいま、お義母さん。こちらは私の先輩で、黒川慶吾さん。そして、こっちが友人の佐川環那さんです」
鈴木さんが紹介してくれて、俺達は「どうも」と挨拶する。
すると、お義母さんは目を丸くした。
「あら〜。大きな人達ね。もしかして、大掃除の為に集まって頂いたの?」
「違うわ、お義母さん。年末を一緒に過ごす事になってた所に、偶々大掃除の電話が来たの」
「あら〜…。お邪魔しちゃったのね。ごめんなさい、皆さん」
お義母さんがペコペコ謝るので、俺達は全力でそれを否定する。2人して力こぶを見せて「「任せて下さい」」と声をハモらせる。
すると、お義母さんも安心した笑みを浮かべた。
「ホント助かるわ。重い家具とか動かせなくて困っていたの。でも、お2人なら軽々と持ち上げてくれそうね」
なるほど。それで呼ばれたのか。
まるで田舎の雪下ろしみたいだと思ったけど、案外状況は似通っているのかも。老いて独り暮らしをする女性は、出来る事が限られてくる。お義母さんの場合は鈴木さんが居るから何とかなっているけれど、そうでない人は大変だ。
掃除だけでなく、他に困っている事も手伝わないと。
俺達はお義母さんに連れられて、マンションの一室に招かれる。
鈴木さんの部屋程ではないが、それなりに大きい。そして、かなり片付いている。これ以上お掃除する場所があるのか?
「ここのね。この机を移動させたりしてお掃除したいのよ」
ああ、そういう事ね。
俺と佐川さんは、お義母さんに言われるままに家具を移動させて、溜まったホコリや汚れを鈴木さんがお掃除した。ここまでの大掃除は久しぶりなのか、結構頑固な汚れが多い。
これは、もしかして…。
「お義母さん。他にお掃除するところはありませんか?例えば、キッチンの換気扇とか、エアコンフィルターとか」
きっと、そう言う高いところも手が出ていないだろうと思って提案すると、お義母さんの顔がパッと華やぐ。
でもすぐに目を伏せた。
「まぁ〜。それは、やって貰えたら嬉しいけど…良いのかしら?貴女達みたいな若い娘さんにやって貰っちゃって」
「構いませんよ。俺は男ですから」
俺が胸を叩くと、お義母さんは目を見開く。
「ああ、もしかしてと思ったけど、やっぱりそうだったのね?」
「ええ」
さて、何と言われるだろうか。
内心ドキドキしていると、お義母さんは両手を合わせた。
「ごめんなさいね。もしも声が低いだけの女性だったらと思って、言い出せなかったのよ。ほら、最近だとスバル君みたいな子が居るじゃない?」
「そうですね」
良かった。普通に話せる。やっぱり鈴木さんのお義母さんだな。
安心する俺を、お義母さんは興味深げに見上げる。
うん?なんです?
「最近の男性って、随分と変わったのね。昔はカメラ越しでも、女性を見たら発狂していたのに」
「それは今も一緒よ、お義母さん。黒川さんが凄いだけ」
鈴木さんが説明してくれるが…凄くはないぞ?
「あら?そうなの?でも、黒川さんみたいな人が居ると心強いわね。私達では出来ない事もやって貰えるもの」
「お任せ下さい。それでは、先ずは換気扇の羽掃除をさせて貰います」
「ええ。よろしくね」
そうして、俺達は大掃除に明け暮れた。最初は綺麗な部屋だと思ったけど、色々とやる事は多かった。やはり独り身の女性では、手が出せない事が多い。普段は良いが、イザと言う時は大変だ。
それでマンションに移り住んだらしいが…周りも似たような人達だから、大変さは変わらなかったらしい。
これも、特区の闇だろうか。
「おーい。お義母ちゃん。こいつは何処に移動させりゃいいんだ?」
佐川さんが重そうな靴箱を軽々しく持って、お義母さんに聞く。
それに、お義母さんは困り顔になる。
「それねぇ。もう使わないから捨てようかと思っていたんだけど」
でも、重くて持ち出せなかったと。
「粗大ゴミで出したいけど、今出しちゃうとゴミ出しのルール違反になるし…」
「なるほどなぁ。じゃあ、そんな時は…どうすりゃ良いんだ?黒川」
うん?俺か?
「そりゃそうだろ。なんせお前は、ゴミ処理場を救ったヒーローなんだからよ」
「おいおい。ヒーローは万能って訳でもないんだぞ?そもそも俺はヒーローじゃなくて、ただ与えられた仕事をしただけのサラリーマンだ」
とは言いながらも、俺はスマホで検索を始めていた。探しているのは、葛飾区のホームページ。そこの環境課にアクセスし、ゴミ処理場の情報を開く。
ふむふむ。
「行けるな。葛飾区のゴミ処理場なら、持ち込みゴミOKだ。しかも、50kgまでなら無料らしい」
「うぉっ!凄えじゃん。じゃあ、他にもなんか捨てようぜ!」
捨てようぜって、佐川さん。ここは人の家だぞ?
「そうね。じゃあ、この壺とかも捨てちゃおうかしら?」
「イケイケ!」
うぇえ…。
良いんですか?お義母さん。そんなノリで捨てちゃって。
相当な天然さんだなと思いながらも、俺達は要らない物を車の荷台に乗せていく。そして、全てが終わる頃には、すっかり夕方になってしまった。
「早く行こうぜ」
「いや、佐川さん。タイムリミットだ」
ゴミ処理場に行こうとする佐川さんに、俺はスマホを見せる。そこのは、ゴミ処理場の受け入れ時間が16時までとなっていた。
今は16時10分。営業時間外だ。
「なんだよ。16時に終わりって、めっちゃ早いじゃん。ちゃんと仕事しろよ」
「おいおい、佐川さん。俺達はゴミ処理場の裏側も見てきただろ?」
受け入れが終わったからって、それで業務終了じゃない。伝票を確認したり、受け入れゴミを処理したり、後片付けしたりとやる事満載だ。ゴミ処理場自体は、24時間365日稼働なんて所も珍しくないんだ。
俺がそう言うと、佐川は思い出したみたいに「そうだったな」と頷いた。
「じゃあ、これは明日持ってくって事か?」
「それで良いかな?鈴木さん」
「はい。明日も、お願いします」
鈴木さんが頭を下げると、隣のお義母さんが両手を合わせる。
「なら、今日は皆さん、家に泊まっていって下さい。せめてものお礼に、お夕食をご馳走しますよ」
「マジか!あたし、お腹ペコペコだよ〜」
佐川さんがお腹を摩り、部屋に戻っていく。
それを見て、俺は鈴木さんと顔を見合わせる。つい互いに、吹き出してしまった。
何時もの佐川さんらしい。
「では、お言葉に甘えて」
と言う事で、俺達3人はその晩、お義母さんのご厄介になった。
そして翌日。
「お義母さん。行ってくるね」
「ええ。お願いね、3人とも」
粗大ゴミを満載にした鈴木さんの車を、お義母さんが見送る。
本当は彼女も同行したがっていたが、荷物が多過ぎてもう乗れないのだ。寧ろ、後部座席に回った俺も危ない状況。崩れたら埋もれそう。
それを見て、お義母さんが両手を合わせる。
「ごめんなさいね、黒川さん」
「いえいえ。これくらい、なんて事ありません」
取り敢えず、鋭利な物はガムテープでガードしたし、崩れない用にガードすれば大丈夫だ。
「じゃあな、あやちゃん。また来るぜ」
「カンナちゃんも、ありがと〜」
佐川さんは随分、お義母さんと打ち解けたみたいだ。
そうして、我々は朝早くからゴミ処理場へと出発した。早くしないと、混むと思っての事だ。
年末だから、どの家も大掃除をしているだろう。しかも、明日からはゴミ処理場も受け入れをしなくなる。だから、今日が1番混むと思って朝イチに出発した。
だが、
「うわ。もう渋滞が出来ているぞ?」
工場へ至る道の途中。上り坂のスロープいっぱいに、車が数珠繋ぎの渋滞を作っていた。
「流石は黒川さんですね。これ、もう少し遅かったらもっと並ぶ所でしたよ」
鈴木さんの言う通りだ。既に、我々の後ろにも短い渋滞が出来上がりつつあった。
「この位置なら、後1時間はかからないんじゃないかな?」
そんな俺の予想は、外れた。
最初はゆっくりでも流れていた渋滞も、30分もすると速度が鈍化し、やがて完全に止まってしまった。
何かあったのか?
不思議に思った俺は、窓を開けて計量棟の方に耳を傾ける。
すると、
「……ってんじゃないわよ、この税金泥棒ども…」
誰かが叫んでいる声が聞こえた。
これは…きっとあれだな。
思い当たる節があり、俺はため息を吐いた。




