71話~そこまでにして下さい~
オトハ様にプレゼントを渡しに来たら、何故か総理大臣とのテレビ会議に誘われてしまった。何か嫌な予感がするから遠慮したい一方、政府の思惑が気になるのも正直な話。
俺が捕まった時、真っ先に手紙をくれたって聞いたからね。つまりあの時、総理は俺の事を知っていた。何故俺なんかを知ってるのか聞かないと、また大変なことに巻き込まれる気がする。
そう感じた俺は、佐川さん達を扉前に残し、オトハ様と共に屋敷の一室へと入る。そこは応接室の様で、大きなソファーとそれに向かって大きな液晶テレビが壁際に設置されていた。
そのテレビに映っていたのは、いつかテレビの向こう側で見た初老の女性。髪は白く色あせているが、その目は生き生きと輝いて老いを感じさせない。向こうも執務室なのか、立派なデスクに座ってこちらを見ていた。
その彼女に向かって、当主が恭しく頭を下げた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。神宮寺総理」
『構いません。私のワガママですから』
柔和に微笑む彼女は、テレビで見たのと同じ印象を受ける。ただ、あの時よりもオーラが濃い気がした。直接会っていないのに、何か威圧感というか、熱さを感じる。
『さて、では先ほどの続きですが、今年は濡羽や常盤と肩を並べ、蘇芳の成長率が目覚ましいと聞いています。特区の成長を牽引した功績は大きいと、私は誇らしく思っていますよ』
「お褒めに預かり光栄にございます。ブランドの波に乗れたことが、今年は大きいかと」
『その波を作ったのも、ご息女の乙葉さんですね?』
総理の目が、当主からオトハ様へと移る。それを見て、当主もオトハ様の背中を押す。自分の横に立たせ、総理と対面させる。
「蘇芳乙葉と申します。どうぞ、お見知りおき下さい」
流石はオトハ様。総理が相手でも優雅さを忘れない。
それに、総理もキラキラした目を細めて嬉しそうだ。
『よく知っていますよ、乙葉さん。貴女の活躍を』
「まだまだですわ」
いつもの女王様キャラは捨てて、謙虚に首を振るオトハ様。
それを、総理は『いいえ』と強く否定する。
『貴女は誇るべきです。特区でモデルの道を進みながらも、自発的に慰問会に参加し、どちらも成功させている。今の貴女が、特区と区外の両方で流れを作っていると言って過言ではありません』
そうなのかと、俺は驚いた。
ここ最近は特区案件に掛かり切りだったから、オトハ様の活躍を知らなかった。まさか総理にすら認識されるくらい活躍されているとは。
『乙葉さん。貴女の活躍は素晴らしい。是非とも皆さんのお手本として、今後も活躍して下さい』
こんな風に言われると、なんだか俺も嬉しい。彼女が順調に進むその一歩には、俺達も少なからず携わっているから。
そんな風に思っていると、オトハ様が振り向く。俺を、手招きする。
…嫌な予感。
「神宮寺総理。私の活動の裏には、多くの人が関わっております。その内の1人が、ここに居る黒川ですわ」
「あっ、ええっと…ご紹介に預かりました。JIESの黒川と申します」
くっそ。急に話を振られたから、しどろもどろになっちまった。
後悔する俺。でも、俺を見る総理の目はブレない。オトハ様を見るのと同じ様に、俺にも優しい眼差を向けて来る。
男が特区に居ると言うのに、全く動じた様子も見せない。
『黒川慶吾さん。貴方の事も、よく聞き及んでいます』
くっ。名乗っていないのに、俺のフルネームを…。
腹の内はヒヤヒヤするも、笑顔を貼り付けて無理に笑う。
「恐縮です。まさか、国の首相にご存じ頂いているとは」
『ええ、勿論です。私は貴方にも期待していますから』
「えっ?」
期待?
つい漏れた声にも、総理は嬉しそうに頷く。
『貴方達が乙葉さんを後押ししていた事は知っています。それによって、彼女が羽ばたけた事を。特に、貴方の功績は大きい。女性と直接対話出来る貴方が居たから、今回の成功があったのです』
「それは、過分なお言葉恐縮です」
くっ、そうか。俺の存在は、そこから辿られたのか。確かにあの特別慰問会には、我が社の名前も載った。あれか。
流石は政府の情報網だなと、俺は怖くなった。表情は笑顔で隠せても、たらりと冷や汗が頬を伝う。
その時、総理が机に肘を着く。体を前に倒し、顔をカメラに近付けた。
威圧感が、倍増した。
『謙遜は要りません。貴方は本当に、類まれなる素質を持っています。特区の中に入っても活躍出来る、とても希少な才能を』
「才能…ですか…」
そう言われると、鞍瀬長官を思い出してしまう。独房まで来て勧誘してきた彼を。
『黒川慶吾さん。貴方にも…いえ、貴方には特に活躍して頂きたい』
「特に…ですか?」
『はい。貴方には是非、他の女性アーティスト達をプロデュースして頂きたい。特区の中だけで活動する彼女達を、是非、外の世界にも羽ばたかせて欲しいのです』
うぇえ!?俺が、プロデューサーだって!?
あまりの事で、俺は焦る。まるで出来る気がしなくて、途方に暮れる。
俺はただのサラリーマンで、そっち方面は全くの素人。そもそも、オトハ様だから上手く行ったんだ。俺をネズミ扱いする他の女性を、サポートするなんて真っ平御免。
そうは思うが、日本のトップにそんな事は言えない。口では期待していると言っているが、断ればどうなるか分からない。下手すると、また捕まるかも。
こっそり隣を見ても、オトハ様は澄まし顔だ。動く気配はない。
…いや、動けないみたいだ。手をギュッと握っているから、我慢しているみたい。俺と一緒で、この提案を理不尽に感じている。
でも、動けない。彼女でも拒否出来ない程の大物。
くそっ。どうしたら…。
『そこまでにして下さい、総理』
必死に返答を考えていると、画面の向こう側で声がした。しかも、その声は女性にしては低すぎる。
男の物だった。
『あら、ごめんなさい。紹介が遅れましたね』
その声に、総理は視線をカメラ外に外して表情を緩める。そちらに『ふふっ』と笑いかけてから、こちらに笑みを向ける。
『私の秘書で、息子の一星です』
『こんにちは!皆さん。僕は総理秘書官の、神宮寺一星ですっ!どうぞ、お見知りおきを!』
総理が少し端に寄ると、その隙間にキラキラした笑顔の青年が入り込む。
焦げ茶色の髪を短く整え、手を挙げて爽やかに挨拶する一星秘書官。その様子に、劣情を抱く様子は見られない。ここには当主もオトハ様もいるのに、弾けんばかりの笑顔を振りまいていた。
そして、その燃える目が俺に向く。ニカッと、白い歯が見えた。
『済まないっ!黒川君。君が特区のインフラ事業を立て直すのに忙しい事は、母もよく理解している。でも、君があまりにも多才だから、総理はつい目がくらんでしまった。ですよね?総理』
『そうね。貴方の言う通りだわ。無理を言ってごめんなさい』
「いえ、そんなっ」
総理ともあろう人が頭を下げるので、俺は全力で否定する。彼女よりもっと、頭を下げる。
「私の方こそ、お力に成れず済みません。態々恩赦まで頂いたと言うのに」
『それこそ、不要な謝罪です』
『そうさっ!あれは不当な拘束だった。君ではなく、鞍瀬の奴が悪いんだよ!』
おおう。あいつらの悪事も知っているのか。つくづく恐ろしいな、政府の情報網。
俺が顔を上げると、秘書官の目と歯がキラリと光る。
『僕はね、嬉しいんだ!同性がこうして、特区の中で活躍しているってのを聞いてね。爆発を食い止めたとか、営業停止を阻止したとかって聞いたよ?凄いじゃないか!これからも、ガンッ!ガンッ!君の力で、特区を立て直して欲しいっ!』
「が、頑張ります」
画面越しでも感じる、彼の熱すぎる思いに、俺は引き気味に頷いていた。
でも、彼は気にした素振りもなくオトハ様の方を見る。
『乙葉様の活躍にも期待してます!ただでさえ日本は小国。中国やアメリカみたいに資源も無いから、人の力で盛り上げるしかありません。まさに、人が宝なのです!その人を動かす為にも、貴女の力が必要なんですっ!』
「光栄、ですわ…」
オトハ様もたじろいでいる。
まぁ、そうなりますよね。
俺達が一歩退くと、秘書官が腕時計を見る。『おっと』と声を漏らす。
『つい、話し込んでしまった。総理は次の会見がありますので、会議はここまでという事で』
『そうなの?一星。では皆さん。良いお年を』
『今年以上のご活躍を期待してますっ!ではっ!』
プツンッと小さな音と共に、画面は暗転する。
余りに強烈なキャラを見続けたせいか、俺は暫く、その暗闇の中にまだあの2人がこちらを見ている幻覚を見ていた。
「それではご当主様、失礼いたします」
オトハ様が頭を下げる先で、当主はまだテレビの方を向いたままだった。
結局俺達2人にしか注目が向かず、嫉妬でもしているのだろうか?
「お~、やっと出て来たか」
ドッと押し寄せて来た疲れにため息を吐いていると、佐川さんがのっしのっしと近付いて来る。その足元には何故か、楽し気なハティちゃんとアコちゃんを連れている。
何があったの?
「いやぁ。暇だったから3人で遊んでたんだよ。なぁ?なかなか楽しかったよな?」
「はいっ!とても充実した時間でしたっ!」
【ヘッヘッヘッヘ】
良く分からんが、3人で楽しく遊んでいたらしい。子供や動物にも人気者なんだな、佐川さん。
「さぁて、そろそろ帰るか、黒川」
「ああ。そうだな」
頷いたけど、時間も時間だから警察署に泊めてもらえないな。
そんな算段を立てていると、2匹の犬が佐川さんを見上げる。
「もうお帰りですか?師匠」
【クゥ〜ン…】
随分と慕われたもんだな、この短時間に。
ある意味感心したが、佐川さんは「おう、またな」と言って、ウルウルお目目を断ち切る様に大きく手を振る。そして俺の肩を掴んで、挨拶も程々に屋敷を出てしまった。
さっぱりしてるな、佐川さん。
「黒川」
パトカーに乗る直前、オトハ様が話しかけてきた。
ってか、オトハ様。こんな所まで見送ってくれるの?
「別に、見送りじゃ無いわ。ただ、忠告よ」
忠告?
「気を付けなさいよ。あんた、厄介なのに目を付けられているんだから」
「…ええ」
分かっていますよ。あの総理、表情では息子に従ったふりしていましたけど、まだこちらを見る目が光っていましたからね。
俺は改めてオトハ様に一礼して、パトカーに乗る。色々あったけど、なかなかいい経験をさせてもらった。
さて、
「じゃあ、警察署に行きますか」
「あん?行かねぇぞ?」
あっ、ダメですか。
じゃあ、今からゲートを潜るから…出るのは深夜かぁ。
「タクシー、掴まるかな?」
「タクシー?何言ってんだ?お前」
ひょっ?
「今から行くのは、ミヤちゃん家だぞ?」
ふぁっ!?
俺は、変な声が出た。
何とかなった…んですかね?
「さて、ただ泳がされたようにも見えるが」
蘇芳さんも言っていましたが、気を付けないとですね。
黒川さん、ちゃんと警戒してくれるでしょうか。
「思念を飛ばしておこう。”黒川。十分に気を付けるのだぞ”」
…届きました?
「分からん」




