72話~明日は戦場だからなぁ~
「お帰りなさい!黒川さん」
一度、警察署で佐川さんの車に乗り換えた我々は、本当に鈴木さんの家まで来てしまった。
そこはオートロック付きの高級マンションで、本社に引けを取らないくらいオシャレなデザイナーズマンションだった。
その駐車場の前で、可愛らしい普段着姿の鈴木さんが嬉しそうに手を振って出迎えてくれた。
いや、お帰りって。
「こんばんわ、鈴木さん。急に押しかけて申し訳ないけど、今日一晩だけ泊めさせて貰いたいんだ」
「何を言われているんですか?」
「そうだぜ、黒川。もうすぐ正月休みだろ?年明けるまで特区に居ろって」
えっ?
「ってか、もう管理局にはそう言っといたぞ?」
うぇえっ!?
「さぁ、黒川さん。狭いですけど、どうぞ上がってください」
「あ、ああ。ありがと…」
考えが追い付かず、俺はズルズルと2人の流れに乗せられてしまう。
確かにあと2日で年末休みに入るけど…良いのか?そんな長期で特区滞在なんかして。しかも、鈴木さんの家で?
「どうぞ、こちらが私の部屋です」
「お邪魔しまーす」
佐川さんがズンズン入っていくので、俺もその背に付いて行く。鈴木さんは狭いと言っていたけど、東京のマンションとは思えないくらいに広く綺麗な部屋だった。
何畳あるんだ?この部屋。家賃だけで俺の給料消えそうだ。ああ、でも、特区は物価も安いから、俺のアパートくらいだったりして…。
豪華なお部屋にキョロキョロしていると、鈴木さんが小さく手を鳴らす。見ると、エプロン姿にニコニコ顔の鈴木さんが。
「皆さん、お夕飯にしませんか?お口に合うか分からないですが、皆さんの分も作っておきました」
「おっ!サンキュー、ミヤちゃん。腹減ってたんだよねぇ」
「黒川さんは?」
「お前も減ってるよな?」
2人に見つめられ、俺はなんとか「お願いします」と声を絞り出す。
それに、鈴木さんは笑顔で答えて、キッチンへと向かう。そしてすぐに、お皿を手にして戻ってきた。
「どうぞ、そこの椅子に掛けて下さい。お料理どんどん持ってきますんで」
「うぉ!めっちゃ美味そうじゃん!ならあたしも、お土産出しちゃお〜」
持ってきていた大きなボストンバッグを漁る佐川さん。「あった、あった」と嬉しそうな声を出したかと思ったら、机の上にドンッ!と大きな瓶を取り出した。
ああ、これは…。
「あたしオススメの日本酒だ」
「いや、酒を持ち歩いてたんかい!」
つい突っ込んでしまったが、佐川さんは「あったり前だ」と言いながら蓋を開ける。
まだ誰も飲むなんて言ってないのに。
呆れていると、鈴木さんがグラスを2つだけ持ってきた。
「程々にして下さいね?カンナさん」
「なんだよ。ミヤちゃんは飲まないのか?」
「私は片付けがありますし…」
「そんなん、あたしがやるから気にすんな」
おお。佐川さんも家事するの?
俺が失礼な驚きをしている前で、鈴木さんが首を振る。
「それに、明日は出掛けなければいけないので」
「何処に行くんだ?」
「年末の買い出しです」
「あー…」
佐川さんが酒瓶をしまった。
うぇえっ!?!
「なっ、何が起こったんだ?」
「驚き過ぎだろ!黒川」
いや、普通驚くって。あの佐川さんが、お酒を引っ込めるなんて…。
「一体、何を買い出しするんだ?」
「大した物ではないです。食材とお正月の飾りを少々」
それは確かに、普通だな。
「まぁ、でも。明日は戦場だからなぁ」
戦場?
佐川さんの意味深な言葉は、結局その日に解明される事はなかった。
分かったのは、翌日。
早朝。
現地でのこと。
「こりゃ、あたしんだよ!」
「アタイが目をつけてたんだ!」
「それ!おくれよっ!」
いつもはキャッキャと笑いあっている女性達が、恐ろしい形相で奪い、争い、喚きあっていた。
場所は大型スーパー。〈年末の大量入荷〉との文字がはためくのぼり旗の下で、多くの女性が詰めかけていた。平日の、しかもまだ朝日が登ってすぐだと言うのに、主婦もOLも仲良く揉みくちゃになっている。
なんてこった。
「こりゃまさに、戦争だな」
「だろ?毎年の事だけど、今年はいつもより混んでんな」
「えっ、毎年?」
俺が驚いて佐川さんを見上げると、その隣の鈴木さんが「それはですね」と説明してくれる。
「これから年末に入ってしまうと、三が日が明けるまで殆どのスーパーやコンビニなんかはお休みに入ってしまいます。ですので、毎年この時期は買い出しのお客さんで混雑が起きるんです」
「1週間近く買い物が出来なくなるからな。そりゃみんな血眼よ。毎年この時期は、荒川警察署の所にも大量の出動命令が来るし」
「えっ?じゃあ佐川さん、こんな所にいちゃ不味いんじゃ?」
そう聞くと、彼女はニヤッと笑って、俺を指さした。
あっ、俺の監視か。
「なので…済みません!お2人のお力を借りられたらって思ってしまって」
「なるほど。そう言う事だったのか」
俺は腕まくりして、ガッツポーズをする。
「任せて下さい、鈴木さん。全力で貴女達をお守りします」
「あ、ありがとうございます、黒川さん」
恥ずかしそうに喜ぶ鈴木さん。
その隣で「えっ?」と驚く佐川さん。
「達って、あたしもって意味か?」
「当たり前だ。君も女の子なんだから」
そう言うと、佐川さんも恥ずかしそうに俯いた。
大丈夫だぞ、佐川さん。男の俺がいるんだから、今日はその役を俺が担おう。君は普通の女の子に戻って良いんだ。
そんな格好付けた事を考えていたけど、喧騒の中に飛び込んだら気持ちが揺らいだ。四方八方から罵声と引っ掻きと肘鉄砲を喰らい、俺のボディは物凄い速さでHPを減らしていった。
こいつはヤバい!ボディが大破する!
「黒川さん、大丈夫ですか?」
「あたしが代わってやるぞ?」
「はっは。大丈夫だよ、これくらい」
脳内でけたたましくなる警報を無視して、俺は空元気を発動する。そのまま、有象無象がひしめく通路を掻き分ける。
大学生時代を思い出せ。名も無き日本の山中で、散々藪漕ぎ(藪を掻き分けて道を作る事)をさせられただろう。
「鈴木さん!次は何処だ?何処に行けばいい?」
「ええっと、次はお肉とお魚と」
「よし。鮮魚と精肉エリアだな?」
俺は必死になって道を作る。偶に横道から割って来た客に鈴木さんが襲われそうになるので、それも体を張って守る。
ぐっ…。
負けるか。この日の為に鍛えていたんだから。
…多分。
「ねぇ、あの人まるで…」
「まぁ〜。あのデートPVそのものね」
そうして痩せ我慢していると、周囲から視線を感じる。見ると、俺と同い年くらいの女性達が集まって、俺をチラチラ見ながら話し合っていた。
男が居る!最悪!
…って感じじゃないな。なんだ?なんかキャッキャ言っているぞ?まるで、荒川で会ったあの高校生達みたいだ。
「どうした?黒川。あの女達が気になるのか?文句言って来てやろうか?」
「いやいや、良いよ佐川さん。悪い感じがしないし」
「そうか?」
俺は大きく頷いて、彼女に向けて手を差し出す。
「それより、その荷物を持とう。もう人通りも少なくなってきたし」
生鮮食品エリアを抜けたら、随分と余裕が出来たからね。これならもう、攻撃を受ける事もないだろう。
そう思って提案すると、佐川さんは目を大きくして驚く。
「おいおい、良いのかよ?そんな事までさせちまって」
「ああ、当然さ。女の子に重い物は持たせたくない」
俺がそう言うと、佐川さんはモジモジと恥ずかしそうに頬を掻く。でもすぐに「あんがと」と言ってカゴを渡してくれた。
なに、当たり前の事だ。この筋肉は飾りではないんだよ。
「「キャァ〜っ」」
そして何故か、向こうのお姉さん達も喜んでいた。
何なの?ホント。ちょっと怖いんですけど?
気にはなるが、無視して買い物を継続する。
そして、
「ありがとうございます、黒川さん。これで買いたいものは全部です」
「うん、そうか」
買い物は終了した。
助かった。もうカゴの中もいっぱいだったし、俺の両腕も限界だった。一体どれ程買ったのかとカゴの中を見ると…まぁ、妥当な量の食料であった。
しかし、こんなに買ってしまって、予算は大丈夫なんだろうか?特区だし、特売日みたいだから安いのか?
そう思ってレジを通すと、結構な値段が表示された。
うぇっ!?
「どうしました?黒川さん」
「いや、特区なのにあまり安くないと思ってね」
区外とそんな変わらない値段だ。タダで仕入れている筈なのに。
「そりゃな。この時期はどうしても、値段が跳ね上がるぞ」
「ドライバーさんが不足してますからね」
なんでも、この時期はトラックドライバーが減ってしまうんだとか。タダでさえ買い貯め客が爆増して品薄状態になりやすいこの時期は、年末と言うこともあって休みたいドライバーが急増するとのこと。
「なので、この時期はドライバーの待遇をうんと良くして、アルバイトとかも雇っているらしいです」
「足りないのは運転手だけじゃなく、荷物を担ぐ現地スタッフもだからな。力仕事はどうしても人が集まらねぇ」
ああ、そうか。インフラと同じで、物流も人気が無いと。力仕事はやりたくないだろうからな。
だから、特売日でもないのに混雑していたんだ。女性だけの特区では、物資の供給が追いつかない。
これも、特区の闇。女性だけの都市だから起こる弊害。
もしかして…。
「去年よりも混雑してるって、供給バランスが崩壊しかかっているんじゃないか?」
「それは…あるかもしれません。年々、こういう業界は人が減っているって聞きますから」
おいおい。大丈夫か?特区は。
そんなスケールの大きな話に驚いていると、スマホが鳴る。
鈴木さんのスマホだ。
「済みません。ちょっと出ます」
画面を見た彼女は、慌てて、でも少し嬉しそうに出た。
えっ?誰?彼氏?
そんな有り得ない不安を抱いていると、電話に出た鈴木さんの表情が曇り出す。そして電話を終えると、困った顔で俺達を見上げてきた。
「あの…大変申し上げ憎いんですけど…1つお手伝い願えませんか?」
「どうしたんだ?鈴木さん。手伝うから、訳を教えてくれ」
「あたしもやってやるぞ」
俺達が快諾すると、鈴木さんは「ありがとうございます」と硬く返す。
そして、
「実は、母の家の大掃除を手伝って頂きたくて…」
「は、母?」
鈴木さんの、お母様?
予想外の人物に、俺はマヌケな声を上げてしまった。
おっ、お母さんが居たんですね?
「失礼ではないか?イノセス」
いやだって、こんな世界ですから…。




